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すてきな春をくれたあなたへ

作者: 鹿井良生

あなたと初めて出会った日のことは覚えていませんが初めて言葉を交わした日のことはよく覚えています。


結婚して子供を産んで初めて働いた職場にあなたはいました。

第一印象はよく覚えていません。チャラそうな人だなというイメージしかありませんでした。

一緒の仕事をすることになったのがその一年後、その時私は初めてあなたと話しました。

ただ一言、4月からよろしくお願いしますという言葉を交わしただけで

でもその時、なぜか心が春めいたからよく覚えています。春でした。


一緒に仕事をするようになって話をするようになっても私はあなたのことをよく知らないままでした。

あなたは自分のことをほとんど話さない。相手に話を振って楽しく会話をするのはとてもじょうずだけど自分のプライベートの話になると途端にふんわりとぼかすのです。

だからこそ、ぽろっとプライベートな面がのぞくとそれだけでどきっとしました。

それがときめきというものであることに気付くのにはそんなに時間はかかりませんでした。


そのときめきを確実なものにしたのは、初めてあなたの運転する車の助手席に乗った時でした。

日帰りの出張で運転するあなたを見て、この時がずっと続けばいいのにと思いました。

その時から私はあなたのことを、見てないふりしていつも目の端にとらえていました。


私が若くて独身で、あなたも同じくらいの年で独身だったら、私はきっと行動に移していたでしょう。

でもそれはできなかった。

既婚者でもう成人している娘が二人いるような人にこんな気持ちを抱いたことが今までなかったけれど、私はあなたが人の道を外れるようなことをするのを見たくなかった。

私にも家庭がある。どうにかなること、どうにかすることが誰も幸せにしないことくらい私にだってわかった。

だからこの気持ちはこの心の中だけにとどめておくことに決めました。


いつだってあなたはすてきだった。

考え込んでいる姿、頼まれた仕事を渡した時にサンキュ、と軽くかけてくれる声、運転中ギアに手を乗せているところも、ははっと乾いた笑い声も、きれいな字も、夏のポロシャツも冬のベストも、すべてがかっこよかった。


でもこの日々がずっと続かないこともわかっていた。

私はずっと同じ部署にいるけれどあなたは異動のある職種だから、いつかあなたはここから離れる時がくる。


この春、ついにその時が来ました。


私はあなたと一緒に仕事ができてよかった。

そしてどうにもならずにごく普通の上司と部下でいられてよかった。


心にはぽっかりと穴が空いているようで、これは失恋の時によく似ています。

何もなかったのに、しかもこの年で失恋なんてばかみたいだけど何もなくてよかった。


でも言えなかった私の気持ちがあふれてしまうのでここに出せない手紙として残します。


あなたのことが好きでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 細かいところの描写がリアルでした。読んでいて、こんな人いるよねというようなことを感じました。よく表現できているな、と思います。 [気になる点] 物語を読んでいて、あまり感情が揺れ動きません…
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