第154話〜尊き自然と動物達〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
昼下がりの草原。
昼食を終えた私は、肌寒い空気と太陽の温もりを感じながら春とはまた違った心地良さに満たされた草原に腰を下ろしていた。
深呼吸をすると体内の温かい空気と冷たい外気がスっと入れ替わりリフレッシュされる、そんな秋特有の空気が食後の休憩にはまさにうってつけ。私は秋という季節が大好きだ。
「ん〜〜空気に混じった甘いお花の香りもまた……」
良い、実に良い。この時期になるとどこからともなく香るコレはいったいなんの花だろう。毎年良いなと思いつつもその正体は不明……長年の疑問だ。
「まぁでも、ある程度の謎は残しておいた方が夢が広がるってね。さて……と」
準備も整ったしここらで昼寝でも、というには少々肌寒い。心地良いことに変わりはないが、秋のコレは春のソレとはまた別物だ。どちらかというと秋空の下では焚き火でもしながら空腹を満たす方が合っている。しかし残念ながらご飯にしても先程食べたばかりなので空腹感は限りなくゼロに近いので、やることも無く外に出てきた私は手持ち無沙汰から自然と周囲の光景を観察するしかなくなっていた。……これがまたなかなか楽しい。
「ここ最近でまた人が増えたからねぇ」
我が家の敷地内に点在する人影の数々。厳密に言えば怪狼や大鷲もいるがここはひとまとめにして『家族』としておく。
今日も今日とて共に戯れているグロッタとスフレベルグ。畑に実ったキャベツを見てうっとりとしているレヴィナ。ひたすらに草原をコロコロと転がるコロリン。そして神様と妖精王に可愛がられるフユナ。約二名、家族ではない人が混じっているが実に賑やかだ。
こうなってくるともう少し敷地を広げたい。そう思った時だった。
「うぎゃ!?」
ガツン! っと頭に走る衝撃は完全に鈍器のそれだった。突然の襲撃者か、はたまたどこぞの規格外達による特訓の流れ弾か、それとも究極の硬さを誇るイタズラっ子の――
「ぷぷっ! ごめんなさい」
「やっぱり!」
犯人はコロコロと転がり回っていたコロリンだった。ぶっちゃけると、ぶつかる前にも何度かすれすれの位置で「コロコロ〜〜」という声が過ぎ去っていくのを確認しているので、いつかやるなぁなんて思っていたがその通りだった。しかもぷっと笑っているところからも分かる通り確信犯だ。
「こら! コロコロする時は人に気をつけなさいって言ってるでしょ!」
「でもあっちでは猛獣が戯れてますし、そっちには畑があるし、向こうの方では遊びと称して天変地異が起こってるんですもん。コロコロする場所がここしかありませんよ?」
「む」
どうやらコロリンも似たようなことを考えていたようだ。よく見ればグロッタ達はいくらか茂みに突っ込んでいるようだし、にゃんたこ様やフウカも草原だけでは足りんとばかりに空へ舞い上がっている。もしかしたらレヴィナも畑を広げたいなんて思ってるのかな?
「これは暴動が起こる前に何とかしなきゃね。……わかった。のびのび過ごせないのも嫌だし久しぶりに敷地面積拡張といこう!」
「久しぶりって……この草原は自然にできたモノじゃないんですか? 私はてっきりこの広大な草原を気に入ったルノが勝手に住み着いたものかと」
「違う違う。最初は家の周りに芝生が生えてた程度だったけど、私が地道〜〜に手作業で広げていったの。この場所だってちゃんとヒュンガルの村長サマに許可もらってるからね」
「あの村に村長サマがいたことはさておき……なるほど」
とは言っても苦労したのは最初だけ。ある日お腹を空かせた小さな狼にご飯をあげた結果、お礼として教えてもらった魔法のおかげで拡張作業はかなり楽になったのだ。魔法の練習にもなって敷地も広がり一石二鳥――というのが約百年前のこと。この世界にやって来て一年が経った頃かな。
「ま、そういうことだからコロリンも一緒にやろうよ。コンゴウセキ魔法で頭カッチカチにすれば大木の一本や二本楽勝でしょ?」
「それで頭突きでもしろと。野蛮なことをさせようとしますね!」
「あはは」
ついさっき似たようなことして私の頭をカチ割ろうとしたくせに。そんなことを心の中で呟きながら、私は懐かしき敷地拡張作業に心が踊っているのを自覚していた。当時は開拓するのに気が遠くなるほどの木や雑草で支配されていたというのに時が経てばコレだ。人間、過去の出来事は美化しやすいと言うが本当だね。
「「「……」」」
そんな感慨に浸りながらうんうんと頷く私、そしてその隣でなんだかんだ言いながらも自らにコンゴウセキ魔法をかけるコロリンを、離れた茂みからじっと眺める視線に気付いたのはすぐ後のことだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
猛獣達のお戯れと規格外達による天変地異発生源とは真逆。安全を考慮して一番平和な茂みに足を踏み入れ、いざ敷地拡張作業スタート。
「よ〜〜っし!」
意気揚々と大木に狙いを定めてずどん! ……と、思ったのだが、開始早々いきなり問題が発生した。目の前に可愛い小動物が現れたのだ。
「ルノ。あなたはこの小動物達を追い出してまで自らの敷地が欲しいのですか?」
「いや、その……」
「あぁ、かわいそう。ごめんなさいね……?」
「うぅ……!?」
このまま放っておけば涙すら流しそうな勢いのコロリン。その足元には身の丈ほどもあるモフモフの尻尾をしょんぼりと垂らすリス。肩や頭にとまっている親子と思しき小鳥達は、心做しか悲しそうにピィピィ鳴いている。
コロリンは半分冗談のつもりだろうが、小動物達に至っては冗談抜きで世界の終わりみたいな空気を漂わせているので私は罪悪感に押し潰されそうになっている。
「わ、わかったよ。木も切らないし君達も追い出したりしないから安心して? ほら、怖くないよ〜〜?」
「「「……っ!」」」
「あ」
チョイチョイと差し出した手を華麗に回避して逃げ惑うリスや小鳥の親子……と、コロリン。完全にネタなコロリンは置いておくとして、小動物達の反応はなかなかにショックだ。
「どうやら滲み出る略奪者オーラは隠せないみたいですね。――あ、聞いてください。そういえば私がここへやって来た経緯もルノ手ずからの誘拐なんですよ?」
「もって何さ『も』って。人聞きの悪いこと言わないの! この子達が誘拐されるかもって怖がっちゃうでしょ!?」
「ちょっとルノ。そんなに騒いだらこの子達が怯えてしまうじゃないですか。――はいよしよし。ほら、静かにしないと」
「納得いかない……」
不安を加速させるような情報提供を始めるコロリンに物申したい気持ちはあるが、当初は換金目当てで捕まえてきただけに否定出来ないので渋々引き下がる。
なんにせよ怖がられているのは事実なのでひとまず触れ合うことは後回しにして安心させることに集中した方が良さそうだ。
「でも接近不可のこの状況で安心させるのって至難の業じゃないかな。これでも狼に懐かれた実績があるんだけど……あ、また距離とられた」
「きっとそれですよ。同じ類だと思われてるんです。――え、捕食される? 大丈夫ですよ。私のコンゴウセキ魔法でカッチカチにして守ってあげますからね」
「も〜〜……人を血に飢えた猛獣みたいに……」
もはや入り込む隙間もない。何故に会話ができるんだとツッコミたいところではあるが、あの仲睦まじさと首を縦に振る動作からも分かる通りあながち間違ってもいないらしい。
「つまりグロッタと同類に見られてるって感じか。そんなに怖い顔してるかなぁ……」
「怖い顔も否定はしませんが、どちらかというと魔力に怯えてるんですよ。動物の中にはそういうのに敏感な子達もいますから」
「くっ……!」
そこは否定してよ! と、危うく叫びそうになるのを抑えつつ、なるほどそういうことかと納得。同時に魔力モリモリで狼を威嚇しなかった過去の自分も褒めてあげる。
――と、ここで。
「まぁその辺は慣れで解決するので平気ですよ。それよりも問題なのは……ルノ、あなたはここ最近にこの辺りの自然に対して破壊の限りを尽くしましたね?」
「はい?」
「何年もかけて育った木々を――え、違う? 大岩を魔法でずどん……あぁなるほど、それは怖いですね」
「は・い!?」
大木を盾にしてヒソヒソコソコソ。小動物達から情報提供を受けているコロリンから次々と身に覚えのない事実が突きつけられる。なんだかあの可愛らしい小動物達がコロリンとグルに見えてきたのは気のせいだろうか……?
「そういうことです」
「いや、どういうことよ。一応言っておくけど私はそんなことしてないからね」
「でもこの子達によるとその人物は『物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力』らしいですよ。まんまあなたのことじゃないですか」
「こら、そこ引用禁止! そしてグル確定! 君達もいい加減にしないと怒るよ! がお!」
「「「〜〜っ!?」」」
狼の如く大口を見せつけるとピュ〜〜っと今度こそどこかへ行ってしまったリスと小鳥。その場に取り残されたコロリンは「あぁ〜〜……」とせっかくの楽しみを失ってしまったかのように残念な顔をしていた。まったく。
「楽しかったのに。……からかうの」
「口に出てるよもう。仕方ないから今日は邪魔な岩を取り除いて終わりにするよ。そうすればあの子達も困らないしまたここで遊べるよね」
「そうですね。でも次はもう怖がらせたりしたらダメですよ」
「何言ってるの。あの子達もコロリンと一緒になって楽しんでたじゃない。もう騙されないからね」
「し〜〜ん……」
「うわ、そっぽ向いた」
そんなこんなで敷地面積拡張作業は何の進歩もなく終了。あの可愛らしい小動物達がいる限り今後もそれは変わらないだろう。
「まぁ、仕方ないね。……あ」
「戻って来ましたね」
だけど収穫はあった。
「ルノ、今度こそ絶対に驚かせないでくださいよ」
「あはは、わかったよ」
再びやって来たのは先程のリスと小鳥の親子だった。最初のビクビクしていた空気はどこへやら。コロリンの足元をちょろちょろと走り回ったり、肩や頭で羽を休めたり、もうすっかり仲良しになってしまったようだ。そりゃもう追い出すことはできないよね。
「略奪者みたいなマネして悪かったよ。お詫びに何か……よし」
邪魔そうな大岩を排除して生活しやすくしてあげよう。そんな純粋な好意をエネルギーに変えていざ!
「ずどん!」
ドカン! 轟音と共に大岩が跡形もなく吹き飛び新たな空間が生まれる。うん、我ながらなかなかの手際だ。これでこのリスや小鳥の親子も私を見直してくれたんじゃないかな。
ところが。
「それ! それですよ! あぁ、また逃げちゃった!?」
「えぇ……」
やっぱり納得いかない。そう思いつつも身に覚えのない行いが現実味を帯びてきてしまっている事実に愕然とするしかない私だった。
みなさんも自然は大切にしましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……
…………
………………
「ずどん!」
ドカン!!
並の人間では到底持ち上げられない程の大岩に至近距離から煌めく氷の弾丸が撃ち込まれる。瞬間、大岩は粉々に砕け散り、小石の雨となって周囲の木にバチバチと音を立てて降り注いだ。
その場を住処としている小動物達にとっては迷惑極まりない行い。自然災害だと勘違いした者がいたほどだった。
「「「……っ!!?」」」
「あぁ、ごめん!?」
そんな野蛮な行いをした人物は果たして誰か。被害者であるリスは「氷のように綺麗な髪だった」と証言し、またとある小鳥の親子は「とんでもない氷の魔法を駆使していた」と話していたという。
「ふぅ。やっぱり岩とはいえ自然をストレス発散に使っちゃまずいか。まったく、にゃんたこ様のお遊びが連日激し過ぎるせいだゼ。今度からはカフェにでも行ってまったりしようっと!」
そう言って現場を去っていく人物は魔女のように箒を飛ばし、凄まじい魔力をその身に宿していた、とも。
そしてそれは不幸にもルノが敷地面積拡張を決心したほんの数日前の出来事だった。
……
…………
………………というわけなので。
「ニセルノ、一緒に来て謝って!」
「うわっ、いきなりなに!?」
後日、ことの詳細をリスと小鳥の親子に聞いたコロリン。そしてそれをコロリンから聞いた私はすぐさまニセルノを連行し、精一杯謝罪したことで事なきを得たのでした。
めでたしめでたし。