第122話〜支配された異世界③ 天空領域『パラディーゾ』〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
乾いた空気。
澄み切った冬の青空。
白く染った広大な大地が陽光を反射し、見渡す限りの空間全てを神秘的なものへと変貌させる。
その遥か上空。
「さぁ、楽しませて?」
尾を引くような美しい軌跡。
宝石を彷彿とさせる煌めく氷塊。
そこに完成したのは、常人には成し得ない超遠距離攻撃。
「……」
ここは神の支配下。
天空領域『パラディーゾ』
魔女を捉えた一人の神物の戯れが始まった。
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「はぁ、疲れた……」
村での一大イベント。主に私がほぼ全員の知り合いに、雪玉を投げつけられるという、全くもって喜べない催しが終了し、現在は野良猫の如く気ままに空の散歩を満喫中だ。
「……ん?」
最初はただなんとなくの違和感だった。前述の通り、私がいるのは地上の遥か上空。『何か』あるとは思えない程、視界はクリア。当然、周囲に障害物等は何も無い。
「……」
しかしそれが疑念から確信へと変わるのには一瞬だった。『シュルルル……』と微かに耳に響く音が確実にこちらへと迫っていたから。
「ふっ!」
視界の外からの狙撃。お得意の氷の槍で撃ち落としたそれは同じく氷。ただしそれは宝石のように煌めく『氷塊』だった。
「なにこれ……魔法?」
一瞬、脳裏を過ったのは地上。サトリさんによる追撃だがそれは無い。明らかにこれは私より上から放たれたものだ。
「あっちかな」
幸いな事に、太陽は中天をやや通り過ぎた位置にあるため、視界が遮られることは無かった。その代わりに捉える事ができたのは、米粒よりも小さなほんの僅かな『点』
「何か……いる?」
そしてすぐさま起きた新たな変化。『パシュ!』と何かが弾けたように光ったと思えば、再び耳に届くのは先程と同じ音だった。
「来る……間違いない!」
迫る静音と煌めく氷塊。全てを貫く裁きの弾丸を前に、私は最速で箒を飛ばす事だけを最優先した。
「もしかして魔女? だとしても……!」
あまりにも練度が高すぎる。私も氷の魔法――中でも先程放った氷槍の魔法は最も得意とするものだ。それと同等の威力。それもあの超遠距離から。
「なんでこんなに。今日はほんとに襲われてばっかりだよ……」
そんな事を言っている間にも次々と撃ち込まれる煌めく氷塊。眺めるだけならとても魅力的なのだが、そう呑気な事を言ってる場合ではない。私自身は勿論、あれが地上に着弾でもすれば大岩ですら木端微塵になるのは避けられない。となると、なるべく『躱す』という選択肢は避けたいところだが――
「消えた?」
撃ち漏らした一発。それがあろう事か、私を通り越した数秒後に消失した。狙われているのはあくまで『私』だけらしい。
「だったら私だって迎え撃つよ。誰だか知らないけど」
私は本日何度目とも分からない覚悟を決め、遥か上空でこちらを睥睨しているであろう人物目掛けて、一直線に突き進むのだった。
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「そりゃ!」
それから戦いは苛烈さを増すばかりだった。降り頻る氷を迎え撃つのもまた氷。氷塊VS氷杖。躱せるものは躱し、無理なら迎撃。私の周りに漂う臨戦態勢を維持した氷杖で撃ち落とす。
「あっ、また壊れた!?」
今しがた破壊された氷杖は十本目。氷とは言え、魔法で生み出した私の氷杖はそれなりに強度もあるはずなのだが、それを一撃で破壊するとはなんたる威力だ。
「うーーん。これ、当たったら終わりだよね。コロリンの防御魔法が恋しい……」
そう思うのも無理は無い。近づけば近づくほど氷塊の精度は増すばかりで、予想は出来ていたが思いの外この差は大きい。
「だけど……! やっと見えてきた!」
徐々にハッキリとしていくその姿は私と同じか、少し低いくらいの背丈の女の子だった。座っている煌めく氷塊は、恐らく先程から放たれていた氷塊と同じ質の物だが、大きさは比べ物にならない。
そして――
「あなたは」
誰? と、問うよりも先に言葉を紡いだのは意外にも相手の方だった。文字通り、同じ高さまで登ってきた私を同等の相手と認め、歓迎するかのように口を開いた。
「ようこそ」
交錯する魔女の瞳と神の瞳。
一瞬の空白。
瞬間。
「ーーっ!?」
特大の煌めく氷塊。すなわち氷の蕾が空を埋め尽くす氷の華を咲かせた。
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「迫る終焉、氷の牙。全てを穿て! 怪狼・フェンリル!」
咲き誇る氷の華。そのうちの一輪が私へ向かって凄まじい成長を遂げる。氷の華と氷の顋。規格外な力の衝突は等しく天変地異を引き起こし、その場に残ったのは華を失った氷の大地と、幻想的に降り注ぐ氷の破片。そして――
「怪狼の力……あのフェンリルね」
俯きながらポツリと呟く女の子。顔を上げた時には、乏しいと思えてたその表情が歓喜の色に染っていた。
「当たりね」
そして『すとん』と静かに氷の大地に着地すると――
「おいで」
「うわっ!?」
その言葉に応じるように乗っていた氷の箒が消失した。当然、同じ氷の大地に着地した私は謎の女の子と対峙することになる。
「あ、危ないなぁ。てかいい加減説明」
「かかっておいで」
「え?」
「遊んであげる」
有無を言わせない圧力。しかしそれを可能にするだけのものが確かに感じられた。『拒絶』を許さない圧倒的な力だ。
「来ないの?」
「えっと……」
「ならこっちからいくね」
「ちょ!?」
もはや話し合いという選択肢は皆無。だって既に杖を振りかぶってるもん。
「滾る紅炎・嘆きの氷槍」
「うわわっ!?」
行使されたのはどこぞで見たような氷槍の魔法。しかし氷でありながら紅い炎のおまけ付きというなんとも矛盾した魔法だ。
「私に恨みでもあるのぉ!? なんか今日の私って逃げてばっかり!」
「それはだめ」
「!?」
再び空に逃れようとした私だが、あっという間に引きずり下ろされてしまった。あの子の言う『遊び』に付き合うしか無いという事か。
「逆巻く旋風・怒りの雷鳴」
「〜〜っ!?」
暴君かこの子は! えーーい!?
「迫る崩壊、破壊の鉄槌。全てを砕け! 氷拳・プーニョ!」
「!」
風雷の暴力を相殺するのは特大の氷塊。本来なら真上からの落下による攻撃に使う魔法だが、今回は形のない風や雷を防ぐために前方発射。しかし評価の程は――
「いまいち」
「え」
「次ね」
「!?」
次ってなに。そもそも終わりっていつ!? なんて考えながら必死に魔法を繰り出し続けるが、相手の手が緩む様子は一切無い。
「照らす陽光、朽ちぬ常闇。全てを刻め。破壊の剣」
「ロッドロッドロッドーー!?」
「論外」
対抗すべく、慌てて生み出した数十本の氷杖は一瞬にして消し飛び――
「うわわわ!? さ、さらば!」
「だめ」
「ひえっ!?」
たまらず逃亡しようとすれば乗ったはずの氷の箒は消滅。
「おわり?」
「迫る崩――」
「それ二度目」
「ひぃーー!?」
二度目の氷拳に至っては発動させる暇も与えてもらえず。
「えーーっと!? あとは? あとは何かあったっけ!?」
こんな時だがシリアス気取ってた今日の自分を叱ってやりたい。平和って素晴らしいね。こんなことならもっと雪合戦――
「集中して」
「はいはいはいはい!?」
もはや何に集中すればいいのかも分からん。というか今の今まで生きてる私を褒めて欲しい。
「そ、そうだ! 魔法陣魔法陣! とりゃ!」
「!」
攻撃魔法がだめなら別の方向から攻める。という事で、私が自分の手の甲に描いたのは『透明化』の魔法陣。前回は周りを漂うコロリンによって失敗に終わったが、今回はそれもない!
「……」
「……」
ちなみに氷の大地に立ったままでは足音でバレてしまうので直ぐに氷の箒に乗って空へと逃げた。てかこのまま逃亡できるのでは?
「あ、あれ……?」
「……」
そんな思いとは裏腹に、じっとこちらを見つめる女の子。同時にフワッと浮き上がる身体。飛べるのね。
「……」
「……ねぇ」
「……(ドキ!)」
「それ、面白いね」
「やった!」
「瀑布の大槌」
「うぎゃ!?」
面白かった時点で終わりなのかと思ったが違うのか。結局攻撃されるのだから意味不明と言う他ない。
「んもぉーーーーどうしたら終わるのぉ!? 女の子だからって容赦しないからね!?」
「くす」
あ、ちょっと笑った。別にボケてないんですけど。
「なら次で最後ね。怪狼の力……本気でやってね?」
「望むところだよ! 泣いても知らないからね!」
「期待してる」
終始見下されてる感が否めないが一向に構わない。女の子も言ったようにこれで最後。これで黙らせる!
「迫る終焉、氷の牙――」
しかし。
「迫る終焉、氷の牙――」
それは正しく、驚愕に染った瞬間だった。今の私にとっての最大最強の殲滅魔法。それと同じ詠唱が女の子の口から紡がれているのだから。
「ーーっ」
それでもやるべき事は変わらない。残された道は純粋な真っ向勝負。
「「全てを穿て! 怪狼・フェンリル!」」
轟音。そして終焉。
「……」
空は再び静寂に満たされた。
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歌が聞こえる。
「儚き願望、希望の道標。全てを癒せ。虚空の星々」
目を焼く陽光。それとは対照的に背中に感じるのはひんやりとした氷の大地。天国と言われても信じてしまいそうだが目の前には――
「起きた?」
「ひぇ!?」
次第にハッキリとしていく輪郭――例の女の子だ。身構える私は飛び起き、次に視界に入ったのは周囲に散らばる無造作に砕け散った氷の残骸。これがあの魔法の衝突の結末だとすれば。
「楽しかったよ」
「あぁ……うん……」
色々と問いただしたいことはあるが、とりあえずは終わったみたいだ。
「あの――」
「ねぇ、これは何?」
「???」
ようやく話し合いができるという期待も、虚しい事に被せられた言葉によって消え去った。とはいえ、先程までよりは幾分かマシだ。ちゃんと返事を待ってるみたいだし。
「ねぇ」
「あ、はいはい!?」
細められる瞳。手の上にあるのは、オリーヴァさん達とお茶をした時に一緒に頂いたクッキーだ。美味しかったのでいくつかパク……お土産に貰ってきた物が最後の衝撃で落ちたみたいだ。
「それはクッキーだよ。バカさん……えっと、知り合いに貰ったの」
「……」
「べつに食べても――」
「黙って」
「むぐ!?」
理不尽に口を氷漬けにされた私は『そういえばフユナに同じ事したなぁ』なんて思いながら氷の大地を転げ回った。その横ではさらなる理不尽が。
「……(パク)」
「……(いいよって言う前に黙らせたくせに)」
そのまま無言でクッキーを頬張る女の子は片手間で私の口の氷を解除してくれた。もう喋ってもいいということだろうか?
「と、とりあえず状況を知りたいかな……あなたは誰?」
「……」
ごくんとクッキーを飲み込んだ女の子はしばらく黙考した後に答えた。
「私はにゃんたこ。この世界の頂点」
「……」
斜め上を行く……と言っていいくらいにはヘンテコな名前でした。