第二次日ソ戦争1
1976年9月8日午後3時
在日ソ連大使が、外務省に乗り込み
米国亡命をしようとするパイロットの引き渡しとmig-25の引き渡しを要求
日本皇国外務省は、パイロットに会わせることは認め、引き渡しはそちらとパイロットの交渉次第
Mig-25に関しては、米国と共同で機体調査中で11月に明け渡せると報告
大使は、日本時間11日午後3時までに、機体の返還体勢がとれない場合、百里基地のmig-25を独力での実力行使をやむを得ないだろうと通達
外務省は、宣戦布告ととって良いのかと確認
大使は、あくまで返還すればいいだけと言って大使館に戻った
皇国政府は悩みに悩んだ
計算上、11日の午前7時までに結論を出さないといけない
政府の試算では、核有、核無 双方での計算をした
核戦力も投入した場合
皇国北部航空隊基地への核攻撃の後に、秋田県への上陸、松島基地への爆撃
秋田県内に即席滑走路を作った上で百里空爆でのmig-29破壊
百里基地への核攻撃
間違いなく、東関東の放射能汚染
万一ずれて、東海原発に着弾した場合
最悪の場合は都心を巻き込むクレーターができる恐れがあった
だが、米国の核のかさが適応された場合のシナリオ
つまり、核攻撃無しの場合
佐渡、新潟を制圧した上で、前線基地にして、空挺部隊による百里制圧mig奪回もしくは爆撃による破壊
政府は揺れに揺れた
アメリカの核のかさが使えた場合でも、ソ連が核攻撃の可能性もある
返還か、戦争か、
そんな最中
9日の夜に、中華人民共和国でクーデターがおき
10日の早朝に中華連邦準備委員会が発足と言う事態が発生
アメリカ極東軍も厳戒体制になり
核攻撃の危険性が低くなった
そして、政府の結論は
開戦もやむを得ず
戦闘は基本は専守防衛だが
敵の海軍基地と主要滑走路の破壊爆撃も検討された
Mig29の調査も迅速に行い
早期停戦と講和も視野に入れた
そして 日本時間 11日午後2時45分
日本皇国政府は
樺太、北海道日本海側の自治体、日本海側の府県に対し
軍事施設や沿岸部からの避難勧告を通達
同日から午後7時から午前6時までの外出を規制する戒厳令も発表
午後2時55分
防空識別圏にソ連防空軍が接近
皇国北部航空隊 中央航空隊に出動命令発令
日本海艦隊も同時出動
午後3時
ソ連の戦闘機4機が領空侵犯
皇国空軍北部航空隊が2機撃墜するも1機を撃墜された
3時43分
ソ連の戦略爆撃機が佐渡と北海道に向けて進攻を確認
47分
北海道方面に進んでいた爆撃機を護衛戦闘機共々撃破するも日本皇国側も2機撃墜される
53分
佐渡沖で
皇国海軍と皇国中央航空隊が戦略爆撃機を撃墜するも
ソ連の護衛機に1機を撃墜される
59分
中華連邦準備委員会が声明を発表
直ちに停戦を望む
4時34分
ソ連極東海軍の潜水艦が出撃
54分
広島県呉皇国海軍基地から
潜水艦部隊と対潜駆逐艦が出撃
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