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3:ステーキな誘惑(前)

 ハンバーグ男子こと、ハンちゃんと出会って以来、さと子はハンちゃんとばかり運動に励んでいた。気づけば、3日連続で1日3食ハンバーグを食べていた。もちろん、達海とランチを食べる今も。


「お前さぁ、本当にダイエットしてるの?」


「うん、してるよ? コレでも3キロ痩せたんだけどなぁ。分かんない?」


「へぇ。頑張ってんだな。じゃあとりあえずそれは良い。それより、最近ソレばっか食べてないか?」


 さと子の大きな2段型のお弁当箱を見つめて言った。その中には、大きなハンバーグが入っている。


「そうだね。でも本当に痩せてるよ? ってか、運動してからじゃないと食べられないしね」


「運動してからじゃないとって?」


 達海が疑問の目を向ける。さと子はしまったと視線を達海から逸らすと、はははと笑って誤魔化した。


「そう言う目標、ね?」


「あっそう。でも、同じ料理ばかりって言うのは見てるこっちからしてもちょっとな。たまには違う料理も食べたらどうだ? 気分転換にもなるだろうし」


「そうか~でも何かハンちゃんに悪いなぁ~」


「ハンちゃん?」


 またもや失言をしてしまった。達海の目が鋭い。さと子はげらげらと笑い飛ばすと、達海の背中を叩いた。


「馬鹿ね~友達のことじゃない! もしかして焼いた? 焼いちゃった?」


 そしてさと子は、3階全体に響き渡らせる勢いで笑い飛ばした。達海は、深いため息をついて、「ご馳走様」と立ち上がると笑い続けるさと子を置いて去って行った。


 … … …


 帰宅後、さと子は早速調理台に立って手を洗っていた。


「そうねぇ。たまには違う料理を食べたりしてこそ、改めてハンバーグを食べた時の喜び、そしてハンバーグへの愛情も増してくってものよね! よし、今日はステーキ作っちゃお。うひょー、ステーキ久々だぁ!!」


 此処最近、ハンちゃんに会いたいこともあり、ひき肉ばかり買っていたが、実はハンバーグを作る前に買い置きしてチルドにステーキ肉を入れていたのだ。あまり放っておくと痛んでしまうかもしれない。丁度良い頃だろう。


 分厚い肉に切れ込みを入れ、鼻歌を歌いながら肉を焼く。普段なら、焼き上がるのを待っている時間にお菓子を食べたりもするものだが、ハンちゃんとの出会い以来、1つの料理を人のように大切にするようになったのだ。お腹は鳴るが、我慢ガマン。口元から溢れるよだれを急いで拭った。


「出来た!!」


 綺麗に焼き上がったステーキを見て、さと子は思わず笑顔になる。肉をフライパンから鉄板へ移し替え、準備は万端。魔法がかかっていることを忘れ、両手を合わせると、目の前に会ったステーキが瞬く間に男性に変身した。


「ああっ……」


 目の前に現れた男性は、達海やハンちゃんとは別ジャンルの、ガタイが良く、頼りがいがありそうでかっこいい男性だ。茶色い髪をさと子よりも長く尻まで伸ばし、目尻に赤いメイクを施した派手な着物のかぶき者。イケメンを前にして喜ばない女子は滅多にいないはずだが、今回は特例だ。久々に食べたがっていたステーキが、目の前でいなくなってしまったのだ。イケメンがいないより、よっぽど悲しい。


「さと子、そんなに落ち込まないで」


 艶っぽい声で話しかけながら、男性はさと子に近づいていく。そして、3重になった柔らかい顎を持ち上げながら、さと子に耳元で囁いた。


「君の期待を裏切ってしまった代わりに、とっても素敵なことをしてあげる」


「ステーキだけに?」


 さと子の乙女心の欠片も無い返答に、男性の表情が少し曇った。だが、此処で折れては負けと同じ。男性はすぐさま表情を戻し、さと子に返事代わりにと、耳元に息をゆっくり吹きかけた。


「うわっ!?」


 さと子は驚いて後ずさった。男性は、「えっ」と思わず片手を伸ばして困惑気味の顔でさと子を見る。こっちも困惑しているのだが。さと子は首をひねった。


 そんなさと子の様子に色男のプライドが折られたらしい。男性は執念の炎を燃やした。ズンズンとさと子に近づくと、強引にさと子を抱きしめた。


 ……が、あまりにも太っているさと子の体を、腰まで覆えない。遠目に見れば、それは遊園地で着ぐるみに抱きつく少年のようであった。


「ふふふ……ふふふふふ……」


 今にも泣きそうな声で笑い、男性はそのまま手を滑らせ、地面に膝を付けてしまった。


「あの~」


「まだだ! 君から恍惚なまでの満足と言う声を聞くまでは!!」


 さと子に間髪いれず立ち上がり、男性は目の前で髪の毛を掻き上げたうえにガバッと、露骨なまでに着物をはだけさせた。分厚い胸元には、ステーキ特有の切り込みが傷跡のようになって見える。


「何なのアンタ。ハンちゃんと大違い……色っぽい通り越してちょっと下品じゃない?」


 さと子のまともな指摘に、男性は顔を真っ青にして1歩下がった。どうやらかなりショックだったらしい。


「ち、違う! お前が悪いんだ! 醜いデブのクセして、スーパーイケメンの俺に全くなびかないから!!」


 青い顔を途端に真っ赤にさせて、さと子を指さして怒鳴る男性。なかなか傷つく言葉選びだが、あの時達海に罵られた衝撃に比べれば可愛いもの。デブである事実は真摯に受け止めて、「この世の全てのデブがイケメンになびくわけじゃないからね」と諭すように言った。


「おうおうやっとるのう」


 今回はいきなりトイレの扉から登場した神様。驚くさと子をよそに、神様は男性に歩み寄って肩をポンと叩く。男性は壁に片手を当て、かっこつけながらため息をついた。


「まさか、天下の伊達男であるコイツを完膚なきまでにぶちのめすとはのう」


「いいえ、ぶちのめされてはいません」


「いやいや意地を張らんでも良い。今までのレディは皆、イチコロだったものなぁ。コイツの手法は、レディをドキドキさせて喜ばせ、その気になってダイエットを頑張って見返りを求められた頃に料理に戻ること。それが、出だしでくじいてはなぁ」


「くじいてません」


「くじくどころか、転ばせるようなもの出してなかったものね」


 朗らかに言ったさと子を、男性はギロッと睨んだ。神様は楽しそうに、おほほっ! と思わず声を出して笑う。


「こんなところで世間話してる場合じゃないや、ダイエットしないと食べれないものね」


「……世間話ぃ?」


 腕を組み、しかめっ面でさと子に問いかける男性。だが、その頃にはさと子は着替える為、部屋を移動している最中だった。丸い背中を見つめ、ケッと苦笑いする。


「ありゃバケモンだな」


「バケモンに執着するお前もなかなかのモノノケじゃろうが」


「望むところさ」


 目を灼熱に燃え上がらせる男性に、神様も呆れてものも言えず、「勝手にするが良い」とだけ言い残すと、静かにその場から去って行った。


 神様と入れ違いになってさと子が着替え終わって戻ってくると、男性の肩を叩いて言った。


「行きましょ、スーさん」


「す、スーさん!? ハンバーグのことはちゃん付けしてるじゃねぇか! せめてスーちゃんかスーくんにしろよ!!」


 例によって、さと子はスーさんの言葉を聞かずに歩きだしていた。茫然としてしばし立ちつくしていたスーさんだが、「行かないのー?」と玄関口にいるさと子に聞かれると、急いで玄関へと向かった。

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