13:おにぎりは義理がたい(後)
家にあった作り置きのおにぎりと、追加でステーキとサラダを追加する。おひたしも作らなければ。少しアンバランスだが、今のさと子の熱量に献立など気にもならない。全員が登場すると、妙に何時もよりやる気のあるさと子に、スーさんは首を傾げる。
「どした? 女に悪口でも言われたのか?」
「ああ、そう言えばさっき……」
サラダがさと子に苦言を呈していたことを話した。スーさんは腕を組み、「はっはーん」と言う。可哀想と口元に着物の袖をしとやかに当てているひたし様。
「んだ。けども、こんな真っ暗になってからはじめるのかぁ?」
うん? スーさんが、隣の男性の口調に横目で見た。
「んだぁ。だってぇ、達海は痩せろって言ったくせにぃ、痩せたって私に興味なんてあるわけねぇんだぁ。だったらよぉ! アイツがアッ! っと驚くぐれぇ、痩せてちょっとでも見返してやりてぇんだぁ!!」
「ええじゃねぇのええじゃねぇのぉ!!」
さと子も完全につられている。隠していた心の内を、簡単に口にしてしまった。気付いた時にはもう遅い。男性陣は皆さと子に顔を近づける。おにぎりは眉太で少し懐かしさのあるハートフルな日本男子。スーさんは目元の隈取りが印象的な、大江戸の伊達男っぽいイメージの男性。サラダは北海道で牧場経営をしていそうな、自然系男子。ひたし様は、線がきめ細やかで華奢で何もかもが美しい。宝塚にいそうな美しい男子。他の食べ物も含め、全員が違う形ながらもイケメンなので、恥じらいも無く近づく顔にさと子も戸惑う。
「おめー、ヤケになってねーか?」
「え、えっとぉ……」
スーさんに痛いところを突かれ、さと子は指先をつつくことしか出来ない。
「まぁまぁ。理由はどうあれ、目標を持つのは良いことだってぇ。なぁ、もう真っ暗だしよぉ、もし体動かすなら、室内や店で出来るようなのにしねぇとなぁ」
「だな。けど、ジムはちょっとお財布に痛いんだよなぁ、庶民には」
それは私が庶民だと言うことか。心の中で若干引っかかりがあったものの、実際会費を払ってまでジムに行きたいかと問われれば、さと子はまだその域に達していない。出来ることならば、お金をかけずに少しでも痩せたい。
「今日は雨降ったから特別暗いし、滑りそうですものね。さと子様、本日くらいはお休みしたら如何です?」
「お風呂入って、ストレッチするだけでも、きっと効果は出ますよ?」
野菜料理2人が、落ち着かない様子のさと子をなだめる。だが、さと子の気は収まらない。呆れるスーさんと、心配する野菜料理。ぎりの助だけは反応が違った。
「まだまだ長い人生なんだぁ、とりあえず自分のしたいことをすれば良い! 俺がこの口調で良いと言ってくれたように、さと子だって何やったって良いんだぁ。俺は付き合うぞ!!」
ぎりの助の言葉に、スーさんや野菜達の反応も変わる。
「ま、それもそうだな。それで後で痛い目見たってお前次第。その覚悟があるなら手伝ってやるぜ」
「う、うん……勿論だよ」
さと子の表情が強張るので、ひたし様が間に割って入る。
「痛い目とはステーキ……おひたしめも応援しますよ!」
「そうだね。自分の好きなこと、したいもんね。それじゃあどうします?」
サラダに問われ、皆で考える。室内で出来る、あまりお金のかからないダイエットとは?
「ごめんパス。俺外で体動かすことしか分からねぇ」
「申し訳ありませんが、私も……」
「おにぎりはどうですか? ちなみに僕も駄目です」
おにぎりは、「う~ん」と長く伸びる唸り声で全員の注目を集めると、妙案が浮かんだらしく、目の前にぴかっと光る電球が浮かんだ。
「プールとかどうだぁ? この時間ならギリギリ~……1時間くらいは出来ると思うなぁ」
「ぷ、プール!?」
さと子は思わず後ずさる。嫌そうなさと子に対して、男性達は皆乗り気だ。
「それ良いなぁ。市民プールなら料金も安価だし、庶民には有難い」
「プールは案外体力使うそうですものね。全身の筋力を上げられそうです」
「この時間なら人少なそうだし、最悪溺れても僕達が助けに行けるかな」
「いや……私、水着合うの持ってないし……」
「んなの、借りれば良いじゃねぇかぁ」
「んだぁ」
んだぁの声が3人分聞こえてきた。それは勿論、ぎりの助とさと子意外の3人。その中の1人の男性は、照れくさそうに咳払いをした。
「そう言うことだ。さっさと行くぞ」
「プール以外で……」
「オイ。さっき痛い目を見る覚悟は勿論あるって言ったよな?」
今まで散々わがまま言ったのだ。さすがに全員の表情が厳しい。この状況で嫌ですの選択肢はあって無いようなものだろう。
「……行き、ます!!」
駄々をこねる感情を突き離し、さと子は準備を整えると、急いで近くの市民プールへと向かった。
… … …
さと子の住む場所は偶然にもスーパーやコンビニなど、近くにあると有難いものが多い。市民プールも、10分程歩けば着く。それにしても、着替える時間を加えると、実際に泳げるのは30~40分か。しかし泳ぐのは久々で、体力だってさほど無い。このくらいで丁度良いのだろう。急いで水着を選び、料金を払って中へと入る。とりあえず1番大きいサイズを選んだが、まさか入らないと言うことは無いだろうな。神に祈りながら着替える。今までのダイエットの成果が出たようだ。水着が何とか収まった。シャワーを浴びて移動すると、そこには普段の格好とは違う、水着を着用した食べ物達がいた。男性の水着姿を実際に見る日が来るとはなぁ。少しドキドキする。
「よし、まずは水着はクリアだな」
「それならぁ……」
ぎりの助は、あくびをし、目をこする監視員を見る。ニヤッと笑うと、さと子の手を引いてプールに飛び込んだ。先を越された。3人が続けて飛び込む。さと子1人分とは思えない程の広範囲な水の波紋に気付かず、監視員は目を閉じてはうっすら開けるを繰り返す。
「ひゃーっ! これがプールかぁ。入ると気持ちいいんだなぁ」
「そうでしょ。ちょっと嫌だったけど、全然人いないから、体型で後ろ指差されることは無さそうね……良かった」
「この世におめーくらいの体型で堂々とビーチ行ってるヤツなんてそこら中にいるだろうが。何気にしてんだか。にしてもあの監視員ちょろいな。狭いから隣で泳ぐかな」
スーさんは隣の本格コースで泳ぎ始めた。その美しいフォームに思わず見惚れる。あれくらい泳げるようになりたいものだ。
「す、すみません……おひたしめは泳いだことが無く……歩行コースへ行ってきますね」
ひたし様は端の歩行コースへ移動してゆっくりと歩いている。若者とは思えない、そこはおひたしらしい選択だ。
「さと子さん、泳げます? ビート板持って来ましょうか?」
「ああ、そうしようかなぁ」
「いいよぉんなもん。ほら、手ぇ貸してやるから、ちょっと浮いてみなぁ」
ぎりの助に両手を掴まれると、流れに任せてそのまま引っ張られる。すると、さと子の重い体が簡単に浮き上がった。
「おおっ!?」
思わず声を上げてしまい、ぎりの助以外の皆が監視員の方を見た。完全に寝入ってしまっている。仕事は全くなっていないが、今回ばかりはそれが有難い。さと子達は安堵すると、それぞれしたいことを再開した。
スーさんは本格的に泳ぎ、ひたし様は水の上を歩き、サラダはビート板を持ってフリースペースで泳ぎを練習し、ぎりの助は気持ち良さそうに泳ぐさと子のサポートをし続けた。
… … …
気付けば終了時間ギリギリまで泳ぎ続けていた。館内に終了のアナウンスが流れ、さと子達は急いで上がった。結局、監視員の方は最後の最後まで寝ていたので、スーさんはハシゴを登ると、「えいっ」と監視員にデコピンした。スーさんが見えない監視員は、ハッと目を開けると、きょろきょろと辺りを見渡した。笑いを堪えながら、スーさんは食べ物男子達を追いかけた。
プールを出ると、気持ち良かったはずの体はどっと疲れが現れた。そうか、これが水の上で泳いだ筋肉なのか。今までの感覚とは少し違う。パンパンの腕を上に伸ばし、大きく伸びをする。
「明日筋肉痛になってそ~。でも、みんな有難うね」
「いえ、僕達は好きなことやってただけですし……お礼を言うなら、はいっ」
サラダは小さくハニカミ、手を横にやる。ぎりの助は素っ頓狂な顔をして、人差指で自分を指す。
「そうね。有難う、ぎりの助。貴方に言ってもらえなかったら、プールとか一生しなかったし、泳ぐのサポートしてもらえたから本格的に全身運動出来たよ! 本当に有難う!!」
にっこりと笑うさと子に、「いやぁ」と照れくさそうに頭を掻いた。その後、ぎりの助は小さく首を振る。
「俺だって、人を選んだりするものさぁ。さと子さんはちゃんと目標があるし、心だって広ぇ。だから、俺ぁはそんなおめぇに応えなくちゃって思っただけだ。次、また必要な時は呼んでくれぇ」
「勿論だぁ……あっ」
しまったとさと子が口元を手で覆うと、食べ物男子達は一斉に笑った。さと子自身も可笑しくなり、全員で笑い飛ばした。
… … …
帰宅し、とりあえずはご飯を食べる。プールでシャワーを浴びたし、入浴は後でも良いだろう。目の前の美味しそうなメニューによだれが溢れそうだ。
両手を合わせ、「いただきます!」でまずはサラダを食べる。以前テレビ番組で、野菜から食べると太りにくいと聞いたので、細かい部分ではあるが、実践してみる。シャリシャリと新鮮な野菜が綺麗な音を立てる。水分が溢れだすのは、一生懸命動いた後だと尚更嬉しいな。おひたしは、今回も違うメニュー。よくこれだけ考えつくものだ。今回は、トウモロコシを添え、塩だれをかけたシンプルなもの。けれど、白菜やホウレンソウに、トウモロコシは結構合う。
そしてステーキを食べる。うむ、やはり王道的な味。これさえあれば、生きてける。本当なら肉汁まで頂きたいが、また太ってしまうので我慢しよう。
最後に、おにぎりを食べる。やはり、これは美味しいな。炭水化物の存在はどれも大きい。麺もパンも、ソレ1つでは物足りないが、調理法を変え、具材や調味料を追加すれば、沢山の可能性とうま味に満ち溢れた魔法の材料なのだ。その中でも、おにぎりは凄い。塩を一振りするだけで、1つの料理になってしまうのだ。中に梅やカツオを入れれば、こんなに心も胃も満ち溢れてしまう。夢のような料理だ。ちなみに、今回の具材は鮭だ。塩味の効いた鮭が、おにぎりと良く合う。
「う~ん、美味しかった! お腹もいっぱい! ご馳走様でした!!」
両手を合わせ、頭を下げる。食器を何時も通り洗うと、半身浴をして、今日も早めに就寝した。
――現在の体重、78キロ




