第167話〜フユナさんの食事事情〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
昼食後、リビングでのお茶会にて。
目の前のテーブルに置かれているのは、数日前にコロリンがお土産として持ち帰った大量のベリー入り袋。真っ赤に熟れた大量のベリーが今も凄まじい存在感を放って袋の口から顔をのぞかせているおかげで、リビングが端から端まで甘酸っぱい香りに支配されている程だ。
「いい香りだから良いんだけどね。それにしても持ち帰ったのは数日前なのに無くなる気配が無いや。もぐ、んぐ、パク」
嬉しい悲鳴とはこういう事を言うのだろうか。絶えず口に放り込んでいるベリーはカフェで食べるケーキなどとはまた違った自然の恵を直に感じさせるような美味しさがある。昼食後の今、大した時間もおかずに食べているというのに苦になるどころか逆に手が止まらなくなるのだから不思議なものだ。まさかここまで見越してあの量を?
「だとしたらコロリン様様だね。よくもまぁこんなに集めたなって感心したよ」
「ふふ。あの子達と協力してこれでもかというくらい詰め込みましたからね」
聞くところによると実際に集めたのはコロリンと小鳥の親子のプウとペエ、リスのポオも合わせた四名だったらしいが、それで数時間もかけてベリー集めたというのだからこの量も納得。無くなったらまたお願いしようかな。
「こんなに美味しいベリーならフユナは毎日でも食べられるなぁ〜〜」
「そうですね……いくらでも食べられちゃう……もぐもぐ」
と、ここで会話に加わってきたのは私とコロリンの対面に座るフユナとレヴィナ。どうやらこの二人もベリーの虜になってしまったらしく、先程から忙しなく手を動かしてベリーを口に放り込み続けている。ここ数日ですっかり見慣れたしまった光景だ。
「一粒一粒が小さいのも癖になる要因の一つだよね。あら……なんだかんだでもう半分くらいはなくなっちゃったね」
しかしそれでもまだ一週間くらいは持ちそうな量がある、と言えば元の凄さが分かると思う。今後もこの美味しいベリーにお世話になるだろうけど、だからこそ毎回この量を持ち帰るのは控えるように言っておこう。ヒュンガル山からベリーが絶滅してしまわないようにね。
なんてことを考えながら自然との共存を決意したその時。私はフユナの視線がベリーではない何かを追っていることに気付いた。……追っている?
「えいっ!」
バンッ!
「「「!!?」」」
突如部屋に響いた音に私、コロリン、レヴィナの肩がビクッと跳ねる。あまりにも突然の出来事に自然と私達の視線はその音の発生源――すなわちテーブルを叩いたフユナの方へと向けられた。
「まずいよコロリン。ここ最近のおやつにベリーが続いたせいでフユナが激おこだよ。なんでリンゴとかバナナは持って帰らなかったの? 早くごめんなさいしなきゃだめだよ」
「なんでそうなるんですか! フユナはそんなことで怒りませんし、今も美味しそうに食べてるじゃないですか、ほら」
「あれ……フユナさん……?」
ユサユサと揺すりながら謝罪を促す私に、物申すコロリン。同時にその目がある一点を見つめていることに気付いた。それはレヴィナも同じで、二人の視線を追うとこれまたフユナに辿り着く。
「「「……」」」
バリバリ。そんな音が聞こえてくるような……いや、実際に聞こえてきたのだが、それを認めたくないと無意識のうちに思ったが故に、私達は目の前の現実を受け入れるまでに数秒を要した。フユナがベリーではない何か――先程の奇行によって得た戦果をなんの躊躇いもなく口に放り込み、咀嚼して……ゴクン。
「フユナ……」
フユナのお顔を拝見することによって多少なりとも後悔する日が来るとは人生何があるが分からないなぁとしみじみ思った私だった。
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さてさて。現状を簡単に説明しますと、フユナがお食べになっているそれは『虫』でした。
「な・る・ほ・ど・ね」
「なんで棒読みなんですか。そんなことよりそのベリー、いらないならもらいますよ」
袋からではなくわざわざ私の手の中からベリーをひったくるコロリンを他所に、とある昔の記憶を思い出す。そういえば氷のスライムであるフユナを捕まえた日の翌日、村へ行くまでの道中で道草だけでなく虫まで食べてたっけ。
「いや、私は知っていたんだ……人間の姿になってからも時々フユナは家に湧いて出た平べったいコオロギを捕食していたんだって……! 正直に言えばなかなかにグロテスクな食事風景(?)だからやめて欲しかったけど生物としてのナニかを否定するみたいであまり強く言えなかったんだよ……! 何よりフユナと暮らすようになってから平べったいコオロギに怯えなくて済むのが嬉しくて……!」
なんてことを新たに袋から取り出したベリーを食べながらペラペラ。その間にも再びコロリンが私の手の中からベリーをひったくっていった。
「まったく。何をそんなに取り乱してるんです? グロッタだって岩以外なら大抵の物は食べますし、スフレベルグも巨大なイモムシとか食べてるでしょう? レヴィナだってベリー食べてますし」
「あの、同じ扱いはちょっと……。でもそういうことなんですね……」
言わんとしていることは理解できる。でもさ。
「あ、またいた!」
バンッ!
「ばりばり」
ゴクン。
「……」
やっぱりつらい。特にお食事中は。
「あの〜〜フユナ? それ……えっと、なんて言えばいいのかな。ゴキ……じゃない。平べったいコオロギはなるべくお外に逃がしてあげよう? 前にも言ったかもだけどそういう絵は一部のマニアックな人にしか需要は無くて、少なくとも我が家にはそういったタイプの人は……」
「え?」
バリバリ。
「ひいっ……!」
控えるように頼もうにもバリバリしている最中ではフユナのお顔を直視できない。いつもならその可愛さに癒されるのだけどこの状況では顔を背けてしまう!
「フユナ。我が家の食卓でゴキブリはNGですよ? ……もらい」
「そう! でも言い方!」
はっきりと指摘してくれたコロリンには感謝だが物事は正確に言って欲しい。平べったいコオロギと。あと私のベリーひったくらないで。
「え〜〜? でもせっかくおやつなのに……あ、わかった!」
わかった、とは? そんな疑問を他所にイスから降りたフユナが真っ直ぐにコロリンの元へやって来た。そして疑問符を浮かべるコロリンの前に立つと、黒っぽい何かを摘んだ指をコロリンの口の中容赦無く突っ込んだ。
「うっ!?」
バリ。
「コロリンも食べたいなら言えばいいのに。それ、最後の一匹だからね〜〜?」
「……っ!? ……っ!?」
なるほど。これがスライムの食事事情というわけか。目を背けていただけで知ってはいたが改めて見せられるとやはりその衝撃は大きい。人間の姿だから尚更ね。
「で、お味はどうなのコロリン。その反応からして悪くなさそうだけど」
「〜〜っ!!」
そう。先程から私の肩をバシバシと叩くコロリンは明らかに普段よりもテンションが高いのだ。咀嚼中につき発言不可みたいなので予想になってしまうが、おそらくスライムの間では珍味として扱われている平べったいコオロギを口にして喜んでいるのだろう。
「う〜〜ん……でもやっぱり共感はできないかな。私達のお口にはベリーが一番だね、レヴィナ」
「そ、そうですね……。ちなみにコロリンさんのそれ、多分助けを求めてるんだと思うんですけど大丈夫でしょうか……?」
「ん〜〜? よく分からないけどフユナもコロリンも同じスライムだから大丈夫でしょ。はいはい、コロリンも美味しいのは分かったからそんなに叩かないの。見つけたらまたあげるから。……フユナが」
「そうだよコロリン。それまで我慢して――あ、暴れたら出てきちゃうでしょ? ほら、ちゃんとお口は閉じてゴックンしましょうね〜〜!」
「む、ぐ〜〜っ!!?」
ゴクン。
「「……」」
私とレヴィナが引きながら見つめる視線の先。そこには笑顔のフユナと涙を流すコロリン、二人のスライムによる平和な食事風景が広がっていました。
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翌日。
「ほにゃららほにゃらら〜〜なんてことがありまして、改めて共存の難しさを実感したワケですよ」
「ふ〜〜ん? わたしはもう慣れちゃったけどね。可愛いものさ」
現在の場所はヒュンガルのカフェ。
定番のコーヒーとチーズケーキをお供にフユナの食事事情を話していると、意外にもサトリさんはなんてことのないような軽い反応を返してきた。はは〜〜ん、なるほどね。
「サトリさんはマニアックな側の人間でしたか」
「ナニ側の人間かは知らないけど……フユナちゃんてばお稽古の休憩中によく捕食してるんだよ。見つけた瞬間の身の切り返しといい、ぶっちゃけあれは双剣を握ってる時よりも脅威だね。急に消えちゃうんだから」
「なんとかその動きを双剣の扱いだけに向けてあげてくださいよ。双剣のお稽古に行ってると思ってたのが実は捕食のお稽古でしたなんてことになってたら私は耐えられないっ……!」
悲惨な未来を見てうわ〜〜ん、とテーブルに突っ伏して悲壮感を漂わせるもサトリさんは一向に慰めてくれる様子はない。慣れたと公言するだけはある。
「やっぱり生物としての条件反射みたいなものなんじゃないかな。こればかりは受け入れてあげなさいな」
「まぁ、なんだかんだ言っても実害がある訳ではないし可愛さが圧倒的に上回ってるからいいんですけどね。いっそのこと私がアッチ側の人間になるという手もありますし」
「どっち側かは聞かないでおくけど、ほんとそれね」
うんうん。そんな感じに私達はフユナへのイメージを『可愛い』の一点で塗り固めるに至った。受け入れ難いこともあるけどそれを一瞬で消し去ってしまうとは流石フユナ。
こうして一段落ついた時。
「わたし、ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って席を離れるサトリさん。その背中を見つめながら「まだお仕事には戻らんのかい」と心の中でツッコミを入れつつ私はテラス席に一人ポツンと取り残されてしまったことに気付く。
「ん?」
急に話し相手がいなくなってしまったことにより若干の寂しさに見舞われると同時に、暇になってしまったことで視野が広がった。瞬間、私が捕捉したのはサトリさんが放置していったチーズケーキ。これはチャンスというやつでは?
「一口食べちゃおうっと。うりゃ」
お行儀悪いことこの上ないと自覚しながらもテーブルに乗り出し腕を伸ばしてサトリさんのケーキをフォークで両断。思いのほか大きく切ってしまったが頑張れば一口で行けるサイズなのでセーフ(?)だ。
「ん〜〜美味しい」
同じチーズケーキだというのに強奪した方が美味しく感じるというのだから不思議なものだ。
どれ、もう一口だけ――
「何してるのかな?」
「んぐ!?」
二度目の強奪。一口目よりもいくらか大きく切ったケーキを口に押し込んだ瞬間、どこからともなくサトリさんの声が響いてきた。ケーキに夢中になり過ぎて視野が狭くなっていたかな?
「……違うんです」
「じゃあなんでわたしのケーキは欠片しか残ってないのかな? んん?」
「う、う〜〜ん……なんでかなぁ。きっとこれはアレですよ」
そう、これは。
「ルノちゃんという人間の条件反射だね」
「……フユナの気持ちが理解出来た気がします。なるほど、手が勝手に動く訳ですね。よし、帰ってフユナとイチャイチャしよう! さよならサトリさん!」
「それではお会計はこちらになりま〜〜す♪」
その日、私はケーキ二つ分のお金を犠牲にしたことでフユナの気持ちを完全に理解することに成功。それと同時に自分自身の条件反射……というか食い意地に少しばかりショックを受けたことをここにこっそりと記しておく。
その日の夜。
「えいっ!」
バンッ!
「ばりばり」
「……」
サトリさんとのやり取りを思い出すんだ。無防備なチーズケーキを目の前にした時、私も同じように捕食したじゃないか。一緒だね。
「おや? フユナってばまたゴキ――」
「コロリン」
理解はした……が、それでも物事は正確に。なのでコロリンに言い直すように目力強めで訴える私。
「……こほん。また平べったいコオロギを食べてるんですか? 今回限りのネタとはいえフユナのイメージが変わってしまいますよ」
「イメージ? 変なこと言ってるけどコロリンも欲しいんでしょ? はい、どうぞ〜〜!」
「ちが……うっ!?」
バリ。
「〜〜っ!!?」
恐るべしスライムの食事事情。分かっていて尚この破壊力とは。
「よし、私達は先に寝るとしようか。フユナもコロリンもちゃんと歯を磨いてから寝るんだよ。さ、行こうレヴィナ。今日だけはレヴィナが私の娘だよ」
「う、うわっ……そんなに引っ張らないで……。おやすみなさい、フユナさん、コロリンさん……」
それから私とレヴィナが寝室に辿り着くその時まで、リビングにはフユナとコロリンの賑やかな声が響いていましたとさ。
めでたしめでたし。