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3:ステーキな誘惑(後)

 何時もハンちゃんと体操をしている公園へとやってきた2人。家にいた頃とは打って変わって、スーさんの表情もやる気に満ちている。恐らく、さと子とは違う意気込みなのだろうが。


「でもさ、スーさんその格好で大丈夫? すっごいゴッテゴテの着物でさぁ。って、そもそもなんでステーキが着物なの?」


「甘いな。それは俺に使ってる肉が国産和牛だからさ」


 スーさんの答えに、さと子は思わず、「ほぉ~!」と感嘆の声をもらす。初めての好感を持った返答に、スーさんが気を良くしてニコニコし始めた。


「それじゃあ、早速音楽よろしく」


「ガッテンだ。任せなィ」


 何時も通りのゆったりとしたメロディが流れ、さと子はラジオ体操を始める。初めの時に比べて、動きも滑らかになっている。 ラジオ体操が終わり、「はぁ~」と大きなため息をついて地べたに座り込むさと子。スーさんは仁王立ちしながらさと子を見下す。


「まさか、これで終わりとは言わねぇよな?」


「え? もう終わりでしょ?」


 2人は見つめ合いながら、沈黙が流れる。沈黙を断ったのはスーさんの方だった。


「オイ嘘だろっ!? アイツはラジオ体操1つやっただけでダイエットと言ってたのか!? ばっかじゃねーのアイツ!!」


「ハンちゃんを悪く言わないで! ハンちゃんは私の為に毎回一生懸命頑張ってくれたのよ!」


「じゃあアイツは何をしたってんだ」


 スーさんの問いに、さと子はハンちゃんとのダイエットを思い出す。ハンちゃんはラジオ体操のメロディを流して、一緒に体操をしてくれる。終わり。……これだけを言ってしまったら、確実に倍にしてどやされる。自分どころか、ハンちゃんまで。バツが悪そうにスーさんの方を見ると、スーさんは眉間にしわを寄せて、腰元に携帯していた大きな箸を地面に叩きつけた。


「悪いが、しばらくハンちゃんはお預けだ。その代わり、お前が俺に恋するまでは少なくとも週に5回は俺の指導を受けること。わかったな」


「えー……」


 さと子は珍しく嫌そうな顔をした。怒りたいところをグッと堪えて、スーさんはしゃがんでさと子と距離を近づけるとウインクをした。


「そう落ち込むな。俺に恋をするのなんて、3日あれば十分なんだからな。今に見てな、週5どころか毎日会いたくなるようにしてやるぜ」


 そう言ってさと子の首筋を撫でる。さと子は顔を赤らめるどころか、しおれた花の如くぐったりと俯いてしまった。まったくなびかないさと子に、思わずスーさんまで肩を落とす。悲しみの痛み分け状態だ。かと言ってずっと落ち込んでいるわけにもいかないので、スーさんはさと子の襟を掴んで立ち上がらせた。箸でさと子の背中を叩くと、「行け!」と公園のジョギングコースを指さした。


「ま、まさか……」


「走れ! 聞こえなかったのか? 走れ!!」


 しばし目で訴えかけてみたら、箸をジョギングコースのコンクリートに叩きつけて威嚇された。走る以外に選択肢は無いらしい。


「……こなくそーっ!!」


 さと子は覚悟を決めると、ジョギングコースを走り始めた。走って3メートルで既に息が上がった。チラッとスーさんを見ようと後ろを振り返ると、真横から腕を掴まれる。


「どっち見てんだ? ゴールはこっちにあるんだぞ?」


 目を疑った。さっきまで後ろにいたはずのスーさんが真横にいたのだ。さと子は驚きで力が抜け、歩幅が狭くなった瞬間に、ふくらはぎに箸でつっつく。ハッとしたさと子は急いで歩幅を元に戻した。スーさんが速いのかさと子が遅いのか、こっちが必死に走っているのに、スーさんはゆうゆうと歩いているのがさと子は腹立たしかった。


「頑張れ、頑張ったら、俺の好感度がもれなく付いてくるぞ」


 必死に走っているので聞く耳も持てない。黙々と走るさと子に、スーさんは慌てて頭を撫で始めた。


「が、頑張って。頑張ったら美味しいステーキが待ってるんだから」


「よっしゃあ!!」


 食べ物のことになると急にスピードを上げるさと子に、スーさんは憂いの表情を浮かべざるを得なかった。


 … … …


 走った。さと子は走りきったのだ。長かったあの道のりを。


「お疲れさん。けど、たった1キロ走ったくらいで、そんなフルマラソン走りきったヤツみたいな顔すんなよ。お前にまだその権利は無ェぞ」


 そうは言いながらも、ほいよとドリンクとを手渡すスーさん。有難く受け取ると、ドリンクを飲みほしてぷはーっ! と声を上げた。汗だくのさと子を見兼ねて、スーさんは後ろからスポーツタオルでさと子の髪を拭いた。


「……あ、今の普通にドキっとした」


 そう言うと、振り向いて笑顔を向けるさと子。スーさんの表情がたちまち明るくなると、「あったりまえだろ? 俺を誰だと思ってるんだよ」と笑い、乱暴にタオルを動かして髪をぐしゃぐしゃにした。


 … … …


 家に帰ると、さと子はご飯より先にシャワーにすると言う。今回は、相当汗をかいたので仕方ない。


「背中流してやろうか?」


「いや、結構です」


 疲れ果てているさと子には、スーさんのノリはめんどくさい。適当に返すと、急いで脱衣所に入った。


 汗を流して気持ち良くなったところで、何時もの部屋に戻ってきた。テーブルの前に腰を下ろすと、隣の部屋でテレビを見ていたスーさんがさと子の元へとやってくる。


「今回は甘くしてやったが、次回からは距離増やすからな」


「えー」


「黙れ。お前、痩せたいんだろう? 本気で痩せたいんなら、こっちも本気でやるつもりだ。それが嫌だってんなら、さっさと神様に魔法を解くように直談判することだな」


 厳しいお言葉に、さと子は返す言葉も無い。さと子のあまりの落ち込みように、スーさんは頭を撫でて言葉続ける。


「これは辛いことかもしれないが、いつか絶対目に見える形になるし、確実にお前の為になることなんだよ」


 スーさんの言葉に、さと子の表情も和らいだ。


「有難う。神様の説明だと、もっと女性に冷たいのかと思ってたからびっくりしたよ。こんなに優しいなら、たくさんの女性が恋しちゃうね」


 思ってもみなかった言葉だったのか、スーさんは視線を斜め上に逸らしてしばらく返答に悩んでいた。今まで女性に自然体な姿で接した記憶が無かったのだ。やがて視線をさと子に戻すと、ウインクをして答えた。


「まぁ俺程の者になるとな。けど、今回のはサービスな」


 とびっきりのキメ顔で言ったスーさんだが、さと子は背を向けて冷蔵庫からお茶を取り出していた。やはり返答にながいこと考えてしまったのがまずかったのだろう。スーさんはテーブルに顔つけて、「ふふふ……」と悲しげな笑いをこぼした。


「そんなにすぐ食いたいか! そうかそうか、じゃあさっさと食うが良いさ、馬鹿野郎!!」


「ん?」


 さと子が振り返ると、テーブルの上に肉汁がキラキラと輝くステーキが乗っていた。


「わぁ! やったぁステーキだ!!」


 お茶を注ぎ、1口飲むと、両手を合わせて大きな声で言う。


「いただきまーす!!」


 今までのラジオ体操でも結構キツかったのに、今回は1キロ休みなく走らされてしまった。明日はきっとあらゆるところが筋肉痛になるだろう。苦しかったけど、たくさん汗をかいたあとのシャワーは気持ち良かったな。これがお風呂だったらもっと良かっただろうな。だったら、明日は運動しに行く前にお風呂沸かしておこう。


 そんなことを考えながら、分厚いステーキを口に運ぶ。口の中でほどける柔らかなひき肉も素敵だけど、噛みごたえのあるがっしりとしたステーキも素敵だよね。正に、素敵なステーキだ。数日ぶりに食べるステーキは、今までのどんなステーキより美味しく感じた。バターのとろけた野菜も、ハンバーグの時とはまた違ったまろやかさがあってたまらない。スーさんって、見た目全然ステーキ感無かったけど、バターみたいなまろやかな部分は時折見せる優しさで、噛みごたえのある食感は、スーさんの頼りがいのあるな。残念ながら、色っぽいところは見つからなかったけど。


「あー、美味しかった。ご馳走様でした!」


 今日もさと子のお腹と気持ちは満たされた。食器を洗うと、隣の部屋へ行き、テレビの電源を付ける。偶然にも、付いた番組ではダンス式のダイエットを披露していた。普段はチャンネルを変えるなり、そのまま見過ごすさと子だが、よく見てみると意外と面白そうなダンスに、思わず立ち上がって踊りだしていた。


「これ面白い! でも意外と効くなぁ。これをハンちゃんと一緒に踊ったら、スーさんも少しは認めてくれるかなぁ」


 気がつけば、5分間ずっとダンスを踊っていた。どうやらこのダイエットのDVD付きの本が書店で売っているらしい。それならば、明日買って帰ってスーさんに直談判しよう。これを、ハンちゃんとするからと。なんなら、3人でやっても良いんだけど。2人いるってことは、2食分食べることになるからなぁ。テレビを消すと、さと子は部屋の電気を消して布団の中に入った。だが、明日が楽しみすぎてしばらく眠れずにいたさと子だった。


――現在の体重96キロ

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