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早まった終戦  作者: 鈴夜
10/14

第二次日ソ戦争前夜

ベトナム内戦の最中

中国では、北京周辺で文化大革命が発生し

一時は、中華民国の長江、ユンコイ突破も噂されたが、噂で終わった


極東では、そのままにらみ合いが続いた


1976年9月6日の午後1時

日本防空識別圏にソ連方面から戦闘機が侵入

当初は、スクランブル調査(日本皇国空軍の迎撃体制の確認)と思いきや

低空侵入をしてきたため

大混乱になった


日本海機動部隊は

初代の艦隊は、3年前に瑞鶴が記念艦になったのを最後に

フリゲートと駆逐艦主体の艦隊になっており

皇国空軍 三沢基地、千歳基地、敷香基地から偵察機、戦闘機が次々と出撃


そして2時前に三沢基地から出撃した偵察機が戦闘機を発見したときには、函館空港への強硬着陸体勢だった


パイロットは、直ちに函館空港管制に、皇国空軍北方航空隊が国籍不明きのパイロットに事情を聴くため、協力を要請

函館空港管制も、パイロットの言葉を受領


皇国空軍北方航空隊が30分で到着し

パイロットに事情聴取した結果

亡命であり、戦闘機は、ソ連の最新鋭戦闘機mig-25と判明

皇国空軍北方航空隊は、情報を直ちに、暗号回線で市ヶ谷にある国防省に送信

そこから、外務省経由でアメリカ大使館にも極秘に連絡が回り


機密のなかで、初日は北方航空隊でロシア語のできるパイロットと航空隊司令官が亡命パイロットに対応し

翌日は、午前中は先に言ったパイロットと共にmig-25と共に松島基地を経由し百里基地まで移動

午後はそこに、外務省職員(ロシア語が出来てアメリカにも精通している職員)も合流し話をして

その翌日に、米国大使も面会に来て

その後亡命が受領された


パイロットには、満州経由もあったが

ソ連陸軍の実力行使とそれによる第三次世界大戦の危険性もあったため

当初は、日本皇国の千歳か三沢を目標としていたが

霧と燃料不足により、函館空港への強硬着陸となった(滑走路内での着陸には成功、民間機は離陸中止で駐機場に止まっていた)


一方のソ連も7日には事態を完全に把握(当日も幾分情報はあったが)

戦闘機が百里に亡命パイロットと共に移動していると言うのも掴んだ

そして、それが、日本海での大激戦となる


続く


次は 不明


追記

Migの数字を間違えてました

ごめんなさい

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