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暑い日のお話

エルフさんが日本で暮らします。

あれやこれに一喜一憂、驚いたり興味深々だったり怒ったり泣いたり笑ったりします。

そんなお話です。

夏、日本の夏は暑い。この世界に来て初めての夏だ。

日本の夏は湿度が高く蒸し暑いとは聞いていたがまさかここまでとは思わなかった。温い空気が瘴気のように身体にまとわりつく。

ぶーん、ぶーん。と窓の近くで必死に風を送ってくれている扇風機さんには悪いが、あまり涼しくない。

「暑いー。シャルちゃーん、クーラーつけようよー」

同居人で魔女のビーチェが畳の上でだらっと寝そべっている。その姿は猫を連想させる。

「だめ。ただでさえ今月厳しいのに……、給付金もそんなに多くはないんだし」

家計簿をつけながら私は答える。私とビーチェのアルバイト代と給付金で、食べるには困っていないが豪遊できるほどの余裕はない。

この世界は何かにつけてお金がかかる。節約と貯蓄は何よりも尊い。私の一族の教えだ。

もっとも、ビーチェの浪費癖が少しでも収まればかなり楽になると思うのだけど。

「失礼だなー、あれは浪費なんかじゃないよー。立派な研究資料だよー」

などと彼女は嘯くが、コンビニの食玩を全種類コンプリートすることがお金の浪費以外のなんだというのだろうか。

「むりむりー扇風機だけじゃこの暑さはしのげないよー。」

扇風機さんはこのアパートの大家さんから譲ってもらった年代物だが今日もがんばってくれている。確かに風力が弱いことは否めないけれど。

「古いんだから仕方ないじゃない。それにまだ7月よ?日本の夏は8月が暑さのピークらしいから、この程度の暑さに耐えられなければこの夏を乗り切ることはできないわ」

「あー、それならさー。魔法、魔法で冷気操ってよ!」

「う……、いや、だめだめ!私たち留学生は許可のない魔法の使用は禁じられてるでしょ!だめなんです!」

確かにエルフである私ならば、この部屋をいくらか涼しくすることは出来る。しかし異世界交換留学生プログラムの規定では緊急時を除いて、原則として魔法の使用が禁じられている。

「いやいや、シャルちゃん、シャルロット・プルヌスグランデュロサ・ファルケンマイヤーちゃん」

「い、いきなりフルネームで、どうしたの?」

「今この状況は緊急時だよ、もう少ししたら私はきっと溶ける。そう、まるで腐乱死体のように、でろっと」

「嫌な例えをしないで。それに昨晩夜中にお腹が空いたからって、非常食用のヨーカン食べちゃったときも同じようなこと言ってたじゃない!!」

「えー?言ったっけ?覚えてないなー?」

「言いました!『これは非常事態だー。お腹が好き過ぎて死んでしまうー』とか言って」

それに非常食用のよーかんって意外と高いんですよ!!それにそのヨーカン私のだし!

「おねがいだよー。クーラーか冷気魔法をー。もしくはアイスでもいいよ?」

「アイス……、アイスももう無いですよ」

誰かが食べるから。

「それならさ!お買い物しに行こうよ!どうせこの後買出し行くでしょ?」

「んー、行きますけど……」

「お願い!荷物持つからさ!」

仕方ない、アイスを買うくらいのお金ならある。

「仕方ないなぁ。じゃあもうちょっと待ってて」

私は家計簿を


「はやくはやく!」

「待って待って、今行くから」

ビーチェは黒いトンガリ帽に黒いワンピース、それに黒の長手袋をはめている。見るからに魔女って感じだ。さすがに箒は持っていないけれど。

「ちょっと待ってー」

ミュールをはきながら答える。いかにも魔女っぽい格好のビーチェに対して私はチノパンとTシャツだ。エルフからは程遠い見た目だけれど、楽なんだから仕方ない。

「あははは!あちー!!セミうるせー!!」

さっきまで溶けそうになっていたとは思えないほどのハイテンションだ。まるで子供だ。

ビーチェは見た目は人間だと十代前半から半ばといったところだけれど、実際にはもっと歳をとっているはずだ。詳しい歳は知らないけれど100を超えててもおかしくはない。それが魔女、黒魔術を極めた者だ。

しかし彼女は目を離すといつのまに近所の小学生と意気投合してたりするので、実際見た目通りの年齢なのかもしれない。

「シャル!見て見て!来月に縁日やるってさ!!」

スーパーに行く途中に神社と呼ばれる、自然信仰の神殿がある。毎年夏になると『縁日』と呼ばれる祭典を行うだという。

「へー、縁日かー。楽しみねー」

そんな会話をしながら、ほどなくして近くのスーパーに着いた。

今晩の献立を考えながら店内を回る。ちなみに料理はだいたい私がしている。一度ビーチェに料理を任せた時、およそ料理と言えないようなシロモノが出てきたため、それ以来私は彼女を台所用品に立たせまいと決意した。

私の作る料理は薄味で肉や野菜の類をあまり使わないので、初めはビーチェも文句を言っていたが最近は慣れたらしく特になにも言わなくなった。

「えーと、トーフとナットウと、あとは……」

「えー?またナットウ買うのー?好きだよねー」

「いいじゃない、ナットウ」

そんな会話をしながらカゴに食材を入れていく。ときおりビーチェが食玩がメインのそれお菓子?みたいなのをカゴに入れようとするので阻止する。

「さてとー、アイスどれにしようかなー」

「あまり高いの選ばないでよね」

「わかってるよー。えーと、うーん」

ビーチェもそうだが私もアイスは好きだ。元の世界には氷菓子なんてものはほとんど無かったし、こんなに種類もなかった。それにどれも安価であるのが素晴らしい。

「シャルー、私これにするー」

「あー、カゴ入れといてー」

「まだ決まらないのー?」

「待って、今私真剣なんだから」

「お、おう」

私はガラスケースを睨みながら考える。まずはクリーム系は除外。エルフである私はあの牛乳があまり好きではない、なんだか生臭く感じるからだ。なので選択肢はおのずとシャーベット系に絞られる。

「うーん、アズキ……、いや宇治金時?いやいや、ここは手堅くレモンシャーベットで……」

「ねーねーまだー?」

「ごめん、あとちょっとだけ待って」

うーん、迷う。あ、これ新発売かー。いやいや、けれどこの前そうやって安易に新発売のやつ買って失敗したじゃないか私。んー、夏だしスイカとかメロン味もいいなー。でもこれチョコレート入ってるんだよなー。ちょっとだからそんなに気にならないけどなー。

うーん……。よし、決めた。

散々迷った末、私は一番安いアイスキャンデーのソーダ味を買うことにした。

「はやくはやく、アイス溶けちゃうよー」

「はいはい、わかったから引っ張らないで」


「はー、アイスおいしー」

家まで待ちきれずアイスを食べ歩きながらの帰り道。

私もビーチェもそれぞれ片手に買物袋、もう片手でアイスをかじりながらだ。ちなみにビーチェはチョコミント。

ショリショリと痛いくらいの冷たさを楽しみながら空を仰ぎ見る。

濃い青色の空にもこもことした雲。少し西に傾いた日差しは相変わらずじりじりと暑いけれど、なぜだかそれが心地よい。

胸いっぱいに異世界の空気を吸い込みながら私は言う。

「さ、早く帰って晩御飯にしましょ」

「わーい」


種族の違う2人が暮らす異世界。この世界はとても不思議だけれど。

私は異世界の生活を心から楽しんでいた。


「おー、エルフの、買物帰りか?」

ランニングにステテコ、筋骨隆々として背の低い毛むくじゃらのドワーフ、名前はマッケイン。

「おかえりー、なに買ったのー?」

柄物のTシャツとハーフパンツ、くりくりとした髪とわずかにとがった耳、こっちはグラタナス、ハーフリングと呼ばれる種族だ。

隣の部屋の住人であるこの2人、アパートの階段の下で七輪で干物を焼いていた。

アパート付近がやけに煙たかったのはこれか。

まさか火事!?ガスの元栓締め忘れた!?と、一瞬思ったが、原因はこの2人だったようだ。

2人の周りにはいくつもビールの空き缶が転がっている。

「おー!昼間から楽しそうなことしてるじゃない!私も混ぜて混ぜてー!!」

「こらー!先に買ってきたもの冷蔵庫に入れて!」

「はいはーい」

根っからの楽天家である三人に私は思わず頭を抱えたくなる。

「はあ、まぁ平和でいいわ。まったく」

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