十四、私を誉めて!
ハーフアップにまとめられた金髪は、毛先がクルンと巻かれていて、お召しのエプロンドレスは上品で深みのあるグリーン。足元はおしゃれな編み上げブーツだ。とりあえず、ギター弾いてカントリー調のフォークでも歌ってみるから、躍ってくれないかしら? そんな感じの村娘さんが、本日のお客様である。
村娘は、ややつり目がちの勝ち気な瞳を何度もパチクリさせた。そこまで驚かなくてもいいじゃない? 私、これでも真面目にやってるんだから!
なぜこんなことになったのか。少し時間を遡ってご説明しよう。
「ようこそおいでくださいました!」
村娘は、初っ端から不機嫌だった。
「何なの、ここ? ひなびた館ね。今にも崩れそう」
風情や趣という言葉を知らないのか、この子は?! 私は、旅館を馬鹿にされてムッとしてしまった。
でも、たとえお客様が失礼なことを口走ったとしても、私は平静を装って対応する。
「こちらは、止まり木旅館でございます。私は、楓と申します」
「そう。あなた、宿屋の娘なのね。もうちょっと美人な子はいなかったの? 私みたいに。じゃないと、こんな宿屋、流行らなくて、すぐに潰れちゃうわよ」
どうせ、童顔で顔が丸くて、背もあまり高くないわよ。でも、そこまで憐れみの目で見なくてもいいでしょ?
「ねぇ……あなた。胸、抉れてるんじゃないの? ちょっと詰め物して誤魔化した方がいいわよ。見るに耐えないから」
あの、今すぐ草履を脱いで、彼女に投げつけてもいいですか?
「ご忠告痛み入ります。さて、立ち話も何ですから、中へお入りくださいませ」
くっ……。私は若女将。私は若女将。あの村娘はお客様。女の価値はそこじゃない。心の中で、そう何度も呟かなければ、表情が崩れてしまいそうで危なかった。こうして私の表情筋は、日々鍛え上げられていくのよね。まったく。
私は、村娘を客室にご案内して、ひとまずお茶をお出しした。
「渋いお茶ね。ここ、紅茶もないの?」
いちいちうるさい村娘。ここまで来ると、いくら美人でも可愛くないぞ? そして、緑茶を侮るなかれ!
「紅茶もございます。後ほどお持ちいたしますね。」
ともかく、こんな失礼なお客には、さっさと帰ってもらわねば。
「あの……お客様は、ここにいらっしゃる前、何をしていらしたのですか?」
村娘の眼光が一層強くなった。あれ、早速地雷踏んじゃった?
「負けたのよ、私」
村娘は、文句を言ったわりに何杯も緑茶をおかわりしながら、事情を話し始めた。
彼女の住む村の村長の息子が、結婚を控えているらしい。と言っても、結婚相手はまだ未確定。なんと、村中の年頃の娘の間で、ある競争が行われ、その優勝者が見事花嫁の座を獲得するというのだ。
「刺繍で競争するって言うのよ?! 刺繍なんて、いくら綺麗にできたところで、何のお腹の足しにもなりゃしないわ!」
村一番の美人である彼女。たいていのことは、他人よりも器用にこなすらしいが、刺繍だけは、鍛冶屋の娘に勝てないらしい。
「なんで、あんな地味で不細工な赤毛の女に負けなきゃならないのよ!」
「もう、巻き返すチャンスはないのですか?」
「一応あるわよ。この前は、全員同じ図案の刺繍を行ったの。でも次は、自分で考えたデザインの刺繍を行うことになっているわ。つまり、刺繍の技術だけじゃなくて、独創性とかも採点対象になるっていうことよ」
「ならば、ここでデザインをお考えになってはいかがですか? 止まり木旅館は、お客様の世界とは異なる文化がございますので、何かヒントになるかもしれませんよ」
村娘は、一瞬はっとした顔をした。
「それは、いい考えね。でも、刺繍の腕も磨かなきゃ。花嫁は、この前の競争での点数と、次回の点数との合計で決まるのよ。このままじゃ、合計点でもあの地味女に負けちゃうわ」
「お客様は、そんなに……刺繍が苦手なのですか?」
「……そうね。だから、本当は練習するのも嫌いなの。一人でチクチクやってても、つまらないでしょ? ……あ! そうだわ! あなたも一緒に練習すればいいのよ!」
「はい?!」
巴ちゃんに、針や糸、布、刺繍枠などを借りたのは数時間前。村娘の『刺繍が苦手』は大嘘だった。
図案の下絵を布に写すと、慣れた手つきでどんどん仕上げていく彼女。客室の襖ふすまに描かれている竜を参考にしたようだ。どこか、暴走族のお兄さん達が羽織っている特効服の柄を彷彿とさせる。正直、彼女には似合わないけれど、元の世界に戻れば、さぞかし斬新に映ることだろう。
「ねぇ、あなたは何をしているの?」
見て分からないのだろうか? 誘ったのはあなたでしょ?
「刺繍ですが……」
ここで、冒頭の状況に戻る。
「下には下がいるのね……。何だか、元気が出てきたわ」
そう言うと、村娘はふわっと笑った。正直、女の私から見てもうっとりするぐらいの綺麗で優しい笑顔だった。でも、なぜこのタイミング?!
その時、彼女の背後に扉が現れた。目の高さにのぞき窓がついている木製の緑の扉だった。
「お帰りの扉が開きました」
村娘は、刺繍していた布を手に持ったまま、扉の前に進み出た。
「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」
「その糸くずの塊みたいなゴミ、胸のパッドに再利用したら良いと思うわ」
彼女は、強い光と共に扉の向こうへ吸い込まれていった。
「楓さん? 大丈夫ですか?」
巴ちゃんが、声をかけてくれた。私は、扉が消えたあたりを見つめたまま、あまりの怒りにプルプルと肩を震わせていた。
「巴ちゃん……何でもいいから、私を誉めて!」
巴ちゃんはちょっと考えるそぶりをした後、このようにのたまった。
「楓さんは、とても可愛いお方です。頑張り屋さんです。女の価値は、見た目だけじゃないですよ? 私は、楓さんが大好きです!」
巴ちゃん……! やっぱり、天使! 私も巴ちゃんが大好き!! だから、ちょっとでいいから、その女子力を分けてくれ!
巴ちゃんと抱き合っていたら、障子の隙間から潤くんの姿が見えた。
「楓さんは女の子も好き。楓さんは女の子も好き……」
いつもながら、丸聞こえだよ、潤くん。
そうね。私、村娘のことも好きかもしれない。あの口の悪さは許し難いけれど、努力してる子って素敵だもの。それに、私、あまり同じ年頃の女の子と過ごす機会ってほとんど無いから、ちょっとだけ楽しかったんだ。
さて、この刺繍しかけの布はどうしよう。図案は、止まり木旅館の紋のつもりだったのだけどね。やっぱり忠告に従って、胸のパッドの詰め物として活用するべきだろうか。真剣に悩んでしまう私であった。







