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☆氷の魔女のスローライフ☆  作者: にゃんたこ
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第001話〜氷の魔女・ルノ〜


〜〜登場人物〜〜



ルノ (氷の魔女)

物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。


サトリ (風の魔女)

ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にしたカフェの看板娘。風の魔法に関してはかなりのもの。




 私は氷の魔女・ルノ。


 見た目は十八歳。不老不死の魔女。


 少々癖のある氷のように綺麗な水色の髪を肩まで伸ばし、ヘアピンを使って左耳だけオープン。


 よくする格好と言えば、膝上丈のワンピース。そしてその上からローブを羽織ると言った感じ。でもまぁ、その辺は毎日変化するものなのであくまで私のお気に入りの服装ということにしておきましょう。


 ちなみに、魔女なら誰もが被っている三角帽子。あれは少し風が吹くだけですぐに飛ばされてしまうので、諦めて最初から被っていない。昔はそれっぽく魅せるために被ってはいたのだが、前述の通り何度も風で飛ばされて無くした帽子は数知れず。


 私は転生してから100年ほど、この世界に住んでいる。


 どうやって転生したかって? それはあまり聞かないで欲しいかな。自分が死んだ話なんてあまりしたくないでしょ? それにどの道、ここでこうして暮らしてるんだから前世の事は置いておきましょう。


 一応言っておくけど、設定がめんどくさい訳でもないし、後から追加していけばいいやなんて思ってる訳でもない。うん、もちろん。



 兎にも角にもこれがどんな物語かと言うと、ゆっくりまったり……そんな私の生活。



『☆氷の魔女のスローライフ☆』



 そんなお話です。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 緑豊かな草木。それらを彩る花やキノコ、そして川に動物。絶妙なバランスを織り成すことで初めて完成する、自然の恵みが豊富な土地。


 ここは、そんな山々に囲まれた村『ヒュンガル』


 中心には直径10メートル程の噴水があり、こんな土地でありながらも、なかなかに立派それはこの村のシンボル……だと私は認識している。たぶん。



「ふぁ……いい天気……」



 現在。私が寛いでいるのはすっかり定番となった村のカフェ。大木をそのまま持ってきたようなむき出し柱に、化粧でもするかのように塗り固められた純白の壁。そこへ併設されたテラス席は大自然の空気を肌で感じるのにはまさにうってつけで、こうして通い詰めてしまうのも致し方ないというものだ。


 そんなお気に入りの場所で、先程から大きく伸びてあくびする私の姿はどんな風に映っているだろうか。ナマケモノ?



「まぁいいけどね。これこそまさにスローライフ。ふぁぁ……」



 雲ひとつない青空を眺めながらそんな事を呟くと、店内の方からカチャカチャとコーヒーを運ぶ音が聞こえてきた。首だけ傾けて視線を向けると、目の前に現れたのはこのカフェの看板娘のサトリさんだった。


 見た目は私より二つ年上くらい。看板娘らしい人当たりの良さそうな顔を、お団子にまとめたエメラルド色の髪が彩っている。実は彼女もまた不老不死の魔女で、過去には魔法を教わったりした事もあるのだ。



「相変わらずだねルノちゃんは。来てくれるのは嬉しいんだけど……朝からカフェに入り浸って呑気にあくびしてる姿を見るとニートになっちゃうんじゃないかって心配になっちゃうよ」



 なるほど。サトリさんの目にはそのように映ってたか。



「でも残念でしたね。まだ一歩手前なので安心してください」


「できれば全力で否定してほしかったなぁ」


「あはは」



 一応、誤解がないように言っておくが、ニート一歩手前でもなければ、当然お金が無い訳でもない。強いて言えば、ここ最近は討伐やらバイトやらしていないというだけ。そう、それだけなのだ。こうやってお気に入りのカフェでコーヒーとチーズケーキをお供にのんびりするのが癖になってしまっているだけ……!



「こほん。それより、サトリさんこそお仕事中に私なんかとお話してていいんですか? クビにされたらそれこそニートになっちゃいますよ」



 とは言ってみたものの、私がここでのんびりしている時は決まってサトリさんがやって来てのんびりくっちゃべるのが定番となっているので今更ではある。



「大丈夫大丈夫。 今はルノちゃん以外お客さんいないしね。わたしは暇なのさ」


「うーーん……」



 それはお店として喜んでいいのか。確かに周囲は勿論、店内にもお客さんの姿は無く、開店前だと言われれば信じてしまいそうな形相を呈しているが、それが私の望むカフェの姿であり、静かな空間だからこそこうしてのんびりできる訳だ。


 ちなみに『今は』いないだけであって、ここはそこそこ人気のカフェ。お昼時にもなると村人達の憩いの場となり、今とは真逆でとても賑やかとなる。それこそファミレスだと言ってもいいくらいの雰囲気だ。


 それはさておき。



「よいしょっと」


「……」



 サトリさんは、ごく自然な流れで私の目の前の席に座り、自ら持ってきたコーヒー飲み始めた。こら。



「これが仕事だとでも言うようにサボりますね。それにそのコーヒー、私へのサービスかと期待してたのに」


「何を言ってるの、未だかつてそんなサービスしたことなんて無いでしょ?」


「それなら今日が初のサービスという事で」


「だめ! 欲しいものは注文して、注文!」



 くっ……あくまでもお客と店員という立場を貫くということか。ならばこちらもそれに従おうじゃないか。



「じゃあ、パンを一つください」


「はい、ご注文ありがとうございます! (ニコッ♪)」



 流石は看板娘。笑顔が眩しい。



「お待たせしました。こちらパンでございます!」


「あ、コーヒーのおかわりをお願いします」


「はいはーーい、少々お待ちください(ニコッ)」



 すぐにおかわりを持ってきてくれる迅速な対応が素晴らしい。



「ありがとうございます。あとは……チーズケーキを一つ追加でお願いします」


「はいはい、ご注文ありがとうございます! (ニコッ……)」



 ふむ。看板娘ともあろう者が私の言葉一つであっちへ行ったりこっちに来たり。なんだか新しい暇潰しを見つけたみたいでテンションが上がってきたぞ。しかしそれとは裏腹に、何故か笑顔が引きつってきたサトリさん。お腹でも痛いのだろうか?



「お待たせしました。チーズケーキでございます!(ゼェゼェ)」


「ありがとうございます。じゃあ次はお水もらえますか? と言うか、お腹痛いなら遠慮せずおトイレに」


「……(ブチッ!)」


「ん?」


 

 突然聞こえてきた何かがブチ切れる音。無論、目の前のサトリさんからだ。



「ちょっとルノちゃん、私で遊んでるでしょ!? 食べたいもの決まってるなら一度に注文してよね!  てかお腹痛いなんてどこ情報さ!」


「あはは、どうどう……」



 バレてしまったものは仕方ない。荒ぶる看板娘を何とかなだめて再び平和な時間を取り戻すことに尽力しよう。ちなみに情報の出どころはそのお顔ですよ。……なんて言ったら本気で怒られそうなので黙っておく。



「それでさぁ……(ペラペラペラペラ)」


「へぇ、すご〜〜い(棒読み)」



 その後はいつもの流れ。休みが欲しいだの、もっとお金が欲しいだの、なんちゃらかんちゃらとサトリさんの欲望丸出しトークが続いた。


 そして――



「という訳さ」


「ふむ。あ、そう言えば」



 話が一段落したところで、先程ニート予備軍扱いされた事を思い出す私。思い立ったが吉日と言うし、良いタイミングだろう。



「サトリさん。そんなつもりは微塵も無いですけど、せっかくニート一歩手前まできたので久しぶりにモンスター討伐にでも行こうかと思うんですが何かお得な情報とかありませんか? 一匹倒すだけで一年は遊んで暮らせる様なレアモンスターとか」


「ルノちゃんがやっと働く気に!? いや、まだ微妙にニート的な思考が残ってるね」


「だからニートでは……」


「今見てくるから待ってなさい、若者よ」


「もう……」



 そこまで言うなら今度来た時はおばさん扱いしてあげよっと。



「ん、なんか言った?」


「いえいえ。よろしくお願いします綺麗なお姉さん」


「え、どうしたのさ急に。照れるなぁ」


「……」



 いまいち締まらないが、チョロインなサトリさんが言うようにこのカフェはモンスターの討伐依頼なども扱っていて近隣の情報はお手の物。平和なので出番こそ少ないが、ギルドのような役割も担っていてヒュンガルの平和維持のために日々尽力しているのだ。



「まぁ、そんなのは表向き。実際は従業員すら堂々とサボる平和ボケしたカフェでしかないのだ」


「自覚はあったんですね」



 なんやかんや言いながら、サトリさんが奥から情報をまとめた書類を引っ張り出して持ってきてくれたのだが、その量が尋常じゃないくらい少ない。やはり先の言葉は間違いないらしい。



「まぁ、平和あってこそのスローライフですからね。感謝感謝」


「そうそう。んで、お得情報とのことだけど……火のスライム、水のスライム、木のスライム、雷のスライムなどなど。特にこれといった情報はなさそうだね」


「スライムばっかりですね。……書類の量でお察しでしたけど」


「はは、こればっかりはどうしようもないね。あ、でもね……噂程度で良ければだけど、氷のスライムを発見したなんて話を聞いたよ?」


「ほぅ?」



 柄にもなく血が騒いでしまった。氷の魔女に、氷のスライム。使い魔みたいでかっこいいじゃないか。



「その話、詳しく聞かせてください」


「ふっふっ……わたしの予想だけどね、そのスライムはきっと冷たいと思うよ。そりゃもう氷みたいにね」


「文字通りですね。ほかには?」


「んーー……居場所は不明。その辺の山にでもいるんじゃないかなぁ」


「驚くほど情報量が皆無ですね」


「それが分かっただけでも収穫でしょ?」


「はい。やはりここは『素晴らしいカフェ』ですね」



 身を乗り出して食いついてしまっただけに熱のやり場に困る私。もはやただの世間話でしかなかった気さえするが、確かに新種がそう簡単に見つかる訳は――



「なんなら今から一緒に探しに行く?」


「……!」



 半ば諦めかけた所へ思わぬお誘い。サトリさんもかなり魔法が使えるので討伐に行くこと自体は問題ないが、そもそもあなたは勤務中なのでは?



「お店はどうするんですか? まさかサトリさんもニートになるとか……いや、すいません。語弊がありました。私はニートじゃないですね」


「今ならお店も空いてるし大丈夫だよ。最悪の場合、店長様が何とかしてくれるしね。というか私だってニートになる気なんて無いよ!」


「そうなんですか? てっきり今の仕事に愛想つかせたのかと……。そういうことでしたら、私も気になるのでぜひ行きましょう」


「オッケー。んじゃ、簡単に準備してくるから先に外で待ってて!」


「分かりました。ではでは」


「あ、ちゃんとお金は払って行ってね?」


「ドキッ! もちろんですよ。あはは……」



 私の策略を見事に看破して奥へと消えていくサトリさん。その際、店長っぽい人にどつかれていたのは見なかったことにしておこう。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 数分後。



「お待たせ!」



 やって来たのは先程までのエプロン姿の看板娘ではなく、外出用の動きやすいショートパンツ、そして私と同じようにローブを羽織って戦闘準備万端の状態でやって来たもう一人のサトリさん。三角帽子を被っていないのは文字通りそういう事だろう。やっぱり邪魔だもんね。


 目的地は村を出てすぐの山『ヒュンガル山』


 自然の恩恵を受けているのは人間や動物だけではなく、もちろんモンスターも同じ。カフェでも言っていたように、スライムしかいないが『討伐と言ったらここ!』と言うくらいには定番の場所である。



「じゃあ行こうか。とりあえず山と言えば頂上を目指すのが定番だよね」


「ハイキングかーーい……と突っ込みたい所ですけど私もそれくらいしか思い付かないのでそうしましょう」



 という訳でいざ出発。ヒュンガル山自体は村を出てすぐなので感覚的には『お隣さん宅までお散歩』くらいのものだ。



「もし本当に氷のスライムがいたらその時は捕獲ですからね」


「ふふん、任せて。出会い頭にわたしの風で一撃だよ」


「捕獲ですよ、ほ・か・く」



 口ではああ言っているが流石に冗談であると信じたい。いざとなれば氷漬けにしてしまうか。



「分かってるって。んじゃあれは?」


「あれは――」



 サトリさんの視線の先にいたのはゼリー状の身体をプルプルと揺らしながら道を横切る火のように赤い物体。あれこそ定番中の定番。


「火のスライムが現れた!」


「あ! バレちゃったじゃないですか!?」


「てへ」



 まったくこの人は。せっかく気付いていないうちに討伐できるチャンスだったというのに。しかし問題無いのは事実。『バレてしまった』というだけだ。



「ロッド」



 私の呟くように小さな声に応え、手元に現れたのは氷の杖。そのまま地面を軽く一突きすると、地面から現れた氷の槍が狙い違わずスライムを貫き絶命させた。



「おぉ、相変わらず見事な手際だねぇ」


「ふふん」



 ついドヤ顔をしてしまったが、自他ともに認める鮮やかな手並みだったので問題ないだろう。しかしそんな事を考えていると、間を置かずに次なるスライムが現れた。



「む!」



 負けじと反応するサトリさん。私達の視線の先にいるのは、プルプルとした身体なのは先程と同じだが今回は海のように青い。あれは――



「水のスライムが現れた!」


「ルノちゃん!?」


「ふふ、お返しです」


「まったく! 今度はわたしの番だからね!」



 そう言って腰の杖を抜き取り、素早く狙いを定めるサトリさん。


 そして――



「吹き飛べ!」



 ゴオッ! っと凄まじい音と共に吹き荒れる突風。顔を覆いたくなるほどの風は、地に立つことも許さずあっという間にスライムを攫っていった。



「ふふん! (ドヤァ)」


「でもあれじゃ討伐したかも分からないのでノーカンですね」


「ひどい!」



 お返しと言わんばかりのドヤ顔だったのでつい。しかし流石はサトリさん。敵対してから攻撃までの流れは実に見事だった。



「お互い調子良いみたいですね」


「だね。スライム達が不憫に思えてきちゃうよ」



 ご覧の通り私は氷の魔法、そしてサトリさんは風の魔法を得意としている。こうしてモンスター討伐に行く事は過去にも何度かあったが、毎回実に見事な魔法を見せてくれる。口には出さないが、サトリさんの魔法を見るのも楽しみの一つだ。



「ではこの調子でどんどん行きましょう」


「よっし。最速で頂上まで行くよ!」


「あくまで氷のスライムを探しに来たことを忘れないでくださいね?」


「もちろん! おっ先ーー!」


「あっ、ちょっと!」



 何故か『先に到着した方の勝ち』みたいな勝負を始めるサトリさん。その後もずっとこんな調子で雷やら木やらの定番スライムと出会う事はあったものの、未だに肝心の氷のスライムは見つかっていない。



「うーーん……これじゃいつもの討伐と変わりありませんね。やっぱり噂止まりなのかなぁ」


「もしかしたら氷だから寒いところにいるのかもしれないね。ほら、山頂なんてまさにそうじゃない? (ムシャムシャ)」


「ふむ、確かに。ところでそれ、何を食べてるんですか?」



 サクサクと心地良い音が聞こえると思ったらサトリさんの手には大きな紙袋が。そこから漂ってくる香ばしい香りは焼き菓子の類だろう。



「あ、これ? クッキーだよ。お店の持ってきちゃった」


「あんなにはしゃいでたのにスライム探し飽きちゃったんですか? ……よかったらそれ、私にもください」



 実は私もちょっと飽きてきた。山頂にいるかもしれないという僅かな望みがあるものの、あくまで噂だから骨折り損になるかもしれないしね。



「まったく、ルノちゃんは食いしん坊だなぁ。はい、百円になりまーーす(ムシャムシャ)」


「サトリさんこそ、先に食べ始めたくせに……ありがとうございます。はい、百円」



 右手でクッキーを受け取り、左手でぽんっと手渡したのは魔法で生み出した氷。それを見たサトリさんは慣れた手つきでそれを水筒の中へポイ。



「随分と手慣れてますね」


「ルノちゃんの定番のギャグだから慣れちゃったよ」


「それを言うならサトリさんこそ」


 

 こうして、私とサトリさんは会話の代わりにサクサクと音を立てながら散歩感覚で山頂を目指した。もちろん、道中ではスライムに遭遇したのだが、もはやおまけ。片手間でスライムを倒しつつ、あっという間に山頂へ辿り着いたのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 先程までのポカポカ陽気とは打って変わって、山頂の気候はまるで冬。カチコチの木々や降り積もる雪など……いつの間に雪山に来てしまったんだと思うようなこの異常気象はもしや氷のスライムが現れる前触れか?


 そんな希望に心を踊らせる私だがそれ以前に――



「うぅ、寒い……」



 氷の魔法が得意でも寒いものは寒い。ローブを手繰り寄せて必死に寒さを堪える私は完全にミノムシと化していた。



「特に頭が寒い……やっぱり帽子被ってくれば良かった……」


「まったくだよ。山頂とはいえこの寒さは異常だね……へっくしゅ!」


「で、でも。なんだか氷のスライムが出そうな雰囲気ではありますね。こんなの初めてですもん」


「た、確かにっ。環境に合わせてモンスターが変異するなんてよくある話だし!」



 寒さを紛らわすためにとにかく会話をする私とサトリさん。後者に至っては騒いでいると言ってもいいくらいにうるさいが、その気持ちは分からなくもない。なんせ早くも限界が近付いているのをガチガチと震えるその身が証明していたのだから。



「ルル、ルルルル……!?」



 そんな状況の中、謎の鼻歌を歌いながら私の袖をグイグイと引っ張ってくるサトリさん。



「……? ずいぶんと余裕がありますね」


「ち、違くて!? 寒くてそれどころじゃないんだよ……!? ほら、ちょっと休憩しない? あそこでなんか買ってさ……売店……ガクガク」


「は、はい……?」



 ガクガクしつつ話すものだから微妙に意味が分からないが、サトリさんが指さす方に視線を向けると、そこにあるのは小さな売店と、その横には綺麗な泉が見える休憩スペースもある。泉もテーブルもカッチカチだけど。



「あ、あぁ。あまりにも雰囲気が違くて気付きませんでした。私も温かいものが飲みたいです……ブルブル」



 砂漠のオアシスを見つけたような気分で売店に吸い寄せられるが、メニューを見た瞬間に心までもが凍りついた。



「うげ、高い……!?」


「いつもの倍くらいしますね。それでも私は買いますよ……!」



 登頂後の達成感&空腹感に満たされた状態では多少割高なものでも躊躇なく買ってしまうアレだ。足元見やがって!


 そして。



「はぁぁ……あったかい……」


「生き返るねぇ……」



 私はコーヒー、サトリさんはカフェオレを購入し、凍りついたベンチで泉を眺めながら至高のホットドリンクを堪能した。



「ねぇねぇ、ルノちゃん。それ一口ちょうだい」


「え、突然どうしたんですか。間接チューになっちゃいますよ?」


「なにお子様みたいなこと言ってんのさ。ほら、わたしのもあげるから」


「じゃあ。私も甘いものが恋しくなりました」



 こうして交換したお互いのホットドリンクに癒されながら休憩すること数分。



「ん……?」


「どうしたの?」



 それはほんとに偶然だった。ぼーーっと眺める視界の先。すっかり氷漬けとなった泉の中で何かが動いたのを私は見逃さなかった。



「ほら、そこ。泉の中でスライムが凍ってますよ」


「……あ、ほんとだ。よくあんなの見つけたね」


「もしかしてあれが氷のスライムじゃないですか?」


「さすがにそれは噂流した人アホ過ぎない?」


「ですよね」



 こうして一度は納得したものの……やはり気になる。何故ならあのスライム、目が合うと『パチッ』っとウインクができない人のウインクみたいな瞬きをこちらに送ってくるのだ。少々気まずいんですけど。



「こっち見てますよ、あのスライム。取り出してみましょうか」


「うん、まぁいいけど」


「あ、これゴチです」


「なっ!?」



 という事で、空になったカフェオレと飲みかけのコーヒーを再び交換して、氷漬けの泉へ駆けと寄った私は、指先に炎の魔法を発動させてスライムを周辺を溶かし始めたのだが――



「うーーん、これ……境目が分かりにくくてそのまま討伐しちゃいそうですね」


「そんな事よりもルノちゃん? このカフェオレについての緊急会議をしようじゃないか」


「何を言ってるんですか。そこにはもう『カフェオレの容器』しかありませんよ」


「きぃーー!!?」



 そんな事を話しながら油断していると――



「わっ!?」


「ぷぷっ!」



 氷から解放されたスライムが『ピョン』っと頭に飛び乗り、私はそのままひっくり返ってしまった。襲ってきた訳ではなさそうなので、とりあえず降ろそうと両手で掴んだのだが――



「冷た! これ氷みたいに冷たいですよ……?」


「ほんとに? 凍ってたからじゃなくて?」



 あまりの冷たさでポロッと地面に落としてしまったのだが、そのままコロコロと転がるスライムは少なくともぷにぷにしていない。



「ほら、氷のそのものですよ。触ってみてください」


「おぉ……ほんとだね。てことは?」


「……っ!」



 ついに見つけた! 氷のスライム!



「でも出てきたきり動きませんね」


「氷漬けになってたから弱ってるんじゃないかな?」


「氷なのに? ……そうだ」



 ポイッ……!



「あ、私があげたクッキー」



 回復魔法をかけてあげても良かったが、やはり食べて元気になるのが一番。先程の余ったクッキーを氷のスライムに与えると身体に触れた瞬間に吸収された。



「ピキピキ……!」


「どうやら元気になったみたいですね」



 すると、あろう事か……氷のスライムが起き上がり、仲間になりたそうにこっちを見ている!?



「仲間にしますか?」


「はい」



 私はサトリさんの質問に即答した。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 私達は氷のスライムを仲間にした後すぐに下山した。私はせっかくなのでそのままカフェで遅めのお昼を頂き、サトリさんはお仕事へ戻った。


 それから約一時間。おやつ時となった頃。



「へぇ、ずいぶんと懐かれてるみたいだね」


「可愛いでしょう?」


「ピキピキ……!」



 目の前の席には相変わらず堂々とサボるサトリさん。そして今朝とは違い、テーブルの上には氷のスライム。慣れてくると意外にも可愛いもので、撫でるとひんやりして気持ちいい。



「ルノちゃんの前世はスライムだったんじゃない? きっと母親だと思われてるんだよ」


「失礼な……私は前世でも立派な人間ですよ。なにせ実話ですから」


「ふーーん?」



 そんな他愛もない話に華を咲かせているその瞬間。テーブルの上では今まさに私の大事なものが氷のスライムに捕食されている最中だった。



「ピキピキーー♪」


「ルノちゃん、それ」


「あっ、私のチーズケーキが!?」


「いい食べっぷりじゃないですか、お客さん。ぷぷっ!」



 サトリさんはニヤニヤしながら楽しんでいるが、私はそれどころではない。楽しみに取っておいたのに!



「どうするルノちゃん? まだまだチーズケーキはあるよ? 注文すればね!」


「くっ……さては二人して私を嵌めましたね!? ………………チーズケーキもう一つください」


「はいはーーい!」



 私は泣きながら追加で注文。チーズケーキが来るまでの間、お仕置きとして氷のスライムはコマ回しの刑にしておいた。氷なだけによく回る。



「お待たせしましたーー!」


「あれ? なんで二つも?」


「また捕食されると思ってさ。ぷっ」


「させても良いですけどそれはサトリさんの自腹ですからね」


「ひどい」



 既にチーズケーキ一つを平らげているというのにこれ以上与えたらメタボスライムになってしまうじゃないか。私が求めるのはスマートな使い魔だ。



「それにしても、氷の魔女が氷のスライム連れてるなんて使い魔みたいでかっこいいね」


「ふふ……そうでしょう? 移動するは私の頭に乗せてこの子の威厳をアピールしますよ」


「いいねそれ。わたしも風のスライム捕まえて、使い魔にしようかな」


「それなら今度は風のスライムを探しに……むっ!」



 会話に熱中し始めた頃を見計らって、氷のスライムが再びチーズケーキの元へやって来た。渡さんとばかりに私はケーキの周りに水が入ったコップやらコーヒーやらで壁を作る。それを躱すように氷のスライムはあっちへコロコロこっちへコロコロ。もうあげないぞ。


 そんな戦いを繰り広げつつチーズケーキを完食した時には既に夕方。楽しいと時間の流れが早いとはまさにこの事だ。



「おっと、もうこんな時間だ。夕飯の時間帯は忙しいからね。わたしはそろそろ準備しないとだから行くよ」


「頑張ってください。私もそろそろ帰りますね」


「うん、またおいでね。あ、でもニートはだめだよ?」


「今日、討伐に行ったのでもうニートではないですよ。ではでは」



 そう言って席を立つと、氷のスライムがピョンと頭の上に乗っかってきた。私の意志を汲んでくれるとは流石じゃないか。



「んじゃね、ルノちゃん。気を付けて帰ってね」


「はい。ごちそうさまでした」



 そんないつものやり取り。変わらぬ日常と新しい出会い。笑顔のサトリさんに手を振って、私は氷のスライムと共にカフェを後にした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夕焼けに染まる帰り道。


 我が家はヒュンガルから約十分程歩いた草原に建っている。今日まで幾度となく歩いてきたこの幅広の道だが、そこは様々な草花で彩られていて季節ごとに違った風景を楽しませてくれるので飽きる事は無い。しかもいつもは一人で歩いていたこの道も、今日からは新しい仲間が一緒なので少々賑やかだ。



「それにしても、サトリさんてば最後まで羨ましそうに見てたね。君のおかげでなんだか私も鼻が高くなった気がするよ」


「ピキピキ……!」



 この世界で暮らすようになって今日まで。一人暮らしは寂しいなどと思ったことはなかったが、こうして新しい家族と暮らすとなるとやはり心が踊る。



「さーーてと。明日は何しようか?」


「ピキピキ……」



 今後の生活を思い描き、頭の上にいる氷のスライムの冷気を感じながらふと思った。






「頭がキンキンする……」



 冷気対策。それが最初の課題ですね。



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