エクソシスト、はじめました。
クラブ活動を行っていない、いわゆる帰宅部である俺とトリスは、ホームルームが終わると部室またはグラウンドまたは体育館に向かうことなく家路に就く。真っ直ぐ寄り道せずに家に帰る。
友達を作ろう、と密かに決心したにもかかわらず何やってんだお前、と思われるかもしれないが、何やってんだよ俺、と俺自身強くそう思うのだが、しかし運動神経・運動能力共にパッとしない男子高校生など、果たしてどこの部活がほしがるだろうか。
『初心者歓迎!』ーーの文字が部活勧誘ポスターに躍っていたとしても、やはり求められているのは経験者であり優れた能力だろう。まあ、必ずしもそうであるとは限らないが。
時代はいつだって逸材を求めているのだ。ポンコツは必要ない。
ーーと、このように書いてはきたが、本当のことを言ってしまえば、日陰者の俺には、単に入部する勇気がなかっただけのことだ。
いきなり大勢と深く関わるなど、コミュニケーション能力に乏しい俺にはできっこない。つまらない奴だなあと思われ、あぶれるのがオチだ。
焦りは禁物。ゆっくりまったり確実に。
「急いては事を豚汁、とも言うしな」
「いきなり何? 真面目な顔して⋯⋯怖いんだけど」
「高校生活は三年間もあるんだ。気長にいこうと思ってな」
「三年間しか、でしょ? あっという間だって〜。そんな馬鹿みたいな顔してると、時代に置いていかれちゃうよ〜?」
「この顔はデフォルトだ」
「知ってるよ?」
「誰が馬鹿みたいな顔だ。冗談は顔だけにしろよ」
「じゃあ、どんな顔なの?」
「どんな? どんな、ってーー、⋯⋯つまらない顔だ」
「『つまらない』を具現化したのがジルくんなんだね〜。いやあ納得納得」
「自分の容姿を褒める奴がいるとすれば、そいつはただのナルシストだーー」
俺は立ち止まる。数歩歩いたところでトリスも立ち止まり、こちらを振り向いた。
「どったの?」
「あれ⋯⋯ミーツハートじゃないか?」
「はあ⋯⋯、いきなり何を言い出すのかと思えば。ミーツハートさん? ミーツハートさんがこんなところにいるわけーーいたぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!」
お笑いの見すぎだろ。振りが完璧じゃねえか。
「家の方向、同じだったんだな。それともどっかに向かう途中なのか⋯⋯」
「今まで見たことなかったもんね〜。でも歩きで登校してるってことは、お家も近くにあるんだよ、きっと」
「よし、尾けてみよう」
「お、おまわりさ〜ん! ここに不審者が! 不審者いますよ〜! きゃ〜きゃ〜!」
「ミウラチョ〜ップ!」
「あうち」
「トリス、お前は気にならないのか? ミーツハートの日常が。ミーツハートが普段、何をして過ごしているのかが、気にならないとでも言うのか!? 俺はめちゃくちゃ気になる! たとえおまわりさんに追いかけられようとも、必ずこのミッションをやり遂げてみせる!」
「クズだーーこいつ真性のクズだ⋯⋯!」
「じゃあお前は来ないのか?」
「行くに決まってんじゃ〜ん」
クズコンビがゆく、ライム・ミケット・ミーツハート尾行大作戦が今、始まるーー!!
果たして、二人の運命や、如何にーー!?
「壮大な風に言ってるけど、全然まったくそんなことないからね、わたしたちが今やろうとしてることは」
「気持ち作りだよ、気持ち作り。そのほうが気合い入るだろ? ほら、そろそろ行くぞ、ミーツハートを見失ってしまう」
「ミーツハートさんに気付かれないように、そろそろと、だね」
というわけでーー『そろそろ作戦』、開始します。
電柱の陰に隠れるという古典的なやり方で、ていうか普通に考えてそれしか身を隠す術はないのだが、ミーツハートの尾行をしながら俺の家、トリスの家を通り過ぎていく。この先も住宅街は続いている。どこかの店に用があるのならば、有名店舗が建ち並ぶ大通りに出るはずなので、やはりミーツハートは自分の家に向かっていると思われる。そう、思われる⋯⋯のだが、やたらと歩くペースが遅い。遅々として進まない。少し歩いては止まって、歩いては止まってを、もう何度も繰り返しているーーつまりは道草を食っている。
「にゃー」
ブロック塀の上で毛づくろいをしていた茶トラ猫が、ミーツハートのことを見てそんな風に鳴いた。
「にゃうーにゃーう」
そして、ミーツハートがそう応えていた。
「にゃうぅぅー」
「にゃはは⋯⋯それは災難じゃったのう」
と、楽しそうに笑うミーツハート。
「ミーツハートさんが自然に笑っているーー、一体あの猫にどんな災難が降りかかったんだろう⋯⋯」
「さあ⋯⋯好きな猫が他の猫と一緒にいたのを目撃してしまった、とかじゃないか?」
「猫社会もなかなか厳しいんだね〜。ーーあ、また歩き始めた!」
「うむ。では続けて慎重に行こう⋯⋯」
「イエッサ」
俺たちは追跡を再開した。
ミーツハートは出会う猫たちと会話をし、じゃれあいながら、ゆっくりとしたペースでゆったりと歩いていく。
ブロック塀の上に跳び上がって、そしてその上を歩いたり、樹になっている林檎を勝手に採って齧ったりと、風の吹くまま気の向くままの下校風景が、そこにはあった。
民家の前を通り過ぎた際、ミーツハートは犬に吠えられた。
「お勤めご苦労。だが安心せい。お主の家族に手は出さんからのう」
そう言うと、いかつい犬は吠えるのをやめるのだった。犬は番犬の役目を、しっかりとこなしていたのだ。
「昔は番犬にするためだけに飼っていたらしいからね〜。あ、そういえば知ってる? 最近になって、猫が犬に勝ったらしいよ?」
「犬は散歩とかしなくちゃいけないから、言ってしまえば、猫より飼うのがちょっと大変なんだよな。愛犬家はいなくならないだろうから、犬人気が衰退することはないと思うけど」
「ちなみにジルくんはどっち派?」
「俺は猫派」
「わたしは犬派だな〜。猫ちゃんにはちょっとしたタイガーホースが⋯⋯、猫ちゃんも好きだけどね」
「無駄話をしてるとターゲットロストしてしまうぞ」
「おっと、そいつぁいけねえや」
それから数分後。
驚いたことに、ミーツハートの家は、俺とトリスの家からそれほど離れてはいなかった。
ご近所、と言っていい距離に、ミーツハート宅は存在していた。
ライム・ミケット・ミーツハートーーライム・ミケット・カリオストロ。
王家の人間。王位継承権・第二位、ネーブル・ブリューゲル・カリオストロのお姉ちゃん。
家を飛び出し遠く離れた地で暮らしているとはいえ、ミーツハートは紛れもないお姫様なのだ。我らが一年D組の、猫姫様なのだ。文字通り。
使用人が何十人といて、身の回りのことは全てやってくれる。
食事は、一人では食べ切れない量が、毎食テーブルに並べられる。
極論を述べさせてもらうとーー何もしなくていい、自堕落な生活を一生していける、そんな環境が、常に、三百六十五日、整っている。
それが王族。
手を伸ばそうにも、平民は、平民として生まれたその瞬間から、決して触れることの許されない、高貴なる存在。
しかしネーブルは生まれの圧倒的な違いを持ち出すことはしなかった。
だから、これらは俺の勝手なイメージなのだろう。
王が死ねと命じたのなら死ななければいけない、というようなことは、少なくとも今の時代にはないのだろう。
しかし⋯⋯と、思う。
ミーツハート宅の門の前に立って、しかしこれは⋯⋯と、俺は思った。
曲がりなりにもミーツハートは王家の人間だ。カリオストロのプリンセスさんだ。
だというのに。どうして。
ーーなんで、今にも崩れ落ちそうなこんなボロ屋に、あいつは住んでいるんだ?
「⋯⋯き、きっとこれも寄り道なんだよ!」
隣で同じように唖然としていたトリスが、自分に言い聞かせるような感じで言った。
「うん、そうに違いない! ここには誰も住んでなくって、幽霊屋敷と化した建物に、ミーツハートさんが入っていったーーどうよこれ? ナイスな推理じゃない!? 真実はいつも一つなんだよ!?」
「ナイスな推理。と、言いたいところだけど⋯⋯俺もこれだけは信じたくないところではあるけど⋯⋯表札に『ミーツハート』と書いてあるのを見たらーー、信じないわけにはいかないだろ⋯⋯」
「ほんとだ⋯⋯これまたオシャレな文字だこと」
「ミーツハートは肝試し目的でこの建物に入ったんじゃない。この建物こそが⋯⋯ミーツハート・ハウスなんだよ⋯⋯何度も言うけど、絶対に信じたくはないが」
「わたしもそうだよ⋯⋯そうなんだけど、自分の目で見たものを否定するほど、わたしもひねくれてなんかないよ。ジルくんも知ってるでしょ? ーーわたしは受け容れる女、だってこと」
「なんだよ受け容れる女って⋯⋯時には拒めよ」
「わたしはジルくんみたいな人間にも心を開くよ?」
「誤解を招くような発言は慎め! 俺は真人間だ! フレェェエエエエエッシュ!!」
「じ、ジルくん⋯⋯」
こいつヤバイ、みたいな目で見てくるトリス。
なんだよ。いつもの軽いノリだろうに。悪ふざけだろうに。
「とまあ、ふざけるのはこれくらいにして。⋯⋯『そろそろ作戦』は、そろそろ終わりにして、そろそろお家に帰るとするか」
「う、後ろ⋯⋯」
「まあ、この事実を知って後ろめたい気持ちもあるが⋯⋯」
「じゃなくて⋯⋯後ろ後ろ後ろ!」
「ゲシュタルト崩壊しそうなくらい後ろって言うなよな⋯⋯」
言いながら俺は後ろを見た。大袈裟だなあ⋯⋯という雰囲気を纏っているように、もしかしたら見えるかもしれないが、そんなことはないーー努めて冷静さを保っているからそう見えるだけで、本当のところ、俺の心中は大変なことになっている。心の中は大わらわだ。意味もなく子供騙しな芝居を打つトリスではない。⋯⋯たぶん。そこに慌てふためく大きな理由が存在しているはずなのだ、俺の後ろに迫ってきている、ということのはずなのだ。
では、それはなんなのか。俺は振り向いた先にある何かを、見た。
言葉では言い表せないような不可思議な存在が襲いかかろうとしていた、ということはもちろんなく、そこに立っていたのは女性ーー、一人のハルプカッツェ人だった。
ライム・ミケット・ミーツハート。
だと、一瞬思ったが、そうに違いないそうに違いないと思い込んでいたためミーツハートに見えてしまったわけだが、まったくの別人だった。買い物をしたようで、手にはビニール袋がぶら下がっている。
「あの、すみません⋯⋯わたしの家に、何か用でしょうか?」
ピンクピンクしい人だった。全体的に。着ているスーツはピンク色。パンプスもピンク色。髪色もピンク色。ピンクずくめの彼女は、なんていうかーー桜の木から生まれてきた人みたいだった。
さて⋯⋯何か用か、かーー。ミーツハートさんを尾行していたら、ここに辿り着いた次第です、とは言えない。言えるはずがない。言えるはずがあるか。
「えぇっとぉ⋯⋯」
俺は言った。嘘を考えている反応として、眼球がギョロギョロとあっちこっち行ったり来たりしてしまっていることだろう。人間とはそういうものだ。そういう生き物なのだーー
「と、⋯⋯友達です! ミーツハートさんの!」
それを聞いたピンクの彼女ーーピンクレディーは、目を見開いた。
「姫様のーーいえ、ライム様のお友達でしたか⋯⋯。そういうことでしたら、どうぞお上がりくださいませ。汚いところですけど⋯⋯」
「いえお構いなく! 僕たちもう帰りますから!」
「僕になってるよ」
「⋯⋯? 学校は先程終わったのに、ですか? 時系列的に、それだと勘定が合わないのでは⋯⋯」
「み、ミーツハートさん! 寄り道に次ぐ寄り道で、なかなか進まないものですこら!」
「ですこらって何さ」
「⋯⋯? 一緒に帰ってきたのですか?」
なるほど、墓穴を掘るとはこういうことを言うんだな。
やっちまったよ⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯お邪魔します」
結局、尾行はバレずに済んだものの、ミーツハート宅訪問という危機を脱することができず、俺とトリスは玄関で靴を脱いで、女性ーーモモモさんに案内されて、居間に通された。
「「「あ⋯⋯」」」
俺、トリス、そしてミーツハートの声が、綺麗に重なった。
ミーツハートは缶詰めを持っていたーー今まさに中身を口に運ぼうとしている途中の姿勢のままで、入室した俺たちのことをじっと見つめてくる。
テーブルの上で、胡座をかいて。
何秒間、そうしていたことだろう⋯⋯。壁にかかった時計はカチカチと音の鳴るタイプではなかったけど、俺の耳の中では、確かに秒針の刻むカチカチという音が、決まったリズムで鳴り響いていた。カチ。カチ。カチ。カチ。
フォークの上に載っていた中身がポトリと缶詰めの中に落ちたタイミングで、
「何やってんだよミーツハートォォォォ!!」
「モンポチ⋯⋯モンポチィィィィ!」
「早まるな! ゆっくりそれを床に置け!」
「それに手を出したらダメだよお! いくらなんでもーーネコ缶はダメぇぇぇぇぇぇ!」
「サバ缶じゃ、ボケ!!」
うん。完全なる俺たちの早とちりだったらしい。そうだよな、いくら家がオンボロだからとはいえ、節約のために苦肉の策としてネコ缶を食事に取り入れるなんてことは、普通に考えてあり得ないよな⋯⋯。
ミーツハート、ネコ缶を食す!? 疑惑の後、俺たちの間には、これといった会話はなかった。なかったのだが、ただ⋯⋯ミーツハートの眉間には、ずっとシワが寄りっぱなしだった。うーむ⋯⋯、非常に怒ってらっしゃる。
「粗茶ですが」
これまた派手派手しいピンクのモーニングスーツに身を包んだモモモさんが、精緻なデザインが施された、見るからに十万は下らないであろうティーカップに、紅茶を淹れてきてくれた。
俺が今見ている周りの景色は、綺麗に掃除はされてはいるがやはりところどころガタがきている居間の風景は、もしかしたら幻なのかもしれない、というくらいにミスマッチだ。
「スコーンもご一緒にどうぞ」
アフタヌーンティーというよりは、時間帯的にハイティーだろうか。イメージのようなティースタンドはないが、これでも十分ご馳走に思える。
ミーツハートは、モモモさんをちらと見やって、
「⋯⋯モモモ。何故、こいつらがここにおるのじゃ。お主が招いたのか」
「いえ⋯⋯ライム様がお招きしたのではないのですか? けれども良かったですね、いいお友達ができて」
「はあ? こいつらが、⋯⋯かあ?」
「えへへ⋯⋯それほどでも〜」
「お主は黙っておれ。トリス・ローゼンクロイツ・サクラザカ」
そうだぞ。余計なことをするんじゃねえよ。ミーツハートの不機嫌度が、さらに増したじゃねえか。右肩上がりでうなぎのぼりじゃねえか。
「⋯⋯まあよい。下がれ」
ん? おや? まあよい? なんですと?
これを奇跡と呼ばずして、人は一体、何を奇跡と呼ぶのだろう。
「はい。では、ごゆっくりどうぞ⋯⋯」
恭しく頭を下げたモモモさんは居間から出ていった。また沈黙という名の静かな嵐が吹き荒れるーーのかと思ったが、そんなことはなく杞憂に終わった。
「夕食前ではあるが⋯⋯せっかく出されたんじゃし、食べるとするかのう。ほれ、お主たちも」
「ああ⋯⋯いただきます」
「いただきま〜す」
「⋯⋯? あれはやらんでよいのか。呪いの儀式は」
「だから呪いの儀式じゃないって。ただのお祈りだ。ーー軽食毎にやってたらキリがないだろう。一日三食に、ぎゅうっと濃縮させている、と考えてくれればそれでいい」
「わたしスコーン食べるの初めてかも。テレビでしか見たことないからさ〜」
「待て。そうではない」
スコーンを半分に割って、その上にジャムを塗り、クロテッドクリームを塗ろうとしたところで、ミーツハートが、
「ジャムとクロテッドクリームは塗るのではない。載せるのじゃ。山のように、てんこ盛りとな」
「へえ〜。そうなんだ〜」
トリスは言われたとおり、やりすぎなのではないか、というくらいに、ジャムとクロテッドクリームをこれでもかと盛った。トリス自身、冗談のつもりでやったようだけど、
「うむ。そうしたらガブリと齧りつき、すぐに紅茶を飲むのじゃ」
「りょ、了解⋯⋯」
まさかの正解だった。
そしてなぜか、トリスは緊張していたーーそう言う俺も、どういうわけか緊張してきたぜ⋯⋯。
「美味しい⋯⋯」
あ、本当に美味しいものを食べている時の顔だ。
どれどれ⋯⋯俺もスコーンをメイキングする。ーーガブリ。
「美味い⋯⋯」
恥ずかしながらコメントがトリスとまったく同じになってしまったが、食リポのように細かく細々と味を言葉で表現するよりも、感想はシンプルに直截的なほうが、伝わる時は伝わると思う。
語彙力がないとも言うが。
「ふん」
鼻を鳴らすミーツハートだが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「ーーで。何しにきた」
そのたった一言で、その一瞬で、和やかな空気が、ビキィィィィン、と、固まった。凍りついた。
「尾けてきたのか。⋯⋯だがしかし、お主たちの気配に気が付かなかった妾が悪いと言えば、悪いのであろうが。ーーで。何しにきた」
と、繰り返すミーツハート。こちらに向けられるは、絶対零度の視線。
吐くまで帰さないぞ、と気配が物語っている。
ふふふーーどうだ。ミーツハートは俺たちの気配に気付かなかったみたいだけど、俺はばっちり気付いたぞ。
まあ、誰だって感じるか、この殺意を孕んだ禍々しい気配。さすがに殺されはしないだろうけど、そう信じたいところではあるけど、体育館の時のように、また軽い感じで肩を外される可能性は、残念ながら無きにしも非ずなわけで。
ここは正直にいこう⋯⋯それが賢明な対処方法だ。
「⋯⋯ミーツハートはもう一つ、気付いてないことがある」
「ほう? 言ってみろ」
またこいつは口から出任せをーーというような気配が、隣から伝わってくる。
この様子だと、どうやらトリスのほうも気付いていなかったらしい。
尾行しようと提案した俺だが、本当の目的はそれではない。⋯⋯三割は、正直に言うとミーツハートのプライベートが知りたかったのだが、あとの七割は、別にある。
今日、ネーブル・ブリューゲル・カリオストロの王立シュテルンツェルト学園来訪によって、俺はミーツハートの『影』の部分に、少しだけ触れた。彼女は王族で。己の力不足から家を飛び出し。名前は偽名を使っていて。
それは絶対に褒められた行動ではないけど、俺はミーツハートのことが、ほんの少しだけ知ることができて、たぶんーー嬉しかった、のだと思う。
知人の闇の部分を知って喜ぶことは、果たしておかしいことなのだろうか?
おかしい⋯⋯よな。
俺はおかしい。変態だとも言えなくもない。でも。
だけど、それが俺なのだから、ジル・ヘルメス・ミウラという男なのだから、仕方がないじゃあないか。
開き直って、何が悪い。干物だって開いてあるしな。関係ないけど。なんにもかかってないけど。
俺はミーツハートの影を、垣間見た。
そして。
俺はミーツハートの影を、見据えた。
そして。
俺はミーツハートの影を、指差した。
「カゲカリが憑いている」
俺は言った。
「死ぬことはないがーー祓わない限り、一生、定期的に体がだるいままで生きていくことになる」
するとミーツハートの影に、ぎょろりと大きな二つの眼球が現れた。俺と目が合うと、その目が忙しなく泳いだ。隠れても無駄だが、カゲカリはやむを得ず影の中に引っ込んだ。
「⋯⋯どうすればよいのじゃ」
「なーに、簡単なことだって」
さしものミーツハートでも、だるだるの日々を過ごすのは勘弁してほしいようだ。元気がなくっちゃあ、頑張れるものも頑張れないからな。
それにしてもカゲカリか。実際に見たのはこれが初めてだ。もちろん祓うのも初挑戦。錬金術師として腕が鳴るというものだ。
カゲカリが憑いたらどうすればいいのか。
答えは簡単だ。
「みんなでピクニックに行こう」
な?
簡単だろう?




