三十一、言っちゃった
「ちょっと待って! 少し整理させて?!」
翔は、母さんと父さんの馴れ初めのこと、そしてずっと私に隠してきた秘密について語ってくれた。
母さんは、生きていた。
今は、何よりもそれが嬉しい。けれど、それがかき消されそうな程に大きな新事実も発覚していた。
「この中に、私の父さんがいるのね?」
私は、従業員全体を見渡した。話の流れ的に、翔は違うと思う。忍くんも、お殿様の一件があったことから、該当しないだろう。では、誰が……
しばらくして、部屋の端の方にいた、あの方が静かに手を挙げた。
「……そうでしたか」
研さんは、ちょっと困った表情で眉を下げていた。んん? じゃあ、あのKENっていう名前は偽名だったの?! どこから、そんな適当な名前が沸いてきたのよ?!!
研さんは立ち上がった。その身体が一瞬白く発光する。そして現れたのは、白装束に白い髪の神々しい姿だった。
「楓……」
謝罪だろうか? そんなものは良い。 母さんが生きていた。それだけで、十分。それにね、私、止まり木旅館で生まれ育ったこと、本当に良かったと思っているんだもの。
「楓、父さんって呼んでくれないか?」
コホンコホン、ゲホンゲホン。それ、今言わなきゃいけない話ですか?! それに今更、父さん?! 無理無理!! 笑けて言えるわけがない!
「えっと……研さん? 男湯の事以外に、もう隠し事はありませんか?」
研さんは、すうっと気まずそうに私から視線を離すと、密さんの方を見た。彼女がどうかしたのだろうか? まさか、浮気?!
すると、密さんも立ち上がった。
「楓、すまぬ。妾は、元皇女ではない。元皇女の元天女なのだ。導きの神に誘われ、ここにやってきた。楓を助けるためじゃ」
え……? 私は、目を何度も瞬かせた。
「導きの神だけでは、楓の役にあまり立てていなかったようだからの。やはり、同じ女性の方が楓の味方になれるのではないかということで、参ったのじゃ」
「では、なぜ私と翔を……」
「ん? 娯楽に決まっておろう。男女がくっつくというのは、いつの世もおもしろきことかな」
お召し物の袖で口元を隠し、ふふふと笑う密さん。返答内容が彼女らしすぎて、言葉も出ない。
「もう、変なことを隠している人はいませんか?」
改めて、従業員全員を見渡す。潤くんだけは、腕の中のノートを固く抱きしめてプルプル震えていた。大丈夫。あなたのノートのことは、もういろいろと諦めているから。
「楓、そういう訳だから……」
私は、翔に話しかけられたので、彼の方に向き直った。
「お前は、千景さんのところへ帰れ。」
……?!
頭の中が、真っ白になった。
「一時的に仕入れ係になれば、あちら側へ行けるはずだ。止まり木旅館は、俺が引き継ぐ」
「じゃぁ、それって……翔が、止まり木旅館の主人になるってこと? 仕入れ係はどうするの? 兼任できない仕様になっていたはずでしょ?」
「仕入れ係は、礼に引き継ぐ。だから心配するな」
「そんな?!」
礼くんを見ると、彼は「聞いていない!」とばかりに、激しく首を振っている。なるほど、これは完全に翔の一人走りなのか。
私は考えた。
止まり木旅館で生まれ育った私。元お客様というわけでもないので、従業員控室の木札に私の名前は無い。だから、ここで仕入れ係になって外の世界へ行くと、他の時の狭間の住人達と違い、現地でずっと暮らしていけるかもしれない。時の狭間の仕様の抜け道を使う形だ。でも、その後、別の人が仕入れ係に就任すると、私は時の狭間の住人ではなくなってしまうだろう。つまり、二度とここには戻れなくなってしまう。完全に止まり木旅館の若女将ではなくなってしまうのだ。
もちろん、もう一度母さんには会ってみたい。母さんがいなくなってから、ずっと母さんの影を追ってきた。母さんみたいな立派な女将になるのが夢だった。せっかく生きてくれていたのであれば、また一緒に暮らせたらなと思う。でも、それを選んでしまったら私……翔とは二度と会えなくなる!
私と翔は睨み合った。お互い、絶対に目を逸らそうとはしなかった。これは、勝負だ。
「母さんは、私に選ばせてくれると言ったのよね?」
翔は、微かに頷いた。
私、止まり木旅館が好き。従業員の皆が好き。毎度厄介なお客様達も、なんだかんだで好き。でも、一番好きなのは……
「翔、聞いて?」
従業員部屋にいる全員からの視線が、私に突き刺さる。
私は、決して良い若女将ではないと思う。至らぬところが多くて、皆に助けられっぱなし。口も悪い方かもしれないし、おっちょこちょいなところもある。けれど、紛れもなく止まり木旅館は、私の大切な家であり、従業員の皆は家族なのだ。
母さん、ごめん。私の大切な人は、ここにいるの。だから……
「私は、永遠に、止まり木旅館の若女将です!」
翔は、きゅっと眉間に皺を寄せた。
「すぐに決めなくてもいい。よく考えろ。千景さんに会いたくないのか? ずっと会いたがっていたじゃないか」
「でも! 翔と会えなくなるよりは、ずーっとマシ!!」
……言っちゃった。絶対、引くよね? 翔は、私にちょっかいを出すのが好き。でも、それ以上のことは、きっと望んでいないんだ。
私は、翔に背を向けて、俯いた。
「楓、俺は……」
駄目! 言わないで! 聞きたくない!! 私は片思いだって知っている。そうでなければ、私が時の狭間の住人じゃなくなることを提案したりはしないだろう。
私は両手で耳を塞いだ。にも関わらず、聞こえてきた言葉は……
「嬉しいよ」
え? 私は、翔の方を振り向いた。
彼は、笑顔だった。
「俺はついに、千景さんを超えたんだな」
その時、部屋から大きな拍手が巻き起こった。
「楓さん! あの墓石は、今回の記念碑として改造させていただきます!」
「これからも、楓さんは我が主です」
「あの遺品展は、継続させてもらいますね」
「楓さんがいない止まり木旅館なんて、ありえないよ」
「もう勝手に、うちの娘の胸触るな!」
「楓さん、恋っていいものよ」
「婚姻の儀式は妾に任せるが良い」
なんだか見当違いなコメントが混じっている気もするが、私はまだ、若女将としてここに留まることが認められているようだ。
皆、ありがとう!!! 本当にありがとう!!
その時、嬉し涙が滲む視界の端に、大きな風呂敷包みがあることに気が付いた。
「翔、あれは何なの?」
「これ? あぁ、これは……」
この反応は怪しい。翔は風呂敷包みを抱えて部屋から逃げようとしたけれど、私は慌てて取り押さえた。
「見せなさい!!」
奪った風呂敷包みを開いてみると……中から出てきたのは、着物だった。ちょっと上等な男性用の着物と羽織り。あれ? 紋付きの羽織袴まである。最後に出てきたのは、地味目の女性用着物。これはどういうこと?!
「翔、これは……?」
「楓が帰ったら、俺が止まり木旅館の主人になるだろ? だから、客の失礼にならないように、新しい着物をあつらえてみたんだ。前々から注文してあったんだけど、支払いとか受け取りに時間かかったから、こっちに帰ってくるのが遅くなっちゃって」
「そんな理由だったの?! でも、紋付きまで着なきゃいけない程のお偉いさんなんて、なかなか来ないわよ? それと、この女性用のは何なの?! 誰にあげようとしていたのよ?!! 白状しなさい!!」
「いや、その……止まり木旅館は、女将じゃないと駄目って、楓が言うかもしれないと思って。だから、女装用……おい! そんなに笑うことないだろ?!」
これが吹き出さずにいられるか?っての!! いやぁ、良いネタが入ったな。近々、今回の罰として、彼にこれを着せてみよう。でも、どうか私よりも似合いませんように!
その後は、自然解散となった。私は、この際、翔が隠していたことや仕入れのことについて、もっと詳しく知るために、夜に翔の部屋を訪ねることを約束した。







