第162話〜神様の善行②〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
急遽、風邪をひいてしまったドーナツおじさんの代わりにお店を受け持つことになった私、フィオちゃん、そしてにゃんたこ様は早朝から村までやって来ていた。
当の言い出しっぺであるにゃんたこ様がメニューから作り方まで、何度もお店に足を運んでいた自分なら全て把握しているとのことなので、最初は不安を隠しきれなかったドーナツおじさんも安心して休めると言って喜んでいたらしい。
「でも昨日、目の前でアレをやられた時は驚きましたよ。魔法で生地を輪っかにしてポポ〜〜ンって」
実践した方が早いなどと言ってあっという間にドーナツを作りあげたのは圧巻だった。ちなみに「ポポ〜〜ン」とは言ったが実際に油に投入された数はなんと三十個以上。おかげで一人十個ほどお土産にいただけたので実にラッキーだった。
「さてと。それじゃあ張り切っていきますか」
「ん」
「ふぁ〜〜……ねむい……」
本日の天気は晴れ。
気合を入れる私、にゃんたこ様、そして未だ眠そうに目を擦るフィオちゃん。魔女、神、王女の三人が一組になったちょっと異質なドーナツ屋さんが『ヒュンガル』という大自然に囲まれた村でオープンするのだった。
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な〜〜んて気合いを入れたその数分後。私達はやって来て早々、ドーナツの仕込み、道具の準備やテーブルの設置などに奔走していた。これもお店をやっていくには欠かせない立派なお仕事。しかしこの開店準備に物申す輩が約一名現れた。
「あ〜〜ん! もう疲れたぁ〜〜!」
言うまでもない。……ので言わない。
「先生ってば無視しないでくださいよぉ!? 今年はもっとかまってくれるって約束したのに!」
「あは、そんな約束もしたね。でもなんだかんだ言って手が動いてるからさ。なんかフィオちゃんてそういうところかわいいよね」
「そんなぁ〜〜えへ!」
どうやら褒めて欲しかったらしい。まぁ、本当に感心したのでそこは遠慮しないでいいだろう。最初は駄々こねた挙句に地面に仰向けになってぎゃんぎゃん泣き叫ぶと思ったほどなのに。
「そういう意味じゃにゃんたこ様も意外だなぁ……」
見れば組み立て終わった屋台の中ではせっせとドーナツの仕込みを始めるにゃんたこ様の姿がある。魔法を使ってるので負担はほぼ無いにしてもまさかこんな真面目なにゃんたこ様を見れるなんて思ってもなかった。
「私は揚げる専門だよ、なんて言って一歩も動かないと思ってたよ。感心感心」
そんなことを思いながら頷く私。と、その時。
「手を動かす」
「うぎゃ!?」
一番のおサボりだった私に神の裁きとしておでこに氷の弾丸が炸裂した。『ドーナツ』と書かれた幟をユラユラしていただけなのだからそれも当然か……今度こそ本気出します。
「よし。これでオッケー! いつものドーナツ屋さんになってるよね?」
「バッチリ」
「ついにドーナツが作れますね!」
一通りの開店準備が終わったのはそれから数分後のことだった。やはりこういう時、魔法を使えると便利だよね。あとやり残したことは――
「配置決めがまだだったね」
「配置決め?」
「うん。作業を円滑に進めるために重要なこと。そうだね……『揚げ係』と『仕上げ係』と『接客係』って所かな」
一応、他にもテーブルが汚れていたら拭いたりの仕事もあるがその辺は臨機応変に動けば問題ないだろう。
「他はそういう訳にはいかないからね。とりあえずにゃんたこ様が『揚げ係』なのは必然として……ふむ」
この中でにゃんたこ様の次にこのドーナツ屋さんに足を運んでいるのは私。そうなると、多少メニューの知識があるほうが仕上げも捗る。となると消去法で――
「フィオちゃんは接客だけどしっかりできますか?」
「なんでちょっと子供扱いなんですかっ!?」
と、言われましても。忘れているかもしれないがフィオちゃんは王女様なのだ。出来る出来ないもそうだが、なんだか接客を任せるなんていけないことをしている気分になってしまう。
「安心してください。こう見えても先生達庶民と暮らすようになってからかなり勉強しましたから!」
「庶民て……」
微妙に反論したい気持ちもあるが……一通り見せてもらった結果、どうやらその自身は本物みたいだった。不要な心配だったね。
「じゃあそういうことで決まり。元気になったおじさんがびっくりするくらい売り上げちゃおう!」
「ん」
「お〜〜!」
ここからが本場。張り切っていこう!
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ところがオープン早々、私達は予想を上回る客足の少なさに暇を持て余す結果になっていた。
「う〜〜ん。平和なヒュンガルらしくていいけど……暇だね」
「そもそも人口がそれほど多くもありませんしね」
「それなんだよね。……あ」
ここで本日初のお客さんがご来店。ゲラゲラと笑いながらやって来たその二人組はいつか見たヤンキー二人組だ。出会った頃から思っていたがこの二人って食べ物の好みが女子なんだよね……なんて思いつつ、バレたら面倒なので私は顔を隠しておく。
「朝からドーナツっていいよな! ゲラゲラ!」
「バカ! んなだからお前は最近ハラ出てんだよ! ゲラゲラ」
相変わらず元気はよろしいことで。ところがどっこい、その元気はなんてことのない一言で一緒にして吹き飛んだ。
「いらっしゃいませ〜〜♪」
「お、今日はかわいいのが……い!?」
「どうしたアニキ? バケモノでも……い!?」
お客さん第一号に万遍の笑みで接客にあたるフィオちゃん。勉強したと言うだけあってその立ち振る舞いはどこぞの王女様を彷彿させるような品の良さを感じさせるが……それが失敗だったらしい。知る人が見ればさぞ驚くことだろう。なんせ本当に王女様なのだから。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「なんでこんな所にフィオ・リトゥーラ」
「バカ!? 話してねぇで逃げるぞ!」
「「失礼しましたぁ!?」」
ピュ〜〜っと小物感満載のセリフと共に消え去るヤンキー二人組。気合を入れて揚げ始めたにゃんたこ様のドーナツの音が虚しく響き渡る。
「先生。お客さん帰っちゃいましたけど」
「良くやった……じゃなかった。なんてことを……!」
私はむしろ褒めてあげたかったがそうじゃないにゃんたこ様は鋭い目線をフィオちゃんに向けている。こりゃ爆発してしまうのでは――
「いや、よく見てください先生。あの人、ここぞとばかりに口にドーナツ放り込んでますよ」
「すっかり目線に騙されたね。にゃんたこ様、売り物勝手に食べたらドーナツおじさんに怒られちゃいますよ?」
「安心して。ドーナツおじさんなら家でぐっすり眠ってる」
そっか、それなら明日には元気いっぱいですね! とはならない。アレは『バレないから大丈夫』の意だ。まったく。
「ほら、ドーナツ揚げたから匂いに釣られてお客さんが来ましたよ。いらっしゃいませ〜〜」
今は結果オーライということにしておこう。今回やって来たのは老婆のお客さんだ。
「いらっしゃいませ〜〜♪ ご注文はいかがなさいますか?」
「おや、今日はかわいい店員さんだねぇ。どれ、それじゃ持ち帰りで五つほどいただこうかね」
「お持ち帰り五つですね! 少々お待ちくださいませ〜〜♪」
どうやら今回のお客さんはフィオちゃんとも顔見知りだったようで、王女様としてではなく一村人として優しく接してくれたみたい。
「はい、揚がり。お土産用は袋に詰めてね」
「あっ、了解です! 袋に詰めて、お手ふきも入れて……と。はい、お待たせ! フィオちゃんよろしく!」
「ありがとうございます! おばあさん、お待たせしました〜〜♪」
「おぉ、すまんね」
注文から提供までわずか三分。カップラーメンもビックリの早さにお客さんも大満足だ。
「うんうん、私達もなかなかのチームワーク。ちょっと不安でしたけどこれなら行列の一つや二つどうってことなさそうですね!」
「揚げるのが上手いからね(ドヤ)」
「あっ、ドヤ顔! 言っておくけど私の接客がスムーズだったんだからね!」
またしてもしょうもないマウントの取り合いが始まる。この競争心が良いのやら悪いのやら……この二人にとってはこれがいいんだろうなぁ。
と、そんな時。
「あれは?」
視界の端に捉えたのは大小様々な荷物を積んだ大きな馬車。そして行商人であろうその人は、匂いに釣られるかのようにこちらへ一直線にやって来ると、馬車から飛び降りるや否やこんなことを。
「ドーナツか。こりゃ子供達も喜ぶぞ!」
それはもう嬉しそうに。そして最後に一言……千個という驚くべき言葉を口にしたのだった。
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それは一つの依頼と言ってもいい大仕事だった。予想通り行商人であるその人によると、現在は帰路の途中であり、家がある王都に帰れば休む間もなく『子供達にお菓子を配る』という仕事が待ってるらしい。
「妻がやっている、とある学び舎の子供達でね。各地を回っている私のお土産を毎回楽しみにしてくれているんだ」
とのこと。子供達が飽きないように毎回違ったお菓子を見つけるのに苦労しているんだとか。
「そういえば一度、フィオ・リトゥーラ王女が来てくださったことがあったっけな。君のように可愛らしくも品のあるお方でなぁ。千個のお菓子より王女様の訪問にみんな驚いたものだよ。ははっ!」
「へぇ、そんなんですか〜〜! リトゥーラの王女様は有名ですもんね!」
千個のドーナツができるまでの間、行商人の会話に付き合ってあげているフィオちゃんはご満悦だ。目の前でガチ褒めされているのだから無理もない。もし悪口でも言っていたらどうなっていたことか。……ちょっとだけ期待しちゃう。
「ルノ。手は?」
「あ、すいません。今すぐに!」
いつボロが出るのか見ものだが、生憎こちらも暇ではない。にゃんたこ様の魔法を駆使したドーナツが凄まじい勢いで揚がってきているのだから。
「はいはいはいっと! これで五百! あと半分!」
ようやく折り返し地点。既に横のテーブルは山積みのドーナツでいっぱいだ。ここらで一旦積み込んでおくか。
「行商人さん! ドーナツはどこへ?」
「荷台は空だからそこへどんどん放り込んでくれ。……もうできたのかい?」
「いえ、まだ半分しか! 申し訳ありませんがもう少しだけお待ちをっ!」
「半分……いやいや、凄まじい早さだなぁ」
お待たせして申し訳ない。そんなつもりでの言葉だったのだが行商人は感心しているみたいだ。そんな反応をされてはテンションが上がってしまうではないか。
「よっし。それなら積み込みも始めるよ。それっ!」
「おおっ!?」
行商人の驚きの視線の先では袋詰めされたドーナツが次々と宙を舞って荷台に吸い込まれていく。魔女にとってはこれくらい朝飯前だ。
「これは恐れ入った。まさかこんな所で魔女様をお目にかかれるなんて……!」
「残りが完成すればもう一度見れますよ〜〜!」
「そうかそうか!」
自分の先生が褒められてると知ってフィオちゃんも喜んでいる。二人の尊敬の眼差しが眩しいなぁ♪
「にゃんたこ様! もっとスピードアップしてやりましょ! ……にゃんたこ様?」
「許せない」
「へ? なにが……?」
「私の活躍が無視されてる」
「いやいや。にゃんたこ様の揚げるスピードが早いからこそ――」
「決めた。あとは任せて」
「ちょ――うわっ!?」
褒めちぎられる私に嫉妬してしまったにゃんたこ様による一撃が炸裂。私は有無言わさず屋台の外まで吹き飛ばされてしまった。
そして残念な報告。私が抜けて一人になってしまったにもかかわらず、前半以上のスピードで最後の五百個を仕上げたにゃんたこ様はすっかりヒーローになってしまったのでした。もちろん私は過去の人間……まったくめでたくない。
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「いやぁ、どうもありがとう! 王都に来たらぜひ遊びに来てくれ!」
そんなお礼と共に行商人は千個のドーナツが積まれた馬車で帰って行った。
「ふぅ、やりきったね。達成感がすごいや……」
「まだお店は終わってない。ほら、次のお客さんだよ」
「む、了解!」
どうやら大量に揚げたドーナツと魔法による積み込みパフォーマンスが功を成したようだ。オープン直後とは違って持て余す暇は半分以下に減っている。やっぱりこういうのは程よい客足がないとつまらないというものだ。
「はい、ドーナツ二つとトッピングのチョコお待たせ! ……でもこの調子なら胸張ってドーナツおじさんに報告できそうですね」
「そうだね。なによりあの人はここでドーナツを作るのが合ってる」
そう言ってニコリと笑うにゃんたこ様もどこか幸せそうだ。最初はまさかの提案に驚いたものだがなんてことはない。みんな等しくここのドーナツが好きなのだ。
「その通り。(もぐもぐ)」
「あの、にゃんたこ様? だからってつまみ食いは良くないですよ。私、大量注文のときもにゃんたこ様の口に常にドーナツが放り込まれてたの知ってますからね」
「なんのことかな」
そんなどこかのんびりとした一日ドーナツ屋さんは予想以上の成果を上げてドーナツおじさんもびっくり。にゃんたこ様の善行のかいもあって、つつがなく終わりを迎えることができたのでした。