表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

14:漬物達と、乗り越えたい停滞期(中)

 場所はだだっ広い河川敷へと変わった。野球をしようと言っても、全員で4人。これでは出来ても精々キャッチボールくらいだ。


「ちょ~っとこれじゃあ迫力無いよねぇ」


 そのことに真っ先に気付いたじゃがくん。カリー伯爵は、事実を理解しても尚、野球道具の準備をしていた。1人だけ熱量が違う。


「そうだな。草野球って確か、少なくても10人は必要だろ?」


「うん。欲を言えば、12人くらいは欲しいなぁ……どうしようっか。ここら辺に子供はいなかったし」


「ねぇ、もう諦めない? 違う方法もあると思うなぁ」


 さと子が唯一の止めるチャンスにすかさず口を挟んでいると、さと子の後ろから後光が差した。つけ坊主とじゃがくんが途端に目を瞑ったので、さと子が何事かと振り返ってみると、信じられない光景に思わず数歩後退した。


 それもそのはず。さと子の背後にいたのは、神様……と、さと子が今まで出会ってきたハンちゃん、スーさん、ひたし様、なべ姉、なぽりん、ねむたろう、サラダ、ぎりの助がいたからだ。


「何じゃ、面白そうなことならワシも呼んどくれよ!」


「そうだぜ? 野球なんて、俺様にピッタリじゃねぇか!!」


「私は審判が良いですね……」


 皆が一気に話しだすので、誰の言葉を聞けばいいのか分からない。さと子は神様の前に移動すると、その瞬間なべ姉に抱きつかれた。


「あ~ん、さと子ちゃんめっちゃ可愛くなってる! 素敵よステキィ。だんだんとアタシ好みのイイオンナになって来てるわんっ!!」


 なべ姉のあまりにさり気ない抱きつき方に、スーさんやひたし様の動揺は隠せない。ハンちゃんは仲の良さそうな2人を微笑ましそうに見ており、なぽりんは奇妙なラブの感覚に胸を弾ませていた。


「ちょ、ちょっとちょっと! 神様、私こんなに料理作って無いよ。どう言うことっ!?」


「ふふ、彼は料理であって料理で無いと前に言ったろう? 今回は特例じゃ。皆で野球を楽しむのじゃ!!」


 神様の言葉を合図に、食べ物男子達は「おーっ!!」と声を上げた。さと子が中に入らなかったからか、掛け声の後にしばしの沈黙が起こる。皆の期待を背負い、神様は再度言った。


「皆で野球を楽しむのじゃ!!!」


 神様の声と同時に、全員の格好が野球服に変わる。当然さと子の服も。食べ物男子達は驚きながらも、改めて声を揃えて、「おーっ!!」と声を上げた。これにはさと子も、嫌々ながら小さく手を上げ、「おー……」と声を絞り出した。


 さと子の力無い声を皮切りに、食べ物男子達との草野球が開始した。


 … … …


 1試合目は、ピッチャーがハンちゃん、ファーストがじゃがくん、セカンドがなぽりん、サードがスーさん、ショートがサラダ、レフトがぎりの助、センターがなべ姉、ライトがさと子になった。キャッチャーとしてつけ坊主がどっしりと構え、神様、ひたし様、ねむたろう観戦兼、審判役となって応援する。いや、正確にはねむたろうは眠っているのだが。バッターに立ったのは、この中で野球を1番愛するカリー伯爵であった。さと子の位置からはカリー伯爵からかなり遠いが、それでも分かる。彼の熱意が。あそこから、昭和のスポコンアニメの香りすら漂うようであった。そうか、スポコンの臭いって、汗臭いとばかり思っていたが、実はカレーの臭いだったのか。さと子は呆れ半分に勝負を眺める。


 ハンちゃんは胸をトントンと叩いて気持ちを整えると、構えてボールを投げる。ハンちゃんは可愛らしいイメージだったが、彼も男なのだよな。投げる球は素早く、強く、フォームも素人とは思えない程美しかった。さと子の薄目だった瞳が大きく開かれると、カリー伯爵の方へと視線を移した。カリー伯爵はバットを振り、球に当たったものの、当たった球はファールになってしまった。神様とひたし様が同時に両手をクロスしてバッテンのマークを作ると、「ファール!!」と声を上げた。ハンちゃんは男らしく、ガッツポーズをし、「よしっ!」と一言。カリー伯爵は、気落ちすることも無く、すぐに次の攻撃へと備えた。そこは流石、野球好き。精神統一も伊達じゃ無い。


 次の攻撃。ハンちゃんも意識を集中させて投球した。投げた球は、カリー伯爵の元を素通りしていく。カリー伯爵は、静かに次の攻撃へと備えた。野球好きと言っても、そこは所詮観戦好きか。カリー伯爵は見た感じそんなに運動をしそうなイメージも無いので、もしかしたら意外と実践は不得意なのかもしれない。チーム戦では無いので応援する相手を特定は出来ないが、やはりバッターとピッチャーが現れると、素人としてはバッターに打って欲しいと思ってしまう。


 3回目の攻撃。ハンちゃんは球を投げた。2回目では見送っていたカリー伯爵であったが、3回目、球を打つと、その球は見事に弧を描いて飛んで行った。これはもしや……さと子の目が煌めく。


「ホームランじゃーっ!!」


 神様が、さと子の心の中の声を代弁したかのように叫んだ。球はスーさん達の位置よりも遠くへと飛んでいく。カリー伯爵はバットを捨て、全力で走りだした。


「後ろ、取れ!!」


 スーさんの声で、ぎりの助とさと子は慌てて動くが、追いつきそうにもない。さと子が振り返ると、その間にもカリー伯爵は一塁を超えていた。どうしよう。さと子が困り果てていると、ぎりの助とさと子の真ん中から、1人の男が素早く球に駆け寄っていった。あの揺れる髪、長いまつ毛は間違いなくなべ姉だ。なべ姉が瞬時に球を取り、くるりと半回転すると、サラダへと剛速球で投げつける。


「ソイツを逃がすなぁああああっ!!」


 それは、猛々しい雄叫びであった。なべ姉の変わりようにサラダの血の気が引いたが、何とか球をキャッチすると急いでカリー伯爵へと当てようとする。カリー伯爵は近づいてくるサラダに気付くと、近い一塁へと急いで戻った。神様が一塁の方へと走っていくと、「セーフ!」と両手を横へ伸ばした。さと子はホッと一息つく。カリー伯爵は惜しそうだが、十分な成果だ。カリー伯爵の元へと、皆が駆け寄ってきた。


「凄いよカレー。ちょっと自信あったから悔しいや」


 ハンちゃんは苦笑いしながらも手を伸ばした。カリー伯爵は、ハンちゃんへと手を伸ばし、握手をした。2人の目は、揺るぎなく熱い。そうか、スポーツをするって、こういうことなんだ。さと子の冷めていた心にも、ポッと小さな炎が灯り始めていた。


 … … …


 試合の人物が若干変更された。変更されたのは、ピッチャーのハンちゃんがスーさんに変わり、スーさんのいたサードはカリー伯爵になり、センターがねむたろうに変わっていた。バッターへと変わったのは、先程頭角を現したなべ姉であった。なべ姉は体をくねくねとさせながら、「出来るかしら~」などと言っているが、絶対強敵になるはずだ。ハンちゃんは神様やひたし様と観戦がてら、先程の試合の話を楽しそうにしていた。


 しかし、しかしだ。それにしても後ろの3人のとろさと言ったらどうなのだろう。ねむたろうに至っては今にも眠ってしまいそうだ。さと子は我ながらとろそうな人選に、不安がよぎっていた。


 さと子の不安は見事的中した。それも、1回目の1発目の投球で。


 あの、運動バカとも言えるスーさんの投球を、なべ姉は猛々しいまでの雄叫びを上げて1発でホームランにしたのだ。なべ姉の底知れぬ強さに、スーさんの表情は誰よりもポカンとしていた。さと子も共にポカンと見つめていたかったが、どんどんと遠のいていく球をただ見つめるわけにもいかないので、さと子は必死に走った。案の定、ぎりの助は、「すげ~なぁ~」と微笑ましそうに球を眺め、ねむたろうは鼻ちょうちんを膨らまして立ちながら眠っていた。さと子直々に戦力外通告してやりたいぐらいであった。


 さと子は必死に球を追いかけ、5分間をかけて何とか球を拾い上げた。そこからまた5分かけて戻り、球を投げる。予想通りではあったが、なべ姉はもう本塁まで戻っていた。息が上がり、体が熱くなるさと子。この頑張りが無駄だったのかと思うと、少々苛立ってなべ姉へと球を投げつけた。なべ姉はそれすらも簡単にキャッチすると、「お疲れ様! うふっ!!」とさと子を抱きしめた。いとも簡単にハグをやってのけてしまったなべ姉に、試合もさと子も捕られてしまった様で悔しい。スーさんは抱きしめられて動揺するさと子の手を引き今度は自分がさと子を抱きしめた。しかし、スーさんからの抱擁には、さと子はサッと離れた。何故だ。アイツと自分は何が違う? スーさんは悶々としながら口を尖らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お気に召して頂けましたら、クリックお願いいたします。 バナー画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ