二十、迷子と手合わせ
「よ、ようこそおいで、くださいました」
目を逸らしながらのご挨拶になってしまった。だって、私、殆ど免疫がないんだもの。
「お客様、身体が冷える前に、こちらを羽織ってください」
私の困り顔を見かねたのか、忍くんが対応してくれた。彼の手にあるのは、タオルと浴衣。少し離れたところで、巴ちゃんが親指を立てている。きっと、用意して忍くんに渡してくれたのだろう。ナイスフォロー!
「風呂出たらさ、そこの門の前に来ちゃってたんだよね。ねぇ、ここどこ?」
へらへらするな、この野郎! 先に言うべきことがあるでしょう? 「変なもの見せてごめんなさい」とか。
「……止まり木旅館でございます」
さて、この雫滴る青髪の青年、もとい露出狂。どう料理してやろうか?
青年の髪は、乾いても真上に逆立ったままだった。親しみを込めて、ツンツンって読んであげましょう。
「よし、次だ、次!!」
ツンツンは、忍くんと意気投合?し、ずっと何かを競争している。初めは、庭を一周する駆けっこだった。次は、激辛麻婆豆腐早食い対決。ここまでは、まだ普通だった。
その次は、小豆の粒を箸で摘まんで、左の皿から右の皿へひたすら移動させる速さを競う対決。さらにその後は、トランプタワーの高さ対決、女装対決(審査員は、もちろん研さん)、おしっこ飛ばし対決、潜水時間を競う対決と続いた。いったい何がしたいの、あなた達?!
「またずぶ濡れじゃないですか! 対決は一旦お休みして、温泉にでもお入りになってください!」
「別に、休まなくても、次こそ俺が勝てるんだからな!」
巴ちゃんに睨まれたツンツンは、しぶしぶというフリをしながらも、ちょっと嬉しそうに大浴場へ向かった。
「楓さん……」
忍くんが、私に話しかけた。ここまでの対決、見事に全て同点、引き分けだった。けれど、これは忍くんがお客様の顔を立てるために、加減をしたが故の結果だ。
「忍くん、お疲れ様。ほんとに勝負事が好きなお方ね」
「何とか勝ってもらいたいんですが……。でもこちらがこれ以上手抜きすれば、気づかれてしまうと思うんです。それでは、例え勝てたとしても、彼は納得しないでしょう」
「そうね……。どうすればいいかしら」
「彼が風呂から上がれば、これまでとは別の形の対決をしてみたいです。圧倒的に勝たせてやれるお題目、何かありませんかねぇ」
勝負というスリルに喜びを見い出している彼。あのタイプならば、元の世界でも数々の対決を経験し、そして勝利してきたことだろう。果たして、ここで無理矢理勝たせてあげることが、彼の満足に繋がるのだろうか。
「……忍くん、次は私が相手になるわ。粋くん! 梅の間を整えて。早く!」
「楓さん、何の勝負をするんですか?」
「陣取り合戦みたいなものよ」
これならば、欲しい結果が出せるはず。
パチンという音が部屋の中に響いた。私とツンツンは、向かい合って座っている。
カッコつけて正座していたら、ちょっと足が痺れてきた。ツンツンがこんなに長考するなんて思ってなかったんだもの。今更足を崩せないし、どうしたものか。
「もう、先が見えたな」
「何だよ、うるせぇな。勝負ってのはな、最後の最後までわかんねぇものなんだよ!!」
「一端に吠えるより、よーく盤上を見た方がいいぞ? ほら、この辺りは全部死んでる」
「ここも切られてるから、危ないしなぁ。寄せでミスしなくても、地の数は明らかに足りてない」
私の両隣にいる忍くんと翔がコメントした。私とツンツンは、今、囲碁を打っている。
囲碁は、ルールだけ見ると割りとシンプル。その分、大変奥が深く、十九路盤はまるで宇宙のような可能性の広がりを秘めている。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ?!」
「人にアドバイス求めるなんて、矜持に関わらないのか?」
「せっかく打ち始めたんだし、ここぐらいちゃんと守っとけば? 次にここ打たれたら、また死ぬぞ」
対決を重ねることで打ち解けたのか、すっかり敬語が無くなっている二人。後でしっかりと指導せねば!
それからしばらく、またツンツンは長考に入った。
「……負けた」
「投了ということですね? どうですか。お楽しみいただけましたでしょうか?」
ツンツンは、碁笥の中から黒石を一つ取り出すと、目に近づけてしげしげと観察し始めた。
「負けたの、久々だったよ……。あんた、強いんだな」
ツンツンは一人、満足げに頷いている。
彼が碁を打つのは、これが初めてだった。だから、元々経験のある私が勝つのは当たり前。ハンデとして、置き石した上で黒を持たせてあげようかと思っていたのだけれど、彼は拒否。結局、正真正銘、差しでの勝負だった。
「ありがとう。やっぱり全力ってのが一番だ!」
私は、ツンツンから放たれたまさかの言葉に戸惑いながらも、差し出された手を握り返した。それと同時に、彼の背後に扉が出現。
「お帰りの扉が開きました」
「このゲームでも、強くなってみせる。次に勝つのは、俺だ!」
すごくイキイキした状態になったのは喜ばしい。でも、もう、『次』なんてものが、あってはならないのだ。できれば、第二の礼くんをこれ以上増やしたくはない。
「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」
私は、すぐに頭を下げたから、ツンツンがどんな顔をして帰っていったのかは見届けることができなかった。
「さすが楓さんですね!」
こっそり棋譜をつけていた潤くんは、とても興奮している。
「そんなことないわ。消去法と、後は……長年の勘だから」
夜、お風呂から上がった後、私は巴ちゃんと一局手合わせをしていた。昼間の一局は、私にとって久しぶりのもので、存外楽しかったのだ。だから、ビールとおかきをつまみに、まったりと付き合ってもらっている。
「なんで、うちにいらっしゃるお客様って、変なのばっかりなのかしらね」
「そりゃ、楓さん。お客様は、いきなり見知らぬ世界、見知らぬ場所に来てしまうんですよ? 誰だってびっくりしますよ。だから、素の姿が出やすいんだと思います」
私は、空になった巴ちゃんのグラスに、おかわりのビールをついだ。
「つまり、素が変ってことよね?」
「私たち、他人のこと言えますかね?」
うふふ。それを言われてしまえば、笑って誤魔化すしかない。
「そうね。お客様は、ある意味、迷子の子どもみたいなもの。大切に保護して、ちゃんと元のお家に送り届けなきゃ」
その後、巴ちゃんの女官時代の話を聞きながら、穏やかな夜は更けていった。対局は、私が負けた。







