再開発
1960年までに
東京、名古屋を筆頭に
多くの都道府県庁所在地が
区画整理を実施
市民の不満は多かったが
バス路線や路面電車の効率運営、災害対策を軸に
行われた
城や中核駅、県庁を中心に区画整備が行われ
引き屋に頼んで、家を移したり
解体して土地を売り、郊外やニュータウンに新居を構える人もいた
海に面している都市は
港湾造成と重工業誘致に取り組み
多いな発展を見せた
これに関しては、
労働力の大都市、炭鉱街への大規模流入を防ぎつつ
地方の過疎化を防ぐための措置だった
さらに、高速鉄道や高規格道路の着工で(最初は、弾丸列車と弾丸道路だった)
建設業界も嬉しい悲鳴をあげた
明日は、今日よりいい明日と
高麗連邦でも、ほぼにた状態だが
釜山、開城、元山に工業投資が進み、その周りや鉄道沿線に宅地が造られ
ソウルやピョンヤンは商業化するか、スラム化するかのニ択になり
それ以外は、軍需に恵まれない場所は、ゴーストタウン化か大規模農園、ダムになっていった
中国は、いまだ内戦が続いていた
現状は
満州は、米英主導の国連管理下
長江を挟んで
北と内陸に ソ連支援の中国共産党による
共産主義の中華ソビエト共和国
南に 米英支援の 中国国民党と中華民主党からなる
政党政治の民主国 中華民国
3つに割れている状態(香港はまだイギリス領)
ベトナムでは、北西部にベトナム社会主義国
それ以外を資本主義体制のベトナムが
支配している状態でいた
次は、11日の予定




