第152話〜妖精王の気まぐれ訪問〜
〜〜登場人物〜〜
・ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
・サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
・フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
・カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
・グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
・ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
・スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
・レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
・コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
・フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
・にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
・フウカ (妖精王)
妖精の秘境『妖精郷』に住まう妖精の王。神様とは友人関係にあり、その実力も折り紙付き。風の魔法を得意としており、中でも【風刃・風華】は風魔法最強を誇る力を持っている。
数日前にやって来た氷の魔女。
早々に口から出た『神様と友達』発言には驚いたものだが、いざ手合わせしてみればその言葉の真偽を確かめるのは容易だった。……まぁ、記憶を覗かせてもらった時点で分かってはいたのだけれど。
「人間も捨てたモノじゃないってわけね。あの子みたいに強いのが他にもいるのかしら?」
眼下に広がるのは雄大な山々に囲まれた広大な草原。その隅っこには家が一つ建っている。あの子――氷の魔女、ルノの家だ。
「ふんふん。なかなかいい所に住んでるのね。のんびり暮らすのに良さそうだわ」
さて。心躍るままに妖精郷を出てここまでやって来た訳だけど……特に明確な目的はない。強いていえば『楽しむ』ため。それは美味しい食事かもしれないし、娯楽施設による癒しだったりするかもしれない。
しかし望むのはやはり――
「アタシを楽しませてくれる『強者』がいてくれることを願うばかりね。あはっ!」
前例があるのだからその可能性は充分にある。そんな期待に胸を膨らませながら、アタシ――妖精王フウカは地上に舞い降りた。
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さて。
さてさて。
「……」
どうしたものかしら。
「なんだ貴様は?」
太陽がまだ完全に顔を出し切っていない早朝の時間帯。手始めにルノに早朝ドッキリを仕掛けてやろうと思った矢先、家の横に建つ氷製の小屋を興味本位で覗いたところ、小屋の主――妙に迫力のある狼にそんな質問を投げかけられた。
「……」
白銀の体毛に、鋭い牙が見え隠れする大顎。ギラリと輝く獣の瞳。極めつけは人間一人くらい丸呑みにできてしまう巨大な体躯。見るのは初めてだがにゃんたこにその存在は聞いたことがある。間違いなく怪狼のフェンリルだ。
「あの子のペットか。とんでもないモノ飼ってるのね」
「ほう。このグロッタ様の偉大さを感じ取れるとは見どころがあるな」
「あ、グロッタっていうのねアンタ。アタシはフウカよ。よろしく」
ひとまず落ち着いて会話ができる程度には飼い慣らされているようだ。侵入者を排除すべく襲いかかってくる忠実な番犬であったならそのまま戦闘に突入。フェンリルとの手合わせというなかなかレアな体験ができたのだが。
「まぁいいわ。ところでねグロッタ。ルノはこの家にいるって聞いたけどまだ眠ってるのかしら?」
「なんだ、ルノ様の知り合いか。おそらくそうだが、いったい何の用だフウカとやら?」
「簡単よ。寝ている無防備なあの子に……コレよ」
そう言いつつ指を二本立てて自らの頭に――どん。ジェスチャーを交えながらグロッタにも分かる程度に噛み砕いて説明する。
「そりゃもうブサイク面を晒すことは間違いない――」
「なるほど」
アタシの言葉が被せられた言葉に中断される。瞬間、その場を支配するのは背筋が凍るような冷気と、防衛本能全開の殺気。もしかして噛み砕きすぎたかしら。
「ちょっとアンタ。もしかして何か勘違いしてない?」
「そうだな。ルノ様の友人だとすっかり騙されたわっ!」
やはり猛烈な勘違い。ルノとは出会ってからあまり日も経っていないが、妖精郷にてスローライフを共にした仲であり、お仕置きを共に受けた仲でもある。間違いなく友人だ。
そしてもう一つ。確かに寝込みを襲うみたいな発言はしたがあくまでもイタズラだ。暗殺の類ではない。
「ガウッ!」
「わっと!」
スルリと回避はしたが、高速で迫るその大顎は確かに怪狼の名に相応しいモノだった。どうやら向こうは既に戦闘モード。謀らずも『フェンリルとの手合わせ』が実現したというわけだ。
「ならアタシを止めてみなさい。【逆巻く旋風】!」
「当然だ! 【怪狼・フェンリル】!」
風の塊と氷の牙が衝突し、辺り一帯に砕け散った氷の雨が降り注ぐ。
「良いわね。さすがはあの子のペットってとこかしら。やっぱりここまで来たかいがあったわ」
だが出会って間もない相手を襲撃するなんてまだまだ躾の余地があるようだ。そんな自分を棚に上げる発言を頭の中に留め、しかしアタシはフェンリルとの『手合わせ』に喜びを隠さずに身を投じた。
――が、その時。
「暴れちゃだめでしょ〜〜!」
「ぐお」
ぼふっとお叱りの言葉と共にフェンリルの首裏に飛び乗る一つの影。まるでお遊びに興じるかのように、しかし明らかに常人離れしたスピードをもって一人の少女がアタシの目の前に現れたのだった。
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正直、拍子抜けだった。
滅多にお目にかかれないフェンリル。そんな相手との手合わせはアタシの心を大いに踊らせたがまさかのお預けをくらってしまった。アタシよりも小柄なたった一人の少女によって。
「あの、ごめんなさい。グロッタが乱暴して」
「しかしフユナ様。この輩はルノ様の寝込みの隙をついて『どん』とやる気だったのですぞ?」
「え〜〜?」
フユナと呼ばれるこの少女もどうやらこの家の住人らしい。礼儀の良さもさることながら、妖精のアタシを持ってしても可愛いと言わざるを得ないその見た目も相まって、とても『いい子』といった印象を受けた。
「ん? フユナってどこかで聞いたような……」
……そうだ。確かルノが妖精郷から出ていく時に、ようやく会えると歓喜しながら異常なまでのハイテンションでその名前を口ずさんでいたはず。この子のことだったのか。
「あの〜〜大丈夫ですか?」
「あぁ、ごめんごめん。アタシの名前はフウカ。決して怪しい者じゃないから安心して?」
「ふん、ルノ様が言っていたぞ。不審者は身バレしそうになるとそうやって必死に笑顔を作って取り繕うのだと。今の貴様はまさにソレだ」
「だからグロッタはそういうこと言わないの〜〜!」
「ゲラゲラ!」
アタシの目の前で繰り広げられる光景は実に微笑ましモノだった。叱りつけながらもボフボフと毛並みを楽しむフユナと、先程までの迫力はどこへやら……ゲラゲラと大口を開けて笑うグロッタの姿がある。種族を超えた家族の姿だ。
「なんだか早朝ドッキリなんて雰囲気じゃなくなっちゃったわね。どうしようかしら……」
「そっか、ルノを訪ねて来たんだよね? 今呼んできます!」
「あ」
アタシの返事も待たずにピュ〜〜っとすっ飛んでいくフユナ。随分と元気な子だ。
「はぁぁぁ……癒されるわねぇ。んで、アンタは何食べてるの? 美味しそうね」
再びグロッタと二人きりになったことで新たな変化に気付いた。ガツガツと何を食らっているのかと思えば、無造作に大きな焼き魚が数匹転がっているではないか。それも焼きたての香ばしい香りを漂わせながら。
「ふっ、これはフユナ様が直々に調理してくださった魚だ。美味いのはもちろん、当然貴様にくれてやる分などないぞ」
「あ〜〜そうやって。いいじゃない一匹くらい。せっかくだからアタシが魚の食べ方を教えてあげるわよ。ほら、まずはこうしてちゃんと骨を取り除いて――」
「こら! このグロッタ様の食事を横取りするとはいい度胸だな! 骨を取ったら量が減るだろう!」
「アンタねぇ、骨を舐めてたら痛い目見るわよ。運が悪ければ喉がズタズタになるんだからね。お、上手く取れた。うん、美味しい!」
「だから食うなと言ってるだろう!? ガウッ!」
「うわっ!? ちょっと、アタシは客人よ! 乱暴にしたらまたフユナに怒られるわよ?」
「ふん! 貴様ごときバレる前に食らいつくしてやるわ!」
「いいわ。引く気がないならアタシが改めてアンタを――」
「あの〜〜フウカさん?」
躾てあげる。焼き魚片手にそう意気込んだ時にフユナが戻ってきた。しかし見たところルノの姿はない。外出中だろうか?
「えっと、フウカさんが来てるよって言ったんだけど、そしたら……」
申し訳なさそうにフユナが口を開く。説明によると、ルノは寝言のように返事をしたかと思えば「フウカ〜〜? 放っておいてもその辺で勝手にお昼寝でもするだろうからいいよ。私は……まだ眠い……すやぁ」などと言ってさらなる眠りに落ちたと。さすがアタシのスローライフに平気でついてきただけある。
「まぁ大丈夫よ。フラっと遊びに来たのはアタシの方だしね。気長に待つわ」
「それなんだけど、待ってる間良かったら一緒に朝ご飯どうかなぁ?」
「あら」
差し出されたお皿の上にはついさっきグロッタから強奪したのと同じ焼き魚と、数種類の野菜の盛り合わせがあった。それが両手に一皿ずつ。アタシとフユナの分みたいだ。
「フユナ。アンタってばなんていい子なの。遠慮なくいただくわ」
「貴様、人の魚を奪ったのだからもういらんだろう」
ボソッとグロッタの呟きっぽい声が聞こえてきたが……聞こえなかったことにしておく。せっかく心優しいフユナが用意してくれた料理を押し返してしまっては勿体ない。何よりアタシの胃袋にはまだ余裕がある。
「じゃあこっちで一緒に食べよう!」
「そうね。ん〜〜いい匂いだわ」
お互いにお皿を片手に持ち、もう一方の手は……フユナがギュッと握ってアタシをすぐ近くにある野外テーブルまで案内してくれた。そして仲良く「いただきます!」と。
「これは……」
「どうしたの、フウカさん? あんまりお口に合わなかった?」
「そんなことないわよ。この焼き魚は絶妙な塩加減が最高だし、この野菜達も絶妙な塩加減のドレッシングによって最高の味に仕上がってるわ。だけどね、アタシが驚いたのはアンタによ」
「フユナに?」
キョトンと目を丸くするフユナは意味が分からないといった様子だがそれがまたアタシの考えを肯定してくれる。すなわち――
「フユナ。アンタはまるで『妹』みたいだわ」
「それじゃあフウカさんは『お姉ちゃん』だね!」
「お姉ちゃん」
なんて良い響きだろうか。ルノとの出会いで変わった人間へのイメージが更新されたと言ってもいい。やはりここへ来たことは間違いではなかった。
「良い……良いわね。それじゃフユナはこのアタシが正式に『妹』に認定してあげるわ。改めてよろしくね、フユナ」
「うん。よろしくね、フウカお姉ちゃん!」
予想以上の収穫。
こうしてアタシに可愛い妹ができたのだった。
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ワイワイガヤガヤ。目覚めはそんな賑やかな笑い声からだった。フユナの声。グロッタの声。そして何故かフウカによく似た声もある。私は数日前に妖精郷から帰ってきたはずなので気のせいだろう。
「フユナはね、山の泉で氷漬けになってた所をルノに助けてもらったの。それからグロッタに出会ったんだよね」
「そうでしたな! 憎きカラットによって洞窟に封印されていたところをルノ様とフユナ様に助けていただいて!」
「ふんふん。そんなことがねぇ」
寝起きでボーッとする頭のまま五分……十分。時間が経過していくにつれて声の数はさらに増えていく。
「ワタシは勝手に住み着いただけですがそれを許してくれたルノには感謝しかありませんね」
「私は劇団としてヒュンガルにやって来たときにルノさんに手を差し伸べていただいて――」
「私はスライムの島から攫われて――」
「ふんふん。スローライフのみに生きてると思ったけどあの子も頑張ってるのね。最後はなんか違う気もするけど」
激しく同意。だけどコロリンはツンデレなので特に気にはしない。というか家族ではない誰かの声が混じっているのはやはり気のせいではないらしい。そういえばフユナが起こしに来た時にフウカがどうとか言っていたのは夢ではなかったのか。
「ふあぁ……ぁ……私も合流するかな。フウカも来るなら言ってくれればいいのに」
そんなことを呟きつつ大きな伸びを一つ。程よく身体がほぐれたところでいざ出陣。寝室を出て階段を下りリビングを通り玄関へ。その間にも賑やかな声は絶えず私の耳を震わせ続ける。
「私が寝てる間に随分と仲良くなっちゃったみたいだね。気さくな妖精王様だ」
実に良いことだ。フウカは少々気の強い部分があるが特に問題なく馴染んでくれたみたい。それどころか馴染みすぎて――
「アタシもここに住んじゃおうかしら。あはっ!」
なんてことを言っている。やれやれと思いつつ、外に出てみれば既にその気満々でテーブルを囲んでお茶をしていたので私はたった一言だけ。
「日が暮れたら帰ってね」
「ガ〜〜ン……」
ポンポンと。後ろからフウカの両肩に手を置いて笑顔をかえしておいた。
その日の夕方。
「またね、フウカお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん?」
フウカのお見送りをするフユナが妙な呼び方をしているではないか。これはいったい?
「うん。フウカお姉ちゃんがフユナのことを妹みたいだって言ってたの。それで、ほにゃららほにゃやらら〜〜ってなったんだ。えへへ〜〜妖精のお姉ちゃんができちゃった!」
「なっ!?」
いつの間にそんな羨ましいことが!? 次にフウカに会った時には詳しい話を聞いてみよう。
そう心に誓った私でした。