まとわれアサガヤ
「突然ですが、家族が増えました」
「誰との!?」
「お主も隅に置けん奴じゃのう」
「わたしの目を盗んでか! いつそんなタイミングがあった! ーーハッ。まさかハルフゥと!? ハルフゥとやっちゃったのか! それってもはや近親そーー」
「はいはい! 私語は謹んでちょうだいね!」
と、そう注意してきたのは、包容力のありそうな生物学の担当教師だ。
あの後。ゴミの化け物に襲われ、ドクトリンに窮地を救われたその後、俺はハルフゥに課せられたミッションを見事やり遂げたのだが、本当に大変だったのはそこからで、扉などを完璧に修理し終えてリビングダイニングで優雅に紅茶を飲んでいたハルフゥに、事の経緯を事細かに報告するという、地獄の刑が待っていたのだった。俺とドクトリンは正座させられ、ハルフゥはカップ片手に脚を組み、冷たく細められた視線で全てを吐かせにかかってきた。別に隠すべきことは何もないので、戦々恐々としながらも、訊かれたことに対しては丁寧に受け答えした。
地下室であったことを、洗いざらい、白状した。
制服をぼろぼろにして帰ってきた本当の理由については、さすがに伏せておくことにして、とりあえずは盛大にすっ転んだことにしておいたのだが、たぶんハルフゥには噓だとばれている。しかし冷め切った目を向けてくるだけで、新しく買い替えたほうがいいのでは? と思えるようなズタボロ制服を、十分程度という短時間で見事に修繕してくれた。できるメイドと認識してはいたが、まさかここまでの手腕だとは思っていなかった。
俺の分のケーキを食べられても、これだけ迷惑をかけては何も文句は言えない。しかしそれから数時間後、いつもの時間に起床して、いつものように朝の支度をした後、喉の渇きを潤すため冷蔵庫を開けると、そこにはちゃんと俺のケーキが残っていた。恐らく俺が学校に行ったら食べるのだろうが、しかしお皿を洗っていたハルフゥが、
「それはドクトリンの分だから」
と、そういうことらしい。まあ、今回ばかりは致し方あるまい。
そのドクトリンはというと、今日はハルフゥと一緒に眠ることとなった。
「家族が一人、増えたみたいね」
少し遅れて起きてきて、一人で朝ご飯を食べているドクトリンを見て、ハルフゥはそんな風に呟いていた。
俺も……そう思った。ドクトリンがいることが普通であるような、ずっと同じ生活をこれまで続けてきたかのような、奇妙でもあり、とても心地のいい感覚。
ドクトリンにはハルフゥとお留守番してもらうことになった。学校に連れていくわけにはいかない。もちろん編入させるわけにも、またいかない。もしドクトリンの素性がバレでもしたら大混乱間違いなしだ。俺の人生が完璧に終わってしまう。
最初、ドクトリンは俺についていくなどと言うのではないだろうかと心配していたのだが、そのようなごたごたはなく、ドクトリンは玄関先まで見送りに来てくれた。その時の笑顔が気にならないではなかったが、勝手についてきている気配がないので、たぶん大丈夫だろうとは思っている。ドクトリンの能力については、未だ未知数なのだ。
--そして現在は、生物学の授業。
マイクロバスで移動、マンドラゴラの栽培ハウスにて。
俺が、なんの説明も前触れもなく藪から棒にそう切り出したところ、トリスとミーツハートが(主にトリスが、だけど)食いついてきて、授業の妨げになるため先生のお叱りを受けた……という次第だった。
ハウスと聞くと蒸し暑いイメージだが、通気性は抜群でそんなことはなく、主に鳥の侵入や雨風を凌ぐという目的で使われている。マンドラゴラの栽培方法も、直接地面に植えるのではなくて、俺でいうと腰辺りの高さで作られた棚に土を敷いて、そこに植えつけることで水はけが良くなり、余分な水分を吸収させないようにしている。マンドラゴラの栽培には、非常に繊細な作業が求められる。手間暇がかかるため、お値段もそれなりだ。乾燥させて粉末状にし、すぐに錬金術で使える状態のものだと、高校生の懐事情ではとても手が出せない代物だ。
「ハルフゥのお腹、膨れてるようには見えなかったんだけどお……!?」
先生に怒られたにもかかわらず、トリスは囁き声でそう訊いてきた。
「そういうことじゃないけど、ここで細かい説明はできない。とりあえず報告だけしておこうと思って」
「気になるよ~! 気になって気になってしょうがないよお~! 細かいことが言えないんだったら、なんで今言うかな~! 馬鹿なのかなあ~!」
「いや、夜のこと、気になってるだろうと思ったから? 早く教えてあげたほうがいいかなあ~……と」
「はい! それでは、ミウラさんに答えてもらおうかな!」
「え……?」
一年D組にミウラさんは一人しかいない。俺だ。
ふくよかな先生の視線が、間違いなく俺に向けられている。
しまった……完全に聞きそびれた……。
「マンドラゴラを地面から抜くとどうなるか、……です」
俺が狼狽えていると、左隣のアサガヤさんが、ぽそっと教えてくれた。
「えーっと……マンドラゴラを抜くと、マンドラゴラは、人間には理解不能の、呪いの言葉を唱えます。一般的には、呪いの言葉を五分以上聞くと死に至る……と言われています」
「素晴らしい! 完璧な解答です! パーフェクト! みなさん、ミウラさんに、盛大な拍手を!」
ぱちぱちぱちぱちーー意外と大きな拍手が起こった。めちゃくちゃ恥ずかしい……。けど、嬉しいっちゃあ、嬉しい。
「ありがとう、アサガヤさん……」
「あ、いえ……当然のことをしたまで……ですから……」
「ホント、ジルくんってば錬金術関係だけには強いんだから」
「ほっとけ」
言ったところで、ぱちん! と手を打つ音。先生だ。
「はい! では実際に収穫してみましょうね! 引き抜いたらすぐに、トンカチで頭をごん! 気絶させてあげましょう! そうしなければ、呪いの言葉で死んでしまいますからね! はい! では引き抜いて!」
先生の言うとおりに、目の前に生えているマンドラゴラの葉っぱを掴んで、一気に上げる。僅かな抵抗感。
土の中から現れたマンドラゴラの太い根っこは人の形をしていて、シワや窪みが顔に見える。僅かにうねうね動いているところが、また気持ち悪い。
そして先ほど俺が答えたとおり、マンドラゴラは土の中から引き上げられると、人間には理解できない呪いの言葉を口にする。
「お゛……お゛お゛……お゛お゛お゛お゛お゛……」
ーーと、アスファルトの上でトランクケースを引きずりような、海鮮市場のセリで聞くおっちゃんのだみ声のような、呪いの言葉。五分以上聞いていなくても、船酔いにも似た症状に襲われることになるので、即座に気絶させなければならない。
「はいはい! 早くトンカチで頭をがん! 急がないと死んでしまいますよ!」
栽培ハウス中に野太い声が充満している。室温が急上昇したみたいに、暑苦しいーーこれも呪いの言葉のせいだろうか。そうだとしたらまずい。
俺は事前に渡されていたトンカチで、呪いの言葉で殺しにかかってくるマンドラゴラの顔めがけて思いっ切り振った。すると、「お゛っ……」というのを最後に、マンドラゴラは沈黙した。しかし動いてはいるので、気絶しただけのようだ。
「そしたら、念のため葉っぱも取っちゃいましょう!」
そう言うと、先生はマンドラゴラの葉っぱを引き千切った。こうすることでマンドラゴラの生命活動は完全に停止するのだが、……じゃあ、なんで殴った? 殴られ損じゃないですか。
「良心が痛むのう……どれ、もう一回」
「明らかに殺戮を楽しんでんじゃねえか! やめてあげろ!」
「はい! マンドラゴラは粉末にして使う素材なので、これからじっくり一ヶ月かけて乾燥させていきます! マンドラゴラは意外に手間と時間のかかる素材なんですね! 乾燥機を使うという手もありますが、ここでは教育のため自然乾燥に任せています。そのほうが、より良い品質の素材が出来上がりますしね! まさに一石二鳥! そうしたら、マンドラゴラの首に紐を巻きつけて吊るしますので、外に移動しましょう!」
……首を吊る大量のマンドラゴラの光景を、俺は一生忘れないだろうーー。
「これから飼育舎に移動しますので、バスに乗ってください!」
先生の指示に従って、俺たちはマイクロバスに乗り込んだ。運がよく一番後ろの席だ。二人席だとどうしてもミーツハートと離れてしまうから、今日はついている。補助席で並ぶという選択肢もあるが、いちいち順番を待つのも憚られる。普段から誰よりも最初に乗ることを意識しておけばいいのかもしれないが、クラスの中では、俺はそんなにがっついている奴ではない。十回のうち一回、くらいがちょうどいい。
一番後ろの席には四人が乗れる。従って右からミーツハート、トリス、俺、そしてアサガヤさんというポジショニングになった。
全員が乗り込んだのを確認して、バスは発進した。
トリスはミーツハートと女子っぽい会話をし始めたので、男子としては入りようがない。『つや玉』ってなんじゃいな。『Tゾーン』ってどこじゃい。新しいタイプの『ゾーン』か何かか?
うーん……手持ち無沙汰。
「あのぉ……」
していると、隣のアサガヤさんが声をかけてきた。
「ん?」
「え、と……その……大丈夫、なんですか?」
と、脈絡もなくそんなことを訊いてくる。
まさかーー実は頭が悪いということが、ばれたのか!?
それとも……あのこと、だろうか。
「大丈夫……って、何が?」
「その……お、お体は……?」
「あ……そのことなんだけどーー」
「そういえばジルくん、大事なお話のお続きなんですけれども?」
こっちだって今まさに大事な話をしようとしていたところだったんですけども。
まあ、それは後でいいか。トリスたちもいることだし。
「二世ってどういうことなのかな~? その辺詳しく教えてくださいな」
「だから二世じゃないってば。……ここだけの話」
これから悪い話をしますよ、という定番文句から始める。
実際、悪い話なのだ。
トリスにだけ聞こえるように壁を作ってはいるが、恐らくミーツハートにも聞こえていることだろう。目は前方に向けられているが、耳がこちらに向いている。
「ーー昨日、地下室で錬金結果が書かれていない錬金法を見つけたんだよ」
「また~?」
エリクシール事件のことを思い出したらしいトリスが呆れた顔をする。
「とにかく、見つけたんだよ」
「で、またやったんでしょ」
「まあ、やったんだけど……、まさか錬金術で人間が生まれるなんて思わなくてさ」
「……ガチで?」
「うん。ガチで。そいつにドクトリンっていう名前をつけたところまではよかったんだけど、お前は俺の友達だ、って言った瞬間、逃げ出しちゃってさ」
「ああ……だからか」
「そ。んで、無事に確保して、その後ハルフゥにみっちり絞られたわけだ。終わり」
「なるほど。昨晩、犬や猫共が騒いでいたのには、まさかそのような理由があったとはな。まったく、犬猫騒がせな奴じゃのう。名前はドクトリンじゃったか? 親の顔が見てみたいわ」
「一応……俺ってことになります……はい」
「よくはないけどよかったよ~。ジルくんがネットの闇に染まったんじゃないかと思ってたから。便利な世の中だけど、それに伴って危険も高まってきているからね。テレビの前のみんな! くれぐれも気を付けたまえ!」
「それ以前にSNSはやってねえよ。そういった怪しげなサイトも利用しないから」
「じゃあ携帯、見せてみ?」
「それは断る。いかがわしいことがなくても、それは裸を晒すに等しい行為だからな」
「写真は撮らんのか? ちらほらいるじゃろう、映えの亡者が」
「映えの亡者言うなよ。好きなことは好きにさせとけよ」
「これでミーツハートさんも共犯だからね。分かってるだろうけど、他の人には絶対に言っちゃ駄目だよ? 言っちゃったらおまわりさんが飛んでくるからね」
「それは妾の気分次第じゃのう。間違って言ってしまうかもしれんし、何かの弾みで口が滑ってしまうかもしれん」
「常に暴露気分じゃねえか!」
「ああ……なんだか肩が凝ったのう……誰か揉んでくれんかのう……?」
「弱みを握った人物の性格がこの上なくやばいんですけど!?」
「まあまあ、ミーツハートさんなら大丈夫だって。……たぶん」
「にゃはは……妾を信じろ、ジル・ヘルメス・ミウラ。こう見えて妾は口が堅いことで有名なんじゃぞ?」
「その世評を広めた奴からして信用ならないな……捕まったも同然じゃん」
「その時はその時じゃ。神妙に縛につくことじゃな」
「ねえねえ、後で会わせてね、その、ドクトリンちゃんに」
「んん。そのうちな」
そんなことを話しているうちに、バスは飼育舎に到着した。
生徒が全員バスから降りたことを確認した先生が、手を打ち鳴らす。
「はい! ここではバンダースナッチとジャバウォッキーを飼育しています。それぞれ二頭ずつ、赤ちゃんの頃から育てたので人間を襲うようなことはまずないとは思いますが、くれぐれも、怒らせることのないように、よろしくお願いしますね! はい! では入っていきましょう!」
わざわざ生徒の不安を煽る発言をして、先生は飼育舎の中に入っていった。
バンダースナッチとジャバウォッキーを間近で見るのはこれが初めての経験だ。そういう意味で、俺はドキドキしていた。
飼育舎の中は、思っていたより清潔感があった。王立シュテルンツェルト学園には生物委員会なる組織があるので、数多くの動植物を所有していても、世話をする人員には困らない。俺も生物委員会に所属するべきなのだろうが、立候補を募る委員会決めの席ではタイミングを逃してしまったというか、手を挙げる勇気が出なかったというか……まあ、そんな理由で、必ず委員会に所属するといった決まりもないので、とりあえず保留という形をとったのだった。トリスがパスすると言ったからでは、決してない。
「おおぉぉぉぉ……すっげえぇぇぇぇ……」
バンダースナッチ二頭と、ジャバウォッキー二頭が、頑丈そうな檻の中にいた。信じられない光景だ。バンダースナッチもジャバウォッキーも、自然界ではとても獰猛な生き物で、人間が襲われたというニュースが度々報じられるほどだ。
バンダースナッチは、六本の太い足を持つ、巨大な犬みたいな動物で、ジャバウォッキーは、トカゲとコウモリを組み合わせた感じの、生物学的にはドラゴンの仲間に入る動物だ。
先生が言ったように、人間に慣れているようだった。バンダースナッチの片方は丸まったまま動かないが、もう片方は俺たちに興味があるのか、檻に鼻を近付けてくんくんと匂いを嗅いでいる。鼻息がとんでもなく臭い。
ジャバウォッキーは二頭とも元気があって、「ギャエエエ! ギャエエエ!」と少々騒がしい鳴き声を上げて俺たちを歓迎ーーしているかどうかは本人たちに訊いてみないと分からないが、広げると檻の中には収まりきらない大きな翼を、ばっさばっさと動かしている。
世の中にはこんなに大きな生き物がいるのかーー俺の興奮は最高潮に達していた。今すぐ檻の中に飛び込みたい気分だ。
「奥のほうで眠っているクールな彼がバンダー。あなたたちに興味津々な彼女がスナッチ。そして……耳が欠けている彼がウォッキー。そしてつぶらな瞳の彼女がジャバ! みーんな王立シュテルンツェルト学園で生まれ、育ちました! だからこんなに大人しいし、懐いています! 彼らからは定期的に素材を分けてもらっているのですが、誰かこの中から素材採取に挑戦したい人はいますか! はい! 手を挙げて! さあ! 遠慮はいりませんよ!」
先生の圧にたじろいでしまったのか、誰も手を挙げようとしない。もちろん生物委員会に立候補できなかった俺にも、挙げられるはずがない。
「おや、誰もいないんですか? では当てますよ~? ……はい!」
ずびしぃ! --と、先生の指先が俺に向けられた。またっスか!?
「ではアサガヤさん! バンダースナッチの唾液の採取に挑戦してもらいましょう!」
俺かと思ったので冷や汗が今も止まらないが、さすがに二連続はなかったか……。とはいえ。
アサガヤさん、大丈夫かなあ……?
「にゃはは……面白くなりそうじゃ」
「お前なあ……。頑張って、アサガヤさん」
「うぅぅぅ……」
今にも泣き出しそうなアサガヤさんは先生のところに歩いていくと、採取用の瓶を受け取った。先生は人間だけが通れる扉の鍵を開け、どうぞと入室を促す。アサガヤさんはおっかなびっくり、できるだけバンダースナッチを刺激しないように檻の中に入っていった。オスのバンダーはちらりとアサガヤさんを見ただけで再び目を閉じたが、メスのスナッチは短い尻尾を小刻みに振りながらアサガヤさんのほうへ歩み寄っていく。どす、どす、と歩く度に凄い音がした。
一方のアサガヤさんはというとーー恐怖からか、その場でがっちりと固まっていた。無理もない。人に慣れているといっても、今の段階では、バンダースナッチは人を襲うイメージしかないのだ。むちゃぶりにもほどがある……。
「いきなり大声で叫ばないでくださいね! びっくりしちゃって嚙みつくかもしれないですから!」
いやいやいやいや。恐怖を助長してどうすんですか。
……アサガヤさん、生きてる? よな?
「----------」
まるで死人のような顔をしていた。とてもじゃないが見ていられない。
バンダースナッチの巨大な顔が、アサガヤさんを潰すかのように近付けられる。そして、猛烈な勢いで匂いを嗅がれる。ショートヘアを留めたカチューシャが鼻息で飛んでいってしまいそうだ。エメラルドグリーンの石の、右耳に下がったイヤリングも、強風で揺れている。
死を覚悟するに値する状況に置かれていても、しかし彼女は自分に与えられた仕事を忘れてはいなかった。
両手で持った瓶を、バンダースナッチの口元に近付けていくーー常にだらだらとよだれを垂らしているので、難易度としては簡単なほうに入るとは思うのだが……。
べえろおりいんーーという擬音が聞こえてきそうなくらい、バンダースナッチはアサガヤさんの顔面を、顎から額にかけて舐めた。その間、アサガヤさんは何もできずに背伸びする格好になっていた。それでも諦めず果敢に挑んでいくアサガヤさんは、ようやく瓶をバンダースナッチの唾液で満たすことに成功した。
「次の錬金術の授業でバンダースナッチの唾液を使うとのことですので、それで十分でしょう! それとバンダースナッチの唾液の臭いはしつこいですから、シャワーをした後はスメルアウトで消臭してくださいね!」
先生はそう言うが、その間は常に臭っているということだ。それは女子にしてみればかなり辛いものがある。
今にも倒れそうなアサガヤさんは檻から出ると、先生に瓶を渡して、ふらふらとした足取りで戻ってきた。かと思えば、突然、俺の目の前で倒れ込んだ。慌てて身体を支える。
「アサガヤさん!?」
「い……意識が……遠のいてぇ……」
「あらあら! もうすぐ授業も終わりなので、ミウラさんはアサガヤさんをシャワールームへ連れていってくださいね!」
「あ……はい?」
「頼みましたよ! ではお疲れ様でした! 気を付けて戻ってくださいね!」
クラスメイトたちが、頑張れ~みたいな目で見ながら、飼育舎を後にする。
「じゃ、ジルくん、頑張りたまえ」
「ちょーートリス!」
「妾をおんぶした経験が役に立つのう。にゃはは。そのえげつない臭いが取れるまでは、決して妾に近付いてくれるなよ」
「う……」
確かに、鼻の利くハルプカッツェでなくても、この臭いはきつい……。
制服にもついちゃってるし。
まあでも、ここまできたら関係ないか。雨の日、靴の中までびしょびしょになったら、水溜まりもなんのその! みたいな? もう恐いものなんて何もない。
俺はアサガヤさんをおんぶして、待機しているはずのバスへと向かう。さすがに一番後ろの席というわけにはいかないので、アサガヤさんと二人、一番前の席に座った。
アサガヤさんは、ずっと気持ち悪そうにしていた。強烈な臭いが、乗り物酔いを助長しているようだった。
校舎の一階にあるシャワールームに送り届けてから、俺は一足先に錬金術実習室へ赴き、自分とアサガヤさんのためにスメルアウトを作っておいた。高級ブランドの香水みたいなデザインの小瓶に入った透明な液体を吹きかけると、バンダースナッチの唾液の凄まじい臭いが一瞬にして消え去る。アサガヤさんにまとわりつく、入念に洗い流したはずが未だに取れない臭いも、スメルアウトにかかればイチコロだった。
その後は、臭いでミーツハートに怒られることもなく授業が進み……放課後。
ホームルームを終えた一年D組の教室で、ある事件が発生したのだった。




