受験知識で世界背景を探ってみた。
『オオナメ』こと大ナメクジの一件を解決したおかげで、ミヤさんたちは僕を客人として村へ迎え入れてくれるらしい。
しかししばらくすると、僕が縛られていた村らしきものの横を通り過ぎてしまった。
「あの、あれって村じゃないんですか?」
隣を歩くミヤさんと同年代くらいの人に聞いてみた。
白髪のショートカット、中性的な顔立ちに控えめな胸に鍛え抜かれて引き締まった太ももは、妖艶な雰囲気のミヤさんとは対称的ながらも、かなり美しい。
身長も高く、手足も長くスタイルがいい。
うん、結婚したい。
「……。」
「えぇと、あのぉ?」
「……。」
いやいや、そりゃ少しはわかりますよ?
突然見知らぬ男に話しかけられたらシカトしちゃいますよねそうですよね。
いやそれでも『完璧な無反応』はないんじゃないんですかねぇ。
人間の高度な基本的欲求の一つに『周りに認めてもらう』というものがあるんですよ!
現代社会の『欲求階層説』あたりでやりますからね!
「……。」
ここまでシカトされると本当に傷つく。
すると大きめの蜂みたいな虫が彼女に近づいてきた。
『ブーン』という羽音を鳴らしていることからして、完全に威嚇体制に入っている。
余談だが、前述の通り蜂の羽音が大きいときは警戒態勢に既に入っている時で、いつ攻撃されてもおかしくはない。
また蜂に見られる『黒と黄色』は自然界における警告色であり、「自分は危険だ」と固辞している色だとされている。
さて今彼女が来ている服なのだが、他のみんなとは違っていて黒いマントのようなものを羽織っている。
マントと言っても、もはやそれはほとんどをポンチョに近い形であった。
いやぁ、かわいいですね!
ではなく、この世界の蜂は知らないが、僕らの世界の蜂は大きくて黒いものを狙う習性がある。
これは蜂蜜のために巣を襲ってくるディ○ニーの黄色い○ーさん、もとい熊を警戒しての本能らしい。
あれ、ていうことは○ーさんは黄色だから狙われないはずでは?
さておき大概の熊が黒っぽいため、ゆえに一部の蜂たちは黒くて大きな生物に攻撃的になることがあるらしい。
ミツバチのように針を刺したら死んでしまい、また威力も弱いなら危惧も薄れるのだが、まだ僕はこちらの生態系を学んではいない。
ここは蜂が接近してきていることを教えてあげるべきだろう。
「あ、あの。蜂が…。」
「……。」
ですよねぇ。
さてしかしどうしたものか。
眼前にいるのがイケメンフェイスの持ち主ならば、ここで神頼みして顔が刺されるように願うところなのだが、こんなに美しい人を放っておくわけにはいかない。
「(ここはひとつ、男を見せよう。蜂は常に針を出しているわけではない。ゆえに手ではたき落としても刺される可能性は低いはず。硬い甲殻で覆われた蜂は、はたきおとすだけでは死ないから、しっかりと踏み潰すまでを流れるように行うぞ!)」
蜂は生命力も高く、スズメバチクラスになると冷凍状態からも生還するのだ。
美女の頭上に音を立てながらじりじりと距離を詰めてきた蜂は、まだ僕の殺気に気付いてはいないようだ。
これが最初で最後。
千載一遇のチャンスだ。
僕は飛び上がり、美女の頭上でホバリングしていた蜂を叩きつけようとした。
「(風向きよし、初速よし、弾道よし。オールグリーン!よし、いける!)」
自分の手と蜂との距離が残りわずかになったところで蜂が回避行動をとる。
「(やるな…。だが遅い!)」
いまさら逃げられはしな………
!!!
まずい蜂がこちらに背を向けて回避行動を取ろうとしている。
つまり…。
お尻がこちらを向いているではないか!
さらに蜂は攻撃を察知し興奮状態にある。
針が出ている。
「(遅いのは僕か…。)」
これも美女のためなら惜しくはないさ。
手で蜂を弾いた。
一瞬遅れてやってくる激痛に顔を歪ませながらも、たたきつけられた蜂にとどめを刺す。
僕の奇行に驚いた美女が尻餅をつき驚きの表情を浮かべている。
蜂に二度刺されると『アナフィラキシーショック』を引き起こすことがあり、過去では最速で十五分で死に至ったこともある。
ちなみに僕は刺されるのがこれで二度目。
さらにその『二度』というのも、ごく短期間での二度ではなく、もっと長いスパンでの『二度』なのだ。
アナフィラキシーショックとは簡潔に述べるなら『過剰な免疫応答』といったところだ。
そもそもアナフィラキシーとは『アレルギー反応』のひとつである。
つまり体内に取り込まれた何らかの物質に対して過剰な免疫反応をおこし、あろうことか自己までもを攻撃してしまうということだ。
まぁ簡潔に述べるなら、『自分の陣地に敵が入り込んできたんだけど、そいつがめっちゃ気に食わないやつだったから、銃で乱射して蜂の巣にしてやろうと思って撃ちまくったら、味方に流れ弾が当たりまくる』という感じだ。
蜂毒だけに、蜂の巣。クックックッ。
ここからは受験知識からの推論でしかないのだが、『二回目』というのはつまり『二次応答』を指しているのではなかろうか。
人間に限らず幾つかの生物には、一度入ってきた病原菌やらを倒した際に、その病原菌を記憶する『免疫記憶細胞』なるものが作られる。
するともう一度同じ病原菌が入ってきたときに、より早く反応できるのだ。
今回のアナフィラキシーショックは、その二次応答が過剰に起きてしまうのではないかと思う。
ただでさえ刺されて痛いのに、自分からも攻撃されるとか…
これぞ
【泣きっ面に蜂】
蜂毒だけに、クックックッ。
「(あぁ、人生最後の言葉は寒いギャグで終わるのか…。)」
体の感覚が失われていき、息が苦しくなってた。
異変に気付いた美女たちが僕に群がってきているのが、どうにも天国に見えて仕方ない。
あ、そこのひと。
そこその格好で前かがみは…!
先ほど僕が助けた美女が、必死に僕の指先から毒を吸い出してくれている。
血液中に毒を流し込まれた際に、症状が発症するまでの最短時間は30秒。
僕は早い方だったんだな…。
「(まぁ、あれだ。こんな可愛い人に指を舐めてもらえるなら、もう…、この…世に……、未練は…な…い…。)」
幸せに満ちた恍惚の表情を浮かべた救世主の物語は、ここで幕引きとなったのであった。
ご愛読ありがとうございました!
次回作にご期待ください!
目を覚ますと視界には石の天井が映った。
まさか3話目で終わる物語ではさすがになかったらしい。
僕が捕縛されていた木の小屋とは打って変わって、建物は石造りのようだ。
この世界の文明はかなり遅れていると思っていたが、電気はないにしろ、中世ヨーロッパの建物に引けを取らない造りだった。
右手は桶の中に突っ込まれていて、その桶の中には少なくとも僕が生きた世界には表現できる言葉がない色をしていた。
加えて激臭。
推測するに治療のために薬の中に手を入れているようだ。
一応ここで言っておくが、アナフィラキシーショックは必ずしも死ぬわけではない。
しれっと助かる人も多い。
ガチャッ
部屋の奥の扉が開くと、そこにはありえない光景があった。
そこには何とも可愛らしい女の子が立っていたのだ。
かなり小さい身長とそれに見合った胸。
ふわふわとした髪に、大きく見開いた何かの宝石かと見間違ってしまうほどの瞳。
しかしこれだけでは僕も驚きはしない。
何せここにきてから美人さんばかりに囲まれてきたのだ。
だが彼女は他の誰にもないあるものがあった。
それは僕が生きていた世界の男子全てが憧れたもの。
「ケモミミっ娘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
人生あと幾日かで19周年目を迎える我が身が大勝利を収めた瞬間であった。
栗色のふわふわの髪の中にちょこっと飛び出た耳は、おそらく犬の耳だろうか。
ここにきてセオリーである『ネコ耳』でないところに、神様の気まぐれとユーモアを感じざるをえない。
力なく柔らかそうに垂れた耳が僕の大声に反応し、一瞬だけ立ち上がる。
そこで僕は見逃さなかった。
彼女の後ろに伸びた『しっぽ』を。
もふもふとしたしっぽは、毛がふさふさと広がっており『触りたい!』という衝動を駆り立てる。
というか気がついたら、自分が寝ていたベットを飛び出し、その幼きイヌ耳っ娘を全力で愛でていた。
「あ、あ、あの…。んっ。ちょ、ちよっっと…。」
「はっ!ごめん!つい我を忘れて…。」
何で破壊力だ。
イヌ耳っ娘には物理限界を超える引力が働いているらしい。
「い、いえ。あ!それよりも!お体の方は大丈夫なのですか?」
「うん、すっかり良くなったみたいだよ。看病してくれていたの?」
実際まだ体は重いし頭もクラクラするが、目の前の小さくて愛らしい生き物のおかげでどうでも良くなった。
「はい、一応面倒を見させていただきました。」
「そっか、面倒をかけちゃってごめんね?そしてありがとう!君は偉いね!」
初対面の奇行のせいでで纏っていた警戒心を解き、近くに寄ってきてくれていた少女の頭、もとい耳を撫でた。
「や、やめてくだしゃい!」
顔を真っ赤にして、必死に目を閉じながらカミカミの拒否の言葉を発したが、その言葉とは裏腹にしっぽは勢いよく左右を行き来している。
みんな、天使は実在したよ。
すると開けっ放しの扉からまた1人部屋に入ってきた。
どうやら蜂の一件の時の女性のようだ。
彼女はぼくが動いている様子を見て、驚きと安堵の表情を浮かべ、涙目の笑顔で勢いよくこちらへ走ってきた。
ぼくの両手を強く握りしめる彼女。
「無事だったんですね!よかったです!本当によかったですぅ。ううぅ。」
おもむろに泣き始める彼女は、僕が当初に浮かべていた彼女の、第一印象である『クールでカッコいいお姉さんキャラ』はどうやら勘違いだったらしい。
「その節は余計なことをしてしまい、申し訳ありませんでした。加えてこのようにお世話までしてもらって…」
「いえいえ!私を助けるためにこんなことになってしまって…。こちらこそすみません!………はっ!」
少し落ち着いてきた彼女は慌てて僕の手を離した。
何だこのかわいい生き物は…。
「あの、ここはあなたの家ですか?」
改めて部屋を見渡してみると、なかなかファンシーな部屋だった。
おしゃれなろうそく立てにピンク色の絨毯、ベットやテーブルの他に部屋の隅々に置かれた、ぬいぐるみらしきものの数々。
この部屋がイヌ耳っ娘の部屋だと言われればかなり納得だが、もし仮にこの部屋がこの白髪ショートで、すらっとしたモデル体型のクールお姉さんの部屋だったら、それはもう恐ろしいギャップ萌えだ。
「あ、はい、一応。私とミュウの二人の部屋です。あ!すみません!申し遅れました。私はメイ、こちらはミュウです。二人でここに暮らしています。」
あのイヌ耳っ娘らミュウちゃんって言うのか。
かわいいな、飼いたいなぁ。
「そうなんですね!えと、とりあえず改めて手当てしてくれてありがとうございます。」
「いえいえこちらこそ本当にありがとうございます!あの、お礼も兼ねてお、お、お食事でも、あの、どうですか?」
何だこのかわいいお姉さんは。
「ぜひぜひ食べて行ってください!ミュウとメイが丹精込めて作ったんですよ!」
しっぽをブンブンと降っているミュウちゃん。
何だこのかわいいイヌ耳っ娘は。
「ではお言葉に甘えていただきます。メイさん、ミュウちゃん。」
「はい!召し上がってください!あ、あとですね…。えと、その…。」
もじもじとするメイさん。
もう一度言おう、何だこのかわいいお姉さんは。
「おそらく私の方が年下だと思うので敬語の方はちょっと…」
「え!?メイさんいくつですか?」
「16歳です。」
「年下だ!それにしてはすっごい大人っぽいね!」
「あ、ありがとう、ございます。」
うつむいて頬を染めるメイちゃん。
何度でも言おう、何だこのかわいい年下は。
「えー!ずるいです!ミュウはどうですか!?大人ですよね?もうしっぽも自由に動かせるんですよ!」
「ミュウちゃんはそのままでいいんだよ。そのままで十分かわいいよ。」
「くぅーん。」
喉から出た可愛らしい声とともに、自分のしっぽを抱きかかえ顔をスリスリと押し付ける。
声を大にして言おう。何だこのかわいいイヌ耳っ娘は。
それからは三人でご飯を食べながらこの世界のことを教えてもらった。
右手は使えなかったため左手を余儀なくされたが、時折食べづらい食べ物を二人から食べさせてもらえたので、蜂にも刺されて見るのさものだなと思った。
さて、その話の内容は僕の知識では説明がつかないものがほとんどだったが、中には現実世界と同じようなこともあった。
まずこの星の名前だが、偶然にも【the Earth】と言うらしい。
しかし『地球』という名前では通じないことから、ただの偶然なのだろうと思う。
加えればどこかカタカナ英語っぽいので、表記は英語にしてみたものの、別段現実世界の英語とは全く無関係だろう。
他にも幾つか驚くべき事がかなりある。
一つは男女比だ。
この世界、圧倒的な女性多数なのだ。
確か現実でも少し前に『未来では男性が減り女性が多くなる』という噂が流れた。
まぁそれは勘違いだったという論文がのちに発表されたが。
ただこの世界での男女比の理由を聞いて、違和感を覚えた。
聞くところによると、生まれて来る子供の男女比は三人に一人が男の子くらいの確率らしいが、成人の男女比は五人に一人が男性なのだ。
確か男性の持つY染色体は遺伝子情報量が女性よりも極端に少ないために、比較的病弱であると聞いた事がある。
その事実に拍車がかかったようなものなのだろうか。
だいたい元をたどれば、生まれる時点で男女比にそんな大きな差が出るはずはないのだ。
これは生物としての機能であり、両性具有や性転換機能のある生物以外ではありえない。
長年積み重なった遺伝子の経験がこういうことを許さないのだ。
人為的な改変以外では。
もしかしたらここは地球にかなり近い環境を持った、また地球とは違う惑星なのかもしれない。
僕がこう思う理由は他にもある。
ここの住民は拍動が早すぎる。
現段階での生物学では、どの生物も一生のうちに心臓が脈打つ回数はおよほ決まっていて、人間はたしか二十億回くらいだったと思う。
この数字は一分間に六十から九十回の拍動していると仮定したものである。
しかし、ここにきてから何度かふくよかな胸の柔らか…、胸のあたりに触れる機会があり、その拍動を感じ取ったが、ここの人たちは早過ぎる。
いや、この胸に触れていた件については不可抗力だし、全神経を胸の感触に当てていたなんて事は決してないのだけれど、はい。
話は戻すが、正確ではないにしろ僕の見立てからすると、ここの住民は毎分約二百回くらいだと思う。
つまり単純計算からすると、僕らの世界の人よりも寿命が半分以下になるといることだ。
と思い、聞いてみたところ平均寿命は幾分短いにしろ、五十ないし六十くらいなのだと聞く。
不可解極まりないのだ。
あの身体能力にしかり、この体質にしかり、周囲閑居にしかり。
日本最高峰の受験知識を持ってしてもかなわない。
しかしまぁ、あれだ。
女の子はみんなかわいいし、ケモ耳っ娘はいるし。
至れり尽くせりなんじゃないのかな?これはこれで。