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アルケミ・アルケマー  作者: 御手洗スガタ
7/19

猫と森とドリちゃんと

「いやあ、休みの日を利用して現地調査に赴くとは、感心ですぴょん! 感激ですぴょん! ぷぅぷぅ!」

「フィールドワークは錬金術師アルケミストにとって必須項目、誰もが通る道ですからね。これくらい当然ですよ、ティッティ先生」

「そうですか! いやいや、先生としてお耳が高いですぴょん!」

「あははっ! それを言うならお目が高い、でしょう?」

「そうでしたね! 先生嬉しくって⋯⋯!」


 うふふふ。うふふふ。

 あははは。あははは。


「ああ、そうだ。ドライブには音楽がつきものですよね」


 言って、ティッティ先生はカーオーディオのボタンを操作した。

 なんと驚くべきことに、流れてきたのは、魔法少女パピリリカのオープニング曲だった。


「先生⋯⋯鼻が高いですねえ」

「目に留まったCDを適当に選んだんですけどね。人気の曲だったようで、これまた嬉しいですぴょん」

「ジルくん⋯⋯パチこきやがったな?」

錬金術アルケミーの得意な連中には、こういうのが多いのかのう」


 後ろで何やら言っているが、気にしない。今はドライブを存分に楽しもうではないか。

 なんだこの状況、と思う方も、もしかしたら中にはいらっしゃるかもしれないので、一応説明をさせてもらうと、トリスの言っているパチこきやがったなという台詞は、あながち間違ってはいないーーていうかそのとおりで、仰るとおりで、俺はティッティ先生に嘘をついている。パチをこいている。なんでいらない嘘をついてしまったんだと、後悔している。俺は現地調査という名目を持ち出して、ティッティ先生の『名前』をどうしても借りねばならなかった。今向かっている場所というのが、ここキミア王国が管理している場所なので、子供だけでは門前払いを食ってしまう。だから大人のーーいや、王立シュテルンツェルト学園の教師の名前が必要となる。

 そこでティッティ先生に白羽の矢を立てた。

 ⋯⋯まあ、ティッティ先生しか頼れる大人がいなかっただけなのだが。

 そうしてフィールドワークと称して、休日返上でティッティ先生に車を出してもらったわけだ。

 ティッティ先生には悪いが、ミーツハートからカゲカリを引き剥がすには、どうしても特殊な素材が必要なのだ。


「今日は絶好のドライブ日和! もといフィールドワーク日和ですぴょん! ぷぅぷぅ!」


 上機嫌にハンドルを操作する先生を見ていると、罪悪感が泉のように湧いてくる⋯⋯。

 朝の九時にミーツハート宅に集合とし、そして当日となり、三人で待っていると、家の前に停まったのは、角ばったデザインでオレンジ色をした軽乗用車だった。窓が開けられ運転席に座る人物の姿を確認したミーツハートは、それはもう嫌な顔をしていたものだ。

「帰る」ーーと言うミーツハートを半ば強引に車に乗せてーー事情を知らない人からすれば完全に誘拐事件の現場だが、というわけでややあってそんな風に、俺たちの乗るティッティ先生の車が出発したのだった。


「ふんっーー何がぷぅぷぅ、じゃ。騙されていることも知らずに、呑気じゃのう。これだからツヴァイハーゼ人は⋯⋯」

「ミーツハート。人種の違いを話題に出すのはやめろ。それは古い考え方だぞ。お前はおばあちゃんか。激しい戦乱を生き抜いてきた生き字引なのか」

「そうだよミーツハートさん。世の中はもう平和なのさ。ピースフルなのさ。それでも戦争を過去のものにはできない⋯⋯それくらいの悲しみは、今でも根深く残ってはいるけど⋯⋯だけど大切なのは、わたしたちが今後、どう生きていくかなんだよ。ーー明るい未来、わたしたちの手で創ろうぜ? 相棒!」

「お前は何者なんだよ。怪しい奴め、名を名乗れ!」

「吾輩は、井伊時代創郎いいじだいつくろうと申します」

「やっぱり漬け物じゃねえか!」

「それを言うなら曲者ね。漬け物は臭え物」

「井伊時代創郎、お主は言ったな。戦争は過去の出来事にはできぬと。ーーそのとおりじゃ。そのとおりじゃとも。多くの血が流れた悲劇は、今現在に至るまで尾を引いておる。異種族嫌悪などというくだらない理由のために、どれだけの命が散ったことか。じゃがなーー」


 妾は⋯⋯妾じゃ。ーーと、ミーツハート。


「いやーー我が家は、と言うべきじゃろうか」


 ハルプカッツェとツヴァイハーゼは、七十年前まで戦争をしていた。戦争と言うと、政治や経済の問題を解消するために行うものだと習った記憶が微かに脳の片隅にあるけど、両国の場合は、ミーツハートが言ったように異種族嫌悪に端を発している。

 本当にくだらない理由だ。

 今では戦争こそなくなったものの、カリオストロ家ではツヴァイハーゼ人のことをよく思っていないのかもしれないーー戦争終結から七十年経った今でも、心の底では、黒い感情が、ぐるぐると、どろどろと、渦巻いているのかもしれないーー


「そういう話を今ここでする必要はなくないか? せっかくのドライブが台無しになってしまうだろうーー先生の運転も意外に上手いことだし」

「教官に褒められたこともあるんですよ? お前はいつかやらかすなーーって」

「あー、もう少し速度を落としましょうか」


 それ褒めてないですよ全然。ていうかよく合格したなあ、この人。

 免許あげちゃあ駄目なんじゃなかろうか。

 恐怖のドライブになりそうだぜ⋯⋯。



 ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞



 幸い事故を起こすことなく目的地に到着した俺たちは、車から降りて安堵の息を吐いた。


「精神的に疲れた⋯⋯」

「ジルくん⋯⋯帰りもあることを忘れてないかい?」

「そうだったな⋯⋯、そうだったよ」


 今さらになって気が付いたのだが、ティッティ先生の車には、左が黄色で右が緑色に塗り分けられた若葉マークが、初心者マークが、より正確に言うのであれば初心運転者標識が貼られていた。

 あれ、今日ってこんなに寒かったっけ?


「体がだるい⋯⋯重い⋯⋯。おい、ジル・ヘルメス・ミウラ。妾をおぶれ」

「はあ?」

「妾をおぶれ」

「⋯⋯⋯⋯はあ?」

「妾を。おぶれ」


 この中の誰よりも精神的ダメージが大きかったんだなあ、と俺は最初思ったが、ミーツハートには現在、カゲカリが取り憑いていることをーー影に住み憑いていることを、すっかり失念していた。そりゃあ誰よりも疲れるはずだ。カゲカリにエネルギーを吸い取られていくのだから、いかなハルプカッツェ人でも、一年D組の猫姫様、ライム・ミケット・ミーツハートでも、強烈な倦怠感には敵わない。


「だるだるで死にそうじゃ」


 そんな風に言うミーツハートだが、極力顔には出さないと努めているであろうことは、俺には、そしてトリスにも分かっているようだった。トリスが目で「おぶってあげな」と語ってくる。

 致し方あるまい。

 俺はミーツハートに背中を向けてしゃがみ込み、


「ん」


 と、準備ができたことを伝える。さあ、どんと来い。


「敵に背を向けるとはなーーいつもならば蹴り倒していたところじゃが、今日はよしておこうかのう」

「そうしてくれるとマジでありがたい⋯⋯」


 そしてミーツハートは、ゆっくりと俺の背中に己の身体を預けてきた。首に腕を回された瞬間、さらにこの地の気温が下がったように感じられた。

 おんぶするのが女性とはいえ⋯⋯力が抜けているだけで、こんなにもずっしりくるものなのか。

 重い! とはさすがに言わないが、気合いを入れないと口がつるりと滑ってしまいそうだ⋯⋯。


「お⋯⋯お⋯⋯ぉぉぉぉ⋯⋯」

「ジルくん、やらし」

「重いんだよ! ーーーーあ」


 そんなこんなで、俺たちは入り口に向かう。

『Dザイヤの森』ーーと、ここはそのように呼ばれている。Dザイヤの森特有の植物、動物が生息していることから、世界的にも有名なスポットだが、現在はキミア王国が管理しているので、そう簡単には入れないようになっている。ピクニックに行こう、とは言ったが、全然ピクニック気分では来られないところだ。

 入り口の受付でティッティ先生が進入許可をもらっている。森とは言っても、三百六十度、どこからでも入れるというわけではない。広大な土地を、ぐるりと囲むようにフェンスが設置されており、空にはネットが張られている。こうして独自の生態系を、隔離することによって維持しているのだ。

 服に虫や植物の種子などが付いていないかを入念に調べたら、いよいよDザイヤの森へと足を踏み入れる。


「Dザイヤの森⋯⋯」


 入ってすぐ、ティッティ先生がぽつりと呟いた。


「先生は来たことあるんですか?」

「はい。何度か」

「そうですよね。世界が羨むDザイヤの森、ですもんね。俺も、知識としてはあったんですけど、来るのはこれが初めてです」

「きっといい経験になると思いますよ。ーーそれはそうと⋯⋯ミーツハートさん、具合が悪いんですか? 車の中で休んでいたほうが⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

「またそういう反応。ミーツハートのことなら大丈夫です。俺が足となります。なんでも、どうしてもDザイヤの森を生で見てみたい! だそうです。珍しい動植物を、これでもかと舐め回したい! だそうですよ」

「⋯⋯⋯⋯」


 反撃が来ないって、いいよな。思わず調子に乗ってしまいそうだぜ。ぐふふのふ。


錬金術師アルケミスト魂、ですね。⋯⋯さあ、先に進んでみましょう」

「みんな、警戒は怠るな。気を抜いたらーー、やられるぞ」


 謎のキャラでトリスは言った。


「これといった危険生物はいないですよね、先生」

「いない⋯⋯と、いいですね」

「そこは何がなんでも断言してもらわないと困るんですが⋯⋯」

「む!? 今そこで何かが動いたような!」

「ただの熊だろ⋯⋯って、熊じゃ駄目か」

「気を付けろ。⋯⋯本当に何かがいるようじゃ」


 背中でミーツハートが力なく言った。

 何かがいる。

 その言葉どおり、いかにもな茂みがガサガサといかにもな音を立ててここにいますよと主張するように揺れた。鬼が出るか蛇が出るか。ーーどっちも嫌だけど。


「⋯⋯こんにちは」


 果たして、茂みの中から飛び出してきたのは、小学校低学年くらいの女の子だった。

 俺、トリス、ティッティ先生が、「こんにちは」と返すと、女の子は茂みをかき分けて、その全身を現す。白いワンピースを着ていて、髪は地面につくくらい長く、綺麗な翡翠色をしていた。手には木の棒が握られている。子供が好きそうな、いい感じの木の棒だ。


「⋯⋯迷っちゃったの?」


 女の子は小首を傾げてそう訊ねてきた。

 するとトリスは女の子に近寄って、膝を曲げて目線を合わせて、


「迷ってないよ〜? お姉ちゃんたちは、絶対に迷わないんだよ〜? ところで()()()()()は、散歩の途中かな〜?」

「⋯⋯散歩」

「じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒に行こっか」

「⋯⋯うん!」


 元気に頷く女の子ーートリス命名『ドリちゃん』。


「お主たち⋯⋯なんとも思わんのか⋯⋯?」


 ただ一人、ミーツハートだけは、なんのことやらさっぱり状況が飲み込めないようだった。まったく、勉強不足だなあ。森はそんなに甘くないというのに。そもそもにおいて、Dザイヤの森だーーここは。

 と、ドリちゃんという仲間が一人増えたところで、フィールドワークが再開された。


「とりあえず、奥にある泉を目指しましょうか」

「はい。ぜひ、そうしましょう」


 その泉こそが、今回のフィールドワーク最大の目的ですからね。先生から提案してくれるなんて、ありがたい限りだ。


「人の話を聞かんか⋯⋯」

「よ〜し! それじゃあ泉に向かって〜、全速〜前進!」

「⋯⋯全速前進!」

「仲良すぎだろ、お前ら⋯⋯」


 まあ、ドリちゃんの正体が分かっているからこそ、なんだろうけど。

 そんなドリちゃんは、木の棒をガリガリ引きずりながら、鼻歌交じりに俺たちの前を歩いている。


「はんはんははーん。はんははーん」

「今まで触れてこなかったけど、ティッティ先生の散策姿、なかなか可愛いねえ。へい彼女〜、このあとどうよ? 奢るよ?」

「オヤジかお前は。でも、スーツ姿しか見たことなかったから、確かに新鮮ではあるよな。いわゆる山ガールっぽいけど、ここは森だからなあ⋯⋯山森ガール?」

「女の子が山盛り、みたいだよ、それだと。ーー召し上がれ」

「召し上がらんわ⋯⋯召し上がりたくねえわ⋯⋯」

「楽しい会話もいいですけど⋯⋯、ちゃんと調査もしてくださいね?」

「は〜い」

「すみません⋯⋯」


 主目的はミーツハートからカゲカリを祓うことだけど、王国が管理していてなかなか立ち入ることのできないDザイヤの森にせっかく来たのだーーティッティ先生の言うように、フィールドワークに力を入れて損はないだろう。というか得しかない。

 Dザイヤの森は、ほとんど人の手が加えられていない。しかし俺たちが歩いているのは、道と言ってもいいほど平坦で、雑草なども生えておらず地面が見えている。頭上を仰げば昼間近くの太陽が照っていた。研究対象が多いから、それに伴って人の出入りが多くなり、こうして地面が踏みしめられて道ができていく。

 俺もいずれは仕事として訪れる時が来るのだろうか。

 一流の錬金術師として。

 あのバカ親と同じ立場で。


「あ、綺麗な花が咲いてる」


 トリスが発見したのは黄色い花だった。中心部分が、キラキラと白く光っている。


「ルカネーリの花ですぴょん」


 ティッティ先生は言った。


「光っているのは花粉で、なぜか夜にしか飛ばないんですよ。日中はーー」


 ルカネーリの花の茎を、軽く弾いてみせる。その反動で光る花粉が舞ったーーかと思ったら、すぐ地面に落ちてしまった。


「ーーと、このように、遠くには飛ばないのです。なんでだと思いますか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯もしかすると、問題があるのは、花粉のほうではないんじゃ⋯⋯」

「いい考え方ですね、ミウラさん。では、サクラザカさんはどうですか?」

「そんなの簡単だよ〜。明るいうちよりは、やっぱり夜のほうが燃えるでしょ?」

天誅てんちゅう!」


 俺はトリスの髪の毛を一本引き抜いた。


「地味に痛いっ!」

「ふざけるから罰を下したまでだ。今度からはふざける度に一本ずつ抜く本数を増やしていくからな」

「おぅ⋯⋯お元気なことで⋯⋯」

「ぷち」

「地味に痛いっ!」

「懲りずにふざけるからだ。⋯⋯すみません先生。それで、どうしてルカネーリの花粉は、夜にしか飛ばないんですか?」

「えっと⋯⋯日中の間は、めしべが機能していないから、ですぴょん⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「ぶち」

「地味に痛いっ! ていうか『ぶち』ってなんだよ! せめて『ぷち』にしろ! 大事な髪の毛を毟りとるな!」

「女の子の髪の毛の一本は、男の子の髪の毛の一万本分の価値がある」

「俺の頭皮から毛髪が消え去っているじゃねえか⋯⋯」


 毛穴まで殺られている可能性もある。十代にしてハゲかけてーー将来はハゲ確定だな。


「安心しろ、ジル・ヘルメス・ミウラ。ハゲてはおらぬ。ほんの十数本、抜かれただけじゃ」

「本当か? 良かった⋯⋯。ーーいや、良くはないな。一個中隊が一瞬にして壊滅させられるくらいの規模で良くないな」

「ミウラさん。女の子の髪の毛を無闇に抜くなんて、感心しないですね」

「う⋯⋯」


 ティッティ先生にまで言われてしまった。それなりにショックだ⋯⋯。


「こればかりは、妾も賛同するのう」

「ミーツハート、お前もか⋯⋯」


 あっちに敵、こっちにも敵。四面楚歌とはこのことを言うんだろうな。


「あれ⋯⋯ドリちゃんが消えた」


 まさかと思い進行方向を見てみると、トリスの言うように、ドリちゃんの姿がどこにも見えない。この森で迷子にはならないだろうけどーーどっちかと言えば、迷子になる可能性があるのは俺たちのほうだからな。


「お〜い! ドリちゃ〜ん! ⋯⋯くっ! 最初にやられるのはジルくんのはずなのに!」

「誰がお調子者キャラだ。作品によっては最後まで生き残る、なくてはならない存在、愛すべきキャラクターだろうが。⋯⋯たぶん、家に帰ったんだろう」

「おい。何か来るぞ」


 ミーツハートの索敵能力がまたもや炸裂し、俺たちは茂みの向こう側に注意を向ける。

 すると茂みから姿を現したのは、ドリちゃんーーだと思いきや、一頭の茶色い馬だった。いや、一頭だけではない。道に進み出てきたのは二頭の馬で、そして後ろについてきた馬の背には、数分前に出会った少女が平然と跨がっていた。


「⋯⋯乗る?」

「うお〜。ドリちゃんかっこい〜。でもどうやって乗ったの?」


 馬は馬でも、目の前でいななくこの馬は、本物の馬ではない。ルートホースと呼ばれる、馬の形をした、樹の根っこだ。樹齢五百年ほどの長い年月を経た樹は『霊樹れいじゅ』と呼ばれるようになって、なんでも、()()()()が増すのだそうだ。樹は「走り回りたい」ーーそう思うことによって、深く広く伸ばした根っこを、速く走れる象徴である馬の形に変えて、活動するのだという。

 トリスの疑問ももっともだーードリちゃんの身長では、とてもではないがルートホースの背中に跨がることは叶わない。驚異的なジャンプ力があるのなら、話は別だが。

 ルートホースが珍しいのだろう、ミーツハートはゆっくりと俺の背中から離れて、ルートホースの長い首に触れた。


「不思議じゃのう⋯⋯姿形は馬のそれであっても、こうして直接触れ合ってみても、まったくこやつの声が聞こえてこぬとは⋯⋯」


 ぽんぽん。俺はルートホースの尻を叩いてみる。


「やっぱり肉っていうよりは、質感は根っこだな。硬くて、ちょっとした弾力があって、音が中で響いている感じ」

「あ〜いいコだ、いいコだ。よ〜しよしよしよしよし〜」

「ルートホースは普通の根っことは違って、使用できる錬金術アルケミーの数が増えるんですぴょん」

「先生。このタイミングでよくそれが言えましたね⋯⋯」

「あ⋯⋯、す、すみませんでした⋯⋯」

「デリカシーのない人だったんだね、ティッティ先生。見損なったぞ!」

「申し訳ありませんでした⋯⋯本当に」


 もの凄く反省するティッティ先生。なんだか可哀想に思えてくるのは俺だけだろうか。


「⋯⋯とおっ」


 ドリちゃんが華麗にルートホースから降りる。


「⋯⋯ふぶっ」


 ドリちゃんがバランスを崩して前のめりに倒れる。


「⋯⋯泣かないよ?」


 ドリちゃんが立ち上がって気丈に振る舞う。


「うんうん。えらいね〜」


 そんなドリちゃんの頭を、トリスは撫でてあげた。

 ⋯⋯微笑まし過ぎるだろ。


「ミーツハート、体のほうは大丈夫か?」


 ルートホースとの会話をまだ試みていたミーツハートに具合のほどを訊ねると、一度横目でこちらを見てから、彼女は答えた。ハルプカッツェ人でも、さすがに植物とは話せないようだ。


「歩ける程度には」

「⋯⋯そっか」

「悪かったのう。重くて」

「それは俺の運動不足が原因だから⋯⋯」


 明日は筋肉痛確定だな。どうでもいいけど、歳をとると筋肉痛が遅れてやってくるのは、なんでなんだろうな。どうでもいいけど。


「さ、泉までもうすぐーー、ですよね? 先生」

「はい。寄り道しなければ、ですけど」


 言ったところで、ティッティ先生は「おや?」という声を出した。

 ーー霧だ。

 突然の霧だが、みるみるうちに濃くなっていく。太陽の光が遮られ、視界が濃密な白で塗り潰されていく。

 道の先がまったく見えない。辛うじて手の届く範囲が見えるくらいだ。


「先生⋯⋯この霧、おかしくないですか」

「何がなんでも突然すぎますねーーみなさん、私から離れないようにしてください。足元にも注意ですぴょん」

「ティッティ先生! ドリちゃんがまたロストした!」

「ドリちゃんなら大丈夫ですぴょん」

「おい、ティッティ・ピョンドルズ・レーラー。あのような小さい子を放っておくとは何事じゃ」

「え⋯⋯、それは、ドリちゃんの正体が」


 そこで、ティッティ先生の声が聞こえなくなった。おしくらまんじゅう状態で固まっていたのだが、ティッティ先生の気配も、完全に消失している。


「⋯⋯先生もやられたか⋯⋯」

「くそう! こんなところで死んでたま」

「⋯⋯トリスもやられたか⋯⋯」

「ジル・ヘルメス・ミウラ、なんとかせい」

「なんとかせいと言われてもなあ⋯⋯、こればっかりは自分でなんとかするしか方法はないからなあ⋯⋯」

「なんじゃそれは」


 背中合わせになる俺とミーツハート。体が言うことを聞かないからもたれかかっているようにも感じられる。道草を食っていなければ、今頃ミーツハートからはカゲカリが祓われていたことだろう。全て俺の責任と思わないでもない、だから背中くらいは貸してやるさ。無論無償で。


「のう⋯⋯」


 ミーツハートは言った。


「ん?」

何故なにゆえお主は、妾につきまとうのじゃ?」

「それだとストーカーみてえじゃねえか⋯⋯」

「違うのか?」

「違う」

「違うのか」

「違う」

「⋯⋯では何故じゃ。妾がいくら突き放そうと試みようと、お主は、まるでそれが使命であるかのように、事ある毎に悉く、執拗に接触を図ろうとするではないかーー諦めずストーカーじみた行動でアプローチするではないか。そこまでして妾と仲良くなりたいのか? ⋯⋯家から逃げ出し、偽名を使って生きているような、こんな妾と、お主は仲良くなりたいーーと、そう言うのか? もしそうだとすれば、馬鹿の極みじゃな。馬鹿という馬鹿を全世界からかき集めて、煮詰めて煮詰めて煮詰め続けて、底にこびりついた黒々とした物体、くらいに極まっているのう⋯⋯」

「悪いか?」


 俺がそう言うと、背中を通じて、彼女の体がぴくりと震えるのが分かった。


「家出娘だろうと偽名を使っていようと⋯⋯、んー、上手くは言えないんだけどーーそして月並みではあるけど、ミーツハートはミーツハートだろ。俺はそんなミーツハートと⋯⋯って。何言わせんだよ!」


 そんなミーツハートと仲良くなりたい、なんて。

 恥ずかしいぃぃぃぃ⋯⋯!! 恥ずかしすぎて死ねる!!

 俺の身体は今、ゴウゴウと燃え盛っているかもしれない。


「ふんーー馬鹿馬鹿しい。勝手にしろ」

「勝手に? ということは⋯⋯、つまり?」

「じゃがーー妾はなんの責任も負わんぞ。それだけは言っておくからの」

「は? それってどういう意味ーー、だよ⋯⋯」


 背中に感じていたミーツハートの体温が消えて⋯⋯、どうやらついに、俺一人になってしまったらしい。

 真っ白な世界の中、ただ風の流れだけは肌で感じられる。空気が冷たい。霧の水分が肌に纏わりついて、そこに風が吹くのだから、そりゃあ冷たく感じられるだろう。早く解決しないと風邪を引く恐れもある。ミーツハートに続いて俺までだるだるになるのは勘弁願いたいところだ。


「よお」


 俺は言ったーーいや、言っていない。自分が聴いている自分の声と他人が聴いている自分の声は違うと言うけど、これは間違いなく俺の声だったーー俺の声なのだが、俺は口を開いていない。腹話術でも、もちろんない。それ以前にできない。

 前方に目を向けてみると、そこには俺が立っていた。鏡ではない証拠として、もう一人の俺は、不敵な笑みを浮かべていた。

 または嘲笑っているのかもしれない。


「しけた面してんなあ。こんな森ん中で何やってんだあ? お前は黙って、お家で錬金術アルケミーでもやってろよ。錬金術⋯⋯面白いだろう? 三度の飯より錬金術。寝ても覚めても錬金術。人生、辛いことも錬金術。⋯⋯ってな。余計なことは何一つ考えなくていいーー錬金術だよ、錬金術さえやっていれば、お前はそれでいい。それだけで満たされんだよ。万事解決。オールオッケー。⋯⋯なあ、カゲカリを祓おうなんつー面倒な作業は今すぐ終了して、適当な理由を並べて帰っちまおうぜ? そうしちまおうぜ? なあって。正直言ってだりーだろ。カゲカリに憑かれるとは比にならないくらいのだるさを、お前は感じているはずだぞ。何やってんだ俺、そう思うだろ? やめちまえよ。なんの得になる。なんの得にもならねえよ。人間関係の樹形図なんつーもんはシンプルでいいんだよ。最低限。困らねえから。絶対。第一、疲れるだろーが。気疲れしちまうだろーが。うーわー、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。愚かだね、そいつは。あー愚かしい愚かしい。愚かしすぎて恐ろしいよ。⋯⋯で、お前も泥沼に自らはまりに行こうっつー愚か者なのか? 楽なほうを選ぶだろ、普通。顔なんて広くなくていいーー狭くてもやっていける。他人のために貴重な時間を使うな。使うのなら自分のために使え。錬金術に費やせ。そして一つでも多くの練金法アルケルールを発見しろ。眠ったままなんて可哀想だろ? だからお前が起こしてやれ。はまるんだったら錬金術にはまれーー錬金術の泥沼にはまり続けろ」


 友達なんてゼロのままでいいじゃねーか。

 目の前の俺は、ニヤリと笑いながら言う。


「いつまでも悩んでんじゃねーよ。そろそろ、ソロで生きていく決意を固めて、一秒でも長く、錬金術のために生きろーー錬金術師アルケミスト人生を全うしろ」


 もう一人の俺は、こちらに手を差し伸べて、


「ソロ活ーーエンジョイしようぜ」

「⋯⋯ソロ活動か。もしかしたらそれも、あるいはいいのかもしれないな⋯⋯」

「お? 意外に素直」

「でもーー決めたんだ。俺は友達をつくるって。その上で、錬金術の努力も怠らない」


 一流の錬金術師を目指しているのだから、俺に言われなくても、俺は錬金術に没頭する。

 はまり続ける。


「俺は絶対に諦めないよ」

「⋯⋯⋯⋯」


 俺は「つまんねー」というように無言になった。不敵な笑みも、その表情からは剥がれている。

 ーーていうか、もう気付いていない振りはいいか。

 ドリちゃん。

 目の前にいるのはドリちゃんだーー正確には、ドリアード。木の精霊。木から生まれ、木と共に生き、木と共に死ぬ、運命共同体。

 そして時折、こうして人間の前に姿を現しては一緒に遊んだり、遊んだり、遊んだりーー好き勝手に遊んだりして、そうしてから、遊び感覚で人の悩みを不思議な力で読み取り、言葉巧みにその悩みを解消するーーというよりは、悩みを強制的に終わらせる。

 一見するとありがたいイベントのようではあるが、しかし人は、悩み悩んで、悩み抜いた末に強くなる。と、俺は思う。

 悩んで、迷って、恐れて、不安を抱えて、ストレスを溜めて、体力を、精神を削って、そうしているうちに少しずつ少しずつ強靭さを手に入れていくのだ。

 ドリアードは純粋な心で、人間の心を駄目にする。


「そっか⋯⋯、頑張れよ」

「⋯⋯は?」


 しかし、悩みを応援してくれるとは、ついぞ聞かない話だ。

 ドリアードはどこまでも追い込んでくるはずなのにーーそのはずなのになぜ、ドリちゃんは頑張れよなんて言うんだ⋯⋯。

 新種かよ。

 だとしたら大発見だよ。不思議発見だよ。クリスタル人形もらえちゃうレベルだよ。


「待ってドリちゃん! 本分を全うしなきゃ! ドリアードとして!」

「してるさ。してるとも」


 ドリちゃんはニヤリと笑って、


「だけどお前は別だ」

「は⋯⋯話が見えないんだけど⋯⋯」


 なんだか悪寒がする。ドリちゃんを追いかけようという気もすっかり失せて、俺はただその場に立ち尽くした。

 視界を白で塗り潰していた濃密な霧が、まるで嘘のように晴れていく。数秒後には元通りのDザイヤの森が、そこには広がっていた。しかし周りには誰もいない。


「みんなを探さなくてはならんのう」


 なんとなくそんな風に呟いてから、とりあえず森の奥を目指して俺は歩き始めた。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんで泣いてんの?」


 数分後、俺は、道の真ん中でうずくまってすすり泣いているトリスを見つけた。たぶんドリちゃんと闘ってなんとか勝利したのだろう。正体がドリアードと分かっていても、抗うのは困難だったのだろう⋯⋯。


「組織液じゃぼけぇぇぇぇ〜!!」


 こんなに優しいアッパーカットは、この世に一つしかないに違いない。


「いつかの俺のボケをパクってんじゃねえよ」


 あれは中学校の卒業式だったか。

 懐かしいぜ⋯⋯。相も変わらずレベルが低い。


「オマージュじゃぼけぇぇぇぇ〜!!」

「同じじゃねえか」

「インスパイアじゃぼけぇぇぇぇ〜!!」

「パクリって言わなきゃ許されると思ってるだろ」

「リメイクじゃぼけぇぇぇぇ〜!!」

「リメイクなんだからとことん隅から隅までリメイクしてほしいよな」

「パロディじゃぼけぇぇぇぇ〜!!」

「パロディは面白い」


 俺とトリスは握手を交わして、残る二人の捜索を再開した。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯先生。何を食べてるんですか」

「⋯⋯? ⋯⋯⋯⋯にんじんしりしりですぴょん」


 先生は口の中の物を飲み込んでからそう言った。


「なんで道のど真ん中でにんじんしりしりを食べてるんですか」

「あ⋯⋯すみません。少しお腹が空いてしまって、つい⋯⋯。食べますか?」

「いりませんよ」

「あ⋯⋯そうか。口をつけてないのもありますけど」

「そういう意味ではないですよ」

「あ⋯⋯もしかして。にんじん嫌いですか?」

「嫌いではないです。好きでもないです。出されたら食べますけど」

「そうですか⋯⋯。サクラザカさんはいかがですか?」

「食べる〜!」


 トリスは腹ペコの犬のようにがっついた。そしてタッパーの中身を全て胃袋に落とした。


「ご馳走さま〜」

「あぁ⋯⋯、私のにんじんしりしりが⋯⋯」

「まだあるでしょうに。だからそんなに落ち込まないでくださいよ」

「ぷぅぅぅぅ〜⋯⋯」

「おならみたい」

「お前は先生に全身全霊で謝れ! ⋯⋯ところで先生、ミーツハートを見ませんでしたか? 俺たちと同じようにドリアードに連れていかれたみたいで⋯⋯」

「ミーツハートさんですか?」


 ティッティ先生は、ふるふると頭を横に振った。長い耳も、ぱたぱたと左右に揺れた。


「ということは⋯⋯」


 これまでの法則から推測されるのは、ミーツハートはドリちゃんによって、純粋な善意というか悪意というかドリアードの性質によって、さらなる奥地に連れていかれた可能性だ。そこでミーツハートも、俺たちと同じくドリちゃんとーー自らの悩みと格闘しているはずだーー


「ねえ、ミーツハートさんって、ドリアードのこと分かってなかったっぽいよね〜。これってちょいヤバげじゃない?」

「急いだほうがよさそうだな⋯⋯」

「⋯⋯行かせないよ?」


 と、俺たちの行く手を阻むドリちゃん。⋯⋯の、分身体か何かかな?

 必ずしも、ドリアードのことを分かっていなければ打ち克てないというわけではないけど、家出をし、偽名を使っているくらいだーー負ける可能性もゼロではない。正直に言ってしまえば、五分五分といったところだろう⋯⋯、少し焦っている自分がいる。


「ドリちゃん⋯⋯」

「⋯⋯ダメったらダメ」


 お願いだ。そこを通してくれないかーーと言おうとしたのだが、遮られてしまう。むむぅ⋯⋯これは強敵だぞ。


「⋯⋯吾輩の味方はこの森そのものだからね?」

「ドリちゃんの一人称って吾輩だったんですか!?」


 驚愕の事実に、思わず敬語になってしまった。

 吾輩って一人称は井伊時代創郎だけかと思ってたぜ。


「ーーじゃなくて。味方はこの森そのもの? じゃあ、ドリちゃんはDザイヤの森のボスってこと?」

「⋯⋯たぶん?」

「いや。可愛らしく小首を傾げられても⋯⋯」

「⋯⋯恐らく?」

「曖昧なリーダーなんだね⋯⋯」

「⋯⋯確か?」

「うん。これと似たやりとりはさっきやったよ⋯⋯」

「⋯⋯ふうん」

「ねえドリちゃん、やっぱり通してくれないの?」


 俺の後ろからトリスが訊ねると、


「⋯⋯ダーメ」


 と、ドリちゃんは即答した。

 してからーー「⋯⋯ん?」と、ドリちゃんは後ろを振り向く。森の奥で何か起こったのだろうか? それともーー


「⋯⋯吾輩、おうちに帰るね?」


 そう言って小さく手を振るドリちゃんの身体が、先程、俺たちを包み込んだ霧となって霧散した。

 ーー直後。

 濃霧の次は、地震だった。

 立っていられないほどの揺れに、ティッティ先生は地面に手をつき、トリスに至っては豪快に尻餅をついていた。

 しかしその地震は長引かず、三秒ほどでぴたりと収まった。地震、というよりは、何かの衝撃で生じた揺れに近いだろうか⋯⋯?

 とにかく、早くミーツハートの元に向かおう。そう二人に提案して、俺たちはDザイヤの森の奥へと急いだ。

 果たしてーー俺たちは、ミーツハートを発見した。彼女は疲労困憊といった様子で、息も絶え絶えに、しかししっかりと二本の足でしかと地面を捉えていた。

 広範囲にわたって蜘蛛の巣状にひび割れ、隆起し、陥没した地面の中心に、彼女のーーライム・ミケット・ミーツハートの姿はあった。

 周りの木々がことごとく倒され、地中に張った根が地上に露出している。そして乱れに乱れまくった地面には、何やらキラキラとしたものが落ちているーーそれは間違いなく、先程ティッティ先生に習った、ルカネーリの花の花粉だった。

 倒れた木々によって潰されたルカネーリの花びらと花粉が、辺りに散っていたのだった。

 俺たちの存在に気が付いたらしく、ミーツハートはこちらを見て、「にゃはは⋯⋯」と笑い、


「見てのとおり⋯⋯、妾の心配は不要じゃーー、何度も言っては、いるがな⋯⋯」


 言われずとも、ミーツハートのことは一ミリたりとも心配はしていない。

 俺は、Dザイヤの森の心配をしているのだから。

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