BLACK
三者三様。十人十色。百人百様。千差万別。
頭がいいやつがいれば悪いやつもいるし、運動が得意なやつがいれば不得手なやつもいる。
肉が好きだ、魚が好きだ。サラダは駄目でも、野菜ジュースは飲める。
数学の公式は覚えられるのに、歴史の年表はごちゃごちゃ。
ーーというように、人それぞれ得手不得手があるように、俺にも得意なこと、苦手なことがある。
その原因は、やはりなんと言おうと俺自身にあるわけなのだが、しかしここは反論させていただこう。
俺を錬金術バカにしたのは、錬金術の世界に、徐々に毒を盛るようにじわじわと引きずり込んだのは⋯⋯誰あろう、俺の父さんだ。
誘われたわけではない。なにぶん俺は小さかったのだーー地下室にこもりっきりの父さんにかまってほしくて、そうしているうちに、自然に俺も入り浸るようになった。
そして錬金術バカが誕生したのである。錬金術バカジュニアである。
錬金術は小学校から習い始める。しかしその時には既に、俺はCランクの錬金法を扱うまでに上達していた。
俺の今は、父さんのお蔭であり、そして父さんのせいでもある。もしも母さんが生きていたら、普通の勉強も、できるほうではないにしても、ちゃんと均等に点数を取っていたかもしれない。
平均的な点数を維持するのと、一つの教科がずば抜けているのと、果たしてどっちがいいのだろうか?
「そりゃあ、平均的な点数を常に確保しておくことなんじゃない? 一つとか二つでよろしい点数を取ったとしても、その後が大変なんじゃ、ねえ⋯⋯」
「進路という名の高い障害物か⋯⋯。うーむ」
ーーと、現在は、錬金術の授業中だ。
一年D組の教室ではなく、錬金術実習室で授業が行われている。四人一組、または五人一組のグループに分かれて、ティッティ先生が出した課題を一緒にクリアしていく⋯⋯という流れになっている。
俺のグループはというと、俺とトリス、ミーツハート、そしてアサガヤさんの四人だ。
ーーん?
なんでこういう組み合わせになったか。だって?
よく分からないけど、運命なんじゃないだろうか。うん。運命的な何か。うんうん。
難しいことばかり考えていると頭が痛くなるからな。
錬金術の失敗にも繋がってしまう。
「ミーツハートはどう思う?」
「それこそ、人それぞれじゃろう」
「なるへそ」
そんな会話を『ゾーン』を展開しつつしていると、別のグループから、控えめな爆発音が聞こえてきた。擬音で表すなら『ぽん!』だろうか。俺は一旦『ゾーン』を解除して、音のしたほうを向く。クラスメイトの男子が錬金術に失敗したようで、手元からもくもくと黒煙が上がっていたーーその煙を直接浴びた彼の顔は、まるでギャグ漫画のように煤まみれになっていた。アフロヘアにはなっていなかったが。
錬金術実習室が爆笑に包まれる。
一度も話したことはないが、あの男子は一年生の中でも屈指のムードメーカーだ。だからなのか、あのキャラクターを確立していたからこそなのか、実習室に気まずい空気が流れることはなかった。トリスならなんとか、爆笑とはいかずとも乗り切れるだろうがーー俺やミーツハートだったらと考えると、背筋がぞぞっとする。
まったく羨ましい限りだ。
「みなさん、まだ時間はたっぷりありますけど、錬金術は集中して行ってくださいね」
と、ティッティ先生がそう呼びかける。
集中が続かないのも、まあ分からないでもない。錬金術強化学校の王立シュテルンツェルト学園ならではと言うべきなのが、小休憩をはさんでの二時間ぶっ通しの授業だ。
俺にしてみればなんの苦もないのだが、それどころか少々もの足りないくらいだけど、やっぱり同じことを繰り返すだけの錬金術スパイラルは、錬金術ヘビーローテーションは、精神のみならず脳にも大きな負荷を与えるのかもしれない。
錬金術は脳と密接な関係があるから。
イメージすることは、つまり頭を使うということだから。
『想像の域からの逸脱』
学力が高い、という意味での頭がいい人でなくても、錬金術は得意教科になり得る。俺がその一例だ。調子に乗っているわけではなくて、誰かさんのせいでこんな人間に育ってしまったのだから、これはしょうがない。
ひとしきり笑ってから、俺は錬金術を再開した。俺たちのグループは今、スライム玉を鋭意製作中だ。
スライム玉とはなんぞや?
スライム玉はーー、スライム玉だ。
読んで字の如く、スライムの塊だ。
塊、と言っても野球ボールほどのサイズで、ぐにゅぐにゅとした触り心地をしている。この一塊に、スライム十匹分が濃縮されている。そんなもの作ってどうするんだよと言われると、これは主に消火剤として使われる。スライムの体は、そのほとんどが水分でできているから、火を消すにはもってこいなのだ。自然にも優しい。破裂時に広く散布されるので、効率もいい。火に包まれた建物の中に進入する時に、消防隊員はスライム玉を携行しているらしい。
さらにスライムの特徴である自己修復機能もスライム玉には搭載されており、辺りに飛び散ったとしても、時間が経つと元どおりのスライム玉に戻るという優秀さーーなのだが、元々のスライムは火や熱にとことん弱い単細胞生物なので、消火を目的として使った際には跡形もなく消えてしまうというデメリットがある。
真っ赤に燃える炎の中に消えていく、スライムの悲しき運命。
ちなみに動物や植物を取り込む雑食性。吸収したものによって色が変わる。だからスライム玉のカラーバリエーションも豊富だ。
完成したスライム玉は、スタンダードと言うべき水色だった。水色ばかり選んだのだから水色だ。ていうか自然界での水色ってなんだろう? 空しか思い浮かばない……。
俺の次にできたのはアサガヤさん。偉そうなことを恐れずに言うが、なかなかセンスがいい。
「ふう……」
オレンジ色の、大きさと色的にはみかんみたいなスライム玉を両手で包み込んで、アサガヤさんは安堵したように息を吐いた。それから触り心地を確かめるようにぐにゅぐにゅする。
「ーー壺?」
「え……?」
「いや……、『ゾーン』の形が壺っぽいなあ……と思って」
「ああ……、はい。……壺です。……一応」
「ふうん……」
「……。あのぉ……?」
「ん……?」
「えっと……。『ゾーン』のイメージは……?」
「ああ……。んーと……。--なんて言えばいいのか……」
「太陽マロンですか?」
「確かに似てる……けど違う」
「それじゃあ……クシザシウニですか?」
「それも似てる……けど違う。まあ、簡単に言えば、好きなアニメから拝借したんだけど」
「アニメですか?」
「うん。魔法少女パピリリカ、っていう」
俺はイガイガの『ゾーン』を作り出してみせる。
「確か……日曜日の朝にやってるやつですよね?」
「そ。日曜日の朝にやってるやつに、これが出てくるというわけ」
「へえ……そうだったんですね」
「そうだったんですよ。……ちなみに、なにゆえ壺?」
「あ、はは……これですか?」
アサガヤさんは苦笑して、例の壺形『ゾーン』を展開する。
「変ですよね。壺なんて。笑いのツボですよね。ーーこれは、お母さんが使っていた壺なんです。中に素材を入れておけば、高温多湿でも、凍えるような寒さの中でも品質を維持できる、魔法の壺だと言っていました」
「マジでか。凄いな、その壺。ぜひお目にかかりたいところだ」
「はい。機会があれば、ぜひ」
「⋯⋯拙い会話じゃのう」
俺の右斜め前に座るミーツハートが、俺とアサガヤさんの会話をそのように評価したーー、いやいや決して下手とかではなかったと思うのだが、第三者からしてみればそのように見えたのだろうか、聞くに堪えない会話内容だったとでも言うのだろうか。
だが、仕方ない、とも言える。
俺とアサガヤさんがこうして本格的に喋ったのは、これが初めてなのだから。俺のほうから喋りかけた、その勇気を評価してもらいたいところなんだけど。
「拙いとか言うなよな……、ていうか、意外と普通の会話をしていたと思うんだけど。それに訊くけど、逆に高度な会話ってどんな会話だよ。難しい単語を随所に散りばめるとか、それ別に変換しなくてもよくね? それどういう意味? って感じの、会話を曖昧にしかねない横文字を嵐のように連発するとか、何か専門的な知識が飛び交っているような会話のことを言うんだったら、たぶん俺には一生無理だろうな。ミーツハートだったらもしかしたらできるのかもしれないけど、平民風情には無理難題だよ。やれと言われても、無理なものは無理なんだい」
「それはもうよい。……妾の作業が遅いのは、まあ百歩譲って悪いとは思うが」
「譲るなよ。ミーツハートらしく、堂々と己の道をゆけよ」
「ジルくんは言外に、気にするなと仰っている」
「言ってない。スピードも、決して遅くはないし。ね、アサガヤさん」
「は……、はい」
「本音を言ったらどうじゃ? ええ?」
「い、いえ……! 本当に……! 本当のこと……ですから……」
「ミーツハートさん。アサガヤさんに詰め寄ったら駄目だよ~? ハッピーに行こうぜ?」
「トリスから迷言が飛び出したところで、次いってみよう」
「あれ、おかしいな~。名言の『名』が、迷うほうの『迷』に変換されてた気が、わたしにはしてならない」
「うん。気のせいだろ」
「うん。気のせいだよね~」
「それで、次はなんじゃったかのう……」
一斉に教科書を確認する俺たち。教科書……と言っても、ほとんどのページが錬金法で埋められているから、教科書というか簡易版のアルケルールブックといったところだ。
ちなみに教科書は略語で、正確には教科用図書と言うらしい。
ジル・ヘルメス・ミウラは、たまにはためになる話もする男子高校生なのだ。
……えーと。ティッティ先生に出された次の課題はーー
「引き寄せグローブ⋯⋯だってさ。ランクは、スィー」
と、トリス。
引き寄せグローブーー俺は、必要な素材を確認する。
「……ノビノビの樹皮と、ブラックホールの欠片か。じゃあ、ミーツハートとアサガヤさんはノビノビの樹皮を。俺とトリスでブラックホールの欠片を取ってこよう」
「はあ? 一人で行けば? マジふざけんなし」
「分かりました。ノビノビの樹皮ですね」
「おいジル・ヘルメス・ミウラ。妾に指図するでない。張り倒されたいのかのう?」
いちいちツッコむのも面倒なので、黙って立ち上がって、ブラックホールの欠片が保管されているであろう『不思議系』の棚を目指す。
素材は主に『自然系』、『人工系』、『生物系』、『不思議系』に分類されている。そしてさらに素材にはレベルが設定されていて、入手困難なほどそのレベルが上がっていく。レベル1〜5までで、シュタビールハーブやモコモコ石なんかは一番低いレベル1だが、マーメイドの血やフェニックスの死灰なんかは、マックスのレベル5だ。無事にエリクシールが完成したものの、とはいえ今思えば、なんという馬鹿な賭けに、俺は出たのだろうーーと、思わなくもない。思うべき、なのだろうが。
というか。
アルケルールブックに載っていない錬金術を行ったことは、俺とトリスの秘密だ。いけないことをしてしまったわけだからな。
でも、ピカレスクロマンーーだと考えたら、いくらか気持ちも楽になるかな?
「ん〜、ブラックホールの欠片。ブラックホールの欠片。ん〜とぉ⋯⋯。あった、これだ! ……う? ーーぐ、うううううおおお〜! すいこ、ま、⋯⋯吸い込まれる〜〜〜〜」
「素材で遊ぶのはやめなさい。お母さんに習わなかったか?」
「お〜、ありがとう。ホワイトホール」
「どういたしまして。イベントホライゾン」
「ねえ、意味知ってて言ってる?」
「そんなの、当たり前だろう?」
石のようであり金属のようでもある不思議な見た目と感触の素材、ブラックホールの欠片を棚から四つ持ち出して、自分たちのグループに戻る。ミーツハートとアサガヤさんは、既にノビノビの樹皮を用意していた。さすが仕事が早い。ーーということではなくって、単に俺たちが益体もない会話をしていた、ただそれだけのことなんだけど。
「遅いぞ、ジル・ヘルメス・ミウラ。トリス・ローゼンクロイツ・サクラザカ」
ミーツハートは腕を組んで、俺とトリスを睨んでくる。おっかね~。
蛇に睨まれた蛙。いやこの場合は猫の前の鼠、だろうか。
「ごめんよ~、ミーツハートさん。ジルくんが、いちいちいらない会話を隙あらばぶっこもうとするからさ~。さすがのわたしも、ほとほと困り果てたよ~」
「ちょっと待て。かなり待て。困り果てているのはお前じゃなくて俺のほうだ。罪を人にぬるっとなすりつけようとしてんじゃねえよ。もっと真剣に謝れ」
「……ごめんなさい」
「なんで素直に謝ってんだよ! お前のボケ魂はどこにいった! カムバーック!」
「と、このように会話を広げようとするのです」
「まったく……。やはりお主が原因か、ジル・ヘルメス・ミウラ。こうなっては、改善の余地がないようであるならば、減らぬ口を物理的に減らすほかないようじゃのう。気は進まないのじゃがなーー致し方あるまい」
「お前の場合は自ら進んでやりかねないからな……」
一撃必殺口封じ。
俺から口を取ったら何が残るというんだ……。戦慄しつつ、持ってきたブラックホールの欠片をアサガヤさんに渡す。トリスは正面のミーツハートに「吸い込まれないように気を付けてね」などと言いながら配っていた。そんなことを言うものだから、ブラックホールの欠片がどのようなものなのか分かっているであろうミーツハートでも、思わずといったように、爪でコンコンと表面を叩いてしまっていた。それからミーツハートは早速『ゾーン』を展開して、ノビノビの樹皮、そしてブラックホールの欠片を投入する。
「時にミーツハート」
ながら作業をしながら俺は言った。
「……なんじゃ」
嫌々そうながら、それでも話を聞いてくれるらしい。錬金術に集中したいから、早めに面倒事を片付けてしまおうと考えたのかもしれない。
「今度の休みに催されるダンスパーリーには参加されるのかなあ、と思いまして。ちなみに俺とトリスは喜んで出席させてもらうつもりだけど……、ダンスのほうよりかは、食事方面が主な目的だな。贅を尽くした料理の数々に舌鼓を打ちまくりたいと思う。どんどこどんどん、どんどこどん」
「服とか収納するやつなら分かるけど……流れるような華麗な動きが、わたしにできるとは思えないんだよね~、どうしても。あー、でも、誘われちったらどうしましょう? わたくし、踊れないんですの……とか言って、リードしてもらおうかな~。なんつって」
「ティッティ先生はどうするんですか? ダンスパーティー」
話していたところに、ちょうどティッティ先生が通りかかったのだ。
「ああ……。私は、遠慮しておきますぴょん。教材の準備とか、色々やりたいことがあるので……」
「そう、ですか……」
「うー。残念だね……」
「私の分まで楽しんできてくださいね」
そう言ってティッティ先生は別のグループのところに歩いていった。
教師っていう職業は大変なんだなあーー俺たち生徒のために頑張っているティッティ先生に、心の中で感謝する。
したところで、引き寄せグローブが完成した。見た目は地味な手袋だ。こうして錬金術の授業で作ったものは、持ち帰っても構わないことになっている。
くそう……さらに制服の重量が増えやがったぜ……。よく漫画やアニメで、重りを外してパワーアップ! みたいなシーンがあるけど、なんで俺は、相変わらずの運動能力なんだろう?
あれはたぶん、なんの根拠もない、ただのアイディアなんだな。きっとそのはずだ。そうでもないと説明がつかない。
「……あまり深く考えないで、コンビニに立ち寄るくらいの気軽さで参加してみてもいいんじゃないか? 人生楽しんだもん勝ち、って言うだろ? なんだったら一緒に踊ってやってもいいぞ?」
俺の次に引き寄せグローブを完成させたアサガヤさんは、俺たちの会話内容を聞いて、きょとんとしている。まあ、無理もない。人生のうちに、まさかダンスパーティーなんていう華やかな場所に行くとは、俺自身、思ってもみなかったからな。場違いもいいところで、俺には安っぽいカラオケボックスとかがお似合いだ。歌は上手くないから、カラオケには行きたくないのだが。
「……妾はなあ、分かりきった罠に、馬鹿みたいに飛び込むような真似はしたくないのじゃ」
「んー。ネーブルも言ってただろ。考えすぎだって。ただ純粋な気持ちで、ミーツハートの妹として、俺たちにも招待状をくれたんじゃないかなあ?」
「お主、前と言っていることが違うぞ。一波乱あるとかなんとか言っておったじゃろうが……」
「あれ? そうだっけ?」
「うん。言ってたね~。確実に。身内じゃない俺たちでも疑わざるを得ない、みたいなこともぬかしやがっていたね~」
「何様のつもりじゃ。まったく……死んだほうがいいのではないか?」
「え⋯⋯ええ? なんでこんなに責められてるの? 集中砲火を浴びせられてるの? おいおい、納得がいかないな。言葉の暴力、反対! もっと優しく接しろ!」
抗議の声を上げていると、引き寄せグローブを完成させたトリスが、俺の頭に手を伸ばして、
「なでなで」
「そういう意味じゃねえよ! 邪険にすんな、って意味に決まってんだろ!」
「くっくっく……。まだ血を吸い足りないらしい」
「それは邪剣だ」
「はっはっは! まだ血ィ吸い足りないようじゃけん」
「それは西側で使われる言葉だ……」
「さーいしょーは」
「じゃんけんでもねえよ!」
途中あたりから我ながらマジになってしまって周りに気を配ることを、うっかり忘れていた。他のグループでも同じくらいの声量で会話が行われているから、俺たちがうるさくて、周りに迷惑をかけたわけでは、ない。トリスの正面、そして俺の右斜め前に座るハルプカッツェ人に、多大なる迷惑を、どうやらおかけしてしまったらしかった。
お主らーーと。禍々しい気配を、体中から放出させる様を、俺は、見た気がした。黒々とした、邪剣をも凌ぐオーラは、ゆっくりと実習台を這って、俺の腕に絡みつくーーねちねちとしつこく纏わりつく。離れない。逃げられない。まるで金縛りに遭っているかのように、動かない。動けない。動くことが、許されない。
「夫婦喧嘩なら……、犬もそうじゃが、猫も食わんからなああああ!!」
殺される、と思った。そして同時に、だろうな、とも思った。
その直後。
ミーツハートが激怒した、その直後の出来事だった。
前述のとおり、俺とトリスとアサガヤさんは、既に引き寄せグローブを完成させている。ミーツハート待ち、と言ったら、たぶんミーツハートは怒るだろうが、完成の時間を引き延ばしたのは明らかに俺だ。俺とトリスだ。錬金術の妨げと、なってしまっていた。
だから素直に謝っておこう。錬金術を失敗させてしまったことについて、深く謝罪しよう。
ーーその後の展開はと言えば、……んー、言わぬが花、ということわざは、こういう場面で使うんだっけ?
うん、まあ。
それに関しては、ここは一つ、ご想像にお任せする、ということでーー
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
ワールドオブリヒト最大の大陸であるシュトラール大陸、その遥か南西に位置する海域に、それは存在している。
確かに存在してはいるのだが、しかし存在していないとも言える、世界の情報から僅かに除外された、世界地図にも載っていないという、至極曖昧で、おぼろげな存在。
それは、溶岩が冷やされてできたような、黒一色で統一された小さな島だ。一体どれくらいの大きさなのかというと、現時点では、大体、野球ドームがすっぽりと収まるくらい、の大きさまで広がっているらしい。海底から、何百メートルも積み重なって、長い年月をかけて、海上に顔を出した。
現時点、広がっている、という言葉を用いていることからも分かるとおり、毎日毎日少しずつ、こうしている今この瞬間にも、黒の領土は、徐々に、しかし着実に、どこまでも広がる青い海を、その純黒で、ゆっくりと、蝕んでいく……。黒で塗り潰さんと、とどまるところを知らずに成長を続けていく……。
島は、その見た目どおりになんの捻りもなく、ブラックアイランドと呼ばれている。まんまだな……と思うが、しかし呼称としては、やはりそれしかないとも思う。黒い島。ブラックアイランド。
シンプルイズベストというのはブラックアイランドのためにあるのかもしれないと思うほどに、ブラックアイランドという存在は、誰がなんと言おうと、たとえ世界が終わってしまおうと、どこまでもどこまでも果てしなく、ブラックアイランドはブラックアイランドでしかないのだ。もしかしたらワールドオブリヒトのほうこそが、ブラックアイランドのために存在しているのかもしれないーー、というのは、さすがに言いすぎだとしても。
今日も、ブラックアイランドは、成長する。
ミーツハートが錬金術に失敗した、その数秒後、僅かなタイムラグをおいて、島を形成する黒い塊が、虚空から現れてーーブラックアイランドの一部として組み込まれる。もちろん、クラスメイトの男子の分も。
錬金術には一切使用できない物質。文字通りのーーゴミ。絶対に消えることのない、世界の異物。
たぶん、ブラックアイランドがなんなのか、正体が明らかになる日は来ないだろう。
--と、その筋の偉い人が言っていたので、まず間違いない。ちなみに、海面上昇でワールドオブリヒトが水没するのは、一万年後、とのこと。
俺はもう、死んでいる。




