第137話〜花粉の季節がやって来た〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
季節は春。
すっかりぽかぽか陽気となった空気はコーヒーとお菓子――その辺はいつもと同じだが、とにかくスローライフを送るにはうってつけ。私は引っ張り出してきたベンチで寝落ち寸前である。
「はーーい、グロッタ。取っておいでーー!」
「お任せ下さい! ガウガウ!」
すぐ横の草原から聞こえてくるのはフユナとグロッタが戯れる平和な声。
「あ、いい感じに実ってる。よいしょ……」
「レヴィナはすっかりおばあちゃんですね」
「えぇ……」
さらに、後ろの畑から聞こえてくるのはレヴィナとスフレベルグのこれまた平和な声。畑があるなんて設定、すっかり忘れていたな。
そして最後に。
「コロコローー」
「……」
ベンチからすぐ手の届く距離。私の足元に突き刺してある『魔杖・コロリン』の先端でコロコロと……いや、クルクルと漂っているのは今となっては珍しいスライム形態のコロリンだ。
「ふぅ。コロリンがその状態でありながらイタズラしてこない事がより平和だということを実感させてくれる……最高」
「コロコローー」
癒し系アイテム枠として活躍していたあの頃が妙に懐かしい。
「あぁ〜〜気持ちいい〜〜……」
極めつけはヒュウーーと吹き抜ける心地よい風。草花の香りと共に私を包むそれは春の訪れを確かなものだと実感させてくれた。
そして――
「ふぇ……へ……」
「コロコローー?」
「ふぇっくしょん!!」
「ピキーーン! (反射)」
腹筋の要領で弾かれるように身を起こして放たれたのは突然のくしゃみ。脅威の反射神経でそれを回避――というか反射したコロリンは流石と言うべきか。色んなものが私に返ってきた。ばっちい。
「な……急に……ふぇっくしょん! ふぇ〜〜っくしょん!!」
「ピキキーーン! (反射)」
「ちょっ!?」
とまぁ要するに。
今年も花粉の季節がやって来ましたとさ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うぅ、鼻がムズムズする……ふぇっくしょん!!」
「ピキーーン! (反射)」
「ひぇぇぇ!?」
相変わらず私のくしゃみを律儀に返却してくるコロリンは花粉症などへっちゃらみたいだ。そもそもくしゃみする時は手で抑えろと言われそうだが、あまりにも突然出てくるので見逃してください。
「うぅ、他のみんなは……?」
この苦しみを分かち合える仲間を探すべく周囲に視線を向けると、幸いな事に約一名の仲間を発見。
「ぶえーーっくしょん!」
「わぁーー!?」
それは巨大な怪狼、フェンリルのグロッタだ。その規格外のくしゃみによって、フユナがピューーっと吹き飛ばされているのがちょっと面白い。
「あとはみんな平気か。羨ましいなぁ」
「と言うかルノは花粉症だったんですね」
漂う事に飽きたのか、ボンッと音をたてていつもの人間の姿になったコロリンが意外そうな顔で尋ねてきた。
「まぁ、そうなんだけどね。ここまでひどいのは初めて……ふぇっくしょん!!」
「きっとアレのせいですよ。ほら」
「アレ?」
そう言って指差すのは上の方角。つられて上を向くとその答えがすぐに分かった。
「ロッキの樹ってあんな綺麗な花を咲かせるんだね」
「しかもあの花は綺麗なだけじゃなく蜜まで取れるんですよ」
「へぇ? んじゃせっかくだから集めてお菓子作りにでも」
なんて油断しているのが運の尽きだった。夜空に瞬く星々のように咲き誇るロッキの花達に見惚れていたその瞬間。狙ったかのように肌を撫でるような心地良い風が吹いて――
「え」
一瞬の空白。そして理解した時には既に『それ』は目の前まで迫っていた。
「うぎゃーー!? 目が! 目がぁ!? ふぇっくしょん!! ふぇっくしょん!!」
恐るべき光景だった。不意に吹き抜けた風がサァ……っとロッキの花をやさしく揺らしたと思った瞬間、黄色の霧――否、花粉が視界いっぱいに広がったのだ。
「ゲホッゲホッ! ひぇぇぇ!?」
「ちょっと。大丈夫ですか?」
「ちっとも大丈夫じゃない! ごめん! 家に入る!」
「コーヒーとお菓子はーー?」
「あげる! 食べていいよ! じゃあね!」
とてもじゃないが――なんてとんでもない。とても無理! もはや外でのんびりとコーヒーを啜ることは叶わないと察した私は、一目散に家の中へと避難したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後。
グロッタのくしゃみによって再び吹き飛ばされてきたフユナも含めて、家に避難してきたのは私とフユナの二人。件の花粉症仲間のグロッタは自分の小屋の中へと引き篭もってしまったらしい。
「あぁ……室内が天国に感じるよ。くしゅん!」
「大丈夫? 目が真っ赤っかだよ」
「うん、全然……だめ。痒い……くしゅん!」
「はい、ティッシュ」
「うぅ、ありがとうフユナ。ちゅちゅ……ふぇっくしょん!!」
「やだーー!?」
「ぶっ!?」
未だ収まることを知らないくしゃみがフユナに炸裂。お返しとしてバチン! と横っ面に炸裂したのは情け容赦無いビンタだった。くそ、花粉め。
「お医者さん呼んでこようか?」
「うん……そうして貰えると助かるかも。でもヒュンガルにお医者さんなんていたっけ?」
「んーーフユナも分からない」
「……」
はいオワタ。
「そうだ、じゃあサトリちゃんに聞いてみるね。花粉症に効くお料理とか知ってるかも!」
「お、フユナ天才。それじゃお願いしてもいいかな?」
「うん、任せて。すぐに行ってくるね!」
「うぅ、ありがとう。……くしゅん!」
そうと決まるや否やピューーっと駆け出していくフユナ。親思いの娘を持つというのは大変有難いものである。
数分後。
「ただいまーー!」
「おかえりフユナ」
予想以上に早いお帰りに驚いたが、これもまた成長の証なのだろう。兎にも角にも、早く成果の程を知りたかった私が玄関まで迎えに行くと――
「やぁやぁ、花粉症に苦しめられているみたいだね。ルノちゃんよ」
「私が直々に出向いてあげましたよ」
喜び半分、絶望半分。
そこにいたのはサトリさんと、そのお姉さんだった。
「うわ、目が真っ赤。ほんとに大丈夫?」
「はは……なんとか」
「余程辛かったのですね。顔が絶望に染まってますよ」
「はい、それはもう文字通りです」
微妙に話が食い違っている気がするが今は置いておく。まずは花粉症対策だ。
「それについてはまずルノさんを治してからです。私がお薬を作ってきましたのでこれを飲んでください」
「え、毒?」
「お・く・す・り・です!」
「ぎゃあああ!? ごめんなさいごめんなさい!」
私のおふざけに予想通り、頭をリンゴのように握り潰すという見事な反応を示してくれるお姉さん。やはり絶望したのは間違いじゃなかった。
「はいはい、ルノちゃんは本当に姉さんの事が好きだね。後で好きなだけ戯れていいからまずはちゃんと治してね」
「うぅ、追加で頭痛薬もください……」
と、そんな冗談はさておき。
お姉さんのお薬の効果は驚くべきもので、目の痒みもくしゃみも一瞬にして治ってしまった。まるで全身の花粉を水で洗い流したかのような爽快感だ。グロッタにも持って行ってあげよう。
「あぁ、お姉さん。お姉様……!」
「よし。メロメロのルノちゃんは放っておいてと。あとはわたしの仕事だね。ちょっと行ってくるけどフユナちゃんも来る?」
「行く行くーー!」
出番が回ってきた事に喜びを隠せない様子のサトリさんが意気揚々と立ち上がった。フユナも誘って行く辺り、ピクニックにでも行くかのような気軽さだ。
「あの、サトリさん? どこへ行くんですか?」
「そりゃもちろん悪の根源、ロッキの樹の所だよ」
「悪の根源て……」
「ふっふっふっ。気になるならルノちゃんもついて来たらいいよ。花粉症が再発する前に終わるから安心なさいな」
「随分と自信あり気ですね。それじゃぜひ」
少々の不安はあったものの、サトリさんの顔には確かな自信が見て取れたので信じて付いて行く事にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そういう訳で再びやって来ました。憎き悪の根源、ロッキの樹。まぁ、憎いのは花粉だけだが。
「ふんふん。よーーっし……!」
外に出るや否や、屈伸したり腰を回したりなど、やけに気合い入っている様子のサトリさん。それはいいのだが……
「一応言っておきますけど、双剣で上から下までスライスするとかはやめてくださいね? 一応、あれも家族枠なので流石に可哀想……」
「もう。そんな事しないってば。多少、花は散っちゃうかもしれないけどね」
「まぁ、それくらいは仕方ないですけど。一体どうするつもりですか?」
「ふっふっ……そんなの簡単さ。わたしの魔法で花粉を全て吹き飛ばす!」
「ぷっ」
「ちょっと。なんで笑うのさ!?」
「いえ、ごめんなさい。自慢じゃないですけど、なかなか大きいですよこれ。それこそ一撃で終わらせないと私がまた大変な事に……」
「分かってるって。んじゃま、パパっとやっちゃいますか!」
「頑張れーーサトリちゃん!」
あの気合いの入れよう……そしてあの自信。単純な方法ではあるが、確かにサトリさんが言う事も一理ある。花粉さえ無くなればいいのだから。
「……よし。行くよ!」
風が止み、全ての時が止まったかのような錯覚に陥った。
そして。
「逆巻く旋風!!」
現れたのは竜巻もかくやという程の風だった。威力は当然、もっとも驚くべきはその魔法だ。本家に劣るとはいえ、あれはにゃんたこ様との魔法合戦の時、私を驚愕させた数々の魔法のうちの一つだったはず。その時の様子は122話をどうぞ。
「な、なんで……!?」
「サトリちゃん、すごーーい!」
「ふっ」
ドヤァっとキメ顔のサトリさんはさておき、肝心の花粉の方は見事に吹き飛ばされていた。多少散ってしまった花びら達がサトリさんを祝福しているようでちょっとかっこいい。唯一の心配はツリーハウスまで吹き飛ばされていないかだがそれは大丈夫。……たぶん。
「ふっ!」
「いや。ふっふふっふ言ってないで教えてくださいよ。サトリさんの魔法はもっとしょぼかったはずですよ」
まぁ、魔女の言う『しょぼい』は一般人からしたら『すごい』部類に入るのだけど。
「いやぁ、わたしも驚いてるんだよ。ぶっつけ本番だったしね」
「はぁ、今日が初めてだったと……?」
「そうそう。実はね、この魔法はにゃんたこちゃんに教わったのよ。『あなたはハズレなんだからもっと精進して』ってさ。きぃーー!?」
「えぇ……」
そりゃ見覚えもあるはずだ。しかし神の力は無闇に見せちゃいけなかったのでは?
「教えただけだからセーフ」
「うわっ!?」
突如、頭の中ににゃんたこ様のお声が響く。テレパシーみたいなものらしいが、いきなりは怖いのでやめて欲しい。
「ま、まぁとにかく助かりました。本当にありがとうございます」
「いいってことよ。でもあれだね。これでルノちゃんの魔法を追い越したかもね!」
「あっ、そういうこと言う! ふっふーーん。私の魔法には勝てませんよ。なんたってこっちは氷魔法の上位互換、グラスファー……うぎゃ!?」
突然の氷塊による裁き。こんな事をする人は一人しかいない。
「無闇に教えたらだめ」
「自分だって教えたくせに!?」
「くす。神様だもの」
「横暴だ!」
テレパシーがマイブームなのだろうか、とにかく痛い。見た目的にも独り言みたいでイタイ。
「まぁいいや。ほら、ルノちゃん。せっかくだから功労者たるわたしにお茶とお菓子でもご馳走しておくれ。フユナちゃんも一緒に食べようね!」
「うん!」
「まったく。仕方ないですね」
こうして終わってみれば一瞬だった。サトリさんの魔法のインパクトの方が凄すぎて忘れそうになるが、お姉さんも含めた二人の助力によって私の花粉症はすっかり回復した。
「もちろんフユナのおかげでもあるからね。ちゅちゅちゅーー!」
「わわっ! 苦しいよーー!?」
困った時は家族&友達。
これからも困った時は頼るし、同じように困った時は頼ってください……ってね。