表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/33

三十二、押し入れの中

 襖をノックすると、すぐに返事があった。念のため、胸元に鍵を忍ばせていたが、今夜は使わずに済みそうだ。


「こんばんは」

「こんばんは?」


 私は、あれから女将部屋に戻って、着物を普段着のものに着替えている。そして、やっと一人になって落ち着いた時、ようやくふつふつと羞恥心が湧いてきたのだった。

 母さんが生きてくれていて、本当に良かった。父さんという存在が実在したこと。しかもあの方だったということは、本当に大きな驚きだったけれど、見守り続けてくれていたことは嬉しかった。

 ここまでは、良しとしよう。

 翔は、私が止まり木旅館の若女将を続けることを嬉しいと言ってくれた。いや、その前だ。私、翔にあんなことを……。皆が注目している中で、なんで言っちゃったんだろう。あれはどう解釈しても、私が翔に……好きって言ってるようなものだよね?! 顔の火照りがなかなか収まらない。

 だから、二人きりになっちゃったら、もう何をどうやって話をしたら良いのか分からない。でも、この際いろいろ確認しておきたいこともあるし……。困ったな。

 私は、密さんから返してもらった青いトンボ玉をぎゅっと握った。ちらっと翔を見ると、彼は静かに入り口の襖の方を睨んでいる。


「いくら親でも、盗み聞きは趣味悪いぞ」


 え?! もしかして、そこに研さんがいるの? 翔は、鍵を外してほんの少しだけ襖を開けた。すると、そこには研さんだけでなく、密さんまでいるではないか。


「うちの娘は、お前にはやらん!!」


 だから、今更親顔されてもね……。っていうか、研さん、そんなキャラだったっけ?


「翔。この駄目親父は妾がなんとか取り押さえておく故、今夜こそ楓を……」

「う・る・さ・い!」


 翔は、ピシャリと襖を閉めると、すぐさま鍵をかけ直した。そして、押し入れの襖を開けて、私の方を向いた。


「ここ、入って」


 まさか……監禁?! そう思った時には、私は翔に押し入れの中へ連れ込まれていた。


「何するのよ?!!」

「何かされたい?」

「ち、違うもん!」

「馬鹿、音漏れ防止だよ。何かするには狭すぎる」

「え?!」


 そして私と翔は、狭い押し入れの中で、タブレット型端末の画面の灯りを頼りに話を始めた。






「楓、怒ってない?」

「何を?」

「千景さんのこと」

「だって、口止めされていたんでしょ? 仕方ないじゃない。それに、私が母さんの所に行けるように段取りを考えてくれていたのだし、感謝こそすれ怒るわけがないわ」

「……ありがとな。選んでくれて」


 翔は、私の手を握った。手の先から、ビリビリと電気みたいなのが走ったような感覚がして、胸がキュンとする。私はそれを誤魔化すために、話題を変えた。お金のことだ。


「ねぇ、あの持って帰ってきた着物、高かったでしょ? あれのお金、どうやって工面したのよ?」

「そもそも、仕入れ全部の原資について言えることなんだけど、あれは導きの神が用意した金で買ったものなんだ」


 翔によると、私の祖母にあたる万智さんが、そのお金の管理を行っているらしい。時の狭間にある宿の仕入れ係は、皆、万智さんと交渉して予算を確保し、それで物資を調達しているそうだ。

 元々用意されていたのは金塊だったそうで、それを特殊ルートで通貨に換金して使っているとのこと。なんだか怪しくて、怖い。でも、別世界へ調達しに行く際は、金塊の状態のままの方がどこでも通用して便利なのだとか。なんだそりゃ?!


「じゃあ、万智さんが着物に大金を(はた)いても良いって言ったの?」

「あの糞ババアは、孫の楓に会いたいばっかりだからな。俺にさっさと止まり木旅館を乗っ取れってうるさかったよ」


 あらまぁ。万智さんは、そういう立場なのね。そりゃあ、そうかもしれないけれど、それだと今後の仕入れ、翔は大変になるんじゃ……。だって、翔は万智さんの願いを反故にしたのだから、きっと今まで以上に予算をとるのが厳しくなるにちがいない。私がその懸念を伝えると、翔はニヤリと笑った。


「大丈夫。俺、仕入れ係は引退するから」

「礼くん?」

「そう。あいつ、人懐っこいタイプだから、あの婆さんとも何とかやっていけるだろ」

「じゃあ、翔はどうするの?」

「俺? んー、あの紋付き羽織袴の出番、かな?」

「何それ? あんな礼装、さすがに普段着には使えないわよ?!」

「違う違う。楓には、千景さんの黒引き振袖を着てもらって……」


 それって……これって……もしかして今、すごく大切な話が始まってる?!

 私が、思わず息を飲み込んだ時、タブレット型端末から、軽やかなアラート音が鳴った。


「あ、千景さんからメールだ」


 母さん、メールとか使えたの?! っていうか、タイミング悪すぎ!


「もし、楓が止まり木旅館に残ることになったら、メールでやり取りできるようにしようって千景さんと話してて……」


 翔は、何やら操作を始めた。アプリのダウンロードだとか、あたらしいアカウントを作るだとか、ブツブツ呟いている。何をしているのだろう?


「楓。千景さん、やっぱりすごいわ。機械音痴とか言いながら、ちゃんと使いこなしてる」

「どうしたの?」

「今から、千景さんと会おう」

「はい?」


 翔は、タブレット型端末の画面にちょんっと触れた。そして、しばらくすると……


「母さん?!!」


 なんと、画面に母さんが映っていたのだ。


「楓?! 翔くん?! あなた達、どこにいるの? 真っ暗なんだけど?」

「押し入れの中ですけど」

「え?! ……人に見せられないようなことでもしていたの?!」


 母さん、他に言うことあるでしょ!? 愛娘との感動の再会なんですよー?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みくださいまして、どうもありがとうございます!

第一弾 『止まり木旅館の若女将』
https://ncode.syosetu.com/n0739em/

8us2gmqhiun9gycbd7bm9ivf50v_1cpi_yg_1ck_p1pn.jpg

第二弾 『止まり木旅館の住人達』
https://ncode.syosetu.com/n2619es/

fmaklq1tl20xlnczaitkky93a0h_uoe_yg_1ck_oqr7.jpg

第三弾 『止まり木旅館の御客様』
https://ncode.syosetu.com/n0478et/

6665g7qw9ipxhrejkf6egxb2mdtv_ov5_yg_1ck_uhiz.jpg



『友達はエアコンお化け〈社内デザイナー奮闘記〉』も完結!
よろしければ読んでやってくださいね♪
https://ncode.syosetu.com/n3057ek/

fqp43isvlekkksnj4t8iceyz1ye0_121t_3b4_27
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ