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7:お鍋って女々しい(前)

 今日は思ったより仕事が一段落つくのに時間がかかってしまった。空もすっかり暗くなっている。その上風も冷たく、今日はハンバーグやステーキと言った気分では無いなぁ。もっと芯からあったまるような食べ物を……さと子の足は自然とスーパーへと向かっていた。


「今日は鍋だな」


 おひたしに茹でた野菜は冷蔵庫にぎっしりとあるので、今日は鍋用の食材だけを買う。魚にきのこに春菊に~しらたきも忘れてはいけない。今回はあっさりとしたよせ鍋でいこう。


 料理を購入し、家へと帰ったさと子は早速土鍋を取りだした。買ったものとよせ鍋のつゆを入れ、ゆっくりとかき混ぜる。この熱気が凍えた体にはたまらない。


「さて、今日はどんな方が来るのかなぁ」


 お鍋にふたをして、次に、翌日用のおひたしのメニューを作り始める。鼻歌を歌いながら料理を作る。今回もたくさんの皿を用意し、その上にそれぞれのおひたしを乗せる。今回は、タッパーにも一部のおひたしを入れた。これは達海用だ。


「お聞きしましたよ、さと子様」


「何を?」


 もはや突然人間に変わっても動揺しないさと子。ひたし様も気にせず話を続ける。


「おひたしめの考案した料理、達海殿にプレゼントして下さるらしいじゃないですか~! 感謝感激感涙でございます!!」


 目をキラキラさせながら熱く語るひたし様。出会った頃のおしとやかさはどこへやら。


「うん。実際すごく美味しいし、おひたしって家庭的で手軽だからおすそ分けしやすいよね」


「そうでしょう、そうでしょう! おひたし程コンパクトでおすそ分けしやすいものは、漬物の次に他にはありません!!」


「漬物には負けてるのね」


 痛いツッコミに、ひたし様はしゅんと落ち込んだ。


「ええ……漬物は味が濃く、漬け方によって味だって全く変わってきます。朝食で食べたい和食でも、やはり魚とみそ汁と漬物には一生勝てないのです……もっと人気になりたいであります」


 物凄い野心である。だが、ひたし様の言う通り、おひたしが漬物より人気が出る日が来るとはあまり思えない。


「そうかなぁ。そりゃあ味が濃くて美味しいから人気があるって言うのも良いけど、おひたしって体に優しいから、そう言う意味で大切にしてくれる人もいると思うよ。野菜の美味しさを水煮して引き立てるしさ、ちゃんと食べれば美味しいから。少人数でも好きって人がいるだけでも良いんじゃない?」


 さと子の言葉に感動し、ひたし様はギュッとさと子の手を掴んだ。


「貴方様は素晴らしい! そうですよね、こんな料理の忘れられるほどのわき役であるおひたしめでも、こうして良き所を知り、愛して下さっている方もいる。……私感動致しました!!」


「そこまでのこと言って無いって~。あ、そろそろ鍋出来たかな」


 さと子がふたを取ると、その瞬間、熱気は収まった。その代わり春菊色のストールをまとい、しらたきのように束ねられたネックレスをし、背中程まであるオレンジ色の髪の毛をした男性が現れた。ひたし様は下まつ毛がとても長いが、目の前にいる男性は、上のまつ毛も長い。


「ごきげんよう、さっちゃん」


「さっちゃん?」


「さっちゃんはね、サチコって言うんだホントはね」


「え、そのさっちゃん?」


 まさかのさっちゃん違いに、さと子がツッコミを返すと、ストールを持った手先で口元を隠してふふっと笑う。口調も見た目も女性的だが、声は間違いなく男性だ。


「やっとアタシを出してくれたのねぇ、アタシもうウズウズしてたのよ? やっぱり、女の子に必要なのは美しさでしょ~お兄さんにまっかせなさい!」


 アタシと言いながらお兄さんと言う。女性になりたいのか、男性らしくありたいのか、分からない人だ。さと子は今まで会ったタイプより、斜め上のキャラクターの登場に困惑していた。


「お鍋、さと子様が困惑しております。ちゃんと自己紹介から始めなさい」


 ひたし様がさと子の為に間に入ってくれたが、女性っぽい物腰の男性がお鍋とは。誰もがツッコミたくなるところである。


「あらゴメンなさい。アタシはこの通り、鍋料理専門なのよ。美容のコトは、アタシにお・ま・か・せっ。美容以外も、恋バナでもオッケーよん」


「えっとー質問しちゃってもオッケーですか?」


「よろしくってよ」


「……コッチですか?」


 さと子は手をあご元に持ってきて尋ねる。女性的な男性は、あははと笑い飛ばした。


「違うチガ~ウ。アタシ、口調をこうしたいだけの人よ。なんかさ、この伸びのあるカンジの言い方って喋ってて楽じゃない?」


「そう……なのか、なぁ」


 もともと女性であるさと子には理解出来ない世界だ。だが、オカマで無いとしても、彼は確実にオネェだろう。


「ねーねー、お友達記念にあだ名付けてー。アタシは、さっちゃんね」


「ああ、じゃあ……」


 この風貌と物腰の彼に、さと子の浮かんだあだ名は1つだった。


「なべ姉で」


「ええ~! なべ姉~っ!? めっちゃ良いじゃない!! ありがとっ、チュッ」


 なべ姉に投げキッスを贈られたが、さと子は笑いながらさっと、手で払いのけた。


「これ、お鍋。そろそろ貴方の務めを始めたら如何です」


「もう、分かってるわよおひたし。まず、さっちゃんの目標は痩せることよね」


「うん」


「だったら、まずは半身浴とかどうかしら? 痩せると同時に老廃物もいーっぱい出て行って、一石二鳥よ」


 半身浴かぁ。どうせなら風呂は全身どっぷりと浸かりたいものだが。さと子は考えた末に首を振る。


「えー何でー? 家で動かずに痩せられる楽な1つの方法なのに~やっぱり、肉野郎みたいに無駄に体力使いたい系?」


「に、肉野郎!?」


「言ったでしょ。アタシはあくまでも喋ってて楽な言葉を選ぶって」


 なべ姉の楽の方程式が分からず、首を傾げるさと子。ひたし様がさと子の肩に手を乗せ、「こう言う者なのです、彼は」と諭した。


「でもさ、こう言う、家で手軽に出来るダイエットも、1つの手段なのよ。半身浴して、その後体を伸ばすような手軽な運動をしてさ。そしたら体の動きの幅も前より増えるしさ、例え半身だけでも、十分体は……あったかいんだからぁ」


 どこかで見覚えのある動きをしながら、話すなべ姉。


「うーん……」


「いちいち迷わないっ! せっかくお友達がオススメしてくれてることなんだから、1度騙されたと思ってやってみなさいな。そんなに全身で浸かりたいなら、半身浴して汗を流して、シャワー浴びたあとで水飲んで、もう1回ザッパーンってお風呂にはいっちゃえば良いのよ。それじゃあちっとも楽じゃないけど」


「でもね、今日は本当にいいや」


「何でよぉ」


「だって、もうお湯たっぷりいれてて、普通に勿体ないんだもん」


 さと子のもっともな正論に、沈黙が流れた。この妙な沈黙にさと子が悪寒を感じていると、なべ姉は黙ったまま風呂場へ歩きだした。さと子とひたし様は顔を見合わせ、その後ろをついて行く。


 風呂場を見たなべ姉は、「はああああああっ!!?」と、雄々しい声を上げた。思わず、別の男性がいるのでは疑う程、先程までとの声の差が凄い。前のめりになって浴槽を見るなべ姉の背中をさと子が叩こうとすると、その前になべ姉がさと子の方を素早いく振り向いて力強く両肩を掴んだ。


「何なの! 何なの、あのお湯の量は!!」


 腕を真後ろに向けて伸ばし、人差指を伸ばす。なべ姉の手の先には、浴槽ギリギリまであるお湯があった。


「え? 普通じゃないですか?」


「そりゃあ、普通の体型の人ならねっ!! でもアンタは違うでしょっ!!」


 そう言ってなべ姉はさと子のお腹をギュッとつまんだ。さと子は顔を真っ赤にして手を離させる。1歩下がって両手でお腹を隠す。さと子の前に出て、ひたし様がなべ姉に向き合う。


「何がいけないと言うのです。お鍋」


「あったりまえじゃない! 勿体ないって言うから見に来たら、このどっぷり感よ!! このおデブちゃんが入ったらほとんどこのお湯流れちゃうのよ、これ以上の勿体ないがどこにあるってのよ!!!」


 さと子は苦虫を噛み潰したような顔をする。全てが事実だからだ。心がハート型だと言うのならば、今のさと子の心は真ん中から綺麗に亀裂が入っているだろう。


「仕方ないではありませんか。これは彼女の癖で、生活習慣なのです。水道代は勿体ないですが、これは彼女が自己責任で行う行為。貴方がどうこう言うことではありません」


「へーへーわーってるよ。だからな、アタシが根本的に怒ってんのはそこじゃねーのよ! お湯が勿体ない? うん、それは堪えるわ。堪えてお湯の量を確かめに来たじゃない。勿体なくならない様に、ちょっと多くなった風呂水を洗濯機に入れて洗濯に回す為に。そう思ってきたら、この有様。なめてんの?」


「な、なめてないです……」


 脅しにも似た正論をとめどなく連射するなべ姉。否、その姿はなべ姉と言うより、なべ姐だ。なべ姉は柱にもたれかかって両手を組む。高圧的な雰囲気は、まるで一国を従える女王様だ。


「申し訳ないわねぇ。勿体ないかもしれないけど、このお湯もっと無駄にさせて頂くわ。アンタ、ちょっと水着持って来なさい」


「わ、私持ってる水着、痩せてた時だから……」


「良いから、持って来いよ」


 ドスッと突き刺さる様な低い声。同じ低くて渋い声でも、カリー伯爵の声は優しくて、なべ姉の声は威圧感が強い。


「は、はい!」


 さと子は慌ててタンスのある部屋へと走って行った。彼は1度こうなると、納得行く結果になるまで手を付けられない頑固者。それを知っているひたし様は、額に手を当ててため息をついた。

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