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二十二、人間ですよね?

 私は今、厨房で、本日のお客様に召し上がっていただくお夕飯の下ごしらえをしている。

 隣では、粋くんが一人、奮闘中。甘いものが食べたいと言うので、レシピを教えてあげて、自分で作ってもらっているところなのだ。


「案外、簡単なんですね!」


 甘味を作ると、母さんのことを思い出す。私も今の粋くんのように、母さんからお菓子やお料理を習ったものだ。

 母さん……。日記帳が見つかって以来、以前よりも増して、母さんのことを考える時間が増えた。実は私、母さんの死に目には会えていない。


「粋くん、分量は正確に計ってね」

「はーい。何度も言われなくても分かってますよ~」

「ほんとに?」


 その日、私は、背中に大きな黒い羽をつけた男性(別名、堕天使とも言う)のお客様が、冥界にお帰りになるのを見送っていた。

 その後、報告のために女将部屋へ向かうと、そこには翔と巴ちゃんが抜け殻のようになって座りこんでいたのだ。


「よくかき混ぜないと、固さにムラが出るからね」

「楓さん、心配しすぎ。ちゃんとやってますから!」


 明らかに様子がおかしい二人。どうしたのかと尋ねると、返ってきた答えは……


「ねぇ、これ、泥水みたいに見えるんですけど」

「そりゃ、粋くん。あなたが普通のお砂糖じゃなくて、黒糖が良いって言ったからよ? 黒糖の方が、高いんですからね! 今更文句言わないで」


 母さんは、女将部屋の入り口の引き戸の辺りで、突然光に包まれながら消えてしまったそうだ。


「この前、一日で三百万円分も買い物した楓さんに、金銭感覚を説かれるとは……」

「だって、あれはね!……ごめん、何を言っても言い訳にしかならないわね。悪かったわよ。でも、おかげで、この前美味しいチーズケーキを食べられたでしょ?」


 私は、母さんがどこかの世界に行ってしまったのかと思った。でも翌日、翔が書庫から持ってきてくれた本に、こんなことが書かれてあった。

 時の狭間の住人の死とは、肉体が光に包まれながら消えてなくなるものだと。

 手がかりが何も無い以上、私はそれを信じるしかなかった。だってここは、普通の場所じゃない。人生の終え方が、そんな形であったとしても不思議ではなかった。


「ハンドミキサーは、元々そんなに高くないし、利用価値があるから、まだいいですよ。自動車、どうするんですか? 大きすぎて、旅館に持ち込めなかったって聞きましたよ?」

「大丈夫。翔が仕入れに活用してくれるって言ってたから」

「でも、自動車って、免許が要るんじゃなかったかな? この前テレビで、教習所っていう場所のこと言っていたような……」

「……翔なら、たぶん何とかしてくれるはず」


 でも、遺体が残らないというのは、割りと(こた)えるものだ。やはり、亡くなったという実感がわきにくいし、直接お別れや思いを告げることもできないのだから。

 その日と次の日は、喪に服したけれど、その次の日からはいつも通りお客様がいらっしゃって、止まり木旅館は通常通りに営業。けれど、私はなかなか立ち直れなくて、皆にすごく迷惑をかけてしまった。


「あ、こら! 粋くん、これはもう固まり始めているから、指なんか突っ込んだら、綺麗に仕上がらないわよ!」

「楓さん……僕、失敗しました」

「どうしたの? 何か味が変だったの?」

「寒天パウダーと塩、間違えちゃいました」

「え? 私も味見してみるわね。……からっ!!」


 やれやれ。せっかく母さんの思い出を振り返っていたのに、何やってるのよ?!


「だって、塩が大さじ三杯も入ってるんですから。当たり前ですよ!」

「大さじ三杯は黒糖だけよ! 寒天パウダーは四グラムだけって、レシピの紙に書いてあるでしょ? それに、やらかした本人が堂々と言うな!」


 その後、塩辛い黒糖入り牛乳寒天は、私の手によって寒天パウダーを追加され、そっと冷蔵庫に仕舞われたのだった。

 なんで()てなかったのかって? そりゃ、誰かに食べさせるために決まってるじゃない! スイーツと思わせておいて、塩辛い。絶対、びっくりさせられるよね! うふふ。

 さて、そろそろお客様がお越しになる時間。気を取り直してお迎えに参りましょう。






「彼女、ほんと綺麗な身体でね。触ると、ツルツルすべすべなんですよ!」


 本日のお客様は、一見すると普通の疲れたサラリーマンだった。ちょっとくたびれたスーツをお召しだが、靴だけは丁寧に磨かれている。ずり落ちてくる銀縁眼鏡を何度も指で持ち上げては、彼の『パートナー』について熱弁を振るっていらっしゃるのだ。


「そして、その素晴らしい美肌をお持ちの彼女は、体調が優れないのですね?」

「その通り! 彼女には、ある草が必要でね。とある文献によると、これを煎じて飲めばどんな病気も治るらしいんだ」


 うわぁ、胡散臭さい。それって、偽薬効果ぐらいしかないんじゃないの?!

 私が、顔を引きつらせそうになっている間、お客様は胸ポケットから取り出したメモ帳にサラサラと絵を描き始めた。


「これです! これが必要なんです! ずっと探していたら、ここに辿り着いたんですよ。だったら、絶対、ここにありますよね?!」

 え、そんなこと言われても……。私は、サラリーマンに絵を見せてもらった。

「これって……ヨモギ?」


 彼の絵は大変写実的で、分かりやすかった。葉っぱの形状と言い、葉の裏や茎に生えている綿毛と言い……。サラリーマンによると、葉っぱの裏は白っぽいそうだ。しかも、葉っぱを千切ると良い香りがするそうだから、ヨモギの可能性が高い。

 私は、忍くんを呼んで、事情を説明した。


「たぶん、それはヨモギでしょうね。うちに有りますから、摘んできます」


 忍くんの姿は、一瞬のうちに掻き消える。さすが元隠密だ。






 しばらくすると、忍くんは、竹籠いっぱいにヨモギを入れて、私のところへ戻ってきた。


「こんなにたくさん!! ありがとうございました!!」


 サラリーマンは、大喜び。だからって、ジャンプまですることないのに。


「お探しの物が見つかって、良かったですね。どうぞ、お持ちになってください。」


その次の瞬間、無事に扉が出現した。


「お帰りの扉が開きました」


 彼が扉の前に進み出た時、私はどうしても気になることがあって、一つお尋ねしてみた。


「あの、お客様のパートナーでいらっしゃる方は……人間ですよね?」

「何を言っているんだい?! オットセイだよ!!」


 えー?! まさかの動物? しかも海洋生物ですか?! どうやって家で飼育してるのよ?!


「……この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」


 私は、お客様に戸惑った顔を見られないように、慌ててお辞儀した。






「楓さん、オットセイって、ヨモギ食べても大丈夫なんですかね?」

「さぁ……? 普通は魚とか食べるんでしょうけどね」

「余計に体調が悪化しないといいんですけどね」

「なんだか、心配ね」


 忍くんは私を縁側に座らせると、顔を覗き込んできた。


「俺は、楓さんの方が心配です」

「……ごめんね」


 結局、翔には避けられっぱなしで、知りたいことを尋ねることはできていない。でも止まり木旅館には、私の事情に関係なく、次から次へとお客様がお越しになるのだし、私はできるだけ気丈に振る舞うよう心掛けていた。でも、長年私のことを慕ってくれている人の目は、簡単に誤魔化すことができないようだ。



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お読みくださいまして、どうもありがとうございます!

第一弾 『止まり木旅館の若女将』
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第二弾 『止まり木旅館の住人達』
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第三弾 『止まり木旅館の御客様』
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『友達はエアコンお化け〈社内デザイナー奮闘記〉』も完結!
よろしければ読んでやってくださいね♪
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