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9:ナポリタンこそ青春(中)

「……まぁ、何はともあれ、ザ・青春って感じのエピソードだったね! 久々の青春パワーに燃えてきたぞー!!」


 なぽりんは両手を握ってハッスルポーズをした。


「燃えてんなぁ、お前」


「まぁねん。ボクの予感が正しければ、今回のラブにはとてつもない青春が紛れていると思うんだ!!」


「おめーそのラブの力女落とすのに使いたくねーのか」


「ボクは他人同士を落とす方が楽しいのさっ」


 スーさんとなぽりんがラブに対する何気ない持論をする。スーさんが天下の伊達男ならば、なぽりんは恋のキューピッドなのだろう。


「なぽりん、ちょっと変わった子よね」


「うん。ナポリタンがよくいるファミレスや喫茶店では、色々なこと起こるから、よくこんなこと話してるんだ。だから、今サトちゃんを通してでも恋愛に力を貸せて嬉しいんじゃない?」


「左様。食べ物にも、様々な個性や自慢を出来る点が御座いましょう? 彼は目の前で告白、別れ話、そして女子同士の恋バナなどをよく聞いているので、それが1つの自慢なのでしょう。おひたしめも、貴方様や数少ない一部の方々に、あっさりしていて美味しいと言ってもらえるのは自慢だと思っております。その自慢の力を発揮したくてならないのでしょう」


 成程なぁ。さと子が頷く。


「で、次はどうするのさ?」


 直人に問いかけられ、待ってましたとばかりにさと子は指をさす。


「此処よ。此処で、かっこいい服を探すのよ!!」


 店は、比較的安価な男性向けファッション店だ。理髪店の時もそうだったが、さと子はあまり2人きりでこう言ったお店に入りたくない。食べ物男子は他の人の目には見えない為、論外だ。しかし、こう言った店に行き慣れていないのだろう。直人は強い腕の力を駆使し、さと子も強引に店内に入れさせた。


「いらっしゃいませー!」


 今回も直人は店員に捕まえられて言葉攻めにされる。店内に入ってしまった以上は仕方ない。さと子は食べ物男子達と確実に入らないであろう男性服を見て時間を潰した。


「お嬢さん、如何でしょう?」


 店員の声に、さと子達は振り向いた。大抵の店員は、達海などと一緒にいるとお母さんや親せきのおばさんと勘違いするのだが、粋な言い方だ。


「おおっ! かっこいい!!」


 さと子は思わず声を上げていた。食べ物男子達も、「おお~」と声を揃える。


 くたびれたスーツから、マネキンが着てそうなかっこいい服装に変化した直人は、まるで雑誌に出てくるモデルのようであった。


「ちゃんと鏡見た? ほら、かっこいいよ!!」


 さと子が直人を鏡の前まで連れてくると、始めは顔を逸らしていた直人が、チラッと鏡に視線をやると、前のめりになって見始めた。


「これ……僕か?」


「あったりまえでしょう!? ほら、さっきの店員さんみたいに、生まれ変わったつもりでぶつかってきなさい!!」


「お、おう!!」


 今度はしっかりと料金を払い、6人は店を出た。すっかり変わった直人の姿を、すれ違う女性は時折目で追っていた。何だか隣にいるのが申し訳ないな。そう思ったさと子は若干気まずい。


「そう言えばさ、そのカバンごといっつも彼女の机に置いてるの? それ、絶対邪魔がられるよ」


「いや、これは彼女が。僕が初めて置いた時、夜見に行ったら弁当が無かったからさ、その日は持って帰って食べてくれたのかなって思ってたんだけど、翌朝直接手渡されてさ。何時までも置いとくな、邪魔だろって」


「何かカバンに入ってんじゃないの? 返事とか」


「えー」


 道の脇に逸れ、2人はしゃがんでカバンを広げる。内ポケットには何も無いが、1か所、妙に盛り上がっている1番下の部分にさと子は狙いを定める。そこへ手を入れると、やはり手ごたえを感じた。皮の間に隙間がある。そこへ指を入れ、その隙間を一気に引き裂く。カバンが壊れてしまうと慌てる直人だったが、そこからはたくさんの白い紙が出てきた。


「まさかこれ……」


「手紙よ!!」


 直人が手紙に手を伸ばしたが、さと子に思い切りはじかれてしまった。すぐに読ませるわけにはいかない。手紙に日付が書かれているからだ。日付順に紙を並べると、直人に、「どうぞ」と手を手紙へ伸ばす。


「あ、ああ」


 直人は、1番古い手紙を手に取った。すると、文面を見た直人の表情が変わった。


『有難う。お弁当美味しかった。でも、直接返すのは恥ずかしいので、中身を作って返します。同じメニューでごめんなさい。けど、良ければ食べて下さい』


『今朝は、冷たい態度取ってしまってごめんなさい。男の人にこんなに尽くしてもらうことがなかったから、どうしたら良いのか分からなくって。こんな私のこと、嫌いになって頂いて構いません』


『どうして、どうしてこんな私に何時もお弁当を作って下さるのですか? こんなに冷たくしてるのに……とても、人から愛されるような人間だとは、自分でも思っていません。ごめんなさい。嬉しいんです。本当は、嫌いになんてなってほしくない。目茶目茶ですね。ごめんなさい。お弁当、美味しかったよ』


『たまにね、貴方のことを思うの。びくびくしてる貴方。いっつも顔を隠してるけど、どんな顔してるのかなって。見たい気もするけど、駄目ですか? ……って、自分が素直になってから言えよって感じですよね。ごめんなさい、忘れて下さい』


『今日は、密かにお弁当を作っておりました。貴方に返す様ではなく、貴方に何時か、個人的に食べてもらう為のもの。嫌です。最近、貴方のことばかり考えてます。だったらもっと素直になれば良いのに。顔を見ると、ついカッとなって言えなくなる。文字にしないと、冷静になれない……。今日のお弁当、可愛いくって、嬉しくなりました』


『今日もお弁当有難う。私より何時間も遅く帰るのに、何時もかかさず作ってくれて。貴方のお弁当を見るのが、密かな幸せです。そう言えば、貴方の着ているスーツ、少しくたくたでしたね。ボタンも取れかかっていて、直してあげたかったです』


 そこには、ピュアな彼女の、可愛らしい言葉が幾つもあった。それに気づかない彼のことを知ってか知らずか、手紙ばかりが増えて行ったのだろう。直人は無言で読み進める。そして、今日の手紙だ。


『お弁当、有難う。とっても美味しかったです。でも、やっぱりそろそろ勇気をださなきゃ。そう思います。だから、仕事が終わってからで構いません。宜しければ、会社の2件隣になる喫茶店で話しませんか。ずっと待ってます。貴方のこと』


 手紙を持つ手がガタガタと震える。ドMと自ら言っていたあの時の彼は何処へ行ったのか。放ってもおけないので、さと子が直人の襟を掴むと、「行くぞ!」と声を荒げて走り始めた。


「ま、待って。まだ心の準備が!!」


「んなの良いのよ! 早く行くの。あの子はアンタが心の準備する間、ずっと苦しい思いすることになるんだから!!」


 さと子の正論に、直人は何も言い返せない。口をつぐむと、心の準備を整え始めた。


 スーさんにしごかれたお陰で、2キロぐらいは何とか走ることが出来た。もうこれ以上は体を悲鳴が上げる。その時、さと子の視線に手紙に書いてあった喫茶店が見えた。


「いっけええええ!!」


 入口に向けて直人をぶん投げる。


「うわあああっ!!」


 看板をよけきれなかった直人は、喫茶店の長方形の看板に思い切りぶつかった。食べ物男子達はあちゃーと額に手を当てた。あまりの衝突音に驚いたのか、喫茶店の内側から扉が開いた。其処から出てきたのは、あの手紙の女性だ。


「だ、だいじょう……あ!」


 思わず口に手を当てる。髪型も服装も変えたが、一瞬で彼だと気づいたらしい。そわそわとしだし、顔も赤くなる。少し雲行きが怪しくなりかけたが、さすがにあんなに勢い良く看板に衝突した直人に、冷たくあしらう気にはならなかったらしい。


「此処にいたら邪魔になるから、さっさと入りなさいよ」


 見れば見る程極端なツンデレを持つ女性だ。可愛いと言えば可愛いのだが、この性格ではなかなか彼女に近づこうとする男性はいないだろう。


「気になるなぁ。でも、私この見た目じゃ明らかに怪しいよなぁ」


 入口の前で扉にしがみつくさと子。その姿が1番怪しい。周りの目も不審に変わりかけた時、肩に手をかけられる。細くしなやかな手なので、ひたし様かと思って振り返ると、後ろには私服に着替えた達海がいた。


「達海! どうして?」


「一応友の恋模様だ。気になるだろう」


「そっか……あ、もしかして今まで私達のことつけてた?」


 達海は目を逸らし、口元を緩ませた。どうやら正解らしい。


「何よもう! だったらアンタが手伝えば良かったでしょーが!!」


「俺にはどうすれば良いのか分からないんだよ。恋のことは」


「はー、駄目なヤツ。で、アンタだけ話を聞くってこと?」


「まさか。一緒に行くぞ。コレで」


 達海はさと子に長いコートと、質の良いオシャレな帽子と、真っ黒なサングラスを手渡した。成程、逆にこの体型だと、これだけの変装でも間に合うのか。悲しい話だが、これはつまり、また達海のお母さんや親せきのおばさんと勘違いさせる戦法と言うこと。肩を落としたが、すぐに気を取り直して店内へと入って行った。


 … … …


 喫茶店特有の、扉のベルの音。普段は好きなのだが、今は2人の雰囲気を壊してしまわないかと思うとわずらわしい。


 丁度良いことに、2人は店の中間くらいの席に座っていた。まだ話は始まっていない……と言うより、どちらとも何を話せばいいのか迷っているように見える。さと子と達海は奥の席に座った。食べ物男子達も、客が少ないのを良いことに、空いてる席に座りだした。


「あ、あの」


 直人の方が声を出す。急なことで驚いた女性は、「キャッ!」と声を上げた。慌てた直人は、「すみませんすみません」と何もしていないのに頭を下げる。あのしなやかな動き、恐らく謝り慣れている。


「ご、ごめんなさい……」


 女性も謝ってくれたことで、直人は首を振り、ニコッと微笑んでもう1度話始める。


「手紙なんですけども」


「いやあああああっ!!」


 さと子やなぽりんを除く食べ物男子達はガクッとうなだれる。なぽりんはうずうずするような2人の様子にニヤニヤし、達海は無表情でアイスコーヒーを飲んだ。


「落ち着いて落ち着いて!」


 と、彼女の腕を掴むと、何か事件でも起きたのではないかと思う程の金切り声を上げた。あまりのことに、喫茶店のマスターも前のめりになって2人を見るが、直人がマスターの方を向いて首を横に何度も振る。さと子や達海もマスターに向けて首を振ると、マスターはコクコクと頷いた。


「すみません! 触るのは失礼でした。とにかく落ち着いてくれ。と言ってもそう落ち着けないか……じゃあ」


 直人はどうするべきか考えた。今までの対応、そしてあの可愛らしい手紙の内容を思い出す。やがて何か思いつくと、テーブルをバンッと叩き、一瞬彼女の動きを止めさせた。


「僕を殴ってくれ!!」


 言葉を発した瞬間、女性は直人の頬にビンタをした。物凄い綺麗なバチンッと言う音が店内に響く。


 阿吽の如く素早い展開に、さと子達も驚く。


「ご、ごめんなさい……!」


「いや、良いんだ。それで、手紙のことなんだけど」


「言わないでええええ!!」


「殴ってくれ!!」


 またもや発した瞬間にビンタをした。物凄く理不尽で痛そうなのだが、唯一気づかいを感じるのは、2回目は1回目に打った方とは逆だと言うことだ。しかし、その恐ろしい光景にハンちゃんは震え、ひたし様は静止する。スーさんは同じことの繰り返しに飽きてきたのか、さと子の背後に移動すると、達海が見えて無いことを良いことに、さと子の髪の毛をいじり始めた。


「大丈夫かしら」


 小声で達海に問いかける。


「もう少し辛抱しよう」


 さと子は頷くと、また2人に視線を戻した。2発も強いビンタを食らっているのに、直人は赤くなった頬と裏腹に涼しい顔をしている。目に見え過ぎなドM加減が恐ろしい。


「ご、ご……ごめんなさい」


「良いんだよ、耐えられなくなったら、その度に僕を殴れば良い」


「そんな!」


「良いんだ。それで君が幸せなら、僕も幸せだ!」


 歪んだ愛の形だ。だが需要と供給は上手いこと循環している。奇妙な感覚に、さと子も苦笑いせざるを得ない。


「おい」


 スーさんに肩を突っつかれ、スーさんの指さす方を見る。


 ……泣いている。マスターが白いハンカチを目に当てて泣いているのだ。意味が分からない。全然泣ける部分など無いのに。


 そんなマスターはさておき、さと子は視線を元に戻す。一応後でマスターのことも見ておこう。


「手紙のことだが」


「あ……うぐぅ……」


「そうだね。ちょっと1発殴っておこうか」


 直人が優しく言うと、それとは真逆な強いビンタが直人を襲う。頬を当てて痛がりながらも、途中から爽やかな笑顔に変わる直人。


「でさ、手紙」


「くっ……!」


「よしよし、殴っておくれ」


 お決まりのごとくビンタの音が響く。やはり、左右ごとにビンタをするらしい。優しいのやら厳しいのやら。


「てが」


「くぅぅ……!!」


「殴れ!!」


 彼女はビンタをする。このワンシーンだけを見ると、青春ドラマの一片のようだ。なぽりんは前例の無いラブの形に胸を躍らせている。

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