第164話〜神様のツボ〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
とある日のこと。
天気にも恵まれ、冬にしてはなかなかのポカポカ陽気となった昼下がり。クッキーやビスケット、そしてコーヒーなどが並んだテーブルを囲んで午後のお茶会を楽しむのは私にフユナ、コロリンにレヴィナの四人だ。
「ルノの前髪にもだいぶ慣れてきましたね」
「またコロリンはそんなこと言って。ならなんでニヤニヤしてるのかな〜〜?」
「ちょっと二人共、あんまり意識……させな、いで……ふふっ!」
そんな会話を繰り広げるのは私以外の三人。コロリンは慣れたと言いつつその表情はフユナがつっこんだ通り。レヴィナに関しては相変わらずツボにハマっているらしく、ここ最近の彼女は私の前髪をネタにした会話が始まると毎回笑っているほどだ。
「ふん、私だってそろそろ笑われることにも慣れてきたもんね。せっかくだしレヴィナもお揃いにしてみる? ねぇ、ほら?」
「ちょ、視界に入らないで……ふふっ!」
視界に入らないでとは失礼な。しかしこうも簡単にツボにハマってくれるとこちら側としても少しばかり面白くなってくるというものだ。
溢れる笑顔とみんなの笑い声。家族の団欒を絵に描いたような光景を前にズドン! と何かが落下してきた音が聞こえたのは突然のことだった。
「何か落ちてきたね?」
「どうせまたニセルノでしょう」
「にゃんたこ様にやられたんですね……」
一応の確認のために窓から外を見れば人型に穴が空いた地面があった。その形は確かに件のニセルノの形になっており、それを確認できた私は「ご愁傷さまです」と呟いて静かに窓を閉じる。みんなの予想は大当たりだ。
と、その時。
「みんなしてその冷たさはあんまりだ! なによりホンルノ! 同じ『ルノ』として手のひとつでも差し伸べるのが情ってもんだと思うゼ!?」
そんな言葉と共に閉めたはずの窓が勢い良く開け放たれ再び閉じる。物申すニセルノが我が家に乗り込んできたのだ。
「あ、生きてた。これで地面より頑丈なのは証明されたね」
「それを証明したところでらなんの得も無いゼ!? ちょっとは心配してくれない……の……」
「いや、でもこの物語ってそうそう死人は出ないから大丈夫だよ。てかそれを言ったらニセルノこそ新年早々、私がにゃんたこ様とフウカにリンチされてたとき呑気にお茶会してたじゃん。……どうしたの?」
乗り込んでくるや否や騒ぎ始めたと思ったら突然の黙り込んで一点を見つめ始めるニセルノ。にゃんたこ様に弄ばれ過ぎておかしくなっちゃったのかな?
「ニセルノ。なにしてるの」
と、ここで現れたのはにゃんたこ様。ニセルノが侵入してきた窓からひょっこりと顔を覗かせ『早く戻ってこい』というニュアンスを含んだ言葉を投げかける。やはりニセルノとにゃんたこ様で『お遊び』に興じていたみたい。
「あ、にゃんたこ様。ちょ、アレ見て……ぷふっ!」
「なに。…………あ」
それはここ数日で幾度も直面した光景。私の前髪の異変に気付きツボにハマるニセルノ。そのニセルノに促され視線を移動させた瞬間に黙り込むにゃんたこ様。
自宅だからと、完全に油断していた私はいい笑いものにされる未来しか見えなかった。
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それから数分。
理解の追いついたニセルノは同じ私だけあって全く遠慮せずに笑い転げてくれた。いっその事、ニセルノの前髪もパッツンにしてお揃いにしてやろうかとも考えたが、それよりも気になったのはにゃんたこ様の反応だった。
「……」
無言と無表情。私は人形ですと言わんばかりに動かない。ニセルノのように遠慮なく爆笑してくれた方がこちらとしては反応しやすいんですが。
「あの、にゃんたこ様? とりあえず中に入ったら……お〜〜い?」
ほっぺたをツンツンしてみだがやはり微動だにしない。と、ここで口を開いたのはようやく笑いのツボを克服したニセルノだった。
「ホンルノ。そりゃ酷ってもんだゼ?」
「え、なにが?」
「そうだなぁ……もし私が丸坊主になって突然視界に入り込んできたらどうなる?」
「そりゃ大爆笑するよ。それかあまりの面白さに笑いを堪えることだけに全神経を集中させるね」
「つまりそういうこと」
「……なるほど」
丸坊主ではないが、前髪パッツンという豹変っぷりににゃんたこ様は絶賛大爆笑中……と。ニセルノのように笑い転げなかったのは神様としてのプライドか、はたまた面白さのレベルが限界突破してしまっているだけなのか。まぁ後者だろうな。
「そういえばこの前のドーナツ販売の時はしっかり帽子でガードしてたからなぁ。ニセルノもにゃんたこ様も今日が初見か」
そんな調子で私がうんうんと納得している間も未だにゃんたこ様は動かない。… よく見るとプルプルと細かく痙攣しているので未だツボにどハマり中らしい。
「と、とりあえず中に入ってください。中を覗き込んだままプルプルしてたら怖いですよ」
「……」
そう言ってグイっと引っ張るがにゃんたこ様は本当にお人形のようだった。いつもこれくらい大人しかったらいいのに。
「それにしてもニセルノを見ると妙な安心感がありますね。前髪一つでここまで違うとは……!」
ここでコロリンがオーバーリアクションをしながらそんなことを言うがそれは私にも分かるだけに何も突っ込めない。今や私の方が『ニセルノ』みたいだ。
「となると尚のことニセルノの前髪を私以上にパッツンして……!」
「物騒なこと言ってるなぁ。私は嫌だよパッツンなんて」
「同じ私なのに薄情だなぁ」
そんなブーメランを投げ終わり私も席に戻ろうとするもそこはニセルノに奪われていた。なので仕方なしにソファーの方にお人形と化したにゃんたこ様を持って行って腰を下ろした。
「えっと、にゃんたこ様もコーヒー……無理か。これってもしかしなくても私がここにいたらにゃんたこ様は何も口にできないのでは?」
コーヒーを口に含んだ瞬間、私が何かの拍子で視界に入りでもしたら大変だ。やはりニセルノをこっちに持ってくるか?
「ここでいいよ」
「あ、収まりました?」
さすが神様。弱点(?)を克服するのも早い。
「じゃあはい、コーヒーとお菓子」
「ん。いただきます」
ここでようやく平和な時間がやって来る。ツボを克服した瞬間に外に連れ出されてどんちゃん騒ぎに巻き込まれるかとも思ったが考えすぎだったようだね。
「今日はもうニセルノと遊んだからやらないよ。残りはフリーの時間」
「なるほど。ではゆっくりしていってくださいな」
「うん。(もぐもぐ)」
「さてと。じゃあ私はコーヒーのおかわりを……そうだ」
確か数日前にふらっと遊びに来たフィオちゃんがくれた絶品チーズケーキがあったっけ。ちょうど人数分あることだしみんなに出してあげよう。
「にゃんたこ様も食べますよね、チーズケーキ」
「うん。食べ……。……っ!」
またしても固まるにゃんたこ様。あ、これはやっちゃったパターンか?
「克服してくれたと思ったんだけど……突発的に振られるとキツいのかな」
私はいつまで笑いの種にされるのだろうか。そんなことを思いながらまずはチーズケーキをテーブル組の四人に配り、残りの二切れを持って再びにゃんたこ様のいるソファーへと戻る。
「お待たせしました。チーズケーキですよ〜〜っと」
「……」
腰を下ろす瞬間、チラッとこちらに視線を投げたと思ったらすぐさま正面を向いて黙り込んでしまうにゃんたこ様。まだ慣れないのかこの神様は。
「ふ〜〜ん……? だったらいいこと思い付いたぞ」
今の私は顔面が最強の武器。ならばそれを活かさないなんてあまりにも勿体ない。……なんか自分で言ってて虚しくなってきたな。
「こほん、細かいことはいいや。にゃんたこ様〜〜? チーズケーキ食べないんですか〜〜? ん? ん?」
「……っ!?」
一応、気を利かせてごくんとコーヒーを飲んだ瞬間を狙っての犯行。しかしそこはさすがに神様。無理矢理に視界へ飛び込もうとする私を、視線だけを動かし、時には顔ごと振り回し、ことごとく全てを空振りに終わらせる。
「くっ……こしゃくな。このっこのっ!」
「……っ! ……っ!!」
サッ! ササッ!
未だかつて無いほど必死な回避をみせるにゃんたこ様。年明けに私が【幻蝶・氷華】を披露した時以上の必死さだ。
「お〜〜ホンルノがにゃんたこ様相手に強気だゼ。ぶっとばされるぞ〜〜?」
ニセルノがそんな警告をしてくるが今の私に怖いものはない。いくらにゃんたこ様といえど目を封じた状態であれば遅れをとることはない! ……と、そんな盛大なフラグを立ててしまえばあとはお分かりですよね。
「そ、そろそろ……いいかげんにして」
「へ?」
私の疑問が解消されたのはすぐだった。
顔を背けたままのにゃんたこ様……しかしその頭を見ればぴょろっとはねたアホ毛が確かにこちらへと向けられていた。第三の目……それを思い出した時にはすでに私の全身は氷漬けにされていたのだった。
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その後。
「うん。当たりだね」
目・口・鼻の三箇所以外を氷漬けにされた私は目の前でチーズケーキを人質に取られていた。自分のチーズケーキは綺麗に食べ終えたというのに未だチーズケーキ(私の分)を頬張るにゃんたこ様は実に幸せそうである。
「さ、寒い……! にゃんたこ様、そろそろこれ解いて……!?」
「だめだよ。そんなことしたら調子乗ったルノが私の視界に飛び込んでくるもの。食べ終わるまではそのままだよ」
「ひぃぃ……! だったらせめて再生して何度も食べるのはやめて……!?」
「飽きたらね。くす」
チーズケーキに飽きるまで氷漬け。そう宣言されてからは「あ〜〜ん」などと言いながらチーズケーキを目の前でチラつかされたり、ティッシュを鼻に詰め込まれたり、実に大変な目にあった。
解放されるまでかかった時間は約一時間。神様をからかうのはもうやめよう……そう心に決めるには十分な地獄だったことはここだけにこっそり記しておく。