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11:サラダよ負けるな

 掃除も終え、さと子はシャワーをゆっくり浴びると、布団に寝転がってごろごろする。掃除をし終わった時点で達成感は存分にあったので、このままゆっくりしても良かったのだが、此処まで体を動かす気になったのに、此処で止まってしまうのは勿体ない気もした。時間はまだ11時。あれから1時間半しか経ってないのか、さと子も自分の仕事の速さに驚く。


「そろそろ体も運動の負荷に慣れてきたし、時間もあるから、ハンちゃんとスーさんに鍛えてもらおうかな。お肉も食べれるし」


 さと子はフライパンを置き、まずはステーキを焼くことにした。ステーキを焼く間に、ミンチをハンバーグに整える準備をしておく。せっかくなので、サラダもつけておこう。ハンバーグの形を作り終えたところで、さと子は手を洗い、キャベツを切り始める。ステーキをひっくり返せば、良い焼き目と匂いになってきた。さと子は鼻歌を歌いながら大根やニンジンを細く切り刻んだ。キュウリやミニトマトも入れなくては。


 サラダの準備が完成した頃に、ステーキを見てみる。あともう少しなところか。そろそろ隣でハンバーグを焼いてもどちらかを焦がすことにはならなそうだ。


「あの~……」


 斜め後ろから弱々しい男性が話しかけている。が、あまりにも小さな声で火の音にすら負けている。聞こえないさと子は、後ろにいる男性の存在に気づかないままもう1つフライパンを用意し、その上でハンバーグを焼いた。


「あの……!」


 2つの肉の焼ける音で、先程の音量よりも2倍になった。少し声を大きくしてみたものの、さと子には届かない。


「あ、あ、あの~……!!」


「ちょっと火おっきすぎるかなぁ」


 必死に出した声は、さと子の独り言と同時になってしまった。当然彼女の耳には届かず、さと子は「少しちっちゃくしよ」と独り言を続けた。


 肉をじっと見つめるさと子。今がチャンスだと前に行こうとすると、丁度目の前に神様が現れた。


「おう。やっとるのう、さと子。やっぱり肉料理が一番好きか」


「うん。デブの性ですよね~今回のグーグーダイエットで色んな料理が好きになれたけど、やっぱり肉も好きだなぁ~って」


 話に入れないこと、そして何より、登場する前から堂々と肉が好き発言をされてしまったサラダ担当の男性は、こっそりとさと子の寝室に移動した。


「おや。この深いガラス製の器は……今日はサラダも付けたのか?」


「はい。お肉ばっかりじゃ駄目だよなぁって思って。そろそろ色んな野菜料理食べてみたかったし」


「じゃな。しっかし、サラダの専門は一体誰だったかの……」


 神様にすら忘れられている自分。男性はこっそり開けていた寝室の部屋を閉め、さと子の布団の中にうずくまった。


「もう、忘れちゃったんですか? 可哀想じゃないですかー私だったらすぐ見つけちゃいますよ」


 いや、全然見つかって無かったよ。見つかるどころか声かけても聞こえもしなかったよ。うずくまりながら、男性は心の中でツッコんだ。


「あーそうじゃ。アイツは影を薄くするのが得意でのう。ほら、サラダって当たり前のようにおるじゃろ」


 得意とかじゃないです。ただ単に影が薄いんです。気がつけば、枕が濡れていた。


 そんなこととは知らず、さと子はステーキの方を皿に乗せる。後はハンバーグだけだなとウキウキしていて、サラダが入っていた入れ物に彼がいないことを全く気にしていない。普通気づくだろ、気づけよ馬鹿! 気の弱い男性は、心の中でさと子に罵声を浴びせる。


「そうですね。でも」


 もう聞きたくない。男性は寝がえりをうった。


「サラダって本当に美味しいんですよね」


 一瞬の褒め言葉に、反対側に体を向けていた男性が、さと子達のいる方の部屋を見る。


「自然から頂ける食材で、生でかじりついても美味しいのって、やっぱり野菜くらいですもん。そんな自然の味を生のまま凝縮してるんですもん、シンプルだけど、良い料理ですよね」


 さと子の言葉に感動し、ボロボロと涙を流しながらゆっくりと立ち上がる。男性は扉に手をかけた。


「あ、フルーツ盛り合わせもか」


 さと子のその不必要な言葉を聞かなければ、男性は素直に扉を開けられただろう。何とも言えないためらいを感じ、思いとどまる。しかし、自分にはサラダにたまにはいってるミカンだっているじゃないか。そう必死に自分を励ますと、男性は涙を拭って扉を開けた。そこにはさと子と神様がいる……かと思えば、目の前は威圧感のある大男の背中だった。あまりの衝撃に、男性の動きが止まる。


「ったく。ハンバーグが待たせ過ぎなんだよなぁ」


 この声はスーさんだ。スーさんはそのままさと子の元へ歩いて行くと、至極当然のようにさと子にくっついた。


「暇だからってくっつかない。そろそろハンちゃんも来る頃よ」


 さと子に指摘され、チェッと舌打ちをするとスーさんは離れた。あまりに積極的なスーさんの姿に、男性は戸の隙間からあわあわと口を開けて震えるばかりだ。


 更にハンちゃんも現れると、さすが有名な肉2人。ボーダーの服に青いオーバーオールを着る自分とは違い、彼等には華がある。これは気付かれないわけだ。男性はため息をつく。


「んじゃ、早速ひとっ走りしに行くか」


「うん」


「あ、あの!」


 ぞろぞろと外を出る為、置いてかれないように急いで男性も飛び出す。扉が閉まりかけたので、男性は必死にドアノブを引いた。


「あれ?」


 さと子が違和感を感じ手を離すと、強く引っ張っていた反動で男性は扉に挟まれ、紙のようにペラペラになってしまった。


「誰もいないなぁ。何だか扉が強く引っ張られた気がするんだけど……」


「もしかしてそれってコイツじゃねぇか?」


 不思議そうに首を傾げるさと子に、スーさんが言った。そして、人差指を倒れ込んだ男性へと向ける。


「おや、コイツ見たことあるのう」


「あーあるな。誰だっけ」


 起き上がってすぐこの突き放されよう。か弱い男性のハートに、言葉のナイフがグサグサと刺さる。


「もしかして、お皿の中に無かったサラダ?」


 さと子の言葉に、かろうじて男性は頷いた。


「良かった! こんなところにいたんだ!!」


 良かった? さと子の言葉に、男性は首を傾げる。


「今まで何処行ってたの? 君達も人の姿をしてる以上何処へ行っても止められないけどさ、あんまり1人で出かけたら危ないから。心配してたんだよ」


 思わぬ言葉ばかりがさと子から出る。男性は心が揺さぶられ、何も答えられずにいた。


 そんな男性に手を差し伸べると、さと子は言った。


「手伝ってくれませんか? 私のダイエット」


 こみ上げる色んな感情で詰まった言葉の代わりに、男性はさと子の手を握って頷いた。神様や、肉料理の2人も微笑ましそうに見る。


「有難う、サラダ!」


 曇りの無い笑顔で言われたことが嬉しかったものの、他の皆と違って愛称ではないことが気がかりでしか無いサラダであった。


――現在の体重84キロ

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