エルフさんと和菓子
和菓子!それはめくるめく甘味のファンタジー!!
エルフさんと和菓子
「えーと、もやしと、トーフと、ナットウと、あとトウニュウと……」
仕事帰りのスーパー。いつものようにかごの中へと食材を入れていく。
アパートから歩いて15分、『スーパー メトロイド』。安いし野菜や果物が新鮮なのがエルフ的にも嬉しい。
デザートコーナーでふと足を止める。
「えーっと、コーヒーゼリーは……」
ルームメイトのビーチェはコーヒーが好きだ。「黒く熱い悪魔の飲み物、これほど魔女的ポイントが高い飲み物が今まであっただろうか。いやない」などとのたまい、無理してブラックコーヒーを飲んでるくらい好きである。
とりわけ彼女はこのコーヒーを使ったお菓子であるコーヒーゼリーが気に入っているようだ。
いつものようにコーヒーゼリーをかごに入れようして、そこで手が止まった。今日のコーヒーゼリーは特に値引きされていない。たかがコーヒーゼリー1つではあるが、気の緩みは財布の緩みである。
それもこれも、先週ビーチェが研究資料だとか称して駅前のガチャガチャで数千円使い込んだせいだ。
なのでなるべく節約をしていかなければならない。金がないのは武器がないのと同じとはよく言ったものである。
ビーチェの笑顔と財布の中身を天秤にかけること数十秒。
「コーヒーゼリーは、買わない!」
そもそも私が月末に家計簿にらめっこしなければならないのもビーチェの浪費癖が原因の一端であるのだ。
ここは少し痛い目を見てもらおう。
私はコーヒーゼリーを戻し、デザートコーナーを立ち去った。どこからかビーチェの悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが気のせいとする。
「野菜買ったー。うん、こんなものかな?」
あらかた買うものをかごに入れて、レジへと向かう。
「ふふふ、今日こそは素通りさせてもらうわよ」
だが、レジに行くまでには難関が待ち構えている。例えるならば、私が元いた世界で、生きては通れないと言われた難所「餌の峠」くらいの難関である。
そう私にとっての難関、それはレジへの途中にあるこの『和菓子コーナー』である。
大福、団子、まんじゅう、ようかん、桜餅、葛餅、あんみつ……。様々な種類の和菓子たちが私を誘惑してくる。
元いた世界でも甘いものはもちろんあった。なかでも故郷であるエルフの森名物である、蜜がたっぷりかかった薄焼き菓子は、エルフ料理の中で唯一美味しいと有名であった。
私はこの菓子類が嫌いではなかったが、すこし甘さくどいな。と思うことがなんどかあった。
しかしニホンの和菓子、とりわけアンコは素晴らしい。
マメを甘く煮るの!?とニホンにやって来たばかりの時は驚愕したけれど、食べてみればすっきりと甘くてそれなのに舌にしっかりと残る。さらに餡子とお茶、とりわけ日本茶との愛称は至高だ。私のニホンにおける初「ブリルリアン!!」(エルフの方言で素晴らしい、素敵だ、などを表す言葉)は和菓子だった。
今の季節ならば水まんじゅうが美味しいだろう。それと冷たいお茶。この組み合わせは言わば剣と盾、錫杖に法衣、エルフに弓と言い回しに付け加えるほどだと思う。
この前食べた水まんじゅうの味を思い出し、思わず口の中にヨダレが溜まる。
「いや、ダメダメ!お財布さみしいのに!」
それにニホンに来てからなんだか太った気がする。少し、ほんの少しだけれど服がきつく感じるし、身体が重たくなった気もする。ほんの少しだけれども!!
「……、今日もお仕事がんばったし……」
魅惑の魔法にかけらたかのように、フラフラと和菓子売り場へと足が吸い寄せられる。
あー、わらびもち美味しそう。きなこがかかってるのも好きだけど、私は黒蜜だけで食べるのが好きだ。
透明で丸っこいわらびもちは、飴朝露に似ている。アメノキという植物の葉に朝露が溜まると、葉の甘い汁がにじみ出て、とろりとした甘い水滴となるのだ。飴朝露も美味しかったが、わらびもちもそれに劣らず美味しい。
わらびもちのパックを手に取り、そのままカゴに……。
その時、ふと脳裏をビーチェの笑顔がよぎった。
ビーチェは表情がころころ変わる。まるであどけない少女のようにだ。彼女はちょっとしたことで笑い驚き怒り、そして泣く。ビーチェにはコーヒーゼリーを買わないで、私だけ至高の甘味を楽しむのはいかがなものか。
そもそもエルフの教えでは「楽しいこともかなしいことも仲間と分かち合う」とされている。その教えをやぶるわけには……。やぶるわけには……。
「異世界だし……、やぶっちゃっても……」
いやいやいやいや!!ダメダメダメダメ!!負けるな私!誘惑に負けるな!私は高貴で清廉潔白な種族、エルフだ!この程度の誘惑に負け……、負け……!
「ぐっ、くっ、くうぅぅ」
わらびもちが手から離れない。棚に戻すことができない!
そこからさらに数十秒葛藤した結果……。
「ううううう、えいっ」
やっとの思いでわらびもちを手放し、和菓子コーナーを早足で立ち去る。
「はぁはぁはぁ、危なかったわ……」
世界樹より世界を見守るエルフの神よ。そして私のご先祖さまたち。私、シャルロット・プルヌスグランデュロサ・ファルケンマイヤーは悪魔の誘いを断ち切り、誘惑に打ち勝つことができました。
私は後ろ髪を引かれる思いでレジへと急ぐのだった……。
「今晩の晩御飯はー、豆腐ハンバーグー♪」
小さく口ずさみながら帰り道を歩く。
「しかもー、なんとー、おろしポン酢ー♪」
私はさらにシソと一緒に食べるのが好きだけれど、ビーチェはシソがあまり好きでないらしい。
歩く私を後ろから近くの中学生だろうか?制服を来た子供たちが自転車で抜き去っていく。
「ジテンシャ、ジテンシャかぁ」
ニホンの人がよく乗っている、二つの車輪しかついていない自転車とかいう乗り物。とても便利らしく、電車や自動車が普及しているのにも関わらず、学校や仕事に行くのに使ったり、買い物なんかにも乗っていったりしてる。
「便利なんだろうけど、でもなぁ」
縦に並んだ細い二つの車輪だけしか無いのに、あんなに安定して走れるなんて不思議だ。
おそらくニホンに住んでいる人はものすごい特訓をしているか、生まれ持った才能かなんかがあるのかもしれない。
「空が飛べればもっと楽なんだけどなぁ」
魔女は箒や絨毯に乗って空を飛ぶし、私たちエルフも風の魔法を使えば短い距離であれば空を飛ぶことができる。しかし、ここは異世界だ。そういった魔法を使うためには特別な許可が必要らしい。
「ま、いっか、歩くの好きだし」
ニホンは道路がしっかりと舗装されているので歩きやすい。もっとも照り返しが強いのが難点だれけれども。
そんなことを考えながら歩いていると、甘く優しい香りが鼻をくすぐった。
「シャルロットさん!仕事帰りですかー?」
声のした方を見ると、とある店先に小柄なエプロン姿の女の子がにっこり笑っている。
「え、えぇ。はい、いま帰りです」
しまった!!私は己の注意力不足を嘆いた。
「どうですかー?いまちょうど蒸したてですよー」
「あ、あの、私、買い物帰りでして……」
「夏の新作もありますよー」
「いえ、でも……」
「冷たいお茶出しますからー、どうぞどうぞー」
「はい、ありがとうございます……」
彼女はホノさん、近くの学校に通うご近所さんであり、和菓子屋「水土里屋」店の看板娘だ。
私はホノさんに背中を押され、水土里屋へと入っていってしまったのだ……。
ああ!世界樹より世界を見守るエルフの神よ!そして私のご先祖さまたち!!私、シャルロット・プルヌスグランデュロサ・ファルケンマイヤーはやっぱり和菓子の誘惑に打ち勝つことができませんでした!!
「この、こおりまんじゅう?っておいしーねー。ぷるぷるしてて冷たくてー」
「そうね……」
「コーヒーゼリーとかアイスも美味しいけど、和菓子も良いよね」
「そう、ね……」
「シャルどうしたの?お腹痛い?」
「いえ、違うの。大丈夫」
「?」
結果から言うと、水土里屋夏の限定商品である氷まんじゅうは美味しかった。
背徳的なほどの美味しさだった……。
感想待ってます!!