黄金の薔薇姫の、血塗れた宝物。
お久しぶりです。
最近肌寒い時もありましたが、だいぶ暑くなってきましたね。
蝉の鳴き声が夏!って感じがしますね
Twitterで小説載せたりしているので、是非覗いてくれると嬉しいです
コルホニア国の末姫は昨日、7歳になったばかりだった。
幼さゆえの好奇心で彼女は広すぎる王宮を探検していた。
末姫のコバルトブルーの瞳は初代国王の絵画の不自然さを映した。壁に熟した林檎のような赤い頬をつけて、異様に大きな絵画の裏を覗き見るとそこには古いドアがあるようだ。
短いふっくらとした腕を懸命に伸ばしてドアノブを回し、ドアを開けた。
ギギギ……と鈍い音に末姫は驚きつつ、向こうにある物に期待して胸を高鳴らせた。
壁と絵画の隙間を潰されそうになりながら進み、部屋に入った。
埃が舞い、それが気管に入って激しく咳き込む。涙目になりながらあたりを見渡すが、薄暗くてよく見えない。壁に手を付け電気のスイッチを探す。なんとか見つかり、硬くなったスイッチを押すとここは女性の私室だということが分かった。
大量の埃を被って全体的に灰色だが、かなりお金がかけられていると分かる部屋だった。
埃を被ったガラスのシャンデリア、ベッドにつけられている繊細なレースの天蓋は黄ばんだ灰色に変色していた。薔薇が描かれた箪笥を開けてみるとたくさんのドレスがあった。古い肖像画で見たような、非常に古い型のドレスだ。
末姫は机の上に置いてある一冊のノートを手に取った。紙は黄ばんでいて、状態は良くなかったが文字は何とか読める。
どうやらこのノートは姫の遠い先祖である姫の書いた日記らしい。
小さな指でページをめくった_____。
太陽の光を反射させ、黄金に輝く髪から「黄金の薔薇姫」と呼ばれていた。
薔薇のような赤い瞳は少しつり気味だが、王女としては気が強くみられるからこれで良いのだと思う。気が弱そうなたれ目では自国だけでなく、他国からも舐められてしまう。
自分の容姿に絶対的自信があった。
舞踏会に出れば、列をなすほどダンスを誘われ、私の美貌に感嘆はするものの、次元の違う美しさに嫉妬されない。
婚約者のクルブは当然、コルホニアの姫である私と身分が釣り合う公爵子息だ。それだけでなく、黄金の薔薇姫と謳われる私の容姿にも釣り合う。
黄金とは対照の銀色の髪を持ち、瞳は夜空のような紺色をした美青年だ。薄く微笑む唇に反し、笑っていない目元は油断ならない気高い狼の王を連想させる。
美しい私の隣には美しい婚約者がいて当然であるはずだ。
私は美しいものを眺めることを愛していた。金で美しく装飾された鏡を見るのも好きだし、彼の前に座って美しい彼をみるのも好きだった。当然、醜い使用人はクビにし、私ほどではないが見目のよい女性だけが残った。
私は満たされているはずだった。
まさか、自分の物が盗まれるとは思わなかった。
傲慢であったが、育ちの良い王女である。自分の物を対価なく奪われるという発想すら湧かなかった。
「婚約を破棄してほしい」
グルブは私に告げた。感情の無かった瞳には真剣な表情があって、それが気に入らなかった。冷めた表情をした狼のような彼が好きなのであって、どこでもいるような少年の表情は私の好みではなかった。
グルブに寄り添いつつ、緊張した顔でこちらを見る少女にやっと気付いた。
こげ茶色の腰まである癖っ毛を耳の下で一つに結った平凡な顔の少女だ。たれ目で、ゆるく弧を描く唇は性格が良く、人に好かれそうな人柄を表している。しかし、せいぜい可愛らしい顔立ちをしていると思えるものの、私には到底及ばない。
「どうして?」
何故彼の隣には美しい私ではないのだろうか。
美しいグルブの隣には美しい私のはずではないのか。
「君はこの子に口汚く罵っていたじゃないか」
美しい顔を歪ませて私を睨む。
私が好きな貴方はそんな顔しなかったのに。
「いつも私を醜いって……! グルブ様には相応しくないって! ――――醜いのは貴女の心でしょ」
あら、私が馬鹿にされているわ。大して美しくもない平民の少女に黄金の薔薇姫とも謳われる私が。
扇子を片手で開き、嘲笑を浮かべた口元を隠す。
「貴女、いつの間にそんなに偉くなったのかしら? 私は王<おじいさま>から溺愛されている姫ですのよ、お忘れ?」
それを聞くと顔を青くしたグルブとまだきゃんきゃん吠える少女。
少女の周りには恋愛感情を持った男性しかおらず、同性の友達はいないということを思い出した。確かに、こんな性格では友達なんてできないわね。
少女に恋をする男性は自分が嫌われることを恐れて少女にとって良くないことは何も教えてこなかったのだろう。容易に想像が出来た。
「それが何だっていうのよ! 学園内の生徒は平等なはずでしょ」
「やめろ、もう喋るな!」
グルブは焦ったように少女の口手で押さえた。それでも口汚く私を罵る少女には呆れてしまう。
「確かに平等だって言われていますわね。でも、完璧な平等ではありませんわ。あくまでも゛学園の外より゛は、ということですのよ?」
こんな当たり前のことを知らなかった少女にはため息しか出ない。
周りに甘やかされた少女はそんなことすらも知らなかったらしい。
「入って頂戴」
これ以上話しても無駄だと判断すると、瞳と同じ薔薇色の扇子を勢い良く閉じ、パチンと音を鳴らす。その際、扇子についていた水鳥の白い柔らかな毛はふわりと飛んでしまったが気にしない。庶民なら、急いで這いずり回ってでも拾うだろう。なにせ、この毛は並の貴族では手が出せない最高級の水鳥の毛である。赤子の掌の毛があれば一生遊んで暮らせる金額である。
呼ばれて部屋に入ってきた者達にいう。
「よく吠える少女は生きていても悪影響しか与えないから殺してしまっても良いですわ。でも、グルブはあまり傷付けないように……ね」
これから起こることを傍観しようと椅子に座る。肘置きに肘を乗せて、掌に頬を乗せて完全にくつろいでいる。
部屋に入ってきた者は、武術に長けたもの達である。時には王族の護衛者として、時には他国と争う兵士として、時には邪魔だと判断されて者たちの暗殺のために存在する。
漆黒の衣装に身を包んだ者たちは王女にこくりと頷き、一人は袖から短剣を取り出し、もう一人は針のようなものをズボンについたポケットから取り出した。
短剣を構えた者は少女に、針のようなものを持った者はグルブに分担したようで、二人が目を合わせると、それが合図のように走った。
グルブは腰に差した剣を抜こうと手を腰に掛けた。
柄を握り、と震える少女を慰める言葉をかける。恋は人を愚かにするという言葉は誠のようで、「大丈夫だ、心配するな」と少女に笑顔を見せていった。戦いの最中に敵から目を離すなんてことはあってはならないことなのに。
彼らは殺しのプロである。当然その機会を見逃さず、グルブが剣を抜く前に針で首を刺した。
針には致死性の毒が塗ってあったようで、すぐに力が抜けたように膝から崩れ落ちるようにして倒れた。止血するように強く首を抑える手も、薬のせいか痙攣している。そんなグルブの状態をすぐ後ろで見ていた少女は何もすることもできずに、恐怖のために震えながらグルブの死にいく様子を呆然と見ていた。
私と目が合った少女は目が覚めたように顔をゆがめた。
「貴女、グルブ様のこと好きだったはずなのにどうして殺したの!!」
「私が好きだったグルブではないからですわ」
床に転がっているグルブを冷めた目で見る。
「人を殺すなんて犯罪だわ、貴女なんてさっさと処刑されればいいのに」
「ふふふ、処刑なんて面白いことをいうのね。私の方が位は上ですし、適当な言い訳をしてしまえば何の問題もありませんわ。そうね、例えば、貴女と結婚したいグルブは邪魔になった私を害そうとした……なんていかが?」
首をこてんと傾けて可愛らしく言ってみる。そんな私を見た目の前の少女は荒々しく舌打ちをする。
「まあ。舌打ちをするなんて、なんて下品なのかしら」
馬鹿にしたように鼻で笑ってやる。
挑発に容易く乗った少女は拳を作り、私の顔面めがけて殴りかかろうとした。しかし、少女の拳が私の皮膚に触れる前に小刀を持った男は突き出した少女の右手を躊躇なく切りつけた。手が手首から離れることは無かったが、切り口があまりにも深く白い骨が見えた。血が溢れ出し、ドレスに赤いシミを付けるだけではなく、足元にぽたぽたと音を立てて落ちた血が小さな水たまりを作っていた。燃えるように熱い右手の傷口を塞ぐように、開いてしまった左右の皮膚を左手でつまむように持ち、傷口をくっつけようとしていた。
右腕から左手を離し、皮膚がくっついたかどうか確認するために傷口に顔を近づけた。少女の後ろに回り込んだ男は、傷がふさがっていないことに気づく前に少女の首に剣を当てる瞬間力を込めて一気に切り落とした。ゴトンッと鈍い音を立てて首が地面に落ちた。
身体と離れてしまった頭はもう煩わしいことは言わなくなった。きゃんきゃん煩かった少女が黙ったのは良いが、頭と身体が繋がっていたところから血液が噴水のように溢れ出し、私やグルブを赤く汚した。
鉄の臭いががきつくなってハンカチで口元を覆うといくらかはましになるが、それでも不快である。
当たりを見渡せば、赤褐色だった絨毯と濃緑だった壁紙は少女が流した血液が鮮やかな赤に変えた。見慣れた私室とは違った様子に、強い血の臭いに納得した。
「これは邪魔なので捨ててきて下さいな」
床に転がっている首と身体を見下ろして命じる。
生意気を言っていた少女だったものの目には何の光も宿しておらず、死体だと分かる。先ほどの無礼を思い出して足蹴りしてやりたかったが、余計に少女の血液で汚れることを考えると足蹴りする気がなくなった。
王女は口元を覆っていたハンカチでグルブの顔にかかった血液を綺麗に拭いてやる。温度もなく、冷たく眠るように死んでいるグルブはまさに気高い狼の王であった。苦痛に顔を歪めることもなく、少女に愛を囁いていた甘い熱もその顔にはない。私の見慣れているつんと澄ました顔をしていた。
ふと目線を上げるとグルブと私が写る鏡があった。
これも血液で汚れてしまい、ぼやけてしまってよく見えない。それでも、血液が銀の美しい髪を赤く染まった様は激しく戦った狼の毛のようで、きちんとグルブの美しさを映していた。グルブの横に座っている私の黄金の自慢の髪も少し血液がついてしまっているが、それはそれで天使が堕天したような狂気的な美しさがあった。
激しく戦った後、命を落としてしまった気高い狼の王の隣には赤が似合う妖艶な堕天使。
「やはり、私の隣に見合うのはグルブだけですわね。───私の愛しい宝物」
末姫は日記をゆっくりと閉じた。
初めてこの部屋を訪れた時から5年が経ち、12歳となった。始めは日記に書いてあることが全く理解できなかったが、やっと理解できる年齢になった。
末姫は書き手の最期の言葉に何か引っかかりを覚えた。
「私の宝物?」
この文字だけ筆圧が濃い。
非常に大きな箪笥が目に飛び込んできた。自分大好きな書き手だ。きっと大きな鏡が入っているのだろう。そう思って扉を開けた。長らく開け閉めされていないせいか、ミシミシと嫌な音を立てる。
中に入っていたのは透明なガラスの棺のようなもの。
中には綺麗な男性が入っており、眠っているのかと思ってコンコンと棺にノックしてみる。なんの反応も示さないので、どうやら人間そっくりの人形らしい。
「この部屋の持ち主は人形が好きなのね」
じっと人形を見ればなにやら記憶に引っかかる。
銀色の柔らかそうな髪に、陶器のような白い肌、立派な鼻筋に凛々しい眉。まるで気高い狼の王────。
「これはグルブの人形なのかしら?」
今にも動き出しそうなのに、決して動くことはないと訴えてくる。
その生き物の生涯を無理やり切り取って覗いたとうな歪さ。
もっと見ていたいのに、目を背けたくなるような矛盾。
美しくも、恐怖と悲しさが取り巻く。
「いいえ、これは人形ではないわ」
一歩後ろに下がる。無意識の行動だった。
末姫は、目の前にある物が書き手の歪んだ愛情が生み出したものだと分かった。
目の前にいるものは人形ではなく、グルブ本人。
「剥製にしたということですのね……」
皮膚を剥がし、防腐処理を施す。そして、目玉や体の中にある筋肉や内臓、骨など全てを取り出し、その代わりに脱脂綿や木屑などを入れておく。
確かに、見た目は生前と全く変わりのないグルブの姿なのであろう。けれど、体の中にはグルブの物ではない物が詰まっている。
書き手の歪んだ愛情のせいでこんな体になってしまったグルブに同情した。長い間、書き手が亡くなってなお、グルブの体は書き手の所有物になっている。
「これが、貴女の……黄金の薔薇姫の宝物なのですね」