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悩める古道具屋 -上人はかく語りき-

作者: 與七

店を経営していると、本当に様々なお客さんが訪れる。面倒な客や、そんな客が持ち込む出来事に振り回され、辟易している僕ではあるが、それでも毎日楽しくやっている。


時には意外な人物―この前みたいな怨霊も含めて―がやってくることもあるからだ。そんな時は、普段は滅多に話をする機会が無いだけに、ついつい話し込んでしまうものだ。そして結局、話をしただけで満足してしまい、相手が何も買わなくともそれで良しとしてしまう事もあるのだが・・・


よく考えたら「買い物をしない」と言う観点からすれば魔理沙や霊夢とあまり変わらない気もする。それでも、僕としては「知る事も無かった知識や体験を聞ける」という点で意外な来客は歓迎なのだが。


―カランカラン


「いらっしゃい」

扉を開けたのは、網代笠を被り、黒の法衣を着た僧侶と思わしき青年である。

「ふう」

僧侶は笠を脱ぐと、額の汗を手拭いで拭った。金色で所々メッシュのように紫色が混ざった髪も、大分汗で湿っているようであった。

「今日は。失礼を承知でお願い申し上げますが・・・こちらでしばらく休ませて頂きたいのですが」

僧侶の顔には少し疲労の色が見えている。この様子から見て、ここまでの道中は大変だったように感じられた。

「構わないよ、さあこちらに」

僕は彼に椅子を勧めると、彼に尋ねた。

「あいにくお茶しかないけど、それでいいかい?」

「いや、そのようなお気遣いは・・・」

「大分疲れてる様子じゃないか。遠慮しなくていい」

「勿体なきお言葉です。それではお言葉に甘えさせて頂きましょう」

腰の低い様子の僧侶を背にしながら、僕はお茶の準備を始めた。しかし彼、どこかで見たことがあるような・・・いや、前に確実に会っているはず。多分僕の記憶から抜けてしまったのだろう。だが、香霖堂に訪れる数多の魑魅魍魎、じゃなかった大勢の大切なお客さんの中では、彼は至極まともである。こういう人物は珍しいから、むしろ覚えているはずなのだが―

・・・そもそも、こういうお客さんが普通に訪れるのが本来のお店のあるべき姿ではないか。やっぱり魔理沙や霊夢のような来訪者に対しては、考えを改めさせるべきか。いや、ちょっと待て霖之助。そもそも、この僧侶の彼にしたって、ここで休憩しただけで何も買わずに出ていってしまう可能性はある。ここはとりあえず、店の店主としての見せ所だろう。何か買って貰おう、買い取りでもいい。


僕は大きめの湯呑を用意すると、ぬるめに沸かしたお茶をたっぷりと注ぎ、僧侶の彼に出した。

「いただきます」

僧侶は相当喉が渇いていたらしく、湯呑一杯を一気飲みの如くすぐに飲み干してしまった。

「ふう、やはり喉の渇きにはお茶が一番ですね」

僧侶は緩い笑顔を見せながら言う。

「お疲れの様子だったからね。どうだい?もう一杯お代わりは」

「申し訳ございませんね。気を遣わせてしまって。お願いしてもよろしいでしょうか」

「構わないよ。ちょっと待っててもらえるかな」

僕はお茶を沸かし直し、湯呑を一回り小さなものに変えると、先ほどよりも温度を熱めにしたお茶を注いだ。さらに来客用の茶菓子もいくつか盆の上に乗せ、彼の元へ持って行く。

「どうぞ、お茶菓子も良かったら」

「ありがとうございます」

僧侶は茶をじっくりと味わい飲みながら、僕に話しかける。

「真に美味しいです。噂と寸分違わぬ美味しさで驚きました」

「それはどうも、ただここは―」

「茶店ではなく古道具屋でしたね」

僧侶は苦笑いしながら言う。

「しかし、店主の出すお茶は非常に素晴らしいと、専らの評判になっていまして」

「有り難いね、それは」

古道具店としての評価を聞いてみたいんだけどな、こっちの身としては。まったく、大体当たり前のように来た人にお茶を出してるようなこの流れ、いい加減になんとかしたほうがいいかな。まあ、それは大体魔理沙と霊夢が原因なんだけど。

「つかぬ願いを申し上げてもよろしいでしょうか」

僧侶が僕に遠慮がちに言う。

「なんだい?」

「もう一杯、お代わりを所望したいのですが」

「ああ、わかった」

僕は三度目のお茶を沸かす作業に入った。小さな湯呑に、熱々に点てたお茶を注ぎ、再び彼の元へ行く。

「はい、どうぞ」

「何度も申し訳ございません。では頂戴します」

僧侶は熱い茶を吹きながら、ゆっくりと味わう。

「やはり、と言うべきでしょうか。風の噂通り、お手前は気配りの効くお方ですね」

ふいに僧侶は僕の顔をじっと見つめて言う。

「ん?何がだい」

「このお茶の出し方ですよ」

僧侶が微笑しながら言う。

「一杯目は喉の渇きを癒すため、あえて温度を抑え、かつ量を多めに入れて提供して下さった」

「ああ」

僕も彼に向かって微笑む。

「どうやら貴方の様子を見るに、長旅でお疲れの様子だったからね。かなり汗をかいていたようだし、それでまずは喉を潤してあげようと思ったんだ」

「流石ですね。そして二杯はお茶の味わいをより良く知ってもらうべく、温度を上げて量を減らす形に。すかさず茶菓子もその際に勧めて」

「まったくその通りだ」

僕は僧侶の言葉に頷くほかなかった。

「そして、三杯目は更に熱い茶を点て、量は最小限に抑える。このような素晴らしきお心遣いは、他にはあまり見たことがありません」

「お褒めに戴いて、光栄だ。嬉しいよ」

僕は僧侶に向かって感謝の言葉を述べたが、すぐに

「ただし―」

と言葉を続けた。

「いや、実は今のお茶出しの作法は、外来本で学んだものなんだよ。後に実質的な国の支配者になる男の側近が、お寺で小姓をしていた際、その支配者の男に行ったものらしい。お疲れであろう貴方の様子が、その支配者の男に似ていたからね」

「成程、そういう事ですか」

僧侶は口元に僅かに笑みを浮かべると、

「ただ―」

と言葉を続ける。

「自分で申し上げるのも滑稽な事ですが、拙僧はその支配者のお方程、お偉いわけではありません」

「・・・そうですか」

僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「・・・いや、これは失礼致しました。上手い事を言おうとした所、かえって傲慢のような形になってしまいまして」

「ははは、確かに今の謙遜は逆に、嫌味というか皮肉にしか聞こえないなあ」

僕は明るい笑顔を彼に向ける。

「いやはや、申し訳ございません」

僧侶も頭に手をやりつつ、照れ臭そうにしている。

「どうもこういう性分でして。冗談もろくに言えない不器用な者ですから」

「ははは、そんな低く構える必要はないよ」

僕も思わず笑顔になる。普段接している手を焼く少女たちとは全然違うな。謙虚で心優しい聖人のようなお人だ。

「ところで―」

僕は少々引っかかっていた事を解決すべく、彼に尋ねてみる事にした。

「失礼ですが、貴方とは以前どこかで一度、会ったような記憶が」

僕は僧侶の顔をじっと見つめながら言う。

「はい、こちらのお店ではなく、人里の方でお会いしたかと思います」

「人里・・・?」

参ったな、全然記憶に無い。

「久方ぶりですね」

僧侶は僕に向かって笑顔で言う。

「あ、ああ。そうだね。・・・人里のどちらで?」

「里の外れにて・・・そのご様子だと、覚えていらっしゃらないようですね」

僧侶は寂しそうな顔を僕に向ける。

「ああ、すまないね。どうも、僕は人の顔や名前を覚えるのが苦手なものでね。はは、申し訳ないな。お客さんの顔ならすぐ覚えられるけど」

「流石ですね」

僧侶は微笑し、言葉を続けた。

「腕利きの古道具屋として様々な方からご贔屓にされているそうで。その評判は幻想郷中に轟いていると聞きます。この、香霖堂は」

僧侶は店内を見回しながら言う。

「実に面白いお店だと思います。幻想郷の全ての道具がここに詰められているような、かような不思議な場所は他には中々ありません」

「いや、そこまで褒められるほどじゃないんだけどな。前にも、閻魔に散々説教を食らってるからね」

「しかし、その後改善はされたのでしょう?」

「ああ、まあ少しだけど」

「味わい深いものになっていると思いますよ。拙僧はこのような場は羨ましく思っております」

僧侶はふいに視線を落とすと、小さな声で呟いた。

「拙僧もかつては、そう、幼き頃からこのように書をひたすら読み耽ったものです。姉上に、目を悪くするから夜中に書を読まぬように、とよく叱られました」

へえ、彼も本の虫か。これから里に行くとしたら鈴奈庵にでも向かいそうだな。

「今はどうなんだい?よく本は読んでいるのかな?」

「はい。今は時には余裕がありますから」

僧侶はそういうと、再び視線を落とす。

「ただ、少し対人関係に苦労していますね」

「対人関係?」

僕はおうむ返しに聞く。

「はい。天人の方々との関係です」

天人だって?まさか彼は―あの疲れた様子はもしかして・・・

「まさか、貴方は天界からここまで来たと?」

僕は身を乗り出して彼に尋ねる。

「はい、おっしゃる通りです」

僧侶は再び笑顔を僕に向けた。

「ここまでは、非常に難儀しました。しかし、旅というものの苦労は前からすでに存じております。これくらいはどうと言う事はありません」

「しかし・・・驚いたな」

天界からということは、この僧侶は天人だったのか。だがそんな天人がどうしてわざわざこんな場所まで・・・

「失礼ですが、どうしてあなたは―」

「わかっています。天界から苦労してここまで来た理由をお知りになりたいのでしょう」

僧侶は、ふうっと溜息を付く。

「人里の寺院に用事がありましてね。建立されてから、何度か訪れているのですが―」

寺院というと、命蓮寺か。寺の誰かに用事があるって事かな。

「ふーん、もしかして、話せば長くなりそうかな?」

「はい、相当長くなります」

僧侶は苦笑いを浮かべながら、申し訳ないと言うように僕に頭を垂れた。

「うーん、それじゃまた次の機会にしようかな、その話は」

「いやはや、申し訳ない」

「しかし、天界からここまで来るなんて本当に珍しいね」

僕は僧侶の目をじっと見ながら言う。

「はい。あまり来る事はないのです」

僧侶はそう言うと、急に目を閉じて呟いた。

「実は―」

僧侶は再び目を開けると、真剣な眼差しになり語り始めた。

「拙僧は現世において一度、入滅した身です。生前の功により天界にて暮らす事は叶いましたが、立場としては、みだりに地上へと降りる事はなるべく避けるべきであると」

僧侶のその言葉に、僕は首を傾げる。

「うーん、そういうものなのかい?僕の知ってる限りでは、地上に易々と降りてきては好き勝手してる子を見かけるけどね」

僕の頭の中に、天人崩れの少女の姿が浮かんだ。あの子も相当お転婆だからな、魔理沙の比ではない位に。彼女もここに来られるとかなり迷惑なんだよな・・・。品物に難癖をつけたりはまだ序の口だ。勝手に僕のコレクションを弄り倒したり、お茶やお菓子は出せる分全部出せって言ったり、ろくな思い出が無い。まあ、いつも傍若無人に振る舞っておきながら、ちゃんと何かしら買い物はしていくんだよな、始末の悪い事に。

「総領主様のお嬢様の事ですね。お手前もご存知でしたか」

僧侶の顔に再び笑顔が戻る。

「実は、お嬢様については色々と苦労しています。元気がいいのは良いのですが、我儘が過ぎる事も時々ありますからね。天女の皆様は苦労が絶えないようで」

僧侶の笑顔が苦笑いに変わってきているぞ。まったく、かの天人崩れのお嬢様は相変わらず迷惑の掛けっぱなしのようだな。

「しかし先日はあまりの行動を見かねた竜宮の使いが本気でご立腹になりましてね。般若の形相になっていましたよ」

「ぶっ、本当かい?」

思わず僕は吹き出してしまった。流石に空気を読んでお叱りしたのか、竜宮の使いの彼女は。うーんそうだな、彼女もよく考えてみれば数少ない普通のお客さんだったな。立場上、お嬢様以上に滅多にここに来る事は無いけど。品物はまとめ買いしてくれるし、僕の道具の解説も熱心に聞いてくれるし・・・。まあ、色々と彼女も気を遣っている様子ではあったっけ。流石は空気を読む達人といったところかな。

「余程怖かったのでしょう。最終的にお嬢様は半べそをかいておられました」

僧侶は歯を見せて笑っている。

「あははは、まあいい薬になったんじゃないかな」

僕も僧侶に笑顔を向けながら、話を続ける。

「しかし、天界の話は滅多に聞くことは無いけど、あまりこちらと生活は変わらないものに感じられるね」

「はい、意外だと思われるかもしれませんが、そんなものです」

僧侶は穏やかな笑顔を崩さず、話を続けた。

「浮世というものは、案外どの地においても本質は変わらないものですよ。黄泉であっても同じ事です。人も妖も神も、笑い楽しみ、時には怒り、悲しみというふうに。結局、生きている時と相違無いように感じるのです」

僧侶は苦笑しながら言う。

「それは、貴方が天人で、天界で暮らしているせいもあると思うね。どこか達観しているというか―」

「それは、否定は出来ませんね。拙僧は天人となるまでに、様々なものを見てきた身であるので」

「苦労したんだろうね。・・・それも、話せば長くなりそうかな?」

「ええ、かなり長くなります」

僧侶は再び苦笑いだ。うーん、それもまた次の機会だな。仕方ないか。


その後、僧侶と僕はしばらく当たり障りのない雑談を繰り返していたが、結局知らず知らずのうちに相当時間は経ってしまっていた。時間が経つのを忘れる程の感覚だったと言う事だろうか。


「申し訳ございません、結局長話になってしまいまして。お茶とお茶菓子、御馳走様でした」

僧侶は申し訳なさそうに、僕に向かって深くお辞儀をした。

「いやいや、色々普段は聞けないお話をどうもありがとう。勉強になったよ」

「いいえ、こちらこそ色々と、有難うございました。帰りの道中に、再び立ち寄るかと思います」

「うん、お気をつけて」

僧侶は何度も僕に頭を下げると、人里の方へと去っていった。


あ。

「しまった、お土産品に何か勧めれば良かったかな。失敗した・・・」

僧侶は結局何も買い物をしていかなかった。また店主としてあるまじき行為をしてしまった。お茶を出して雑談して・・・魔理沙や霊夢とほとんど変わらない対応じゃないか。いや、それでも―それでも、僕としては普段はしないような話をすることができたから割と満足

・・・いや、それで満足しちゃ駄目だ。こういう気の緩みでますます香霖堂はおかしな方向に行ってしまうからだ。また閻魔に説教される事間違いなしな方向に。

意外な来客は歓迎なのだが、やっぱり商品を買って貰わないと少し残念ではある。それを実感した日であった。


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