第169話〜お友達になれた?〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
その訪問は突然のことでした。
「なにしてるの?」
「え? ……あ」
ストンと静かに舞い降りたのは破滅の暴君。暴虐の使徒。もしくは――
「な・に・し・て・る・のって聞いてるの」
「むぐ……!?」
私の反応が遅い事に痺れを切らしたのか、問いかけているのにも関わらず返事が出来ないようにお口を氷漬けにするというなんとも悪質な行為に走るその人物――神様でありながらここ最近は当たり前のようにやって来るようになったにゃんたこさん。
殆どの場合はルノさんに用があって来るのに、今日は珍しいことに家の横にある畑で作業中の私に話しかけてきました。
「ふ〜〜ん?」
ですが前述の通り、私のお口は絶賛氷漬け中ですので答えることは不可能。それはにゃんたこさんも承知の上なので、こちらの返事など待たずに心を読む能力で一方的に事情を察してしまったようです。なんだか釈然としませんが、そういうことならひとまず私の方は氷を溶かすことに専念することにしました。ちょうど暑い時期なので水浴びができてある意味ちょうど良かったかも。
「はぁ……気持ちいい〜〜……」
私はこれでも一応は魔女なのでこの程度なら魔法で簡単にできます。
手から生み出した水で口の氷を溶かし終えると、そこからは至福の水浴びタイム。汗ばんだ顔をサッと洗い流したり、靴を脱いで素足になったところへ水をかけたりなど、にゃんたこさんをそっちのけで癒しの時間を楽しみました。
「ならもっと癒してあげるよ」
「……え?」
そんな私にかけられる急な好意の言葉に疑問符を浮かべるも気付いた時には既に手遅れ。またしても痺れを切らしたらしいにゃんたこさんが、今度は凄まじい水量を伴った水の竜巻を発生させ、全身を洗濯するかの如くグルグルと私の身体をこねくり回していきました。そして数分後、水の竜巻が消えた時には上も下も分からなくなった私がバタンとその場に転がっているというなんとも悲惨な光景が。
「くす。天国だったでしょ?」
「はわ……わ……」
目を回した私は『天国』という声にゾクッとしながら、しかし絶妙にスリルのある水浴びに少しの興奮を覚える。それが今日という一日の始まりでした。
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その後。
「これがアカキャベツ、これがキイロキャベツ、そっちにあるのは普通のキャベツです……」
「ふ〜〜ん」
何しに来たのかはこの際どうでもいいとして、こうしてにゃんたこさんと二人きりというのは実に珍しいことでした。何を育てているのかを簡単に説明しながら食べ頃になったキャベツをそれぞれ一個ずつ目の前に並べてあげると、意外にもにゃんたこさんは興味津々。この場を離れる様子もないので私がどうしようかと悩んでいると。
「いただきます」
「え? そのまま……!?」
何を思ったのか、にゃんたこさんは収穫したばかりの新鮮なキャベツをガブリと丸齧りしました。水で洗ってこそあるものの本当にそれだけ。味なんてほとんどしないんじゃ?
――と、思いきや。
「悪くないね」
思いのほか高評価。からかってるのかな……?
「あなたも食べてみれば? 自分の味を知るのも生産者の務めだよ」
「そう……かも……? それじゃあいただきます……」
真相を確かめるため、にゃんたこさんに倣って私もガブリ。パリッと心地よい歯ごたえを感じつつ何度か咀嚼すると、次にやって来たのはほのかな甘さとみずみずしさ。これは!?
「美味しい……!」
まさかの大発見。いつもはスープにしたり炒めたりなど、何かしら手を加えて食べていたので素材の味を直接感じるというのは本当に新鮮でした。さすがに丸齧りというのはアレなので今後は適当にちぎってサラダとして食卓に出すのも良いかも。
「そう言えばコロリンさんのベリーも素材の味だけでもかなり美味しかったな……自然の恵みも侮れませんね……」
これはいい勉強なりました。人を痛めつけるだけが趣味だと思っていたにゃんたこさんですが……これは認識を改めなければなりませんね。博識な暴君……っと。
「失礼にも程がある」
「ちょ……むぐ!?」
訂正。私は間違っては……いや、今のは自業自得かな。
「せっかく遊びに来たんだからもっともてなして」
「ぷはっ……! そ、それならキャベツ料理でも食べます……? 生も美味しかったですけど調理したのも良いですよ……?」
「うん」
それだけ返事をするとにゃんたこさんは近くにあった椅子に腰掛けてしまいました。本当、今日は随分とお付き合いがよろしいことで。
「せっかく来てくれたのにキャベツ丸ごとじゃ良心が痛みますしね……。あ、でもあまり期待し過ぎないでくださいね……? 私、コックさんじゃないので……」
「くす。前フリが上手だね。じゃあ期待してる」
「ひぃ……ハードルあげないで……!?」
思わず萎縮してしまう私でしたが出来ることは変わりません。素早くキッチンから持ち出してきた鍋やフライパンを使って、作り慣れた炒め物とスープ、その二品目を作る事にしました。
「まずは洗って、次に切って……沸かしたお湯に入れて煮込む間にサッと炒め物を……」
水の魔法に風の魔法、それに火の魔法を巧みに使い分けて最小限の時間で調理を進めていく。再び痺れを切らしたにゃんたこさんが暴虐の限りを尽くす前に……って。
「ひえっ!?」
知らぬ間に怯えていた心が視野を狭くしていたのでしょうか。調理に集中していた私のすぐ横までにゃんたこさんがやって来ていました。まさかもう時間切れ……!?
「器用にこなすね」
「すみません、あと五分だけっ……! ……え?」
ここでも予想外の評価。もしかしてドッキリか何か? 最後に一気に落とされるのかな……?
「氷一筋のルノとは違って一通りの魔法を程よく使いこなしてる。……あなたがアホなのは置いておくよ」
「ひどい……!? で、でもありがとうございます……。あとは盛り付けて完成なのでもう少しだけ待っててくださいね……?」
「うん」
今までは100%痛めつけられてた私だっただけにこうも褒められてしまうとなんだか調子が狂ってしまいます。今日だけで見れば友達とのやり取りと言ってもいいくらいには平和な光景なのではないでしょうか。……やっぱりドッキリなんじゃ?
「いけない、そんなことより早く並べなきゃ。お、お待たせしました〜〜……」
「いただきます」
少し早めの昼食タイム。さりげなく用意した二人分の食事には突っ込まれることはなく、私はにゃんたこさんと揃って食卓を囲み、この珍しい状況の中、決して多くはない会話を楽しみながら共に過ごしたのでした。
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「ごちそうさまでした。美味しかったよ」
「お、お粗末さまでした……」
最後の最後に「もっと精進して」なんて言いながら氷漬けの刑にされる事を覚悟していましたが結果はご覧の通り。拍子抜けなほどに普通のやり取りは完全に友人、もしくは家族のそれでした。だからこそ――
「あの……なんで今日は……?」
なんて質問が自然と出たのでしょう。なんせ今日まで出会ってはつつかれるのが当たり前で、仲良くなるきっかけは無かった訳ですから。
そんな疑心暗鬼の私に、にゃんたこさんは何でもない事のように答えました。
「意味なんてないよ」
「へ?」
実に簡潔な答え。特に私に用があった訳ではなく、それならキャベツの収穫を見に来た……訳でもなく。ほんの気まぐれでやって来たらたまたま私がキャベツをいじっていたので見てただけ。つまりはそういうこと。
「そ、そうですか……。お友達みたいだなって思ったのになぁ……」
「くす」
笑われた。でも確かにお口を氷漬けにされるのは相変わらずでしたもんね。ドッキリだなんて無駄に警戒していましたが振り返ってみれば最初からいつも通りなのは明白でした。なんだか虚しくなってきた……
「はぁ。まぁ、いいです……私は楽しかったですから……」
紛れもない事実。本日は皆それぞれ出かけてしまっていたため、ここにいたのも私一人だけ。なのでにゃんたこさんが来てくれたのは都合が良かったのです。もう帰る支度をしているのが少しばかり残念。
と、そんな名残惜しい感情に支配されていると、テーブルの向こうでにゃんたこさんが口を開いた。
「私も楽しめたよ。いつかまた食べに来るからその時はよろしく。またね、レヴィナ」
「はい、その時は全力でおもてなしさせていただきます。……えっ!?」
今までなら有り得ない出来事でつい思考が停止する。私の聞き間違い? だったらこんなに動揺するハズはない……!
「あのっ……今なんて……!?」
「バイバイ」
「あぁ!? ちょ、待って……! いま私の名前……!?」
なんとか引き止めようとするも、にゃんたこさんはネコの如く気まぐれっぷりを発揮して空の彼方へ飛び立ってしまいました。まるで今日のことを無かったことにするように。
「ただいま、レヴィナ。なにボ〜〜っとしてるの?」
「あ……」
と、ここで登場したのはルノさん。帰宅してそのままこっちまで来たみたい。
「お、おかえりなさい……。いや、その……にゃんたこさんが私の名前を……」
「にゃんたこ様が来たの? 寄っていけば良かったのに」
「いや、寄ってはいたんですけど……! そうじゃなくて、ほにゃららほにゃらら〜〜で! 私の名前を呼んだんですよ……!?」
まさかのことに興奮冷めやらぬ私は言葉足らずを自覚しながらも先程までの出来事を説明する。あのにゃんたこさんが私のことを一人の人間として扱ってくれたんです……と。
「そんな……でもいくらにゃんたこ様でもさすがに虫けら扱いはしてないと思うから大丈夫だよ。まぁ名前に関しては私も結構時間がかかったから気持ちは分かるけどさ。やるねレヴィナ」
そうでしょうそうでしょう。心の中でドヤ顔をしながら胸を張る私はすっかり天狗でした。
「破滅の暴君、暴虐の使徒だなんて思ってましたけどちょっと見直しました……! けどお口を氷漬けにされるのは相変わらずだったのでこれからは普通の暴君としてにゃんたこさんを――」
「さんを?」
「うわっ……!?」
すっかりご機嫌の私の背後に狙ったように現れたのは先程お帰りになったはずのにゃんたこさん。疑問符こそついていましたが、その声には明らかに『聞こえてるぞ』の怒気が含まれていました。これは完全に油断していた私の自業自得……いや。
「帰ったフリするなんてずるい……!?」
「ずるくないよ。帰ったけどもう一度来ただけ。それより私をどうするの?」
「え!? あ、えっと……崇めてみようかな……なんて……あは……」
「……」
同じ時を過ごして気が緩んでしまったせいか、反論の言葉が自然と出て――すぐに反省。やってしまったと後悔するも、既ににゃんたこさんの目は一つの結論出してしまっているようでした。
その結論は至ってシンプル。
「お仕置ね」
「むぐ!?」
まったくもって嬉しくない日常が戻ってきたことで私の目から涙がこぼれました。やっぱりこうなるのね……と心の中でため息をつくも、続くにゃんたこさんの言葉で気持ちは一変。
「お友達がそんなふうに思ってたなんて悲しい事だよ。ねぇレヴィナ?」
「……!」
まただ! やっぱり聞き間違いじゃなかった!
「ぷはっ! あ、ありがとうございます……!」
「なにも褒めてないよ」
「むぐ!?」
肉体的にも精神的にも実に忙しい一日だなぁと思いつつも、やはり嬉しい気持ちが勝ってしまう。しかしやはりお口を氷漬けにされるのはあまりよろしくないので、次回は最後まで平和に行くことを目標にする……!
そう誓った私でした。