二十四、扉から出でる真実
昨夜は、翔に食べられてしまった。
彼曰く、外見以上の柔らかさと滑らかさで、想像以上の良さだったらしい。大変甘くて幸せな時間を過ごせたとご満悦だった。……くやしい!! こちらなんて、ただ痛くて疲れただけだったのに。しかもちょっと、筋肉痛。見てなさい?! 次は絶対に私がぎゃふんと言わせてやるんだから!!
これは、『第一回止まり木旅館腕相撲大会~密さん特製絶品プリン争奪戦~』の結果だ。
優勝者は翔。一口ぐらい分けてくれても良かったのに、美味しいって連呼しながら、これ見よがしに食べたのだ。思い出すだけでも、きーっ!となる。
朝から不機嫌だった私には、さらなる災厄が降りかかった。
布団から起き上がって、一歩踏み出した途端、すってんころりんと転んだのだ。なんで?!と思って足元を見ると、何やら書類が散らばっている。数枚を手にとって、目を通してみると、だいたいこんなことが書かれてあった。
一、購入時は、必ず金額を確認すること。
一、購入時は、類似品と品質や値段をしっかりと比較すること。
一、購入金額の合計は予算を超えないこと。
一、致し方なく予算を超える場合は、必ず事前に仕入れ係の承認を得ること。
一、物を買う時は、本当に必要かどうかをよく吟味し、勢いだけで買わないこと。
一、消耗品以外の買った物は、大切に長く使うこと。
一、配達日はできるだけ受け取れる日時に指定すること。
一、購入する物は、扉から搬入できるサイズに限る。
実際は、もっと多くのことが箇条書きで書かれていて、合計十枚もあった。
これって、もしかして……また、あのタブレット型端末で買い物させてくれるっていうこと?! 昨夜、プリンを独り占めしたこと、さすがに悪かったと思ったのかしら。可愛いところもあるじゃない?
ふと見ると、枕元に、翔の部屋の鍵が転がっていた。昨夜は暑くて寝苦しかったので、障子を少しだけ開けて寝ていたため、こっそり部屋の中まで届けてくれたのだろう。
私は身支度すると、早速買い物をしてみたくなって、翔の部屋へ向かった。一応、お礼を言っておきたいのもある。
しかし、ノックしても返事が無い。まだ眠っていたらどうしようと思いながらも、私は鍵を開けて、中へ入らせてもらった。
しかし、彼はいなかった。
布団は既に畳まれて、部屋の隅に追いやられている。ちゃぶ台の上には、おむすびが二個とお漬け物が乗ったお皿とお茶が入ったマグがあって、その隣にタブレット型端末が置かれてあった。私が朝から来ることを見越していたのだろう。行動を読まれているのは解せないけれど、おなかも空いていたので、ありがたく朝ご飯とさせてもらう。
先日はあれだけたくさん買い物したのだから、操作はもうお手の物。私はさくっと欲しい物を選んでカートに入れると決済を済ませた。
今日も、部屋には灰色の扉が開いた状態で浮かんでいる。私は、翔からもらった注意書きの紙を確認しながら、扉の手前にある赤いボタンをプッシュした。
すると、扉の向こう側から、ベルトコンベアに乗って、いくつかの段ボール箱がこちら側へ流れてくる。
この扉を行き来できるのは、物と仕入れ係だけ。だから、私が一人で届いた物を受け取れるように、こんな大掛かりな装置を用意してくれたらしい。
翔って、結局のところ、いつも私に優しいんだよね。
近づいてくる段ボール箱の中の一つは、蓋が開いていた。中からは、人形の頭のようなものが見える。すごく精巧に作られたリアルな物のようだ。誰よ、こんなもの注文したのは?! すると、突然、その人形入り段ボール箱がこちら側へ侵入する寸前で、ベルトコンベアが停止してしまった。
「やっぱり駄目かぁ」
……叫んでも、いいですか? 今、人形が動きました。人形がしゃべりました。それとも、私がどうかしちゃったんでしょうか?!
「おばさん、どうしたの?」
おばさん?! 躾の行き届いていない人形ね! 若い女性におばさんは禁句なのよ!!
「どうしたの? おばさん、顔色悪いよ」
……どうやら、これは人形ではないらしい。よく見ると、ただの人形みたいに可愛らしい女の子だった。
「人形のフリしていれば、扉を通り抜けられるかな?と思ってたんだけど、やっぱり無理みたいだね」
女の子は段ボール箱から這い出ると、扉の際までやってきた。
「あの、どちら様でしょうか?」
「私、桜だよ。おばさん、はじめまして!」
「桜ちゃん、私は楓って言うんだよ。楓お姉さんって呼んでね!」
「……楓おばさん」
おい、こら! その口、二度と利けないようにしてやろうか?! とは言え、扉の向こうの人には手出しできないのだけどね。けっ!
「お母さんが言ってたよ。あなたは、桜のおばさんだって」
「え?……あなたのお母さんのお名前は?」
「梓だよ。この前、そっちに行ったでしょ?」
あいつの娘か! ……でも、なんで私は桜ちゃんの叔母なのだろう? この疑問を桜ちゃんに投げかけたところ、驚愕の真実が判明した。
まず、真実その一。
私の母さん、千景は、日本という国の空大町という所にある老舗温泉旅館の娘とのこと。五人兄弟の長女なんだって。
桜ちゃんは、母さんの弟である千里さんのお孫さんにあたるらしい。ということは、梓さんは私の従姉妹……。まさか、血縁者だったなんて! 認めないぞ。私は、認めない!!
次に、真実その二。
母さんの兄弟は、みんな時の狭間に存在する宿泊施設や宿泊サービスの拠点を運営しているらしい。桜ちゃんが仕入れ係を勤める『宿り木ホテル』のほかには、『民宿木っ端みじん』やホームステイ斡旋業者『木仏金仏石仏』、セルフサービスを基本とした簡素な宿泊施設『金のなる木』があるそうだ。
宿の名前がどれも駄目すぎる。改めて、止まり木旅館はまともなのだと認識させられた。
さらに、真実その三。
母さんの実家である老舗旅館の温泉は、神様から癒やしの加護が与えられているので、その御利益が口コミで広がり、大繁盛しているらしい。それ、誰かがでっち上げたんじゃないの? ま、身内の利益に繋がることだから、私はとやかく言うつもりはないけれど。
正直、一度にいろいろなことが明らかになって、少し混乱している。自分の世界が少し広がったかのような解放感もあるけれど、反対に謎も増えてしまったからだ。
そして、肝心の私の疑問、母さんの生死に関する情報は得ることができなかった。
「おばさん、桜がここで遊んでいたこと、翔お兄ちゃんには秘密にしてね。お願い!」
……お兄ちゃん、だと?! 翔は、桜ちゃんにお兄ちゃんって呼ばせているのね? よし、ここは憂さ晴らしに、もっとたくさん買い物しちゃうぞ!! 注意事項なんて、知ーらない!
「次は、ちゃんと正門からお邪魔して、おばさんに会いに行くからねー!」
桜ちゃん、一つはっきりさせておきたいことがあるの。私、おばさんだけど、お姉さんなのよ!!
桜ちゃんは、まだ仕入れ業務の途中だったらしく、小さく手を振ると、扉の向こうにある部屋の外へと駆け出していった。
そして、その夜、大量の注文履歴を確認して激怒した翔に、追いかけ回されることになったのは言うまでもない。







