『リンネ式階層分類法』でリスッ娘を愛でてみた。
テトラ・ミステス側が『人種・亜人種併合』という意見で固まり、いよいよ亜人種側の上層部との会合が開かれる。
こちら側が提案するものなので、僕たちが向こうに出向くことにした。
メンバーはミヤさんと僕、ミュウちゃんとメイのたった四人だけだ。
先の一件が武力の伴うものであったため、ここで大所帯を連れて行くと、人種が攻め入って来たと誤解されかねない。
ミュウちゃんとメイを選んだのにも理由がある。
ここは亜人種のテリトリー、つまり僕らにとっては完全なアウェーなのだ。
そんななか人種だけが歩くよりは、彼らにとって見慣れているであろう外見を持つミュウちゃんと、僕らが仲良く歩いているとこを見せることで、こちらに戦う意思はなく、むしろ友好的だと示すことができるからだ。
メイを連れてきたのは用心棒を兼ねている。
聞く話によると、戦闘技能はかなりものらしく、いわば保険だ。
ちなみにメイをちゃん付けで呼ばなくなったのは、本人からの強い要望だ。
戦闘を主としてきた自分が、ちゃん付けで呼ばれるのはかなり恥ずかしいらしい。
そしてまた一つ、少人数で来たのには理由がある。
それは『会合における意見の統一』だ。
交渉や会合、討論において恐ろしいことの一つは、仲間意見の食い違いから揚げ足を取られ、印象を操作されることだ。
大元の意見が統一していても、完璧に細部まで統一することは不可能だ。
そういうどうでもいいところから揚げ足を取られ、それを武器に交渉を有利に進められることも珍しくはない。
メイは見た目の寡黙さとは裏腹に、控えめにいって群を抜いた天然さんなので、そもそも今回のことに関して何の情報も与えていない。(与えても意味がないと同義である。)
本人には『会合中は黙って目を瞑りながら腕を組み、斜め下を向き、時折頷いていてくれ』とだけ伝えてある。
さて今回の争点だが、いかに亜人種側にメリットを『誇張して』伝えられるか、いかにデメリットを『矮小』に伝えられるかだ。
そこで役に立っていただくのは他でもなく、亜人種側の上層部の方々だ。
むこうの首脳には『できるだけ多くの人に意見を聞いてもらいたい』と伝えてあるので、おそらく上層部の方々はほぼ全員出席するだろう。
そして僕が伝えたもう一つの要望は
『会議をそちらの方々に公開式にしたい。』
ということだ。
ここがミソだ。
まぁ詳しいことは後ほど。
いや別に、様々な動物をモチーフとした可愛い女の子たちを一同に集め、まとめて愛でよう!なんて考えてるわけではない。
あわよくば《派遣員》として何人かをこっち側に連れてっちゃおうかなぁ!なんてもってのほかである。
「ラストさん?よだれがたれてますよ?」
不意にメイに声をかけられて体が跳ねる。
恐る恐る口に手を当てると、何とそこにはよだれが付着していた。
「ああ、ごめんごめん。うたた寝してたみたいだ。」
うたた寝、ねぇ…。
今は四人で会合の場所に歩いている最中なのだが、歩きながらうたた寝は、言い訳としてちょっときつかったな。
「な、なるほど!ラストさんにまでになると、歩きながら仮眠を取れるのですね!さすがです!」
白い髪をふわふわと揺らしながら、興奮した面持ちを見せるメイは、やはりアホでした。
これでアホ毛がないのがなんともいたたまれない。
この大人びた体躯とは裏腹な性格は、世の男子全てを悩殺するほどの攻撃力を秘めているな。
聞いた話によると今回の会合は、割とテトラ・ミステスに近い場所で行われるらしいから、アウェーの地を長いこと歩くことにはならなそうだ。
すでに亜人種の領内に入っているはずだが、民家等はちらほらあっても人気が無い。
つまり僕の目論見通り、一般の方々も今回の会合を見に来るということだ。
そこから20分ほど歩き、会合会場に着いた。
ドーム型の建物が立っており、その周囲には楽園が広がっていた。
いくつもの露店が立ち並び、賑わう通りにしき詰められている人々は、みんながみんな『ケモノっ娘』だった。
猫や犬、うさぎや鳥、甲羅を背負っているものまでいる。
あぁ女神様、この前はエセ呼ばわりしてすみません。
ここは天国でした。
我が人生に…一片の…悔い…無し……。
べちょっ!
軽く天に召されかけていた精神は、小さな衝撃と嫌な感触で現世に引き戻される。
目の前にいたのはメイド服のようなものを着た少女。
頭には猫や犬よりもやや控えめで少し丸みを帯びた耳、大きく開いた目、頬はこれでもかというほど膨らんでいて、お尻には大きくふわふわした茶色い尻尾。
僕とぶつかった衝撃で尻餅をついてしまった彼女のスカートは、いわゆる『ラッキースケベ』展開をギリギリで回避するくらいだけめくれている。
だがしかしここで安心できないのは、世にはチラリズムという言葉もあるように、『見えそうで見えない』を楽しむ紳士諸君もいる。
上級者になると、『見えないからこそ見える』と言い放ったりする。
「す、す、すいません!わ、私急いでまして!……あっ……。」
両頬に一杯の食べ物を詰め込んだ状態で、しかし決して汚らしく見えない状態で彼女は話した、そして気がついた。
先ほどまで自分の手にあったはずの、僕が知るところのあんず飴のようなものが、ベットリと僕の服に張り付いていることに。
今日はさすがに四人とも正装という形で、ある程度フォーマルな服装で来ていたため、彼女からしたら『お高い服を汚しちゃった!!』みたいな状況なのだろう。
お口をパンパンに膨らませながらアタフタしている様子はなんとも絶景である。
おそらくこの頬と大きくふわふわな尻尾を見る限り、彼女はリスっ娘のようだ。
身長はかなり小さく、それこそ10歳前後であろうリンの身長を少し上回るかどうかくらいの、大きさにして140cmといったところか。
「いやいや、全然大丈夫だよ。こっちも見てなかったしさ。それよりも君こそ大丈夫?どこか怪我は無い?立てる?」
このセリフを素で言えるあなたは一級フラグ建築士になれますよ。
しかし僕の場合は、ここで優しく接しておいて、無事に併合が決まった際の先行体験移住者として、我らのコミュニティへ連れて帰っちゃおう!という算段だ。
何て言ったってリスだぞ?
ただでさえかわいいリスが、かわいい女の子と合体しちゃったんだぞ?
これを愛でることのできない奴は男じゃない!
差し伸べた手を小さい手がつかみ返してきた。
「あ!ありがとうございます!ってあれ?人種の代表の方々ですか?……っひゃっ。」
先ほどまで沈黙を決め込んでいたミヤさんが、眼前でふわふわと漂う大きな尻尾にしがみ付いた。
頰ずりをしながらミヤさんは答える。
「そうだ、我らがテトラ・ミステス代表の者だ。」
威厳のある声だが、その発せられた声の発声元がこんなだらしない姿なので、威厳もくそもなくなっている。
薄々気がついていた。
ミヤさんの屋敷で話をしている時も、ミヤさんの目は終始僕の隣で寝息を立てていたリンに向けられていた。
確かにここまでかわいい生き物が目の前に現れると、理性なんて吹っ飛んでしまうだろう。
「あっ、あのっ!」
顔を真っ赤にして悶えているリスッ娘は、全世界の男子諸君が反応せざるをえない吐息とともに、拒絶の意を示した。
「はっ!すまない。飛んだ無礼を働いてしまったな。詫びよう。」
「あ、いえいえ。いきなりだったもので驚いただけです。そんなことよりも、今回のあなた達の案内役を承っております『アーニャ』と申します。こちらこそ無礼を働いて申し訳ありません。コミュニティ代表の客人にお見苦しい姿を…。」
深々と頭をさげると、上半身が折れて空いた空間に、大きくふわふわした尻尾が出現する。
僕は自分の理性を押し殺すために下唇をギュッと噛む。
ふと隣を見ると同じ行為をするミヤさんの姿がそこにあった。
そしていたって冷静なミュウちゃんの横には、慣れない状況下に置かれアタフタしていて、もはや目の前で何が起こっているかも理解できていないメイが、顔をキョロキョロと振り、辺りを見渡していた。
「いえいえ!お気になさらずだよ!それよりも案内をよろしくできるかな?」
ミュウちゃんが親近感を持って話しかける。
やはりミュウちゃんを連れてきたのは正解だ。
アーニャと名乗るメイドさんも、おそらく人種との接触は初めてだろう。
緊張してしまうのももっともだ。
そう考えると見慣れた見てくれのミュウちゃんの存在は大きい。
「はい!こちらです!」
いつの間にか、頬に詰め込んでいた食べ物達がいなくなっている。
さてここでリスの生態について考えておこう。
高校までの生物の知識でわかる範囲で考えてみると、まずリスはネズミ目リス科。
余談だが、この『目』や『科』は、【リンネ式階層分類法】に基づいている。
高校生物なら『生物の分類』あたりに該当する、いわば分類学入門のようなものだ。
文字どおりリンネさんが提唱したこの分類学は、現代において広く用いられている。
しかし広く知られているのは、せいぜい『種、属、科、目』あたりまでだろう。
ただ実際は【種・属・科・目・綱・門・界】まである。
種から順に大分類になっていき、界が最上位に位置付いている。
ただ世間一般では界の上に『ドメイン』が入ってきたりもする。
このドメインはタクソン提唱の『3ドメイン説』が元になっていて、日本では『domain/域、領域』ってな感じで、そのまま直訳して呼ぶこともある。
さてここまでの余談が、正直チンプンカンプンです!という人がほとんどであろう。
だがしかし、少し待ってほしい。
高校生物は理系選択者のみならず、少数の文系選択者も履修している、いわば文理共通科目なのだ。
そしてこの分類学は教科書が更新されるたびに、学習範囲に入ったり消えたりを繰り返す、いわばかなり影の薄い分野なのだ。
ここからが入試に使える知識で、大学受験の出題傾向にも多種多様なものがあり、そのうちの一つに『新課程取り入れ出題傾向』がある。
つまりその分野がいかにマイナーだろうがなかろうが、学習範囲に出入りしている奴は案外テストに出されるのだ。
センター試験のように難易度が低く、誰もがある程度点数を取れるテストにおいて、このようなマイナー問題が点差の分かれ目になる。
こんな分野ちょろっと暗記するだけで点数が取れるので、今から受験の人はこんなようなところを忘れないで!
さて、なぜここまで余談に熱を入れたかというと【人種】【亜人種】という命名がかねてからずっと引っかかっているからだ。
まぁただここで論じてしまうと、目の前にいる大天使リスッ娘アーニャちゃんの説明が、字数の関係上厳しくなるので後ほど。
いや、なんだよ字数って。
さてリスの話に戻るが、先ほど述べた通り、リスはネズミ目なのだ。
ネズミ系の動物は比較的知能が高いとされている。
脳みそが体の割合に比べ小さい動物は、基本的に知能が低いと言われているが、ネズミたちはその例外とも言える。
ちなみに顕著にその理論を示しているのは鳥やサメである。
両生物ともに体あたりに占める脳の大きさが小さく、それゆえに知能が低い。
鶏が三歩歩いたら、すぐに物事を忘れると言われる所以だ。
さてさて、よく動物の知能実験などにもマウスは使われたりするのも、そういった理由があったりもする。
そしてリスは動物界きっての記憶力をもっている。
冬前にお口パンパンに詰め込んだドングリは、とりあえずありったけ集めてから、それぞれを違う場所の地面に埋めるのだ。
実にその箇所は100箇所以上とも言われるのだが、なんとリスたちはその場所すべてを記憶できるのだ。
それどころが埋めた時期まで記憶できるという優れっぷり。
しかしながら、さすがに何箇所かは忘れてしまうらしく、そのおかげで春になると、リスたちが埋めたままにしていたドングリたちが芽吹き始めるという、なんとも愛らしいサイクルである。
かわいいリスのうっかりで緑が増える!素晴らしい!
以上がリスの大まかな説明だ。
そう考えるとアーニャが案内役なのも納得できる。
それこそ要人の案内人をしている人物なのだ、きっと上層部に近いか、それらの秘書的ポジションなのだろう。
そういう者たちにとって、圧倒的な記憶力というのは、パソコンがないここにおいて、喉から手が出るほど欲しい人材だ。
ふさふさしている大きなアーニャの尻尾を、後ろから眺めながらそんなことを考えていると目的地に着いた。
とは言っても、そこは先ほどから見えていたドーム型の建物の裏口のようなところだった。
「こちらでお待ちください。アーニャは今お茶をお持ちしますので。」
そういって待合室のような場所から出て行く姿は、それこそ本当にリスっぽい、小股でせわしなく動いている感じだった。
「なぁ、ラストよ。」
両膝に肘をつき、両手を結んだ上に顎を乗せたミヤさんが呟いた。
その姿はエ○ァの碇ゲ○ドウがコード反転、裏コード、ザ・ビーストを発令した感じに似ている。
「なんでしょうか、司令。」
「ここはいいところだな。」
「はい、ここはエデンでございますね。」
そこにいたのはイヌミミっ娘が一人、未だキョロキョロしてテンパっているモデル体型白髪お姉さん一人。
そして…
かわいいものを愛でることに熱い思いを馳せる、コミュニティを代表するアホな男女二人の計四人であった。
そしてこの四人から新たな時代が開かれる。
そして僕自身、『リスっ娘』という新たな扉が開かれたのであった。