第160話〜これが流行りのヘアースタイル?〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
年明けの行事も一通り終わりを迎え、すっかり静まり返ってしまったある日のこと。
本日は起床するとベッドには私一人だけがポツンと残されていた。ただ単に今日という日はみんなが先に起床したというだけのことなのだが、寝顔を拝めなかったのはちょっとだけ残念だった。……なんて思いながら。
「ふぁぁ……みんなおはよう〜〜……」
大きな欠伸をしながらリビングへとやって来た私を迎えてくれたのは朝食の準備まで済ませてくれていたフユナ、コロリン、レヴィナの三人。新年早々、魔法合戦やらチンピラやらでなかなかに騒がしい日々を過ごしたせいか、ものすごい安心感がある。
「ルノさん。朝ご飯できてるので食べましょう……」
「今朝は新年初のレヴィナサンドですね。この良い香り……ルノサンドはもう見る影もありませんね」
「なんだっけそれ?」
レヴィナがお母さんのような包容力を発揮しながら私に席に着くよう促し、コロリンが献立を発表しつつ私ですら忘れかけていた料理をディスる。そして最後には全く悪気のないフユナの一言が珍しく私の胸を抉った。
ちなみに『レヴィナサンド』はレヴィナが作ったサンドイッチで『ルノサンド』は私。後者はサトリさんのカフェにて『ルノチャンド』として正式なメニューにもなっているのでちょっとした自慢でもある。
「うんうん。なんだかんだで平和なこのやり取りが今の私には幸せそのものだよ」
「見てくださいフユナ。自分の料理が忘れられているというのに喜んでますよ」
「コロリンはルノサンド大好きだもんね〜〜」
「んなっ!? なんでそうなるんですか!?」
「コロリンさんはちゃんと覚えてましたもんね……」
「レヴィナまで!」
朝から騒がしいのなんの。これもまた平和なんて思ってしまうのは親バカな証拠だろうか。
「まぁいいや。んじゃお待たせ。いただきますしようか」
てな訳で家族揃っていただきます。先程コロリンが言っていたように、香りからして腕を上げたことが分かるレヴィナサンドにあ〜〜んと大口をあけてガブリ。……確かに美味しくなっている。
そんな時。
「痛っ。髪が……」
目に入った。なんかチョロチョロすると思ったら自分自身の前髪だった。一番最後に髪を切ったのなんていつだったか……覚えてすらいない。とりあえず今はカラットさんに倣って前髪ちょんまげスタイルでやり過ごそう
「食べ終わったら……今日は髪を切ろうかな。このままじゃレヴィナとお揃いになっちゃう」
もう少し伸ばして目元が完全に隠れればレヴィナ二号の完成だ。双子コーデみたいでちょっと恥ずかしいし視界の確保に苦労しそうなのでやらないが。
「んぐんぐ……。ふぅ、ごちそうさま。素晴らしいお味でした」
「あ。お粗末さまでした……」
ではお腹も膨れた事だし久々の散髪タイムといこうじゃないか。年明けからやらかして悲惨なことにならないように気を付けてね。――そんなフラグを立てたにもかかわらず折っておくことも忘れた私は、この後盛大にやらかすなんてこの時は思いもしなかった。
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思い立ったが吉日。ということで私は食後すぐに歯を磨き、顔を洗って、あっという間に庭まで出てきた。
場所はグロッタの小屋のすぐ横。ちょっとしたお茶会も可能な木造りのテーブルが、同じくグロッタの小屋のすぐ横に生えている巨大なロッキの樹によって時間ごとに日の当たり方が変わり様々な顔を見せてくれる。今日はここで散髪だ。
「鏡よし。ローブもよし。さぁ始めよう」
普段ならコーヒーやお菓子で埋め尽くされるはずのテーブルには氷の魔法で作ったオリジナルの鏡。そして羽織ったローブは散髪後にそれをはたけば片付けも楽チンという計算からだ。
「一体何を始める気ですかな?」
と、ここで現れたのは前述の小屋の主――怪狼のグロッタ。さらにつられるように舞い降りてきたのは大鷲のスフレベルグだった。先日の小動物達に目が慣れてしまったおかげで数割増で迫力があるように見える。
「なんだかワタシ達を失礼な目で見てますね、ルノ?」
「あはは、そんなことないよ。今から髪を切ろうと思ってね。二人もどう?」
「わたくし達は毛繕いという高度な習慣があるのでご安心ください!」
「むしろワタシがやってあげましょうか?」
高度な習慣とはよく言ったものだ。確かにグロッタもスフレベルグも毛並みは綺麗に保たれている。しかしだからといって散髪を任せるわけにはいかないので丁重にお断りした。
「んじゃ気を取り直して……と。周りはこんな感じで良いかな」
三枚の鏡を巧みに使い右や左、後頭部の確認までバッチリ。肩に少々かかるくらいのこれが私のお気に入りだ。
「あとは前髪。ここが正念場だ……!」
慎重にハサミを入れてチョキン。長さは瞼の上くらいまでに揃えて――
「ちょっとすいた方がいいかなぁ? うん、ちょっとだけ」
パッツンも悪くないがそれはあくまで見る側。私自身がそれにするかはまた別だ。
「すきすき〜〜っと……うりゃ!」
シャキィン。迷いの無い見事なハサミ捌きで前髪を一刀両断。ところで……なぜ私は無駄に気合を入れた掛け声とともに髪を切ってしまったの?
「……え」
何かがおかしい。すいた量に対してパサリと落ちた前髪の量が異様に多い。禿げた覚えはないがだからといってすいただけでこれほどの髪が落ちるほどの毛量をしていた覚えもない。
しかし目の前の鏡に映る私の前髪は間違いなく――
「おや、ルノ様。随分バッサリといきましたな!」
「ほう。これはまたなかなかの……フッ」
止まっていた時が動き出す。グロッタの言葉を理解し、スフレベルグを見ればフッと何かを堪える様子が見える。それはもう良好な視界で。
「え? ……待って。ウソだよね……え??」
ハサミさんハサミさん、どうか真実を教えてください。これが夢だと言ってください。……しかしそんな切実な願いも虚しく響くばかりで、私は握っている普通のハサミに目もくれず、ひたすらにテーブルに置いてあるすくことを専門にしたギザギザのハサミを睨むばかりでした。
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「あああああああっ!!?」
「うわぁぁぁん!!!」
「やだぁぁぁ!!?」
その後の私の悲痛な叫びは聞くに耐えないものだった……と思う。テーブルに突っ伏しわんわんぎゃあぎゃあ。突然の叫び声にはグロッタですらビクッと肩を跳ねさせ、当然ながら家の中にいたはずのみんなも何事かと飛び出してきた。
「ルノ、どうしたの!?」
フユナの声が聞こえてくる。続けて「指でも切っちゃったの!?」なんて心配の言葉をかけてくれるがそうじゃない。そうじゃないんだ……!
「ねぇ、ルノ――」
「ストップ!!」
「え?」
ピタリと止まるフユナの足。未だテーブルに突っ伏している私の言葉に困惑しながらもちゃんと言うことを聞いてくれたことには感謝しかない。ひとまずは取り乱してしまったことを謝罪しなくては。
「騒いでごめんね。別に怪我したとかじゃないから大丈夫だよ」
と、テーブルに突っ伏しながらの私。
「そ、そう? びっくりしたけど大丈夫なら……えっと、ルノは何してるの?」
「ん、ん〜〜? 髪を切ってた……いや、切り終わった……かなぁ? あは……」
と、未だテーブルに突っ伏す私。
「そうなんだ。見てみたいなぁ、新しいルノ!」
「うっ!?」
やっぱりそう来るよね……なんてテーブルに突っ伏したままの私は絶望する。前髪が元に戻るまでこのまま耐久しようと思ってたのに……ここまでか。
「後悔先に立たず……!」
「な、何を言ってるの?」
先程までの心配する様子からはうってかわって、今度は困惑しっぱなしのフユナ。……声のトーンからそういう風に感じているだけで私はまだ顔は上げてないよ?
「お〜〜い?」
「ひっ!?」
ビクッと今度は私が肩を跳ねさせる。フユナの声がさっきよりも近付いたように聞こえるのは間違いではないはずだ。『顔上げろや』なんて言いながらグイッとやられたらどうなることか……それなら自分で上げる方を私は選ぶ!
「わ、笑わない? 新しい私を見てもさ……」
「ん? そんなことしないよ。髪切ったルノはかわいいんだろうなぁ!」
「お、えっ……」
ここでついに吐き気すらしてきた。もう私の身体が持たない。え〜〜い!!
「じゃ〜〜ん! どう? フユナ!?」
やけくそになったことが功を成す。ガバッと勢い良く上げた顔。露わになる前髪は眉毛よりも上の位置で綺麗にパッツン。それを見たフユナは――
「? ……あ。……………うふっ!」
結果はご覧の通り。プルプルと震える両手で口を隠すフユナが笑いを堪えられなかったのは仕方の無いことだった。
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あれから再びテーブルに突っ伏してしまった私は意地でも耐久することを選んだのだが――
「……うふっ! か、かわいいから大丈夫だよ? なんて言うかその……(チラッ)新鮮なルノが見れてフユナは嬉しいな! ……うふふっ!」
「やだよ! フユナだって終始笑ってるじゃん!? チラチラ前髪見てるじゃん!?」
なんてやり取りを経て、外にいたら風邪引いちゃうからと結局はグイグイと家の中まで引っ張られてしまった。当然、そんな私を待っていたのは地獄で。
「おや。遅かったですねルノ。……ぷふっ!?」
コロリンにはシンプルに笑われ――
「おかえりなさいルノさん。コーヒーどうぞ……あぁ!? ふっ……ふふっ!!? ふ、拭くもの持ってきます……!?」
レヴィナには笑われた挙句に目の前でコーヒーをひっくり返されてしまった。
「もうやだ……もうやだよぉ……!?」
赤くなった顔をどうすればいいかも分からない。奇抜な前髪をさらけ出してしまったことでいくらか羞恥心は和らいだものの、それでも穴があれば入りたくなる程度には恥ずかしい。村に行くなど以ての外だ。
「大丈夫ですって。そんなこと言ったらほら、私はスライムなんですよ? ――コロコロ〜〜!」
「あ、フユナも! ――ピキピキ〜〜!」
前髪がどうした。こちとらスライムやぞ! とでも言いたげなコロリンとフユナがボンッとスライムの姿に戻って私の周りをコロコロと転がり始めた。なんて優しい子達なの……!
「うぅ、しかもフユナのスライム形態なんて何年ぶりか……コロリンも相変わらずまん丸で……ぐすっ!」
優しくされたことが嬉しいのか悲しいのかはよく分からないがとにかく涙が止まらない。
その時だった。
「そ、そう言えば王都ではそんな髪型が流行ってるんだって聞いたことがありますよ……?」
自分だけフォロー無しはさすがにかわいそうだと思ったのか、レヴィナがそんなことを言ってきた。言わんとしていることは分かる。確かに私も聞いたことがあるような気もする。
「ふ〜〜ん……?」
だがしかし。レヴィナの目線は確実に私の前髪が視界に入らないように固定されている。圧倒的なまでの白々しさだ。
「じゃあさ。これも流行るかな。どう、レヴィナ。ほらこっち見て?」
「いや、その……もう十分ですから……うっ!? ふふっ!!」
「裏切り者めっ!」
「ひゃあ!? 髪をグチャグチャにしないで〜〜!?」
王都で誰の髪型が流行ったかは知らないが、少なくとも今の私の髪型が流行ることは決して有り得ない。それはこの数分でよく分かった!
これはもう数ヶ月は引きこもり生活決定。なんて覚悟したのも束の間、我が家の帽子マイスターのコロリン様のおかげで翌日にはこれまでと何ら変わらない生活を送ることができたのは不幸中の幸いでした。
後日。
「お客様〜〜? 室内での帽子着用はご遠慮くださいね〜〜? (ニヤニヤ)」
「お家に帰らせていただきます」
どこから情報を仕入れたのか、何かと帽子を取ろうとするサトリさんにしばらくの間からかわれたのはここだけのお話。