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16:聞いてよラーメン(後)

 脱衣所の扉が開くと、達海は用意してあった服を着てさと子の前に正座をする。


「色々と助けてもらって申し訳ない。コレ、お父さんの服か?」


「うん。たまに泊まりに着た時ようにね。これからは達海用の服も用意しないと駄目ね!」


 さと子は冗談っぽく笑った。達海はその言葉に目を見開いて驚くと、さと子から視線を逸らして言った。


「……そうかもな」


 達海の呟きは、隣の部屋から見ていた神様となべ姉だけが知っている。


 … … …


  達海と鍋をつつくと言うことで、なべ姉は早々に料理に戻った。神様も残りの仕事をしてくると言っていなくなると、残されたさと子と達海はテレビを見ながら鍋をつつく。


「達海も1人暮らしだったよね? 実家とか帰ってる?」


「いや。最近忙しくて全くだ」


「お父さんお母さん待ってるだろうしさぁ、早く帰らないとね」


 さと子は水菜を摘みながら言った。何気なく言った言葉だったが、さと子の言葉を聞いた瞬間、達海の表情は暗くなった。


「どうだか。俺の親は、俺の能力や社会的地位しか興味無い」


「そうなの?」


 不安げに聞くさと子。もう具が少なくなってきたので、準備しておいたインスタントラーメンを鍋に入れた。


「ああ。小さい頃からそうだった。俺がどうなろうと、親どころか誰も、何も言わなかった」


「どうなろうとって?」


 さと子が聞くと、達海はテレビの方を見る。コンプレックスを持った人特集がやっていた。


「お前、太ったことはコンプレックスだったか?」


「そりゃあ太ったら色々言われるしねぇ。実の所、親にも恥ずかしくて見せる顔無かったし」


「でも、お前の所の親、優しそうだよな」


「どうして?」


「お前見てたら、分かるよ」


 達海は穏やかな顔つきで言った。さと子は、「どうかな」と首を捻った。


「だとしたら、私も達海見てたら親御さん良い人なんじゃって、思うよ」


 さと子が言うと、達海は少し驚きながらも、柔らかい笑みをさと子に向けた。


「それは多分。親じゃ無い。お前が……」


 状態をフラフラとさせる達海。急いで達海の元へ移動して体を掴む。


「達海、絶対熱あるよ。休みな」


 肩を貸し、達海を寝室へ連れて行くと、何時もさと子が寝ている布団に寝かせた。温かい物を食べて血色が良くなったとばかり思っていたが、熱で顔が赤くなっていたみたいだ。さと子はタオルを濡らすと、達海の額に乗せ、「おやすみ」と戸を閉めた。戸が閉まると、達海はゆっくりと目を閉じた。


 達海が心配ではあったものの、自分は医者では無い。割り切ってラーメンを食べることとしよう。ラーメンへ箸を伸ばしたその時、目の前からラーメンが汁ごと消え、隣にガタイの良いゴリゴリの男が現れた。


「シメのラーメンは、お鍋に入りませんか?」


「ラーメンはラーメン。入りません」


 男はさと子の問いに冷たく言い放つと、ゲラゲラと笑った。


 さと子が口元に手をやってシーっ! と隣を指差すと、男は口に手をやって、「すまんすまん」と小声で言った。


「おっちゃん、私ラーメンが本当に食べたかったんだけど」


「だろうなぁ。でも、俺も一応食べる前に出てくるのが決まりだしなぁ。それに、出番も欲しかったし。ちょっとぐらいガマンしてくれよ」


「へぇい」


「それはそうと、お嬢ちゃん可愛いな。もう痩せなくても十分良いくらいじゃないか! 俺のタイプだ!!」


「い、いや、おっちゃんにタイプになられても」


 おっちゃんは大声を出して笑えないので、口元に手をやって必死に笑いをこらえた。幸せな奴め。さと子は苦笑いした。


「でも、あの兄ちゃんも良いって言ってたろ? 本当に綺麗だよ。他の男に取られないか、ヒヤヒヤするくらいにな」


「大丈夫ですよ、こんなデブだれも取りゃしませんって」


「デブならそうかもな。でも、痩せたらどうする?」


 痩せたら、もっと色んな服を着て、なべ姉がしてくれたようなメイクをして、遠い場所にだって出かけてみる。そんなことをしてみたいと密かに思っていた。それをおっちゃんに告げると、おっちゃんは笑顔で頷く。


「やっぱり、色んなことしてみたいよな。きっと男からモテるぞ~?」


 おっちゃんの煽りに、さと子は頬に手を添えてニヤける。ニヤけるさと子の額に、おっちゃんがデコピンをした。さと子は、「痛っ!!」と声を上げると、その場に転げ回った。


「ま、思う分には良いが、傍にいる人の優しさも忘れんようにな……俺みたいに!!」


「どこがじゃっ!!」


 さと子のツッコミに、おっちゃんは声を上げて笑った。さと子が再度シーっ! と警告すると、おっちゃんは更に笑い飛ばす。


「おいおい考えてみろ。俺は奴には見えてねぇんだ。声だって聞こえやしないよ」


 成程。さと子はおっちゃんをじっと見つめた。


「にしても、あの調子じゃ明日治るか分からんな。どうすんだ? アイツのこと」


「出来れば達海だって自宅の方が落ち着くだろうし、明日調子良くなれば帰ってほしいけど……。無理だったらもう少しだけ泊めるよ。あんまり変に出入りされて、知り合いに勘違いされたりしたら嫌だし」


「そうだな。そうしてやりな。んで、じっくり話を聞いてやると良い。あの手のタイプは、話したくても話せないことがいっぱいある。こっちがしつこく聞いてやらないとな」


「うん、分かった。有難うおっちゃん」


「有難うってお前、如何にも食いたいですオーラ出すんじゃないよ!! 仕方ねぇなぁ」


 名残惜しそうであったが、おっちゃんは鍋の中に戻ると、よせ鍋の汁に染みたラーメンへと戻った。時間はかなり経っているはずだが、麺は伸びていない。恐るべしグーグーダイエットマジック。


「いただきます!」


 両手を合わせてラーメンをすする。つるんと舌触りの良い麺が喉を通っていき、喉が気持ち良い。スープもよせ鍋の魚や野菜の味が混ざっていて美味しく、芯から温まる。達海も美味しそうに食べていたが、もう少し食べさせてやりたかったな。


「ご馳走様でした」


 ラーメンを食べ終え、そっと達海の眠る寝室を開ける。起きる様子は無いので、慎重に押し入れを開けて布団を食間に持っていく。布団の準備が完成すると、さと子は仁王立ちして鼻息を1つ荒くした。達海の方が気になり、物音立てずに忍び寄って顔を見てみる。改めて見ても美しい顔だ。こんなイケメンが何故この太ったOLの家で寝ているのか。奇妙な感覚だったが、たまにはこういうのも良いか。クスリと微笑むと、寝室を出て静かに戸を閉めた。


――現在の体重、66キロ

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