第156話〜新年あけましておめでとうございます〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
新年の始まり。最初の朝。
起床してリビングにやって来た私は、朝からソファーの上でコロコロしていたコロリンへ向けて元気に新年の挨拶をかましたところ、ものすごく微妙な反応が返ってきた。その後、フユナにレヴィナ、さらにはグロッタにスフレベルグにも一言一句同じ挨拶をしてみたのだが結果は同じ。具体的には――
『みんな! 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!』
『なにそれ?』
みたいな感じ。なんだか自分が変なことを言ったみたいで恥ずかしくなってくる。
「今年もよろしくっていうのはフユナも同じ気持ちだよ?」
「ですがその、あけまして〜〜ってなんです?」
「珍しい挨拶ですよね……」
フユナ、コロリン、レヴィナがそれぞれ言葉を投げかけてくる。どうやらあまり聞かない『あけましておめでとうございます』という挨拶が気になっているご様子。去年も同じく挨拶をしたはずなのだが……どうやら作者のおサボりによって無かったことにされているらしい。許せん……!
「こほん。簡単に言えば『無事に新年を迎えられたね♪ 今年もよろしく!』みたいな意味合いの挨拶だよ」
「「「なるほど」」」
新年の挨拶の説明をすることなんて初めてだったので少々戸惑ってしまったがおおよそこんな意味で合ってる……よね?
「んで、あとはお雑煮を食べるのが定番かな。ほら、あのスープの中におモチが入ってるやつ」
「あっ、去年の今頃に食べたやつだよね! フユナ、あれ好きだなぁ。作者のおサボりで無かったことになってるけど」
「食感がとても面白かったですけど作者のおサボりのせいで無かったことになってるのが許せませんね」
「スープとの組み合わせが絶妙でしたね……。作者のおサボのせいで無かったことになってますけど……」
「お雑煮のことはちゃんと覚えてるのね」
よほどお雑煮が美味しかったのか、作者への恨みの言葉が出てくるのなんの。我が家の家族達にとっては新年の挨拶よりもお雑煮の味の方が記憶に色濃く残っているらしい。
「まぁまぁ。お雑煮は今日もつくってあげるから作者を責めないであげて。今年こそは本気出すって意気込んでるんだから」
「あれ? それって去年の言葉じゃなかったっけ?」
「つまりアレですよ。一生やらないやつ」
「口だけ……」
すいません作者さん。これ以上はフォローできないようなので頑張ってください。
「では気を取り直してと。そういうわけだから今日は買い物がてらみんなに挨拶して回ろうね。グロッタとスフレベルグも一緒に、家族全員で挨拶回りだよ」
サトリさんとサトリさんのお姉さん。カラットさんにランペッジさんなどなど、思いのほか挨拶する人は沢山いることに今更ながら気付いた。今年は初日から大忙しになりそうだ。
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「おはようございま〜〜す!」
ということでやって来ました新年の挨拶回り第一号、サトリさんの家。特徴的な剥き出しの大木と白い壁、そして自然を肌で感じながらコーヒーを飲めるテラス席が今となってはカチコチに凍って冬まっしぐらなのを痛感させられる。
「ん〜〜、ルノちゃん? 今日はカフェはお休みだよ……」
住居スペースとなっているのは二階部分。その扉が開くなり気だるそうな声と表情をセットにひょっこりと顔を出したのは件のサトリさん。完全に寝起きだ。
「今日は新年の挨拶に来ました。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あけまして? ……あぁ、そう言えば去年もそんな挨拶に来たね。どうも、あけましておめでとうございます。フユナちゃんにコロリン、レヴィナさん、グロッタにスフレベルグも。皆さん遠いところからわざわざ――」
寝起きの影響だろうか。いつもの活発な姿が微塵も感じられないサトリさんに苦笑いで対応する。
「なんかお堅い気もするけど……どうもどうも。あ、お姉さんにもご挨拶したいんですけど起きてます?」
「残念ながらぐっすりだね。ちょっと待っててくれれば起こしてくるよ?」
「えっと……ちょっと怖いですねそれ。寝起きでご機嫌ナナメのお姉さんに握り潰されたりしません?」
「私はそんな子供ではありません」
「む!」
ヒュン! こちらも寝起きの影響か、若干ドスの効いた声でしっかりと握り潰す体勢に入ったお姉さんがいつの間にか私の背後までやって来ていた。だが!
「甘い! レヴィナ!」
「わっ!? いた〜〜い!?」
私だって伊達に握り潰され続けてきたわけじゃない。おでこを鷲掴みされる恐怖を敏感に察知した私は迷うことなく身代わり(レヴィナ)を使用し、新年早々の悲劇を華麗に回避した。
「あけましておめでとうございます、お姉さん」
「おめでとうございます。今年も来てくれたのですね、ありがとうこざいます」
レヴィナ片手にペコリと丁寧なお辞儀。それに倣って私も丁寧に頭を垂れる。らしい挨拶を前に晴れ着姿で来れなかったことに少々後悔した。
「ところで挨拶って言ってたけどルノちゃん達はこれからどうするのかな? せっかくだしお茶でもしてく?」
「そうしたいのは山々なんですけど、この後も挨拶回りが控えてるので今は遠慮しておきますね。次はカラットさんかなぁ」
その後にもあの人やあの人……とにかく昨年はお世話になった人が沢山いるのだ。場合よってはゆっくり寛げるのは明日になってしまうかも。
と、その時。
「師匠のところに行くならわたしも一緒に行っていい?」
「私もカラットのところなら行こうと思ってたんです。よろしいですか?」
そう言って支度を始めるのはもちろんサトリさんとお姉さんの御二方だ。別に断る理由もないのでぜひ、ということで新たな仲間が加わって私達は計八人と、それなりの大所帯となってカフェを後にしたのは約三十分後のことだった。
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カフェを出てから数分。村の中央、いつぞやのサイン会場となった噴水広場に差し掛かった辺りで私の隣をのそのそと歩くグロッタが口を開いた。
「ルノ様。まるで仲間を引き連れる勇者のようですな!」
「確かに。今のルノならたとえ山に登ろうが全員がついてきそうですね」
「えぇ……」
続くスフレベルグの言葉に思わず困惑の表情が浮かんだが言わんとしていることは分かる。怪狼と大鷲を従えた私の後ろには四人もの仲間(?)がついて来ているのだ。
「ねぇ、サトりん。次の本はいつ出るの?」
「どうかなぁ。あ、わたしはサトリだから分からないけどね? 新しいネタが見つかるまでは保留……いや、仲良くなった魔女と新年の挨拶回りをするなんていいかも」
なんて事を話している者もいれば――
「レヴィナさん、去年はお店を手伝ってくれてとても助かりましたよ。今年もよろしくお願いしますね」
「えぇ!? いえ、その……今年は……」
「辞めてしまうのですか? (ギンッ!)」
「ひえっ……!?」
最後尾では脅しめいたやり取りがあったり。実に愉快な仲間たちだ。
「平和な証拠だね。年明けからいい傾向だよ……っと、着いた着いた。ここに来るのも久しぶりな気がするなぁ」
鍛冶場が併設された石造りのお店。表のショーケースには色とりどりの武器が並び、裏の鍛冶場から伸びる煙突からは煙は……出ていない。やはり新年初日とあって、この武器屋『カラット』もお休みのようだ。
「気じゃなくて本当に久しぶりだけどな?」
「うっわぁ!?」
油断していると、またしても背後から湧いてでたのは燃えるような赤い髪をうなじで一つ、おでこで一つに纏めた女性だった。初対面の時と同じ現れ方をするこの人は魔女であり鍛冶師でもある店主のカラットさんだ。
「び、びっくりした……。一応、少し前にレヴィナとお揃いのペンダント買いに来たじゃないですか。ほら、今日もちゃんとつけてますよ」
「お、似合ってるじゃないか。だけどあの時はレヴィちんだけが風のように現れて去っていったからな。ルノちんは薄情なんだから」
「あはは……そう言えばそうでした」
あの時はレヴィナの猛プッシュのおかげで会話どころがお店に足を踏み入れることすらできなかったからな。今となってはいい思い出だ。
「ところで今日はどうしたんだ? 久しぶりだと思ったらやたら大人数じゃないか」
「それはほにゃららほにゃらら〜〜という訳がありまして。簡単に言ってしまえば新年のご挨拶に伺った限りです。あけましておめでとうございます、カラットさん」
「おぉ、そうかそうか。あけましておめでとう! 今年もよろしくな!」
「はい、こちらこそ。……ところでなんでそんなに汚れてるんです? 鍛冶場は使ってないみたいですけど」
見ればカラットさんは顔やら腕やら至る所が真っ黒だ。ちなみに背後に湧いてでたときに私の両肩にはその手がガッツリ置かれてしまったので新たなファッションに目覚めてしまっている。
「今ちょうど店の整理をしてたところなんだよ。ルノちんってばせっかくこんな良い武器があるのに全然買いに来てくれないんだもんな〜〜! 在庫が増える一方さ」
「あはは。なんせ私は基本的に杖が不要な魔女ですので。……もしかしてお邪魔でした?」
「とんでもない。休憩するのにいいタイミングだったし、そこまで大変じゃないぞ。なんせ――」
「ランペッジさんですね」
「お、よく分かったな?」
当然。私がカラットさんとくっちゃべっている間、放置してしまっていたみんなの元へ視線を向ければ新たな人物が加わっていたのだから。その人物は金髪の髪をしており、腰には双剣『カラット・カラット』をぶら下げ、意気揚々とフユナやレヴィナと談笑という名のナンパを繰り広げている。
カラットさんと同じく全身真っ黒なのを見ればついさっきまで同じ作業をしていたのは明らかだ。
「おいおい、ナンパとは聞き捨てられないな。オレだって新年の挨拶くらいするんだぜ? てことで今年もよろしく、ルノさん」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。どうもどうも……」
先を越されてしまったな。忘れられているかもしれないがサトリさんの兄弟子なだけはあるということか。フユナにしてもサトリさんとのお稽古に混ざって何かと手伝ってもらってるみたいだし、なんだかんだでこの人にもお世話になりっぱなしだ。
「挨拶は済んだかいルノちん」
「はい。とてもできたお弟子さんでしたよ」
「そりゃあ私も鼻が高いな。……もう行くのかい?」
「そうですね。ご挨拶が済んでない人がいますのでそっちに行こうかと。次は……フィオちゃん達かな」
「ふむ。あのお姫様か。どれ、せっかくだし私もこの機会にお近づきになろうじゃないか」
「あ、一緒に来るんですか? ちなみにフィオちゃんも杖は使いませんよ」
「まじ? せっかくお得意さんになってもらおうと思ったのにそりゃ残念だ」
「あはは。アクセサリーなんかでしたらきっと喜びますよ」
微妙に黒い思惑を抱えるカラットさんはさておき。そうなるとあとはランペッジさんだが――
「聞くまでもなさそうですね。既に支度も済んでるし……」
「はっはっ! バッカもいるんだろ? もちろん行くさ」
とのこと。バカさんとの交流は今でも良好みたいで安心した。どちらかと言えば私とフィオちゃんの方が心配かな。なんせここ最近は顔を合わせてなかったから、自分で言うのもアレだが私のことが大好きなフィオちゃんはご機嫌ナナメかも。
「さてと。それじゃカラットさんの準備が出来次第出発しましょう。私達はそれまで――あ」
ぐぅ〜〜っと鳴いたのは私のお腹の虫だった。食欲の秋はとうに過ぎ去ったというのにこの食いしん坊は……
「なんだなんだ? 誰かの腹が鳴ったみたいだが運が良かったな。今日のために用意しておいたモチが沢山あるんだが……どうだいルノちん? 少し早いがそろそろお昼だしいい頃合いじゃないか? ん〜〜?」
「うぅ……!?」
誰か〜〜なんて言っておきながらその目は私の姿をキッチリ捉えている。ニヤニヤしながらそんなことを言われてしまったら否定のしようがないというものだ。恥ずかしい……!
「そ、そうですね。残りはフィオちゃん達とにゃんたこ様、あとはフウカくらいなので少しくらいはのんびりしても大丈夫そうです。お言葉に甘えちゃおうかな〜〜っと」
「よしきた。それじゃあみんな! ルノちんの腹の虫が暴れ出す前にメシにしよう。さぁ、入った入った!」
「ちょ!?」
とんだ辱めを受ける羽目になったが一方では喜ぶ私がいるのも事実。
一人二人と私の横を通り過ぎていくみんながもれなくニヤニヤし、フユナに至ってはお腹をポンポンまでしてきたが……おめでたい日ということでこれはもう腹を括るしかない。
「じゃなきゃ、恥ずかしくて消えたくなる……」
「おやおや? 腹の虫が聞こえないぞ〜〜逃げ出したか〜〜?」
「わぁ〜〜! もうそれはいいですってば!」
すっかりイタズラ心に火がついてしまったカラットさんに導かれるままにお店に入って扉をバタン。その後、お雑煮の美味しさとみんなとの談笑によって受けた辱めのことなどスッキリと忘れ去ってしまった私でした。