第132話〜自分の後始末①〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
にゃんたこ (神様)
『天空領域・パラディーゾ』にその身を置く神様。『遊び』と称して様々な強者を襲撃する事が多々あり、その中でもルノは『当たり』らしい。
「ただいまーー!」
太陽が中天に昇り、お昼真っ只中の現在。
にゃんたこ様とのロッキ旅行を終えて帰宅した私は玄関で靴を脱ぎリビングへ一直線。『おかえりなさい』を言ってもらえない事に虚しさを覚えつつも、出掛けてるのかもなんて自分に言い聞かせながら、久しぶりの我が家に喜びを隠さず前を向く事を決意した。
ところが。
「「「いただきまーーす」」」
リビングの扉に手をかけたまさにその瞬間。聞こえてきたのは家族全員による食事前のご挨拶だった。
「なんだ、みんないるじゃん。ただいまーー!」
ガチャっと何食わぬ顔で扉を開く私。そしてこちらを見つめる家族達と……私。
「………………は?」
一瞬と言うにはあまりにも長い無言を経て、ようやく理解した私。そしてそれを肯定するかのように声をかけてきたのは――
「お、やっと帰ってきた。待ちわびたゼ」
もちろん私。
いや、正確にはにゃんたこ様の複製魔法によって生み出され、お忍び旅行を隠蔽するために影武者の役割を担った偽物の私だ。
「あ! や、やばっ!?」
あまりにも楽しかった為か、すっかりその事が頭からすっぽ抜けていた。にゃんたこ様も一声かけてくれたら良かったのに……と、そんな場合では無い。これでは影武者を置いていった意味が無くなる!
とりあえず――
「あわわ!? グ、グラスサークル!!」
オリジナル魔法陣、効果は透明化。
姿を消した私はその場から逃亡する事が精一杯だった。
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「――という訳なんですよにゃんたこ様」
「ふーーん」
再びやって参りました、にゃんたこ様の家(?)天空領域・パラディーゾ。
輝氷の射手を合図にこの場所へと辿り着いた私は、開花と共に生み出された氷の大地へ腰を下ろし、文字通り神頼みをするしかなかった。
「またねの挨拶から数分で戻ってくるなんてね。くす」
「あ、笑った。絶対こうなるの分かってましたよね」
「そんな事ないよ。災難だったね」
「危うく心臓が止まるところでしたよ。あれどうするんです?」
「自分の事は自分でどうにかして」
「確かに。私が間違ってまし……いや、なんか違いません? あれを生み出したのってにゃんたこ様じゃ」
「……」
「うわ、そっぽ向いた!」
くるりときっちり半回転。知った事かとばかりに空の彼方を見つめるにゃんたこ様はもはや使い物にならない。
「ちょ、ちょっとーー! 何とかしてくださいよ。私の家が乗っ取られるじゃないですか。そうなったら私、ここに住みますよ!? 神になりますからね!」
「いいよ、大歓迎。二人でやろ」
「くぅ、ここでデレるのはずるい……!」
もしやここまでが計算なのでは? だとしたらこの神様、なかなかの策士だぞ。この腹黒めっ!
「お仕置き」
「うぎゃ!?」
ゴツンと私の頭を殴る氷の塊。なんで私ばっかりこんな目に……
「こうなったらあの偽物、吹き飛ばしちゃおうかなぁ……」
「そんな事しなくてもあれはあなた自身なんだから話せば分かるよ。頑張って」
「そう言いますけど、私あんなにイケメン発言しませんよ? そもそも私達が同じ場所にいてバレたら意味無いんですよね……」
「それなら今更でしょ?」
「いや、さっきはすぐに透明になったんでワンチャン、気のせいで誤魔化せます」
「なら一人になったタイミングでやるしかないね」
「ですね。んじゃその機を逃さないためにも私はもう行きますね。ではでは」
「待って」
「ん?」
「私も行く。面白そうだから」
ニコリと笑ってそんな一言。こんな時だというのに笑顔を見せてくれるようになったにゃんたこ様につい温かい気持ちを抱いてしまった私は同じようにニコリと笑い――
「じゃあ一緒に行きましょうか」
「うん」
その言葉と共に私達は青空の中へと飛び立った。
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数分後。
現在、私達がいるのはヒュンガルでお馴染みカフェ――を一望できる噴水広場の一角。カフェにいるのは偽物の方だ。
「ふっふっ、流石は私(偽物)。行動がワンパターンだね」
「虚しくならないの?」
「何を言ってるんですか。ワンパターンは偽物ですよ。私の行動パターンは多種多様です」
「へーー」
あれから私達は、偽物が一人になるタイミングを逃さないためにまずは尾行をする事に。その時が来れば話し合い、来なければひたすら尾行の繰り返しだ。
「一応聞きますけど、あれを解除してくれたりはしないんですか?」
「それじゃ面白くないでしょ? もっと楽しもう」
「左様ですか……」
もはや腹を括るしかないこの状況だが、正直ちょっとだけ楽しい。ちなみに、今は偽物と一緒にフユナとコロリンがいるので手は出せない。レヴィナに至っては本日もアルバイトのようで、店員さんとしてサトリさんにあれこれとしごかれていた。
「くぅ、羨ましい! 私なんてここ最近はにゃんたこと様のデートばかりだというのに! ……楽しかったけど」
「ルノこそなかなかのツンデレだね。私達も何か食べようよ。そこで何か買ってきて」
そう言って指差すのは冬だというのに通常営業のアイス屋さん。レヴィナがここのアイス好きなんだよね。
「でも寒くないですか? 私は温かいコーヒーがいいなぁ」
「ならカフェに行く?」
「そうなんですよねぇ。んじゃちょっと待っててくださいね」
「うん、行ってらっしゃい」
冬にアイス。コタツでもあれば最高なのだが、ただ食べるだけとなるともはや地獄でしかない。
なので――
「いやーーにゃんたこ様がいて良かったですよ」
「でしょ」
にゃんたこ様の協力の元、噴水の水をお湯に変えて足湯&アイスという黄金の組み合わせを実現させることでその地獄を回避。むしろ天国となった。
「あぁーー極楽極楽。この後はどうしましょうねぇ……」
「本来の目的を忘れてるでしょ。私は全然いいけど」
「あはは、冗談ですよ。あ、にゃんたこ様。そのアイス、少しくださいよ」
「いいよ。ほかのは全部もらうね」
「え、ずるーーい」
なんて感じににゃんたこ様とイチャコラしながらお湯と戯れていたのが運の尽き。この状況を見たら最も怒るであろう人物が私達の背後に現れた。
「あれーー? 先生じゃないですか。こんにちはーー!」
「あ、フィオちゃん。それにオリーヴァさんとバカさんも」
「こんにちは、ルノ様」
「おっすーールノ嬢」
王都からやって来た三人。王女様のフィオちゃんにその付き人のお二人だった。
「フユナちゃんもこんにちは!」
「……?」
お察しの通り、現在私の隣にいるのはフユナではなくにゃんたこ様。
私と二人きり、イコールフユナということなのだろう。今も噴水の足湯でパシャパシャとしながらアイスを堪能しているにゃんたこ様の背後から、両肩にポンと手を乗せて元気良く挨拶をかますフィオちゃん。
ところが。
「触らないで」
「えぇ!?」
と、今となっては懐かしい、出会ったばかりを思わせるのは極寒の地を思わせる冷めきった一言。口を凍結封印されなかっただけマシだが、当然フユナはこんな反応をする訳は無い。
「あ、あれ……フユナちゃんじゃない? 先生、誰ですこの子?」
と、こちらも別の意味で冷めきった一言。
「い、いや、この子はその……だだの職場の同僚だから……」
「先生の浮気者ーー! 私というものがありながら! しかもなんですかその定番の言い訳! ニートに職場もへったくれもある訳ないじゃないですかぁ!?」
「ひどい!? 色々とひどい!」
そんな修羅場なやり取りを繰り広げる後ろでは付き人のお二人が苦笑い。そう言えばにゃんたこ様の事は誰も知らないんだったと今更ながらに気付いた。強いて言えば面識があるのはレヴィナとランペッジさんくらい。
「困りましたねにゃんたこ様。名前くらい教えても大丈夫ですか?」
「うん。任せる」
所要時間約一秒。ヒソヒソ話を完了させて私は改めてフィオちゃんへと振り返り――
「この子はにゃんたこ様。ただのお友達だよ」
「お友達なのに様なんですか?」
「え? あぁ、そこは……何だろ。ほら、なんか偉そうでしょ? うぎゃ!?」
「確かに。……大丈夫ですか、先生?」
「うぐ……大丈夫大丈夫。まぁ、そういう事だから仲良くね。はい、握手握手」
「はぁ。よろしく、にゃんたこ……様?」
「うん」
なんやかんやでこの場は一件落着。それでは気を取り直して偽物の監視を再開させようではないか。
「んじゃフィオちゃん。私達はこれで」
「はい、ちょうど良かったです。これから先生のお家に行くところだったんですよ!」
「え? いや、違くて!?」
「ほら、にゃんたこちゃんも早く早く!」
「ちゃん……」
強引な弟子に腕を引かれる私とにゃんたこ様。仲の良いやり取りだとでも思っているのか、オリーヴァさんのバカさんの温かい視線の元、私達はされるがままに我が家へと向かうのだった。
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待望の我が家へと帰ってきた私は、グロッタとスフレベルグに簡単な挨拶を済ませた後に、寛ぐ間も無くすぐ横の庭――草原へと連れ出されていた。もちろんにゃんたこ様も一緒だ。
「うーーん……できれば偽物の件を片付けてからにしたかったんだけどなぁ。で、その袋は何かなフィオちゃん?」
「じゃじゃーーん。サトリさんに頂いたおイモです!」
「なにぃ!?」
「これ、先生の分も込みですよ。みんなで食べてねって」
「あ、なるほどね。でもなんで外?」
「ふっふっ、おイモと言ったら焼きイモでしょう?」
「ふむ、ごもっとも。なかなか分かってるねフィオちゃん」
まさかの焼きイモとあって、すっかり偽物の事など頭の中から消え去った私のテンションは一気にMAX。それではさっそく!
「ところで先生。なんだか雰囲気が変わりましたね?」
「え? どゆこと?」
「なんと言うか、イケメンじゃなくなったと言いますか……?」
「あ、俺もそれ思いました。歩き方もガニ股じゃなくなってお淑やかになりましたね」
「???」
そんな言葉を投げかけてくるフィオちゃんとバカさん。身に覚えがないが何の話をしているのだろうか?
「偽物」
「あーー……」
ボソッと囁くにゃんたこ様。なるほど、私が偽物と入れ替わっていた数日間ですっかりそれがデフォルトになってしまったと。定着するの早くないか?
「まぁまぁ、そんな事は忘れてさ。ほら、早くイモパしよ、イモパ。フィオちゃん、火をよろしく!」
「そうですね、わっかりました! 任せてください!」
と、その時。
「火ならつけてやるゼ」
集めた落ち葉にボッっと咲き誇る紅蓮の華。この場に火の魔法を使えるのは私とにゃんたこ様、そしてフィオちゃんのみの筈だが、それをやってのけたのは――
「楽しそうだな。私も混ぜてくれてもいいゼ?」
「あぁ! 偽物ーー!?」
「くす」
偶然にも帰宅が重なった偽物の私。
私の悲鳴じみた叫びとにゃんたこ様の歓喜の声が冬の草原に響いた。