六、代わりに決めてやろう
私だって、まともな女将業を営むこともあるのだ。
「こんなに良くしてもらって、すまないのぉ。まるで族長の娘にでもなったような気分じゃ」
娘と言うには老けすぎてらっしゃいますが。
「いえいえ、とんでもございません。どうぞゆるりとお過ごしくださいませ」
今回のお客様は、赤土が広がる灼熱の大地からいらっしゃったシャーマンを名乗るおばあさん。不思議な幾何学模様で染め抜かれた白い布を身体に巻きつけていらっしゃる。もちろん、裸足だ。
「何かございましたら、こちらの笛を吹いてくださいませ。すぐに参ります」
お部屋には電話を備えつけているのだが、シャーマンのおばあちゃまには、少々ハードルが高い。苦肉の策が、笛なのだ。
「楓。ひとつ頼みを聞いてはくれないか」
「はい」
「今夜は外で寝たいんじゃが」
「……はい」
たとえお客様から変な要求があろうとも、私はできる限りお応えする。
まずは、粋くんと共に、おばあちゃまから詳しい要望を聞き取り。次に、必要な材料を至急仕入れてもらえるよう、翔に依頼。忍くんに、庭の一部を使うことを連絡した後は、おばあちゃまを温泉へご案内した。その間に、庭でおばあちゃまの寝床を準備。
「これじゃ! ああ、落ち着く……」
完成した寝床を見たおばあちゃまは、すごい喜びようだった。旅館の布団は、糊の利いた真っ白なシーツがぴんっと張りつめるようにかけられていて、とても気持ちが良い。
でも、価値観なんて人それぞれですものね。おばあちゃまが慣れ親しんでいる文化には合わなかったのだ。
考えてみれば当たり前のことなのに、お迎えするにあたり思い至らなかったことがくやしい。
「翔、赤土なんて、どこで仕入れてきたの?」
「ん? ちょっとかき集めてきただけ」
翔は、昔から旅館にいる。そして、母さんの代の頃からずっと仕入れ担当だ。仕入れの方法は謎。これまでも幾度となく尋ねたけれど、いつもはぐらかされてしまう。
彼の謎は、それだけではない。それは、私の身体にも言えることなのだけど……。詳しくは、また今度ね。
「楓も入ってきなさい」
おばあちゃまは、円形をした土壁の小屋の入り口から、顔だけを出していた。
「それでは、お邪魔します」
うちの敷地内なのだから、「お邪魔します」っていうのはおかしいのだけどね。
中に入ると、少し涼しくて、雨の降り始めの時に感じるような草や土の香りが仄かにした。中央には藁が敷かれてきて、おばあちゃまは、その上にあぐらをかいて座っている。
「楓は、今年何歳になった?」
もしやこの流れは……?! 私はさっと身構えた。
「結婚したい相手はいないのかい?」
きたーーー!! やっぱり来たよ、この話。たまにいるのだ、こういう方は。男性に言われるよりはマシだけど、できるだけ避けたい話題である。
だいたい、こんなところで女将業をやっていて、まともな出会いなんてあると思ってるの?! お客様はみんな人生が詰んでて、ここで滞在する中でなんとなく心のシコリが取れたり、癒やされちゃったりして、すぐに帰っちゃうんだから。
テレビのドラマなどを見て、うわぁ、結婚っていいなーとか思ったりすることもあるけれど、現実はこれだからね。もう諦めてるわよ。ふんっ!
「そうか。いないのかい……。ならば、代わりに決めてやろう」
「はい?」
おばあちゃまは、シャーマンであると同時に、占いがお得意とのこと。これまでも、占いで多くのカップルを結びつけてきたらしい。うわー、胡散臭い。
「そうじゃな。まずは、ここの男衆を集めてきなされ」
「かしこまりました! しばらくお待ちくださいませ!」
おばあちゃまに返事したのは、いつの間にか現れた巴ちゃん。悪い流れをどうにか止めようと思っていたのにー! もう、どうしたらいいの?!
そして集まってきたメンバーは次の通り。忍くん、翔、粋くん、潤くん、研さん。……研さん?! え、やっぱり男の人だったの?! 長年の疑問がはっきりして嬉しいやら、悲しいやら!
「集まったようじゃの。では、始めるとしよう」
おばあちゃまは、どこからか現れた小さな竹籠の中に、近くの小石や藁を入れた。そして、男衆それぞれの髪の毛をプチプチ抜き取ると、それも籠の中へ。みんな痛そうだった。最後に、おばあちゃまがずっと身につけていた赤い石の指輪を投入。
「ぅぉおおおぉぉぉおおおおおおぉぉぉおおおおお!!」
それは呪文か何かですか? とても女性のものとは思えない程低い声だ。なんだか呪われそうで恐ろしい。おばあちゃまは、踊るような仕草で籠を大きく揺らした後、床に置いた。
「ぅぉおおおぉぉぉおおおおおおぉぉぉおおおおお!!」
まだ続きがありました。今度は、バタフライをするように両腕をゆっくりと動かし、手指はピアノを弾いているかのような滑らかな動きをしている。まぁ、あれだ。魔女が大鍋で怪しげな薬を煮詰めているような感じ。
「この婆さん、大丈夫か?」
忍くんが、呟いている。激しく同意。何かが乗り移っちゃったみたいな、妙な気迫が感じられるのだ。止まり木旅館では、魔法などの変な力は使えないはずなのに、不思議。
その時、おばあちゃまの動きがぴたりと止まった。
「よしいこっどやちっめかたっし!!」
何なに?! 変な掛け声と同時に、おばあちゃまの手によって籠の中身が床の上にぶちまけられた。
「……決まったぞ!!」
おばあちゃまは、重々しい口調でそう言うと、転がっていた赤い石の指輪を拾い上げた。
「この者だ」
がしっと肩を掴まれて、少し怯んだような表情を見せていたのは……翔だった。
「二人とも、ここへ並べいっ!」
え?! 並んでどうすると言うの?! でも、お客様がおっしゃっているのだ。ええい! もうどうにでもなれ!
私は、大人しく翔の隣に並んだ。
「では、誓いのキスを!」
は?!
次の瞬間、目の前が暗くなって……
再び視界が明るくなった時に見えたのは、すっごく機嫌が良さそうな翔の顔だった。
「な、な、な、な、何してるの?!」
その時、さっと爽やかな風が吹いた。見ると、おばあちゃまの後ろに扉が出現しているではないか。
「お、お帰りの扉が開きました」
こんなことがあって、すぐのことだもの。少し滑舌が悪くなっても許されるわよね?
扉は、粗末な布でできたカーテンのようなものだった。
「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」
おばあちゃまは、何かを祈るような仕草を見せると、こちらに笑顔を向けてカーテンの向こうへと消えていった。
その途端……
「楓さん! こんなのでいいんですか?! こんなので!」
忍くんがすごい勢いで飛びついてきた。それを片手でさっと止めてくれる研さん。よっ! 男前! と思っていたら……
「楓さん。今夜、一緒に温泉に入りましょうね」
語尾にハートがついていたような気がするのは、私だけ? いやいや、混浴とか無理ですからー!
ふと見たら、粋くんが倒れていた。近づくと、「翔さんが……翔さんが……」とうわごとを言っている。あんたはそっちか。潤くんは必死に何かをメモしているし、巴ちゃんは妙に目をキラキラさせてこちらを見つめているではないか。
「みんなして、何なの?! 恥ずかしいじゃない!!」
私は、走って女将の部屋に戻ると、パチンと大きな音を立てて引き戸を閉めた。
なんだか、ドキドキするのは、今走ったからだよね? 翔があんなことしたのは、おばあちゃまがお帰りになるきっかけを作るためだったんだよね? それに、おばあちゃまの言う通りになんて、する必要ないもんね?!
なのに……なのに……なんであの時、嬉しかったんだろう。
よく分かんないや。







