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あなたの町の、うどん屋さん

あなたの町の、うどん屋さん

作者: ゆみか

「こん」

 咳をして、雨戸を開ける。次に、引き戸を開けようと思ったときだ。ちいさな声がした。

「うどん屋さん」

 振り向いても、誰もいない。空耳だったのかな。店内に入ろうと体の向きを変えようとした。

 すると、さっきと同じ声がする。

「足元だよ、あ、し、も、と」

 言われるがままに足元を見る。霜が溶けて濡れた地面に、帽子をかぶった仔リスがいた。どんぐりを一個、脇に抱えて持っている。

 びっくりして声が出ない。

「早く店を開けてくれよ」

 仔リスは、もどかしそうに地団駄を踏んだ。

「寒いんだ。早くして」

「あ、はい」

 この店は十時開店なんですよ、言い返す前に。仔リスは素早く店内に駆け込んでしまった。

「寒い、寒いよ。寒すぎて頭が痛くなってくる」

 仔リスが、ちょこちょこっと走りながらカウンターの上に登った。

 ぼくはどきどきしながら、エアコンのスイッチを入れた。

 仔リスは「寒いよー」と言いながら、足踏みをし続けていた。すぐに、エアコンからの風に気がついたらしい。

 きゅっとちいさな首を上げて、風向きを確かめた。それから、ぼくを大きな目で見つめてきた。

「なんだあ、きつねさん。こんないいモノを使って暖を取ってたんだな」

「た、たまにですよ。いつもじゃない」

「いいな神職系は。時々はヒトの姿になって、ぬくぬくできるんだもの」

「色々、事情があるんです。この姿、それなりに大変ですよ?」

「ふーん」

 仔リスが鼻息をついた。カウンターに乗せてあるメニューの紙が、ぺらぺらと揺れる。彼はぶつくさ言いながら幅の広い板の上を歩いた。やがて暖風が直接当たる箇所に、ぺったりと座った。片手で帽子を外しながら、ぼくに言う。

「暖かいね」

 そりゃあ暖房が直撃するところにいたら、暖かいだろう。

 仔リスは、ぼくの顔色を察したのか、少しだけ口調を柔らかくする。

「この店の、おすすめは」

「あっ、はい。なんでも作りますよ」

 仔リスは、こちらをあきれたように見つめた。

「噛み合ってないね、ぼくたち」

「すっ、すみません」

 ふたたび仔リスが目を剥き、鼻息をつく。ぼくは、あわててお湯を沸かした。急須に茶葉を入れながら、彼に尋ねる。

「どんなものが食べたいですか」

 仔リスは「きひっ」と肩を揺らして笑った。前歯が白くて、大きい。

「ここは、うどん屋でしょう。うどんが食べたくて待っていたのに、その聞き方は無いな」

「すみません」

 仔リスはさらに、胸をそらす。

「他に、なにかあるの」

「えーと。ごはん物とか、カレーも」

「米は胃にもたれるなあ」

「はあ」

 我ながら間の抜けた返事だ。「ふむ」そう言った仔リスが脇に抱えていた、どんぐりを両手で差し出してくる。

「油揚げがある、うどんが食べたい。九条ねぎをたっぷり乗せてほしい。その上に、七味唐辛子をこれでもか! と言うくらい、かけて食べたいんだ」

「このどんぐりは、入れないんですか。刻むとか、焼くとかして」

 尋ねると、仔リスは大きな目をぱちぱちさせた。なぜか涙ぐんでいるようにも見える。ぎょっとしたぼくに、泣きそうな言葉が返ってきた。

「これ、支払いに使えないの」

「うーん」

 思わず唸ってしまったぼくに、かぶっていた帽子も両手で差し出してくる。

「これ、ぼくの大事な帽子なんだ。去年の冬、ママと一緒に帽子屋に行って買ったの。毛糸なんだよ。綿が百パーセント、アクリルじゃないんだ」

「なるほど」

 どこかで聞いたような話だ。

「きつねさん、これじゃダメなの」

 仔リスは今にも泣きそうな顔をしている。ぼくの額に、ひとすじの汗が流れた。

「わかりました。あなたには特別にタダで……無料で、きつねうどんを出しますね。でも、誰にも言わないでくださいね」

 ぼくは言った。

 仔リスは「ありがとう」と言い、頭と尻尾を同時に下げた。


 きつねうどんを食べ終わった仔リスが、ぽんぽんとお腹を叩く。

「まんぷくーーー」

 彼の仕草が可愛くて、笑ってしまった。仔リスがキッとなって、こちらを睨む。

「なんで笑うんだよぅ」

「いや別に」

「けだものフレンズなんだから仲良くしようよ」

「それ、違うと思います」

 笑いを嚙み殺しながら応えると、仔リスは鼻息をついてカウンターから飛び降りた。

「仲間に宣伝しておくよ。どんぐりじゃ、うどんは食べさせてもらえないって」

「麺を作るときに、タネを踏みつけてくれるだけでいいですよ」

 ぼくは言った。引き戸を開けた仔リスは、帽子をくいくいと直す。

「ごちそうさま」

 彼は振り向きざま言い、白い前歯を見せて笑ってくれた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 仔リスとキツネさんが可愛くて和みました(o^^o) 癒しをありがとうございます!
[一言] 拝見しました。 読んでいて、心がほっこりするような作品ですね。寒い時期にちょうどいいと思います。 気になったのは、きつねが仔リスを怖いと思って黙ってしまった事です。いったい何が怖いんでしょう…
2017/12/13 21:50 退会済み
管理
[良い点] けだものフレンズ。動物界でも、けもふれは流行っているのでしょうか。 [気になる点] その店の料理にどうぶつ特有のものはないっぽいところ。 [一言] 動物界でもアクリルは普及してるのね。
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