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アルケミ・アルケマー  作者: 御手洗スガタ
18/19

アルケミープレゼンツ

「しまった、バイトの時間だ! と、そういうわけだから、BYE」

「お前バイトなんてやってねえだろうが」


 帰りのホームルームが終わって、クラスメイトが三々五々散っていく教室にて、さて帰ろうかと思っていた時に、トリスがそんなボケをぶっこんできた。

 これまでにはなかったことだ。だが、高校生になってからというもの、しょっちゅう、と言える頻度ではないものの、常に俺の傍にいるようなトリスが、一人でどこかに行っているようなのである。彼女を自分のモノのように束縛する彼氏ではないので、いちいちどこに行くのかとか問い質すようなことはしないのだが、最初の一度だけ、訊いたことがあった。その時は「こう見えてわたしも忙しいのだよ。色々とね」--と、そんな風に言っていた。まあ、高校生にもなれば、そりゃあ色々とあるだろうーー色々と。その色々とが上手く思い浮かばないんだけど、トリスの人生はトリスのものだ。引き留めることはしない。


「ばれたか。実は最近、世界を守る活動にはまっててさ~。ジルくんもどうよ? ボランティアで救世主やってみない?」

「んー……トリスに任せる。どうかこの世界を守ってくださいませ」

「ああ……この命に代えても、必ずーー必ず守ってみせるからね! では、さらばだ!」

「光に満ちた明日、また会いましょう」


 ふざけた挨拶を済ませると、トリスは駆け足で教室から出ていった。たとえヒーローだとしても、廊下を走ってはいけません。

 ……そうすると、帰りはミーツハートと二人か。

 でも、あの後、ティッティ先生の錬金術研究所がどうなったのかも気になるところだ。何か困っていることがあれば、ぜひ手伝いたい。


「……あ? なんだこれ?」


 学校指定のリュックサックを机の上に置いた俺は、ここには存在するはずがない、ある物体を発見した。

 ある物体ーーそれは、魔法少女パピリリカのストラップだった。風の魔法をその身に纏った、マジックウェア・ウインドの姿をした理華と、片翼の天使パピリが一緒にいるストラップだ。


「な……なにゆえここにある……?」


 意味が分からない。

 確かに、これと同じストラップは、持っている。が、しかし、フィギュアやポスターなどとは別に、こういった小物系は、魔法少女パピリリカグッズ専用の棚に大事に保管しているはずだ。それに、リュックサックにつけた記憶がない。魔法少女パピリリカのティーシャツを着て学校に来るようなこともしないので、ストラップもつけるはずがないのだ。

 俺はストラップを凝視する。

 理華とパピリが見つめ返してくる。

 ひとりでに動いた? ……わけではないのは分かっているが、それくらいしか考えられない。

 しばし、昨日今日の俺の行動を思い返してみる。一コマ一コマ、フィルム映像を、入念に確認していく。

 しかし、俺がストラップをつけたシーンはなかった。問題のあるシーンは多々あったが……。


「まあ……、いっか」


 たぶん、壮絶な寝相で寝ている間に自分でやったのだろう。色々と大変だったからな……それで気付かずに登校してきた、と。あり得ないことだが、悶々と考えていても仕方ない。

 そう自分の中で決着をつけて、俺が立ち上がったーーその時だった。

 クラスの男子が「うおっ!?」という声を上げたので、そちらを見てみると、どうやら悪ふざけで友達に足をかけられたらしく、危うく転びそうになっているところだった。

 足をかけられたそのクラスメイトは、今日の掃除当番のようだ。というのも、教室のゴミ箱を抱えていたからだ。

 足をかけたほうも、単に笑いを求めての行動だったのだと思う。連れの男子たちも、爆笑の準備はできている、というような表情をしていた。こけそうになったクラスメイトの反応、表情を見て笑ってやろうーーと、そんな風に思っていたに違いない。

 ただそれだけの理由……、ではあるのだろうが、だが少しだけ、考えが足りなかった。この後の展開を、彼らは読み切れていなかったーー

 声を上げた男子が抱えていたゴミ箱は、その手を離れ、綺麗な弧を描いて飛んでいく。人間、誰しも転びそうになったら顔を守ろうと地面に手をつこうとするものだ。そのためにはゴミ箱が邪魔だ。反射的に、彼はゴミ箱を放り投げてしまった。

 中身が空中で散らばることもなくーーまるでスローモーション映像を観ているかのように、俺はゴミ箱の行方を追うことができた。がやがやと賑やかだった教室に、その瞬間、静寂が訪れた。みんなの視線が宙を舞うゴミ箱に集中しているのを、なんとなく感じる。その行方を、何をするでもなくただただ見守る。見守ることしか、できない。かく言う俺も、その一人だった。

 放物線を描いて飛んでいったゴミ箱は、教室の中央付近に落下した。

 そこに座るアサガヤさんの上に、落下した。

 すぽーん、と頭にかぶる形で、落下した。

 ゴミ箱の中から、紙くずなどの燃えるゴミが、落下した。

 教室の静寂は継続中だが、廊下からの喧騒は復活した。

 足をかけたほうの動揺が、ここまで伝わってきた。

 足をかけられたほうは、事の重大さに遅まきながら気付いてゴミ箱を静かに回収し、紙くずを急いで拾い、教室から出ていった。

 アサガヤさんの頭の上には、細かいホコリなどのゴミが、のっかったままだ。

 --と、その時、アサガヤさんの前の前の席のミーツハートが、俯いて動かないアサガヤさんの目の前に立って、


「にゃははははははははははははははははははははっ!!!!」


 指差し、哄笑。


「ご、ゴミ! ゴミ女だにゃ! ぷふふっーーにゃっはははははははッ!! これは傑作だにゃあ! ゴミ箱をかぶった! ゴミをかぶっておるわ! にゃははっーーいやあ、しかし、なんとも見事な放物線を描いて、すっぽりとはまったものだにゃあ。映像として記録していなかったことが悔やまれるのう。それくらいのはまりっぷりじゃった。のう、お主らもそう思うじゃろう?」


 周りに振るも、その反応は微妙なものだった。当たり前だ。

 楽しんでいるのは、お前だけだっつーの。

 クラスで目立つのは極力避けたい、なんて言ってる場合じゃないーー俺は暴走するミーツハートを止めるべく、アサガヤさんの隣に立つ。


「もういいから、あっち行ってなさい。しっしっ」


 追い払うジェスチャーをすると、ミーツハートは眉をしかめた。いや、しかめたいのはこっちだから。

 マイペースも甚だしい。心臓に毛が生えている、と言うけど、バンダースナッチのような剛毛に違いない。

 いじめ、とかじゃなくて、ただ純粋に面白がってるだけなんだよなあ、こいつ。心の赴くままに、今はアサガヤさんのことをいじり倒したいだけ、なんだよなあ……。


「ほほお……?」


 眉をしかめたかと思うと、ミーツハートは凄惨な笑みを浮かべて、顎を上げた。めちゃくちゃ見下されている感じだ。片方の手を腰に当てている立ち姿も、根っからの悪っぽい。


「……………………な、なんだよ。黙ってないで、なんか言えよ」


 また、殴られたいのか、とか言ってくるに違いないと思っていたのだが、それっきり一言も喋ろうとしないので、俺はとりあえずそう言ったーー果たしてミーツハートは。


「お主、さてはそやつのことが好きなんじゃな?」


 ーーと、言ったのだった。


「好き……って。ーーーーーーーーーー………………はああああ!?」


 完全に不意を突かれた俺は、ミーツハートの言葉を反芻して反芻して反芻してーー、そうしてようやくその内容を理解した。

 俺が、アサガヤさんに好意を抱いているって!? そんなこと! そんなことは!

 ……ないはず? いや違う! これは恥ずかしいだけだ!

 漫画やアニメなんかでは、他人に教えてもらうことで、そこにきてようやく自分の中にくすぶる淡い気持ちの正体に気付くものだけど、俺には当てはまらないに決まっている!

 これはミーツハートの謀略だ! 言葉の暴力だ!


「なっ……何言ってんだよ! そんなことあるわけあるか! 俺はアサガヤさんのことなんて、これっぽっちも好きなんかじゃねえ!」


 あ。と思った。その時には、もう遅かった。

 ガタッ! と音を立てて立ち上がったアサガヤさんは、リュックサックを持ち、走って教室から出ていってしまったのだった。

 これは……非常にマズい。


「追ったほうがよいのではないか?」

「ミーツハートの馬鹿たれがッ!」


 言われなくても分かっている。俺はリュックサックを持って教室を出る際、そのようにミーツハートを罵ってから、アサガヤさんの後を追った。

 すぐに追いつけるーーと思っていたが、意外と足が速い。でも、行き先はなんとなく推測できる。シャワールームだ。階段を滑るように下りると、一瞬、シャワールームに逃げ込むアサガヤさんの姿を見つけた。

 さすがに中へは入れないので、廊下から声をかけるーーといっても、どう切り出したらいいんだ……? とどめを刺したのは、俺みたいなものだし……。


「分かってます……」


 シャワールームの中から、アサガヤさんの声が聞こえてきた。


「分かってますから……ミウラさんは、何も悪くありません……悪いのは、ボケっとしていたわたしなんです……」

「いや……その……ミーツハートが言ってたことは……」

「それも分かってます。分かってますから……何も言わないで、ください……何も」


 と、言われても、この重~い空気に耐えられるほど、俺の心は強くなんかない。

 俺の口が、気まずい場面を打破すべく、勝手に動いた。


「あ……『アルケミープレゼンツ』、行かない?」


 アルケミープレゼンツは、『錬金術のことなら、なんでも揃う。』がキャッチコピーの、錬金術関連商品を扱う商業施設だ。高校生の男女が行くようなところではない。カップルならばなおのこと、幻滅されて、はいさようなら。

 思いついた言葉を考えなしに言ったとはいえ、とんでもない提案だった。

 嫌な汗が止まらない。

 アサガヤさんは今、壁の向こうで何を考えているだろうか……?


「……はい。ですがまず、シャワーを浴びさせてください……ミーツハートさんの言うように、頭にゴミをかぶっているので……」


 少しの沈黙の後、そんな返答があった。


「え? あ! ……うん」


 なんだか、変な展開になってきたなあ……。

 アサガヤさんがシャワーを浴びている間、俺は廊下で待っていた。

 玄関とは反対側なので、誰も通らない。シャワールームの中から、なんとも生々しい衣擦れの音や、シャワーの音が漏れてくるーーいやいや! いやらしいことは考えてないからね!? 耳を澄ませてなんか、絶対にないんだからね!?

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 ーー数分後。

 たぶん、俺に気を遣ったのだろう、あまり時間をかけたくなかったのか、肩にかかるくらいの長さの髪の毛は、まだ少し濡れていた。風に乗って、花の香りが届いた。シャワーを浴びたからか恥ずかしがっているからか、頬を紅潮させて、上目遣いでちらちらとこちらを見てくる。

 ……何この可愛い生き物?


「……何この可愛い生き物?」

「え……? なんですか?」

「じゃあ行こうか! アルケミープレゼンツへ!」

「あ……はい……」


 漏れ出た心の声は、大声とハイテンションで完璧に誤魔化した。

 本当はサポート役としてトリスかミーツハートを連れて行きたいのだが、トリスは世界を守るのに忙しいし、今はアサガヤさんにミーツハートを会わせるわけにはいかないので、アルケミープレゼンツへは二人で行くことにした。

 学校を出て、バスに揺られること十分ほどで、目的地に到着した。ビルとビルの間に挟まれた、五階建ての商業施設ーーアルケミープレゼンツ本店だ。一階と五階、屋上が駐車場となっているので、俺たちはまず二階フロアに向かった。

 自宅から近いこともあって、俺は頻繫に訪れている。ゲームセンターとか、ショッピングモールとかには、あまり興味がない。魔法少女パピリリカ関係の時くらいしか、そういった娯楽施設にはいかないという、信じられないほど面白みのない人間だ。

 アルケミープレゼンツで錬金術用品などを物色しているほうが、俺には楽しいと思えるのだった。正直、かなり変わっているとは思うけど。

 自社で開発も行っていることから、新商品も続々と登場してくる。毎日来たとしても、飽きないだろう。

 二階部分は、比較的、小物類が多い。フロアの隅のほうにはフードコートもあるので、食事目的で来店する客も、中にはいるらしい。

 錬金術用のグローブをはじめ、マスクや素材を保管する瓶、壺などを見ていく。そのラインナップの多さときたら……くぅぅぅぅぅ! たまらん! テンションを抑えるので精一杯だ!

 分からないよなあ……この気持ち。分かりたくは、別にないだろうけど……。


「この壺……」


 と、アサガヤさんは色鮮やかな、少々値の張る壺を手に取った。楽しんでいるのは俺だけかと思っていたが、存外、アサガヤさんもそこそこ満喫しているようだった。


「綺麗な壺……だけど、俺にはちょっと手が出ない値段かなあ……機能性とかを考えると、やっぱり高い物を選ぶべき、なんだろうけどさ」


 安い物をチョイスして、使ってみて失敗したという経験が結構ある。値段が高いのには、やはり理由があるのだ!


「綺麗……ですか」

「? 綺麗……じゃないかなあ?」

「そう、ですよね。……はい」


 ん? なんだろう、納得していない? 価値観は人それぞれだけど……、もしかしたら値段のほうに話題を向けるべきだったのかもしれない。


「そういえばミウラさんって、錬金術をする時にグローブをしていましたよね」

「あー、うん。学生では少数派だけど、小さい頃からしてたし、それにプロっぽく見えるだろ? ほら、少年野球で、バッティンググローブをつけたら打てるようになるかもしれない、みたいな」

「そうだったんですね……。あの、よかったら、なんですけど……わたしのグローブを、ミウラさんが選んでくれませんか?」

「俺が? アサガヤさんのを?」

「はい。これを機に、使ってみようかなあ……なんて。わたしも、もしかしたら上手くなるかもしれませんし……錬金術」

「いや、アサガヤさんは十分上手いと思うけど……でもそういうことなら、俺でよければ」

「ほ、本当ですか!? はい、ぜひ! よろしくお願いします!」


 そんな期待に満ちた視線を向けられても……。これはかなりのプレッシャーだぞ……。

 と、いうことで、本日二度目のグローブ売り場。

 むう……女子のグローブーーいや、女の子が身につける何かを選ぶということが、まさかこんなにも難しいミッションだったとは思ってもみなかった……。まずは俺がしているような暗~い色は除外するとして、アサガヤさんはどういう色が好きなんだろう……?


「ちなみに、好きな色とかは?」

「いえ。ミウラさんが選んでくれたものであれば、わたしはなんでもいいですよ」

「そっすか……」


 主婦でいうところの「晩ご飯、何がいい?」「なんでもいい」現象である。なるほど、確かにこれは困る。

 グローブだけで三十種類、カラーバリエーションを合わせると、その三倍以上にもなる。会社が掲げるキャッチコピーに誠実だ。

 アルケミープレゼンツ。

 錬金術のことなら、なんでも揃っている……。

 アサガヤさんは、大人しそうな雰囲気……というかトリスとは真逆の人種だけど、身につけているアクセサリーなんかは、意外と華やかだ。だったらそこに合わせるのは明るい色だろう。

 素人ながらそう推測し、俺は商品に手を伸ばす。


「じゃあ……これなんかどう?」


 俺が手に取ったのは、黄色い花柄のグローブだった。カチューシャとも合っていて、なかなかのチョイスだと思う。

 グローブを受け取ったアサガヤさんは、口を半開きにして、しばらくじいっと見つめていた。俺のセンスに愕然としているのだろうか……?


「うん。別のがいいよね。アハハ」

「いえ! そんなことありません! わたし……大事にします。このグローブ……」


 言って、アサガヤさんは俺が選んだグローブを、胸の前で優しく握った。

 どうやら無理をしているわけではないようなので、とりあえず気に入ってくれたみたいなので一安心。


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……値段のほうが、こちらとなっております……」

「あう……」


 グローブのラインナップの中では、中の下くらいの値段だった。高校生の懐事情に大打撃を与えること間違いなしの、ずばり四千五百八十円也。ーー税抜き価格。

 アサガヤさんは、しばしプライスカードとにらめっこしていたが、


「か……買います!」


 と、高らかに宣言したのだった。おお~。と俺は拍手せざるを得ない。その武勇に感服だった。

 アサガヤさんだけにお金を使わせるのもなんだか忍びないので、俺も数点、素材を購入した。でもさすがに五千円には届かない。何かを買った、という事実ができただけで、俺の気持ちはいくばくか楽になったので、それでよしという自己満足で決着をつけた。

 二階をあらかた回った俺たちは、次に三階へと向かった。ここは家族と相談して購入するような大型の商品で溢れているので、流し見していく。値段のほうも大型が多い。多機能の机や、素材の品質を保つためのカーテン、除湿乾燥機などが並んでいる。この素材専用の、見た目はドラム式洗濯機のような乾燥機を使えば、品質は自然乾燥よりは劣るが、マンドラゴラなどの乾燥を短時間で仕上げることができるのだがーー目に毒なので値段は見ないことにした。


「あれ……ミウラさん、これって……」


 アサガヤさんは俺のリュックサックにぶら下がっている魔法少女パピリリカのストラップを手に載せていた。


「ああ……普段はつけてないんだけど、なぜか今日はついてたんだよね」

「ええーっと……そう、なんですね」

「ほら、前に言ってたアニメのキャラクター。魔法少女パピリリカっていう、日曜日の朝にやってるやつの主人公」

「へえ……あれって小さい女の子が観るアニメだと思ってました」

「ターゲット層はね。でも意外と深いんだよ。軽く小一時間、語ろうか?」

「えっと……また今度で」


 やんわりと断られた。

 そんなこんなで、四階へ。ここはアルケミープレゼンツで、フードコートを除けば唯一、女性ウケしそうなフロアだ。

 素材採取・愛玩動物のコーナー。

 錬金術で使う素材を分けてもらうために飼う動物で、四階は占められている。動物病院もあるので、万が一病気になったとしても安心だ。


「うわあぁぁぁぁ……」


 アサガヤさんは、愛嬌たっぷりの動物たちにもうメロメロだ。俺もにやけっぱなしでだらしないことこの上ない。

 クリアケースの中では、マーナガルムの赤ちゃんがぬいぐるみをかじって遊んでいた。もこもこの毛に、くりくりとした目。やはりオオカミの仲間ということもあり、足や耳、尻尾などが犬よりも太くたくましい。目も少し吊り上がっている。しかしそこが可愛い! 襲われてみたい!

 マーナガルムという名称の下には、この子の様々な情報が書かれていた。生まれた日付、性別(この子は男)、性格(この子はやんちゃ坊主らしい)、ワクチンの投与の有無、ブリーダーの名前やどこで生まれたか、などが明記されている。値段は……二十万円。まあ、一つの命を買うーー預かると考えたら安いものだ。しかもマーナガルムの毛や爪などもいただけるとなると、もはやタダ同然ではないだろうか。今度ハルフゥに相談してみようかなあ……。


「あのっ……ミウラさん」


 隣のケースでぐっすり眠っているケット・シーに癒されていると、アサガヤさんがおどおどした感じで言った。


「昨日の夜ーー正確には今日の夜、なんですけど……何か変わったこととか、あ……ありませんでしたか……?」

「変わったこと」


 うーん……と、とぼけてみせる。

 まあ、アサガヤさんはあのことを仄めかしているんだろうけど。


「家族ができたこと……かな」

「家族? ……その、ペットを家に迎えたっていう意味ですか?」

「ペットではないし、正確に言えば人でもない」

「???」


 アサガヤさんは盛大に首を傾げている。

 眠っていたケット・シーが目を覚まし、背伸びした。


「なんでそんなこと訊くの? まるで俺の身に起こった、その変わったことっていうのがなんなのかが、アサガヤさんには分かっているみたいに……」

「それはっ……」


 なるべく自然に、日常会話を意識したのだが、アサガヤさんから伝わってくる緊張が、ますます増したようだった。

 そんなアサガヤさんを心配しているのか、マーナガルムがクリアケース越しに心配そうな視線を向けていた。

 俺はアサガヤさんの発言を辛抱強く待った。

 アサガヤさんの口から、何か言いたげな気配が何度も感じられた。言いたい、けど言えない……。でも、俺からはもっと言えないことだ。責められている、と感じてほしくはないからだ。

 悪いことをしたなら自分から謝ること、ではないけども。

 俺は、アサガヤさんの口から聴きたいのだーー俺の身に起きた変わったこととはなんなのかを、アサガヤさんのほうから、告白してほしいんだ……。


「わたし……」


 やがて、アサガヤさんは言った。

 俺は彼女のほうを見る。

 アサガヤさんは、胸の前で手を強く握ってーー目には涙が浮かんでいた。

 勇気を振り絞って。絞り出すように。

 わたしがーーと。

 アサガヤさんは、告白する。


「わたしが、ミウラさんたちを襲った……連続通り魔事件の、犯人なんですっ!」

「……………………」


 正直、そこまではっきりとした告白は望んでいなかった。奇跡的に周りに客や店員がいなかったとはいえ、明らかにやばい発言だった。

 アサガヤさんはぷるぷると小刻みに揺れている。

 俺の身体も、痙攣に似た揺れを起こしているようだった。

 アルケルールブックに載っていない錬金術を何度も行った俺と。

 軽い怪我を負わせるだけ(っていうか俺、殺されそうになったんですけど)の連続通り魔事件の犯人であるアサガヤさん。ルカネリ・ファウスト・アサガヤさん。

 そんな二人が向かい合い、見つめ合い、そして震え合っている。

 一体なんなんだ、この状況。神様は俺たちに何を求めているんだ。

 何か言わなければ……何か言わなければいけない気がする!


「お……俺にできた家族っていうのは! 俺が錬金術でつくった……人間のことなんだ!」


 と、俺は言った。

 ……血の気が引く、って……こういう感覚を言うんだなあ……。頭に上っていた血が、一気に引き潮のように……サァァァァーーっと。

 周りを確認する。客や店員の姿は、なかった。聞いていたのは、プリティー極まりないこいつらだけのようだが……。しかしついにアサガヤさんにも知られてしまった。

 それを聞いたアサガヤさんは、ぽかーんとしていた。


「--ふふっ」


 と思ったら、アサガヤさんは口に手を当てて、突然笑いだしたのだった。その笑いは抑えるどころか、次第に大きくなっていった。

 アサガヤさんって、こんなに快活な笑い方をするんだなあ、と思うくらいに、明るい表情をしていた。今度の涙は笑いすぎによるものだろう。あまりにも笑うものだから、こっちまでおかしくなってきてしまった。

 アルケミープレゼンツの店内で爆笑する少年と少女、である。

 どこのツボが刺激されたのか定かではないが、俺とアサガヤさんは、いつの間にか近付いてきていた店員さんがいるにもかかわらず、しばらく笑い合った。

 店員さんは、やばい奴がいると思ったに違いないーーそういう目で、こちらをちらちら見ていた。

 だが、そのとおり。

 俺とアサガヤさんは、正真正銘の、やばい奴らだった。

 とんでもない秘密を抱えた、ボーイミーツガール……あれ? ボーイミーツガールって少年と少女、って意味だよな? う~ん……ま。

 今は笑うとしよう。

 笑って笑って笑い尽くそう。

 わけも分からず脇目も振らず、人目も気にせずただただ笑おう。

 もう、恐いものなんて何もない。

 なんて……そんな風に、俺たちはこの時、思っていたのかもしれない。

 その証拠に、アルケミープレゼンツを出る時、俺たちは一陣の風となった。

 もうここには来られないーーと、後になって尋常ではない恥ずかしさと後悔が襲ってきた。もう死んだほうがマシだーーとさえ。

 しかし、頭が冷えてきて、冷静になると、やっぱり考えてしまう。

 一体これからアサガヤさんのことをどうするべきなのか、ということだ。

 連続通り魔事件(俺の場合は殺人未遂事件だけど)の犯人として警察に突き出すか……。普通だったらそうするべきだ。現に被害に遭った女性がいっぱいいる、アサガヤさんは被害者に謝って罪を償うべきだ。それが、俺が取るべき普通の選択肢。だけど……。だけど!

 普通、できないだろ! そんなの! 自分のクラスメイトを警察に差し出すなんて。一緒に錬金術用品を見て回った女の子を見捨てるなんて。同じ……秘密を抱えた者同士、馬鹿みたいに笑い合った仲なのに!

 見捨てることなんて、できっこない。俺は、考える。俺はーー

 俺は、アサガヤさんのために、一体、何ができるんだろう?

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