第151話〜初めての妖精郷③ 妖精王とのスローライフ〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
「こら〜〜いい加減起きなさいよ」
「うぅん……あと五分……」
後頭部に感じる心地良い温もり――膝枕のおかげでついそんな言葉を口走ってしまう。今も私を支配するのは全身の気だるさ。正直なところ、起きようとしても起きれないというのが現実で口を動かせたのも奇跡に近い。できることならあと一日いや、二日くらいはゆっくり眠らせて欲しい。
「はぁ……もういいわ。ちょっと口開けて」
「んぁ」
無意識というものほど怖いものは無い。無防備に開けた口に突如流し込まれた一杯の水。決して飲もうとして口に入れた訳ではない水は、ある意味どんな魔法よりも強力な威力となって私の身体に盛大なダメージを与える。要するにむせた。
「ゲホッ!? ゲホッゲホッ!!」
「あら。起きたの?」
「こ、この人でなし!? 妖精王なんて名ばかりだ!?」
「せっかく助けてあげたのにその言い草は酷いんじゃない?」
「……あ」
言われてようやく気付く。自分の足で立つことも叶わなかった身体はすっかり回復し、数秒前とは桁違いの生命力が全身に満ち溢れていた。
「もしかして?」
「『妖精の雫』のおかげよ。アンタ、冗談抜きてヤバかったんだから」
フウカの説明によるとこういう事だった。
私が最後の手段として放った氷の最強魔法【大輪・氷華】はフウカに直撃するよりも前に、同じく風の最強魔法【風刃・風華】によって真っ二つにされた。その結果、氷の大輪の一部が私の真上に落下。強大な圧力を伴ってそのまま私を押し潰したと。
「プチってね。氷が消えた後にはそりゃもう綺麗な華が――」
「あ〜〜わ〜〜!? 言わないで! 言わないでいいから!?」
「何よ。勝負の結果をキチンと知ることも勉強よ?」
「その説明だけで充分!!」
自らの全身を見れば、服はボロボロだし自分の右手に至っては服が肩の部分からごっそり無くなってそこだけノースリーブになっている。説明されるまでもなく悲惨な光景が頭に浮かんでくる。
「もういやだ。なんで同じ日に二回も自滅させられなきゃいけないの……? 私って攻撃を当てる必要もないほどカスなの……?」
「何言ってんのよ。当たってたらアンタ跡形もなく吹き飛んでたわよ。落ち込むよりもむしろこのアタシに本気を出してもらったことに感謝しなさいな」
「本気かぁ……」
頭をよぎるのは何の変哲もない風の刃。ただ速く、ただ鋭く。それだけを極めた魔法が私の全力を真っ向から否定したのだ。たしか名前は【風刃・風華】といったっけ。
「自分で言うのもアレだけど私は氷の魔法だけは自信あったんだよね。しかも最後に関しては一応氷の最強魔法だよ?」
「知ってるわ。なんせ【大輪・氷華】はあの子の魔法だもの。それとアンタ。はっきり言って異常よ」
「まだそれ言う? にゃんたこ様と友達なのは魔法を見れば分かるでしょ?」
「それはもう分かってるわよ。アタシが言ったのはアンタの実力のこと。こんなに楽しい勝負は久しぶりだったわ」
実を言えばそれは私も同じだった。死ぬかもしれないギリギリの勝負の中、過去最高レベルの集中力を発揮できたおかげで【大輪・氷華】の扱いもだいぶモノにできた気がする。無事に生還できたから言えることかもしれないが。
「なんにせよ良い印象を持ってくれたなら良かった。同じ日に二回も『規格外』を相手にしてヘロヘロになったかいがあったよ。てことでもう帰っていいかな?」
「別に良いけど。帰り方は分かるの?」
「……」
一刻も早く帰宅して今度こそフユナと戯れる。そう考えるとだんだんと沈んだ気分も回復してきたがそもそもの問題に直面してしまった。
「考えてなかった。どうやって帰るの?」
「教えな〜〜い♪」
「!?」
まさかの答え。帰って良いと言いつつ帰り方は秘密だと。
「あはっ! ごめんごめん。そんな絶望に染まった顔しないでよ。アタシがいじめてるみたいじゃない」
「あながち間違いでもないけどね……。家族に会えないのは私にとって死活問題だもん。それでどうやって帰るの?」
「簡単よ。アタシがアンタを飛ばしてあげればそれでも終わり」
「なんだ、簡単じゃない。それじゃお願いしていいかな?」
「だめ〜〜♪」
「なんでよ!?」
「だってアンタ、そもそもここに飛ばされてきた意味を忘れたの? このまま帰ってもまたあの子に飛ばされて終わりよ」
「うっ……たしかに……!?」
「ね? だからアンタはこのまましばらくここで過ごしなさい。修行は許可してあげる」
「そんな……」
つまり私はこの妖精郷にて囚われの身となってしまったと。はっきり言って神や妖精王と対等に渡り合える実力を身につけるとなるとどれほどの時間が必要か想像もできない。下手したら本当にこのまま妖精郷の住人になってしまうのでは?
「まぁ、そんな絶望することもないわよ。妖精郷は見ての通り素晴らしい秘境なんだから。むしろアタシの不興を買ってあっちこっちたらい回しにされなくてよかったじゃない」
「そう……だね。うん、そうかも」
そうだ。ここに足を踏み入れた時のことを思い出せば決して悪い話ではない。見渡す限りの芝生に数々の虹と泉、そして可愛らしい草花。夢のような光景を前にして気持ちが昂っていたことを思い出すんだ!
「気持ちの整理はできたみたいね」
「うん。せっかくフウカにも出会えたんだし得るもの得ないと勿体ないよね。よし、さっそく!」
「よろしい。じゃ、アタシについてきなさい。移動するわよ」
次はどんなに光景を目にすることができるのか。そして成長した私はにゃんたこ様にどれ程近付けるのか。そんな期待心を踊らせながら私はフウカの横に並んで歩みを進めた。
数分後。
「ちょっと待ってて。すぐに準備するから」
「は、はぁ……?」
案内されたのはフウカと少々の親睦を深めた(?)見覚えの切り株――からさらに奥へ進んだ場所にある一軒家だった。とは言ってもその造りはとても簡単で、使われているのは全て木材。扉を開ければ目の前に広がるのは大きな部屋のみ。トイレや洗面所のような部屋もあるようだがおおよそはそんな感じだ。
「ここで修行するのかな? 座学とかはあまり気が進まないんだけど……」
「なにブツブツ言ってんの? とりあえずそこに座ってこれでも飲んでなさい」
そこ、というのは部屋の中央にあるテーブル。そしてこれ、というのは木製のカップに注がれた液体――つい最近嗅いだ覚えのあるそれは『妖精の雫』だ。まるで友人の家に遊びに来てお茶を出されたような感覚に陥ってしまうな。
「うん、やっぱりおいしい。なるほど、修行の準備としてこれを飲むんだね。魔力が増強されるということはそれだけ修行を続けることが可能になるもんね」
そう結論付けた私は気合いを注入するようにカップの中身をグイッと飲み干す。改めて思うがこれだけ美味しくて魔力増強、さらに回復の効果まで得られるとは本当に素晴らしい。メリットしか存在しない夢の飲み物だ。
「……よし」
それならもう一杯。空になったカップに雫を追加すべく、目の前に置かれている入れ物の瓶を手に取った時だった。
「あ、ちょっとアンタ! これから色々出すんだから飲み過ぎないでよね」
「いろいろ?」
なんだその「ご飯前にジュース飲み過ぎちゃダメよ」みたいなセリフは。なんてことを思いつつフウカの方へ視線を向けると、背中で見えないがその手元は忙しなく動き、甘い匂いやら香ばしい匂いがこちらまで漂ってきており、ご飯的な何かの用意をしてくれていることは理解できた。
「いい匂いだねぇ。フウカ、それは何作ってるの?」
「まだ秘密。『絶品』とだけ言っておくわ」
「へぇ? じゃあ気長に待ってるね」
そのまま五分。十分。やがて十五分が経とうとしたその時だった。
「お待たせ。『フウカサンド』に『フウカクッキー』よ」
「え、共食い?」
「逆巻く――」
「わ〜〜! うそうそ!? 美味しそうだなぁ!」
テーブルの上に並べられたのは赤や緑、黄色など数種類の野菜が挟まれたサンドイッチと、焼いてあるにも関わらずほぼ真っ白の美しいクッキーだった。どちらの料理にも『フウカ』の名が刻まれていたので羽の一部でも練り込まれているのかと思ったが違うみたい。むしろどちらの料理も隠し味に『妖精の雫』使用しているので味にはかなり期待していいんだとか。
「ふむふむ。では遠慮なくいただきます」
「どうぞ。おかわりもあるからね」
「うん、ありがとう」
フウカと出会い、そして理不尽な勝負を体験してきた身としては、どちらかと言うとその言葉遣いもあって圧力のある雰囲気の方を強く感じ取ってしまうが、こうして食卓を囲んでみればこれだ。
まさに至れり尽くせり。親と言われれば納得してしまいそうなこの面倒みの良さを体験してしまうと、評価は一変。この妖精郷にて母性溢れる妖精王監修のもと、スローライフに入り浸りたいなんて思ってしまう。
「お母さんおかわり!」
「はぁ? 何寝ぼけてんの。はい」
こんがりと焼きあがったパンに挟まれた新鮮な野菜の組み合わせはそれだけで一つのご馳走だった。そしてクッキーの方は甘いと思いきやまさかの塩味。どちらも食べたことの無い味で手が進むのなんの。最後にもう一度おかわりをもらったところでようやく手は止まった。
「ふぅ、ごちそうさまでした。本当に美味しかったよ」
「そ。なら良かったわ」
至福のひと時を過ごしてホッと一息つく。しかし静寂な空間に身を置くことで考える時間ができると、思い出されるのは『修行』の二文字だった。
「居心地が良すぎて忘れるところだった。一休みしたら修行しないとねぇ」
静寂な空間だけにボソッと呟いただけの言葉はよく響く。それを聞いたフウカは――
「はぁ? まさかこの後にするつもりだったの? 今日の分はさっき終わったじゃない。あとはスローライフの時間よ」
「……今なんて?」
「スローライフ。今日はもうゆっくり過ごすって言ったのよ」
「んなっ!?」
私は文字通り驚愕した。たしかに勝負自体は生死をかけた戦いと言っても過言ではなかった。だがそれでも時間にしてみれば一時間にも満たない短いモノだ。それを『本日の分』とするフウカはやはり……できる!
「まさかアンタ、スローライフの素晴らしさを知らないワケ? いいわ。この妖精郷で過ごす以上はアタシが手取り足取り――」
「一生ついて行きます先輩」
フウカのスローライフ好きが発覚した瞬間、私はこの場所へと飛ばしてくれたにゃんたこ様に絶大な感謝を捧げた。
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「さ、ここかアタシのお昼寝スポットよ」
続いて案内されたのは森の中にぽっかりと空いた芝生の空間だった。
「いや待って。これさ、芝生ってレベルじゃないよね?」
「安心なさい、よくあることだから。んじゃよろしく」
そう言って私の肩をポンと叩くフウカ。おそらくこのボーボーに生い茂った芝生を手入れして最高のお昼寝スポットを復活させろということだろう。スローライフのための苦労なら安いものだ。
「ちなみにちゃんと魔法を使ってやるのよ。アンタ、風魔法の類は使えるのかしら?」
「一応使えるけどそれだけかな。フウカの足元にも及ばないよ?」
「使えるならオッケー。威力はそこそこで構わないわ。この一帯の芝生を『少ない手数』で綺麗にしてちょうだい。一発放つのに一秒以上かけちゃダメよ」
「なるほど。素早い詠唱で威力の高い魔法を放てと」
「そんなとこね。じゃあ始めて」
広さにして端から端までおよそ百メートルの円形スペース。このくらいであれば一発。だが『芝生を』と言われた以上はそういうことなのだろう。周囲の木々を傷付けない配慮を踏まえて二発くらいか。
「まずは一発。うりゃ!」
掌から放たれたカマイタチの魔法が大部分の芝生を一気に刈り取る。仕上げとして、加減し過ぎて手入れの行き届かなかった外周部分の芝生へ――
「ぐるっと!」
「きゃあああ!?」
一発目で見極めた距離に合わせて風の刃を形成し、中心でクルっと回転。これにて綺麗な円の形に手入れが完了だ。
「うん、我ながらなかなかの手際だね。……あ、ごめんねフウカ?」
「今さらな謝罪ね! もう少しでアタシのチャームポイントが切り落とされるところだったわよ!」
フウカの頭にあった二本のアホ毛のことだろう。恐れ多いことにそのうちの一本は犠牲になっており芝生の一部と化しているのだが……言わないでおこう。
「まぁ割とマシな風魔法だったのは褒めてあげるわ。七点」
「お、やったね。もう少しで満点だ」
「はぁ? アンタ馬鹿なの? 一割にも達してないのに」
「百点満点なのね……」
やれやれ。そんな雰囲気を滲ませながらフウカは手入れされた芝生をポンポンと叩きながら歩みを進め、やがて腰を下ろした。
「なになに? そこが妖精王も認める場所なのかな? んじゃ私もそこにしよっと!」
「コラ! ここはアタシの場所よ。広いんだからあっち行きなさい」
「だめだよ。私はこの妖精郷で最高のスローライフをおくると決めてんだから。というかさっきフウカが言ってた『スローライフの極意を教えてやる』みたいなのはどこいったのさ?」
「ん〜〜……そんなこと言ったっけぇ?」
聞いているのかいないのか分からない曖昧な返事をするフウカは既にお昼寝モード全開だ。人のことを放置してスローライフに入り浸るとは……こののんびり屋さんめ。
「しょうがないわねぇ。ならアンタもお昼寝すればいいでしょ。その辺の場所ならあげるわ」
「じゃあお言葉に甘えて。ところでいつ頃まで寝てていいのかな? 夕飯時には起きた方がいいよね」
「それっていつのこと言ってんの?」
「???」
寝ぼけてるのか? 夕飯時と言えば文字通りだ。日が暮れたら夕飯を食べてお風呂に入って寝る。ごく普通の生活習慣のはずだが?
「あ〜〜はいはい、そういう事ね」
「ちょっと……ドキドキさせないでよ」
フウカに習って芝生に寝そべっているところにまさかのボディタッチ。左手に何かが触れたと思ったら彼女の手だった。
「寝ぼけてないわよ。失礼ね」
「ギクッ! なんで分かったの!?」
「記憶を覗けばイッパツよ」
「へぇ、記憶。……ちょっと待って。なにとんでもないモノ覗いてるの!? てかやっぱり『あの時』も私の記憶を見てたんだ!?」
あの時。泉の前で出会って間もない時、私のおでこに手を置いてふんふんうんうん唸っていたアレだ。
「あら。よく覚えてたわね? でも安心しなさい。対象に触れてなきゃ記憶は覗けないし、見えるのは一日分だけだから」
「安心できる要素が全く無いんだけど。にゃんたこ様といいフウカといいデリカシーがないなぁ」
これじゃフウカの目の前でうかうかお昼寝もできないじゃないか。あんな夢やこんな夢を見てたらどうするんだ……
「妙な妄想してる所悪いけど話を戻すわね。『夕飯時』とか言ってたけどここにはそんな概念はないわよ。ご飯は食べたくなったら食べる。寝るのも起きるのもその時の気分よ。なんせここは朝も夜も存在しない秘境なのだから!」
「んなっ!?」
言われてみれば、妖精郷にやって来た時から太陽の存在が無いことはずっと疑問だった。それがまさか朝昼晩の概念が皆無な事に直結するとは思いもしなかった!
「フウカ。どうやら私は妖精郷の素晴らしさを見誤っていたようだよ。ここは間違いなく秘境だ……!」
「ようやく分かったようね。ならもう言葉は必要ないわね?」
「もちろん。私もめいっぱい寝る!」
食っちゃ寝、食っちゃ寝を気の向くままに出来る。私はその素晴らしさをフウカと共に噛み締めながら、修行もそっちのけでひたすらにスローライフをおくるのだった。
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そしていくらか時間が経過したある日のこと。
「ルノ、アンタも起きて。ご飯出来たわよ」
「んぁ……? もう朝か。今いく〜〜」
正確に言えばここでの目覚めを私が勝手に『朝』と定義しているだけであって実際の日付は不明だがその辺は深く考えないようにする。なぜならここはスローライフのための楽園だから。
「とりあえず私は本日分の仕事をしてから行くかな。飲み水代わりの雫を汲んでくるだけなんだけどね。ふふ、スローライフ最高」
すっかり身になりつつある妖精郷のスローライフについ心が踊らされる。兎にも角にもそんな時にその人はやって来た。
「なにしてるの?」
「へ? ……あ」
にゃんたこ様だ。心配になって様子を見に来たのだろうか? そんなに心配しなくても私はこうして有意義な時間をすごしているので安心して欲しい。
「あら? 来たのねにゃんたこ。ちょうど今からご飯にするところだけど一緒に――」
「フウカ。修行してる?」
「修行」
フウカの返事は決して「修行してるよ」の意ではなく、質問の意味が分からずにただ復唱してしまっただけという雰囲気だった。
「お願いしたでしょ。ルノのこと」
「あぁ、それなら昨日も実戦形式でバッチリ修行したから大丈夫よ。この子ってばなかなかの実力で驚いたわ。すごく楽しめたしにゃんたこにもお礼を言おうと思ってたんだから。ありがとうね」
「それはなにより。だけどね、一週間前を『昨日』とは言わないよ」
「はぁ?」
ここで私とフウカの頭の中は等しく疑問符で埋め尽くされる。数秒の無言という時間を経ても相変わらずだ。
「……ちょっと。どういうこと?」
「いや、私に振られても。なんせここは気の向くままに食っちゃ寝を繰り返せる幻の秘境だからね。『昨日』とか『一週間』とか言われても……分から……ない……」
そこまで言って私はようやくにゃんたこ様の言葉の意味を理解した。いや、しかしそんなはずは……!?
「ルノはあなたより賢いみたいだよ。フウカ、あなたは?」
「……うそよね?」
返事を聞くまでもなかった。質問を受けた当の本人は既に動くことも叶わない石像同然。絶え間なく滴り落ちる大粒の汗が事の重大さを認識したことを如実に示している。
「あ、あの……にゃんたこ? せっかくの可愛い顔が台無しよ? ご飯……一緒に……食べよ……?」
「うん。じゃあルノも一緒に」
「いや、私は!?」
断固拒否する! なぜなら今のにゃんたこ様が言っている『一緒に』は間違いなく――
「お仕置きしてからね」
「「いやだぁぁぁ!?」」
響き渡る私とフウカの絶叫の声。どんな幸福も崩れてしまえば実に呆気ないものだった。
「ごちそうさま。それじゃ、さっそく修行しよう。朝昼晩の概念がないからいくらでもできるね?」
「「ひぇ」」
これからも続くと思われた妖精郷を舞台にした至福のスローライフ。それは残念ながらにゃんたこ様直々の抜き打ちチェックによって虚しくも終わりを告げてしまったのでした。
ではそうなると気になってくるのはこの先、妖精郷での生活はどうなるのか?
簡単だ。
「咲き誇れ。零の導き――」
「来る!? フウカ、何とかして!」
「氷ならアンタの得意分野でしょうが!?」
「【大輪・氷華】」
「「ぎゃあああ!?」」
待っていたのはサボりにサボった一週間分の修行。『遊び』または『お仕置き』と称した一方的な蹂躙。
言うまでもないことでした。
めでたしめでたし。