第百五話〜王都『リトゥーラ』⑧ 魔女への憧れ〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
ある日のこと。その会話は、私がフィオちゃんと散歩をしていると不意に耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? 隣国を荒らし回っていた魔物が討伐されたらしいぞ!」
「すげぇよな。しかもやったのはたった一人の魔女だろ?」
「私見たわよ! 山の向こうに光の剣が見えたの!」
魔女?
「ねぇ、フィオちゃん。さっきからみんなが噂してるのって……?」
「あ、魔女様のことですね。って言っても私も知ってることはほとんどないんですけど」
「そうなの? でも聞く限りだと、みんな知ってるみたいだよ。またーーとか言ってるし」
「そうですね。この辺りで悪い魔物などを退治する魔女様の善行は割と有名ですよ。ですが、分かっているのは『魔女』というだけで、それ以外はどこの誰かも分からないんです」
「へぇ? なんかそれかっこいいね」
「きっと王都の人達が魔女に憧れや尊敬の念を抱くのはその『魔女様』によるところが大きいんだと思いますよ。あ、でもでも! 私の中での『魔女様』は先生だけですからっ!」
「う、うん。ありがとうね」
この辺で活躍している魔女か。てっきり王都の人かと思ったけどフィオちゃんが知らないくらいだし違うのかな。
「そんなことよりも先生! 私にも昨日食べたっていうアイス屋さんに連れて行ってください!」
「ん、そうだったね。もうすぐそこだよ」
同じ魔女として、ぜひ会ってみたいものだ。
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「お! これって俺が小さい頃によく食べてたアイスじゃないか!」
「懐かしい……わたくしもよく食べてましたね」
そう言って目を輝かせるのはフィオちゃんの付き人である、オリーヴァさんとバッカさん。
「ちょっと二人とも! 私と先生の安らぎの時間を邪魔する気!?」
「ま、まぁまぁ……」
フィオちゃんのご希望もあり、二人には少々距離を置いて付いて来てもらっていたのだが、懐かしいものを前にしてそれどころではないらしい。
「す、すいませんお嬢。お詫びにほら……トッピング全種類してもいいですから」
「し、仕方ないわね……」
「あはは……」
こんなことで丸め込まれてしまう辺り、子供みたいで可愛いなぁと思う。
「ところで、オリーヴァさんは『魔女様』の噂って聞いたことあります?」
「んぐんぐ」
不意に話しかけてしまったのが申し訳なく思えるくらいにアイスに夢中になっていたオリーヴァさん。しかもビッグサイズか……
「ご、ごゆっくり……」
「んぐ……」
おぉ、一口でいった。ごゆっくりって言ったのに……
「コホン、失礼しました。魔女様の噂のことでしたね?」
「はい。あ、ほっぺにチョコ付いてますよ」
「!? (フキフキ)」
顔が真っ赤だ……この人も可愛いな。
「じつはここだけの話……わたくし、魔女様の魔法をこの目で見たことがあるのです」
「え、本当ですか!?」
「はい。さらに言えば顔も……いや、これ以上はいけませんね」
「もしかしてオリーヴァさんは『魔女様』に会ったことがあるんですか?」
「ルノ様……これ以上は……いけませんよ?」
「えぇ……あ、オリーヴァさん。アイスのお代わりいりますか?」
「いいんですか!?」
お、チョロいぞ。
「もちろんですよ。それで『魔女様』のことですけどーー」
そんなこんなで、情報を聞き出すこと数分。なんとか教えてもらえたのは『案外、身近な人間かもしれませんよ』という事。
「なるほど……それなら尚更会ってみたい。『身近な人間』かぁ」
と、その時。
「た、大変だ! 魔物が……魔物がぁ! 誰か助けてくれぇ!?」
私達の視線の先には何やら慌てて走ってくる人が。どうやらあの人が『魔物』に追いかけられているみたいだ。
「きゃーー! 先生! 守ってくださいーー!」
「はいはい、下がっててね。……ん?」
魔物が現れた。
「なんだ……スライムじゃん。おっと、アイスが溶けちゃう」
「ちょっと先生!? 魔物ですよ! ま・も・の!」
「んーー? 大丈夫だよ。小銭を稼ぎたい人が適当にやってくれるって」
「!?」
まったく……慌てて損しちゃったなぁ。
「うわぁぁぁ! ま、魔物!?」
「リンゴが!? リンゴが消滅しただと!?」
「きゃぁぁぁ! こっち見てるぅーー!?」
ところが街の人達ときたらこの慌てよう。スライムの出現に驚き、スライムの食事に驚愕し、スライムの視線に恐怖する。
「なにこれ?」
もしかしてなんかのギャグ? 余所者の私を驚かせようとしてるとかかな。
「そうだ。せっかくだからフィオちゃんの魔法でやっつけちゃいなよ。ほら、あの炎の蛇でさ」
「そ、そんなぁ! 先生、私を身代わりにする気ですか!?」
「???」
何かが噛み合ってない気がするな。街の人はもれなく取り乱してるし、オリーヴァさんとバカさんは……アイス食べてる。
「一応倒した方がいいのかな。……ずどん」
ズドン!
「「「おぉーー!」」」
ぴょんぴょん飛び跳ねていたスライムに杖を向けて氷でズドン。それだけなのにこの歓声はいったい……?
「うっきゃーー!」
「ちょ!? なに、どうしたのフィオちゃん!?」
「さすが先生! 凄すぎますぅーー!?」
「いやいや……」
今ので凄すぎるならフィオちゃんの炎の蛇はどうなのよ……
「まぁいいか。ここは騒がしくなっちゃったし別の場所に行こっか」
「はーーい♡」
うーーん……フィオちゃんの視線が熱い。
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「王都の人間も困ったものだなぁ」
「ふふ、平和な証ですよ」
そんな事を話しているのは私とフィオちゃんの後ろを付いてきている二人。
「いえね……王都ともならばそれはもう警備は万全なわけですよ。だからさっきみたいなこともたまにはありますが、基本的にここの住人達は魔物に対して免疫がない。だから俺達や、魔女であるルノ嬢に頼りっきりになっちゃうんですよ。ただのスライムだというのに……はぁ」
「そういうことだったんですね。全て解決しました」
一瞬、ギャグを疑ったものだがあれは本気で逃げ惑っていたらしい。確かに巨大なモンスターがやって来て『またドラゴンか』なんて反応をされても困る。
そんな事を思っていると……
「あら? 貴方達こんな所で何をしてますの?」
そんな声と共に突然現れたのは白いローブに白いフードを被った女性。
「あ、お母様!おかえりなさい!」
お母様?
「あの方はフィオ・リトゥーラ様のお母様。国王様の奥様にあたる方ですね」
「ふむふむ……」
そう言えば初日にブレッザさんに挨拶した時にはいなかったけどお出かけ中だったのか。
「オリーヴァ、バッカも元気にしてたかしら? ……と、そちらの方は?」
フードを取ったフィオちゃんのお母さんはとんでもなく美人だった。綺麗な金髪に綺麗な瞳。なるほど……あんな子が産まれるわけだ。
「は、初めまして。魔女のルノと申します」
「魔女?」
「お母様! こちらは私の先生なんですよ!」
「そうでしたか。私はフィオール・リトゥーラと申します。娘がお世話になっているようで……」
「い、いえいえ! 私はそんな……!?」
「ふふ、そんなに緊張なさらなくても平気ですよ。『フィオール』と、お気軽にお呼びくださいませ」
「は、はい……」
いやいや、無理だ。ものすごく緊張する! そう言えばブレッザさんに挨拶した時もこんな……感じ……に?
「それにしてもルノさんは魔女なんですね」
「は、はい……」
「じつは私も魔女なんです」
「……」
あ、コレやっぱりブレッザさんの奥さんだ。
「ソウナンデスネーー」
そうと分かればさっさと引き上げてと……
「ちょ、ちょっとお待ちください! 私、魔女様に憧れてますの!」
私の袖を掴んで離さないフィオールさん。なんでちょっと泣いてるんだ……
「じつは私、魔女様への憧れから、あんな風になりたいという思いが強くて、日々精進していますの! ぜひ、私の力を見てください!」
「えぇ……」
フィオちゃんと同じようなことを言うなぁ。さすが親子。もしそれが本当だとしたら……
「でも、お母様は魔法なんて使えないはずじゃ?」
「ふふん。この際、白状するわ。言ったでしょフィオ。私は日々精進していますの。おかけでそれなりに魔法は使えるのよ? きっと才能があったのね」
ということらしい。確かにフィオちゃんも才能あったからなぁ。
「じつは今日も近隣を荒らし回っているスライムを退治してきたところなの。『魔女様ーー!』って崇められたわ」
そう言って清々しい程のドヤ顔を披露するフィオールさん。やっぱり『魔女様』の正体はあんたか!
「ていうか『魔女様』は誰も正体を知ることの無いヒーローなんですよね。そんなに大声で話しちゃっていいんですか?」
「ふふ。本物の魔女様が目の前にいるのだからそんなつまらないことは言ってられないわ」
「はぁ、ずいぶんと自由なんですね……」
オリーヴァさんにこっそりと聞いてみる。
「ブレッザさんの奥様ってことは王妃……王妃様? な訳ですよね。スライムとはいえ、お一人で出ていって大丈夫なんですか?」
「その点は問題ないかと。ご本人も仰ってましたが、魔法の実力はかなりのものです」
「ほうほう」
どうやらブレッザさんとは違って本当に魔女らしい。オリーヴァさんのお墨付きがあるなら問題ないのだろう。
「よし……フィオちゃん」
「「はい」」
「いや、あの……フィオちゃん」
「「はい」」
なぜか一緒に返事をするフィオールさん。あ、そういうことか。
「えっと、フィオちゃんは『フィオちゃん』です。フィオールさんは『フィオールさん』です」
「私のことも『フィオちゃん』と呼んでくれて構いませんわよ?」
「すいません、それはちょっと……」
さすがに恐れ多いし、区別がつかなくなるので遠慮させていただきます。
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「では、この辺にしましょう」
私達がフィオールさんと共にやって来たのは王都の門を出た先にある広場。魔法を見て欲しいというご本人の要望によるものだが……
「では、いきますわよ」
その姿勢を見ただけで何となく分かる。この人、本物だ。
「はあっ!」
キィィィン!
光とともに現れた巨大な剣が地面に突き刺さっていた。光属性の魔法なんて珍しい!
「すごいですね……!」
まさに本物の魔女。街中の人々に憧れの的となるわけだ。
「きゃーー! お母様すごい! なんでこんな!?」
「ふふーー! お母さんだって努力したのよ!」
フィオちゃんも嬉しそうだ。実の母親がまさかの魔女……しかもこれだけの実力を備えた本物の。
「お母様! 私にもその魔法を教えてください!」
え……?
「いいけどフィオにできるかしら?」
「私だって先生の元で修行したんです! お母様には負けませんよ!」
「……」
そう言えば……
フィオちゃんが私の元にいたのは『魔女に憧れてるから』だったっけ。
もしその憧れの的が身近にいたら……どうなるんだろう?
「じゃあ、まずはお手本を見せるからよーーく見ておくのよ?」
「はい、お母様!」
親と子のそんなやり取り。
「まったく……楽しそうにしちゃって」
もしかしたらもう……
お別れの時が近付いているのかもしれないな。