第133話〜自分の後始末②〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
「楽しそうだな。私も混ぜてくれてもいいゼ?」
そう言って突如現れたのはカフェでお茶をしていたはずの偽物の私。つまり共にいたフユナとコロリンも付いてきている訳で――
「あーー! ルノが二人いる!」
「やっぱりお昼に乱入してきたのは幻ではなかったんですね。この偽物め」
「いや、私が本物だから!?」
あまりにも突然の展開に動揺を隠しきれない私は焦る一方。そもそもこうならないために一人になるのを待っていたのに……!
「ルノが途中で放棄するからだよ」
「いやいや、にゃんたこ様こそされるがまま付いてきたじゃないですか」
しかしそんな事を今更悔やんでも手遅れ。何故なら――
「んん? なんで私の偽物がいるんだ? 訳が分からないゼ?」
そんな白々しいセリフを吐くのは当然、偽物。
「こらそこ! 偽物偽物言ってたら訳わかんなくなるでしょうが! 私が本物! あなたが偽物!」
「んーー……ああ言ってるけど信じ難い話だゼ。なぁ、フユナ?」
「うんうん。ルノなら一緒にお茶してたもんね」
「そうそう。つまり偽物はあっちって事だゼ。なぁコロリン?」
「確かめるまでもありませんね」
完全に調子に乗っている偽物様。こりゃまずいぞ。
「にゃんたこ様。これ、どうしたらいいんです?」
「頑張って。自分自身なんだから」
「いや、だからそれが厄介なんですって。どっちがどうって証明する術が無いですもん。困ったなぁ」
そんな事を言っている間にも偽物はフユナやコロリンと共に
『やっちまおうゼ! フユナ』
『うん!』
『とっちめてやろうゼ! コロリン』
『ですね』
などと物騒な会話を繰り広げていた。
「くす。終わったね」
「ほんとですよ。しかもあっちは三人で来るつもり満々ですからね。ま、こっちにはにゃんたこ様がいますし特に問題は無いですけど」
「何言ってるの?」
「え……ウソでしょ?」
「自分の事は自分で片付ける。基本だよ」
「ブーメラン!」
という事はアレか。三対一か。終わったね。
「はぁ。これで天に召される事になったらにゃんたこ様を恨みますよ……」
「大丈夫だよ。鳥スライム討伐の時にお稽古してあげたでしょ」
「ん、確かに。でもあの時は『輝氷の射手』しかやってませんよ?」
「充分。よく思い出してやってごらん」
「はぁ……分かりました」
言われてみれば、確かにあの日を境に何かコツを掴めた気はしていたのだ。なにより私にはにゃんたこ様の魔法を直に見てきたという経験がある。やるだけやってみるか。
と、気合を入れ直したところで――
「先生先生?」
「ん?」
私のローブをクイクイと引っ張るフィオちゃん。
「あぁ、なんかドタバタしてごめんね?」
「いえ、面白いので全然構いませんけど……結局、どういう事なんですか?」
「うーーんとね、簡単に言うと私が本物で、あっちが偽物。訳あって影武者として置いといたんだけど……まぁ、ご覧の通りだね」
「ふむふむ」
私の説明に『なるほど』と、納得の表情を示すフィオちゃん。こちらは割とすんなり受け入れてくれたみたい。
「疑わないの?」
「疑うと言うより本当にそっくりすぎて私には区別がつきません。でもあっちの先生にはフユナちゃんとコロリンがいるみたいなので、こっちの先生には私が味方してあげますね」
「いろんな意味で泣きそう……」
要するにたまたまこちら側にいたから……というだけか。まぁ、それでも有難いけど。
「でも怪我したらダメだからフィオちゃんはオリーヴァさんやバカさんと一緒に離れててね」
「それだとこっちは先生一人ですよ。大丈夫ですか?」
「ま、なんとかなるよ。相手はあくまでも『私』だしね」
「なら遠くで応援してますね!」
「あはは、ありがとね」
そんな感じで何故か最後の決闘に望むかのような空気が完成。とはいえ、にゃんたこ様も言っていたがあくまでも相手は私なのでつまりは同じ力。どちらかがどうなるなんて事は無いと思うので気楽にやるか。
「どうだろうね?」
「えぇ、怖い……。驚かせないでくださいよ。てか、にゃんたこ様も参加しないなら離れててくださいね」
「くす」
あくまで静観の姿勢を崩さないにゃんたこ様。もしや偽物の方には神の力を授けているみたいな展開だろうか。
「おーーい、準備は出来たか? この偽物め!」
「「偽物めーー!」」
「……」
一方、こっちはこっちですっかり私が悪者となっている。これは骨が折れそうだ。
「はぁ……いいですよーー」
「よし来た。行くゼ! フユナ。コロリン!」
「「おーー!」」
こうして始まった謎の決戦。偽物の私&フユナ&コロリンの遠慮無しの猛攻が私を襲った。
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「そら! 貫いてやるゼ!」
「おっと」
バキン! っと現れるお得意の氷槍。すっかり見慣れたそれをスルリと身を翻して回避。
「えいっ!」
「とう」
続いてフユナによる高速接近からの鋭い斬撃。成長を見て取れるのを嬉しく思いながらぴょんと氷の箒に乗ってそれを回避。
「ルノ。フユナ。コンゴウセキ魔法をかけてあるので遠慮無く攻撃に専念してくださいね」
「それ私にもかけてよコロリーーン」
コロリンに至っては防御魔法で支援に専念。なかなかのチームワークである。
「ふむ……三対一は厄介だけどコロリンの支援があるなら木端微塵になったりはしないよね。ある程度本気でやっちゃっても大丈夫か」
「やめておいた方がいいよ」
「あら、にゃんたこ様? どこ?」
「ここ」
「……?」
空を旋回中の私に突如響く神のお告げ。ついに神は我に味方したか。
「こ・こ」
「うひゃ!?」
ツンツンと、うなじに走る不気味な感覚。『グラスサークル』で透明となったにゃんたこ様だった。
「びっくりしたぁ。いつの間に相乗りしてたんですか……?」
「たった今」
「左様ですか。ところで『やめておいた方がいいよ』って言うのは?」
「あのスライム。コロリンとかいう子の防御魔法は確かにすごいけど私達には通用しないよ」
「にゃんたこ様なら分かりますけど私も?」
「試してみた方が早いね。次、偽物が魔法を撃ってきたらルノも魔法を撃ってごらん。コンゴウセキの子は優秀だから魔法の効果は攻撃にも及んでる。検証にはうってつけだよ」
「負けちゃわないかなぁ? こっちは何の支援もありませんけど」
「安心して」
そこまで言うなら神様のお墨付きもあるという事でやってみるか。魔法で負けても最悪避ければ問題無い。くらったらその時はもうドンマイ。
「おいおい、なに一人で呑気にくっちゃべってるんだーー? 撃ち落としてやるゼ! ずどん!」
来た!『輝氷の射手』だ!
「撃って」
「あ、はいはい! ずどん!」
超高速射撃による氷と氷の衝突。大きさで言えばリンゴ一個分と同等だが、その速度に加え、回転も加えてあるという事で威力の方は見た目以上。にゃんたこ様の場合は私の氷槍を砕く程だ。
結果は――
「え?」
「げっ!?」
同じ人間による同じ魔法。同等の力の衝突は『相殺』という結果で終わるのが常だが……
「勝っちゃいましたね」
「良かったね。外すように撃ってて」
「あは、バレました? にゃんたこ様が怖い事言うから一応」
「優しいね」
そんないまいち緊張感のない会話をする私達とは真逆。緊張感MAXとなった偽物の足元には私が放った輝氷による穴ぼこがくっきりと空いていた。
「冗談じゃないゼ……これじゃまるでにゃんたこ様との出会いの再現じゃないか」
「大丈夫?」
「汗が半端じゃないですよ」
急に小物感が増した偽物に駆け寄るフユナとコロリン。三対一の立場はどこへやら。なんだか可哀想になってきたが、この差はいったい……?
「私の特訓の賜物だね」
「たったあれだけで?」
「神様だもん」
「はぁ……」
妙にドヤ顔のにゃんたこ様だがここは素直に賞賛を贈るべきだろう。その言葉が事実なら、あの特訓が無ければ私の魔法は相殺。三対一の状況の中、待っているのは敗北だった筈だ。
「その心配もないんだけどね」
「そうですか? その割には容赦ないですよ、三対一のくせに」
「でもこれで分かったでしょ? 強力な支援があっても今の『輝氷の射手』の前では紙も同然。直撃したら怪我じゃ済まないよ」
「ふむ……難儀ですな。じゃあどうやって終わらせますか……」
「適当に強力な魔法で驚かせてみたら? 向こうも本気でルノを倒そうだなんて思ってないんだから」
「なるほど。羨ましいなぁ、その心を読む能力」
「くす。そんなの使わないでも分かるよ」
「???」
引っかかる所はあるが、とりあえず私の敗北という心配は無さそうだ。しかし同時に、成長し過ぎた魔法のおかげで勝つという道筋が若干遠ざかってしまった気がする。
「驚かせる……か。輝氷で地上絵を完成されるとか?」
「はいはい」
「もぉ……割と真面目なんですけど」
「ちゃんと真面目に」
「となると……フェンリルの魔法とか?」
「それだと多分相殺で終わりだよ。『輝氷の射手』以外は同レベル」
「ふむふむ。ならやはり決め手は輝氷ですね。後頭部を狙って気絶させよう」
「それはそれで吹き飛ぶよ」
「えぇ。ならもう詰んだじゃないですか……」
やはりここは最後の手段、平和的に話し合いで行こうじゃないか。相手はあくまで『私』なのだ。そりゃもちろん勝負する以上は――
「圧倒して勝ちたい! こうなったら『怪狼・フェンリル』でいくゼ!」
「ですよねーー」
自分自身と力比べができるなど滅多にない機会に巡り会えたのだ。そりゃ超えたいと思うのが普通だろう。
「にゃんたこ様ぁ。ヘルプーー!」
「『開花』させたら?」
「えぇ!?」
つまり幾度となくその力を見せつけられたにゃんたこ様の最強魔法。煌めく氷の蕾が開花する様子は別世界に引き込まれたかのように幻想的で、一度見たら忘れられない美しさがある。アレをやれと。
「でも流石に無理なんじゃ……」
「なにも氷の大地まで生み出す必要は無いよ。驚かせる程度なら大輪の一つでも咲かせれば充分」
「やってみますけど……この土壇場で無茶振りしますねぇ」
「危なくなったら今回ばかりは助けてあげるよ。何事もチャレンジ。詠唱文は分かるでしょ」
「えっと……『開け氷華!』でしたっけ?」
「はぁ。ほにゃららほにゃららーーだよ」
「ふむふむ。オッケーです」
「はい、レッツゴー」
準備完了。それにしてもまさかにゃんたこ様の力の中でも最上級の魔法を私自身が使う時がくるなんて想像もしなかった。それもこのタイミングで。
「行くゼ!」
「ふぅ、緊張するけど……よしっ!」
大きく深呼吸。そして集中。
「迫る終焉。氷の牙。全てを穿て! 怪狼・フェンリル! 」
迫り来る氷の牙による終焉のカウントダウン。並の者なら抗う事を諦める程の『規格外』を前に私は――
「咲き誇れ、零の導き。【大輪・氷華】!」
規格外を上回るのは更なる規格外。戦場にはあまりにも似つかわしくない『開花』は牙の暴力を一瞬にして飲み込んだ。
「んなっ!? 冗談じゃないゼ!?」
そして轟音。
飲み込まれた牙は花の一部となりその場に残ったのは煌めく『氷華』
「ふぅ。一応は開花しましたね」
「上出来」
それはまさしく平和の象徴として、この争いとも言えぬ争いに終止符を打ったのだった。
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それから数分後。
「あ、いた」
私が放った氷の花の着弾地点。その少し先にいたのは偽物の私。
「ぶくぶく……」
「あらら。気絶しちゃってますね」
「くす」
泡を吹いてひっくり返っている偽物には気の毒だが、確かな成長を実感できた私は、達成感に満たされとてもご機嫌だった。
「とと……それよりもほら、起きてよ。おーーい」
「ぶくぶく……」
「もぉ……私はそんな不細工な気絶の仕方しないってば。ほらーー! おーーきーーろーー!」
そのまま偽物の身体をゆさゆさとゆすったり、ぺちぺちとほっぺたを引っぱたいたり。しかし一向に起きる気配は無い。
「『開花』させたら?」
「にゃんたこ様ナイスアイディア! せーーの!」
「冗談きついゼ!?」
「あ、起きた」
さすがにやばいと思ったのか、ガバッっと勢いよく身を起こす偽物。気絶してたのも演技だったんじゃないだろうな。
「まったく。こっちはほんのお遊びのつもりでやってたんだゼ?」
「本当かなぁ……?」
にわかには信じられない言葉。しかしそれを肯定するかのようににゃんたこ様が言った。
「自分の心に聞いてみたら? なんで偽物に魔法が直撃しなかったのかな?」
「えーー……怪我しないように? あとは単に力比べしたかっただけですし」
「ほら。ルノこそお遊びじゃない」
「う、確かに。……つまりそういう事ですか」
「うん。そういう事」
はい、これにて一件落着。
「ってなるかーーい。フユナとコロリンは?」
「あの二人ならあの花を見て一目散に逃げていったゼ」
「えぇ……」
「ははっ、危なくなったら逃げろと言ったのは私だから落ち込む必要は無いゼ?」
「そうなの?」
「そうそう。心配しなくても、もし本当に私が危なかったらあの二人なら迷わず助けに来るってもんだゼ。……だろ?」
「確かに。さすが私、分かってるね。……いや、ストップ。自分で言うのもアレだけどあの魔法見たらそれこそ『私が本当に危ない時』でしょ」
「それこそ簡単だろ。『本物のルノならそんなことはしない』ってだけだゼ。我ながらいい娘達だゼ」
「え、それって」
その時。
「いたーー! ルノーー!」
「まったく。やりすぎですよ」
逃亡犯の二人が私の元へ帰ってきた。
「って、あれ? 本物が分かるの?」
「最初から知ってたよ?」
「え」
「はい。ルノが逃亡したあの日からね」
「えぇ!?」
ここでまさかのカミングアウト。これはアレか。本物の私を間違える訳無いみたいな感動の話か。
「いや、モロに騙されてたゼ?」
「がく……。ならなんで?」
「私が自分でバラしたんだゼ」
「はぁ!? 影武者の意味無し!」
じゃあ今までの身を隠していた時間は何だったのだろうか。この偽物めっ!
「おいおい、そりゃないゼ。想像してみろ。もし自分が影武者として放置されて、もう一人の自分がお忍び旅行に行ったらどうする?」
「なにそれずるい。そんなの自ら暴露してお忍びでイチャコラしてる本物を困らせてやるね。帰ってきた時に『偽物めーー!』なんて感じにからかってやるかも」
「ほら。まんまじゃないか」
「確かに。さすが私だね」
「あぁ、さすが私だゼ。褒めてないけど」
「私も」
結局、今回の事は最初から最後までとんだ茶番だったという事らしい。焦っていたのは本物の私ただ一人……虚しい結果である。
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茶番終了後。
改めてイモパをするべく草原の中央に集まった私達は先程までとは打って変わって、のんびりとした平和な空気に包まれていた。
「ま、最初から殺伐とした空気なんて無かったというのが正解だゼ?」
「私はこれでも焦ってたんだからね。て言うかさ」
「イモが焼けたのか? 頂くゼ」
「あ、ちょっと! それは私が育ててたやつ!」
ご覧の通り、何故かイモパに参加している偽物。
さらに。
「はい、どうぞにゃんたこちゃん!」
「ちゃん……」
「熱いので気を付けてくださいね。にゃんたこ」
「呼び捨て……」
フユナとコロリンに挟まれて家族同然のにゃんたこ様。平和で実によろしい。もう一瞬に暮らせばいいのに。
「まぁいいや。私も食べよっと!」
「あ、おい! それは私が育ててたやつだゼ!?」
「はい、ブーメラン! いただきまーーす」
「おいこら! イモの恨みは恐ろしいゼ!?」
「うわ、ちょ!? 私はそんな食い意地はってないってば!? もっと自重して!」
「はん! それこそブーメランだゼ! なんだそのもう片方の手にあるイモは!」
「ドキ!?」
訂正。私だけは自分との戦いで平和もへったくれも無し。本当に困った人だ。
「これは私の分ですよねーーありがとうございます先生♪」
「あっ!?」
件のイモをひょいとひったくるのはフィオちゃん。そう言えばこの子達にも問いただしたいことがあった。
「ちょっとフィオちゃん? 偽物の事、知ってたなら教えてくれれば良かったのに」
「えーーでも先生の頼みでしたし……」
「いや、私はそんな事頼んだ覚えは」
「ナイス演技だったぞフィオ。よしよし」
「きゅん。先生イケメン」
「そっちか……」
相変わらず謎のイケメン度で女子の心を鷲掴みにしていく偽物。私にはそんな特技無かったと思うんだが?
「私がそう設定したの」
にゅっと現れるにゃんたこ様。よくあの二人のサンドイッチから抜け出せたものだ。
「眠らせて来た。あなたで最後だよ、おやすみ」
そう言ってトンっと指でおでこを一突き。瞬間、糸の切れた人形のようにガクンと崩れ落ちるフィオちゃんを慌ててキャッチ。見れば周りには同じように眠りに落ちたみんなの姿が確認できる。
「にゃんたこ様は相変わらず強引ですね」
「にゃんたこ様は相変わらず強引だゼ」
「……」
はぁ、とため息を一つ。私達のシンクロっぷりに言葉も無いようだ。
「てか、設定したってやっぱり確信犯だったんじゃないですか!?」
「くす。でも楽しかったでしょ?」
「あぁ、楽しかったゼ」
「こら、勝手に返事するなーー! 楽しかったけど」
認めたくはないがこれは素直な感想である。旅行帰りで発生するイベントとしては濃すぎではあったが。
「それじゃ今度こそ帰るね。行くよニセルノ」
「ニセルノって。もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうだゼ、にゃんたこ様。私、もっとイモ食べたい」
「だめ。ほら早く」
「ぐえっ!?」
嫌だと渋る偽物――改めニセルノ。首根っこを掴まれて連行されるその姿はまさに子猫のそれだ。
「てか、そのニセルノは持って帰るんですね」
「……? 別に置いていってもいいよ?」
「え、それは嫌だなぁ」
「ひどいゼ、ホンルノ」
「ホンルノて……。いえ、そうではなくて今度こそ解除するのかと思って」
「勿体無いでしょ。せっかくだから暇潰しとして家に置いておく」
「左様ですか」
にゃんたこ様はご覧の通りだが、なんだかんだで私自身もこのニセルノは嫌いではない。おふざけが過ぎる部分はあるが、思いやりのある部分もしっかりあって見所がある。さすが私。
「でもそうなるとにゃんたこ様はそっちの私にうつつを抜かしちゃうんじゃ……」
「大丈夫。ルノはあなただけだよ。こっちはただの下僕」
「なら安心です。あはははは」
「まったく。二人共とんだ悪魔だゼ……」
こうして、今度こそ空の彼方へ消えていくにゃんたこ様とニセルノ。怒涛の一日が終わり、また平穏な日々がやって来るだろう。めでたしめでたし。
と思ったのも束の間。夕食を終えたリビングにて。
「ルノ! お土産はーー?」
「ロッキと言えば樹液のチーズケーキが美味しいですよね。ふふふ」
「私もあれ好きなんですよね……」
お忍び旅行の戦利品に心を踊らせるフユナとコロリン。そしてアルバイトから帰ってきたレヴィナ。
「え、いやその……こっちではバレてない設定だったからお土産は無いんだ……ごめんね?」
「えぇーー!? 楽しみに待ってたのにーー!」
「フユナ。やっぱりこっちが偽物ですよ」
「ルノさんひどい……」
「えぇ!? ちょ、やめてーー!?」
やはりお仕置きからは逃れる事は不可能だった。お忍び旅行の代償は家族達によるくすぐり地獄。
ゲラゲラと響き渡る笑い声は天高くまで届き――
「あはは。いい気味だゼ」
「くす」
一人の神ともう一人の私に見守られながら、日付が変わるその時まで延々と続いたのでした。