第168話〜大切なコト〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
ある日の昼下がり。
「か~~! またハズレか! ゲラゲラ!」
「これで十連敗だな! ゲラゲラ!」
フユナと二人きりでヒュンガルを散策していると雑貨屋の前から騒がしい声が聞こえてきた。その特徴的な笑い声から声の主はすっかり村に馴染んでしまったヤンキー兄弟と判明。一時は真面目に修行する姿を目の当たりにして見直したものだが、あの笑い声を聞くとやはりよろしくない思い出が蘇ってしまうのだからある意味すごい……そんな皮肉を心の中に留めると同時に、やはり見直したという前例があったおかげか、近くを素通りできる程度には彼らに対して心を許していたという事実に私自身も驚いた。
「だけどそれ以上はNG。目線は地面の一点に固定……!」
そして華麗にスルー。……と、思いきや。
「ルノ。あの人たち知り合いのお兄さんじゃなかったっけ? こっち見てるよ?」
「あ、ダメ!?」
何がダメかを説明する間もなくこちらに気付いたヤンキー兄弟が「あねご!」などと言いながら近付いてきた。もはやここまでか。
「散歩ですかい、あねご!」
「そんな可愛いお嬢ちゃんを連れて、まるで親子みたいですぜ! ゲラゲラ!」
おや?
「そう見える? うん、やっぱりあなた達を見直したのは間違いじゃなかったみたいだね」
手のひらクルリ。ご覧の通り、この子は私の可愛い〜〜娘のフユナです。そんな紹介を見る目のあるヤンキー兄弟にすると、彼らは「あねごより可愛いな。ゲラゲラ!」「バカ! 歳食ってる分あねごは老けてんだよ! ゲラゲラ!」などとほざいていたのでやはり氷の弾丸でぶっ飛ばしておいた。前半は百点満点だが後半はまるでダメ。
そうしてひと仕事終えた私がフユナを連れてその場を去ろうとしたところ、相変わらず丈夫なヤンキー兄弟が何事も無かったかのように再び話しかけてきた。
「あねごあねご。良かったらこれ、どうです?」
「なんとこのアイス『アタリ』が出ればもう一つ貰えるんですぜ!」
何かとその手を見ると、握られていたのは食べ終えたアイスの棒だった。当たれば一個無料。その言葉に反応したのは意外にもフユナだった。
「いいなぁ〜〜! お兄さん達は当たったの?」
「それが昨日当ててそれっきりさ。ゲラゲラ!」
「だけどその時は一発で出たんだぜ! お嬢ちゃんもやろうぜ!」
「やるやる〜〜! ルノも一緒にアイス食べよ!」
とのこと。ちょうど喉も乾いてきた所だったし断る理由も無いが、ヤンキー兄弟に乗せられてしまったフユナの将来が少しばかり心配になった。
「ま、いっか。うん、買おう買おう。どれにする?」
「当たり付きのやつはこの『ソウダアイス』みたいだよ。これがいいな」
「よし、んじゃ私もそれにしよっかな」
てな訳で、シュワっと爽快が売りのソウダアイス(当たり付き!)を二本購入。ぶっちゃけ、あんまり期待はしてないが食べ進めていくうちに棒が見えてくると――
「これは来る気がする。もしかして……!」
当たり!? なんてドキドキしてしまう。なんだか若かりし頃の記憶が蘇ってくるみたいだ。いや、もちろん今でも若いんだけどね。歳食わないからね!
「う〜〜ん、ハズレか。ま、美味しかったし結構楽しかったな。フユナはどうだった?」
「……」
「フユナ?」
食べ終えたハズレの棒をポ〜〜イとゴミ箱に投げ入れながら隣のフユナに話しかけるが何故か無言。そのまま数秒、アイスのように固まってしまったフユナの返事を待っていると。
「ルノ!」
グルンと勢いよく首だけ回してこちらを向いたと思えばその目が異常な程に輝いていた。もしかして?
「……お」
フユナのアイス。半分程食べて出てきた棒の頭――そこには『ア』の文字が書いてあった。まさかの結果に私とフユナはもちろん、ヤンキー兄弟までもが沸き立つ。
「ウソだろ!?」
「一発で当てるとか昨日のアニキじゃねぇか! ゲラゲラ!」
「こらそこ! 勝手にフユナをゲラゲラ兄弟の仲間入りさせないで! でもやったねフユナ!」
「うん! やったやった〜〜!」
フユナがまさかの豪運……と思ったがそんな気はしていた。持ち前の雰囲気というかなんというか、とにかくフユナだから。
そんなこんなで、その日は柄にもなくヤンキー兄弟と一緒になってフユナを褒め称えて終わりを告げたのだった。
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翌日。
「やった!」
そのまた翌日。
「見て見て! また当たり!」
やがて、フユナが当たりを引くという快挙が一週間続いた頃、私の心にとある変化が。
「私もそろそろ当たらないかなぁ?」
と、ごく自然な欲が湧いてきてしまった。だって羨ましいんだもん。
「もう一本買ってみようかな。フユナもいる?」
「ううん。今日も当たりが出て二本食べちゃったからお腹いっぱいになっちゃった」
「なんて羨ましい……! じゃあちょっと買ってくるよ」
当たりのアイスを!
「どう? 当たった?」
「んぐ。……またハズレちゃった」
う〜〜む。もしかして私って運が悪い? 買った数だけで言えばフユナより多いんだからそろそろ一本くらい当たってもいいと思うんだけど……
「やっぱりあねごは歳食ってる分、運も――」
「ずどん」
ぎゃあああ〜〜っとヤンキー(兄)を吹き飛ばしたところで考える。歳云々は別にしても、私の運が悪いように見えるのはあの二人からしても同じみたいだ。こうなったら数の暴力に任せて当たるまで買い続けようか?
と、そんな思考に染まりかけたその時。
「ねぇ、ルノ」
「ん?」
ここで暇を持て余していたフユナがクイッと私の袖を引っ張る。その表情は心做しか慈愛に満ちた女神様のように輝いており、今からとても大切な事を伝えようとしているようだった。
「あのね?」
「う、うん」
なので私も緊張した面持ちでフユナの言葉を待つ。
「フユナはね。このアイス食べる時は当たるかな〜〜って思いながらドキドキするのが楽しいんだ。もしハズレちゃっても、こうやってルノと一緒に食べるアイスは美味しいからそれもまた楽しいの」
「え……?」
まさかの不意打ちに思わず涙がこぼれそうになる。しかしその言葉にはまだ続きがあった。
「でも今のルノは当たりを出すことに必死で楽しむことを忘れちゃってると思うの。一緒にドキドキしながらアイスを食べたあの日を忘れちゃうなんて、そんなルノは嫌いだよ!」
「!?」
ズガ〜〜ン!
「ヤンキーお兄さん達を見て。当たった時のことを忘れずにゲラゲラ笑いあって楽しんでるでしょ? ハズレてる今でもそれは変わってない!」
「!!!」
ズガガ〜〜ン!
なんということだ。私はあろうことか一番大切な事を忘れていたらしい。そんなことにも気付けないなんて……!
「フユナの……言う通りだ……」
あまりにも情けない自分を自覚した瞬間、ついに私の膝はガクリと折れた。しかし気付かせてくれる人間が近くにいたことは不幸中の幸いとでも言うべきか、落ちるところまで落ちなくて良かったと心底思った。それもこれもフユナがいてくれたからこそだ。
「そうだよ。ごめん……ううん、ありがとうだね。大切な事を思い出せたよ」
四つん這いになった私は、誰に言うでもなく地面に向かってフユナと過ごしてきた一週間を振り返り、自分はなんて馬鹿だったんだと反省した。
「そうだ。私の求めるスローライフにはフユナ達とのやり取りがあってこそなんだ……!」
こうして私は今日という日を戒めの意味も込めて自らの心にしっかりと刻み込んだのだった。
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それから数日後。
「ルノ、アイス食べない? ほら、この前の当たり付きのやつ!」
「お、いいね。どっちが当たるか勝負だ!」
「む、負けないよ〜〜!」
ちょっぴり暑い昼下がりのヒュンガル。
私はフユナと並んでお馴染みの雑貨屋に備え付けてあるベンチに腰を下ろしていた。
「ん〜〜! やっぱりこういう日はアイスに限るよね」
「うん! ……あ、ハズレちゃったみたい」
「残念、私もだ」
半分ほど食べ進めて出てきたアイスの棒からは『ハ』の文字が見えている。同じタイミングでそれを見た私たちは見つめ合った後に思わずクスリと笑ってしまった。
「このドキドキ感がたまらないってね」
「あ〜〜それ、フユナが言ったやつ! ルノはほんとに思ってくれてるのかなぁ?」
「も、もちろんだよ! 一番の目的はフユナと一緒に楽しくアイスを食べること。これ大事!」
「じろ〜〜……」
なんだか白い目で見られているがこれは紛れもない本心だ。そりゃ正直に言えば当たりが欲しかったなんて思ったり思わなかったりするけどそんなのは些細なことに過ぎないからね。
「ごちそうさま! さて、時間もあるしせっかくだから次はカフェに行こう。今の時間はサトリさんが走り回ってるだろうからからかいに行ってあげよ!」
「あっ、待ってよ〜〜! なんか誤魔化されてる気がする!」
「あはは、そんなことないよ。ほら、早く行こう。お先っ!」
「むっ! スピードなら負けないよ〜〜! それっ!」
何より大切なのはフユナと楽しい時間を過ごすこと。その中には揃ってハズレを引いて悔しがったり、しょうもない言い合いをしたりといった時間も当然含まれている。たとえケンカしてもそれすら思い出となって心に刻まれていくことだろう。
でもやはり一番は――
「捕まえた! もう逃げられないよ〜〜?」
「そんなことしないよ。私はこのために生きてるんだからね」
「ふふっ、なにそれ〜〜? じゃあフユナはルノが逃げちゃわないようにしっかり捕まえておくね」
こうして手を繋ぎながら笑い合って歩くのが何よりの幸せだと改めて思った私でした。