二十九、うまくいくかな?
昼ご飯は、予定通りフレンチトーストを大量生産して済ませた。まさか本当に、しばらくフレンチトースト尽くしになるだなんて、皆思っていないだろうな。いひひ。
食後、私は、従業員控え室に全員を集めて、旅館木っ端みじんでのことを話した。
「大女将の弟さんが、そんな人だったなんて……! 楓さん、次からは一緒に行きますから!」
「忍くん、ありがとう。でも、できるだけ他のお宿とは関わらない方が良さそうだわ。変な人ばっかりみたいだもの。さて! ここからは、密さんにお願いがあるの」
密さんは、従業員控え室に備えてあった豆餅のおかきを摘まんでいた。フレンチトーストはお口に合わなかったのか、ほとんど食べていなかったから、お腹が空いたのだろう。
「いつ言い出すのかと思っておったのじゃ」
密さんは、おかきの粉がついた手をパッパと払うと、こちらに向いて座り直した。
「もしかして……」
「頼まれもしないのに、勝手に呼び戻すのも無粋であろう?」
「ならば、方法があるのですね!!」
「ただ、楓の協力も必要だがの」
密さんは、お召し物の裾の中から、一冊のノートを取り出した。あれは、潤くんのノート! 彼女はパラパラとページを捲って、頷いた。
「その帯留めの飾り玉。それがあれば、呼び出せるかもしれぬ」
私は、慌てて帯留めを解いて、そこから青いトンボ玉を外した。おかげで、帯が半分ほどけてしまったけれど、そんなこと今はどうでも良い。私は、密さんにトンボ玉を手渡した。
「でも、なぜこれが……」
密さんは、不思議そうに首を傾げた。
「これは、翔とお揃いの物なのであろう? 潤のノートの記録には、そう書かれておるぞ? 妾が元いた世界では、揃いの飾り玉を持ち歩くというのは番の証ゆえ、そういう意味だと思っておったのだが……」
な、何ですって?! これは喜んでいいの?! 何だか恥ずかしすぎて、どうしたらいいのか分からない。
「さて、それでは儀式を始めよう」
皆が部屋の端に寄って、密さんが儀式をするためのスペースを確保した。
「楓と翔の結びつきが強ければ、すぐに召喚できるはずじゃ。ま、そこへ座って見ておれ」
密さんは、私のトンボ玉を彼女の鈴の飾り紐に結びつけた。そして、畏まった様子で部屋の中央に立つと、舞を始めた。
流れる水のように滑らかで、優雅な動き。それに合わせて、澄んだ鈴の音が鳴る。密さんの袖が翻る度に、彼女の周囲が白く光り、強い風が起こった。次第に、トンボ玉も煌々と発光し始めて、密さんの目の前に白い塊が現れ始め……
一際大きな鈴の音が鳴った時、彼はそこに立っていた。
とても大きな風呂敷包みを抱えている。
「……楓?」
彼の声が耳に届く。でも、これ、本当に本物なのだろうか? 私は、慌てて近づくと、彼の青い髪だとか、日焼けした腕だとか、見慣れた紺色の作務衣をペタペタと触りまくった。
「お前、帯解けてるし……大胆になった?」
あ、本物だ。
「私……寂しかったんだからね!!!」
私はポコポコと彼のお腹に殴りかかった。翔はそれを全部受け止めると、密さんの方に向き直る。
「そっか、あんたは呼び戻せたんだったな」
「翔がなかなか楓とくっつかぬのが悪い」
「何がしたいんだ?」
「さっさとくっつけて寿ぎたいだけだが?」
「さぁ、そんなにうまくいくかな?」
翔は、ふんっと鼻を鳴らした。二人は、よく分からないことを話している。そんなことより! まずこれを聞かないと!
「翔、なんですぐに帰ってこなかったの?! 心配したんだからね! どこにいたのよ?!!」
「楓、ごめん」
「謝罪とかいらない! ちゃんと答えて!」
翔はすっと唇を結ぶと、居住まいを正し、真剣な眼差しで私を見つめた。
「千景さんに、会ってきた」







