『浸透圧』で村を救ってみた。
周囲のざわつきが僕の意識を取り戻した。
後頭部に激しい痛みがあるのは、先ほど殴られた際のものだろう。
手足が思うように動かないのは先ほどの変な薬物のせいなのか。
「(いや、そもそも瞬時に人を眠らせる薬物なんてあるのか?クロロホルムとかよくドラマでモデルになるけど、あれ現実だとただの殺人薬のようなものだしな。高校の化学で作ろうと先生に提案したら、劇薬指定だから無理と言われた記憶がある。そもそもあれってすぐに眠らないし。)」
一番有力な考えはこの密林地帯から採取した植物由来の即効性神経毒かな?
いやいや、それかなり危ないから。
神経毒ってどんなに弱い毒でも副作用やら後遺症やらが残りやすいんだから。
いや、それよりもだ。
この状況はなんなんだ?一度冷静に分析しよう。
僕は今柱に縄で縛られている。
縄は雑に縛られており、かなり太い縄を使用しているみたいだ。
そして周りには…。
今で言う所のタンクトップのようなものを、大きめに着ている美女たちが僕を囲み、後ろの方に気弱そうな男性陣がちらほらとうかがえる。
なるほど謎は全て解けた。
ここは天国だ。
ここは美少女ハーレムか。
「(女神様ありがとう、僕まだなにもしてないけど世界を救ったんだね!)」
再度周りを見渡すと、やはり美少女揃いである。
しかし気になるのはこの紫外線の中、みなあまりにも日焼けが控えめである。
僕の見立てだとここは赤道直下のはずなのだが。
「お、おい!おまえ!どこのものだ!」
え?まってまって、言葉通じるの?
アニメやライトノベルでよく見るパターンだけれど、よく考えたら言葉が通じる設定っておかしすぎるよな。
ということはここは日本か!
さしずめ沖縄あたりか、少し離れた離島あたりであろう。
「えぇと、どこのものと言われましても…。できれば解答例や模範解答が知りたいのですが…。」
当たり前だ!どこのものだと問われて『〜組のものじゃおどれぇー!』なんてかます勇気もなければ、そんな極道映画のワンシーンのようなシチュエーションでもない。
「どこのコミュニティから来た!」
ここでまさかの外来語の登場だ!
よしこれで確信した、ここは日本だ!
「一応日本の本土から来ました。関東からです。」
そう答えると一同が首を傾げた。かわいいなぁ。
そこまで本土出身の人が珍しいのだろうか。
「それはどこだ?どこにあるコミュニティだ?」
「え?日本ですよ!?ここは違うんですか?」
「ニホン?知らんな。」
やはりここは異世界なのか?
そもそもかなり大きな部分で説明がついていない。
そもそも事故を起こしてからなぜここに至るかの経緯が説明されていない。
しかも太陽はぴったり真上にある。日本の緯度では不可能だ。
ん?まてよ。
たしか北緯23度あたりが太陽が真上に来る地域だから…
「ここは紅海ですか?」
「ん?ちがうぞ?」
あれー、ちがったかー。
あの異常に濃い塩分濃度と太陽の位置からして、紅海が妥当だと思ったんだけどな。
それでもあれか、日本語が通じる理由にはならないか。
「すみません、僕も何が何だかわからないのですが…」
「なんだと?自分の出自がわからないのか?」
さっきから僕に話しかけてくる女の人がみんなのリーダーなのか。
可愛いというよりは美人に分類される顔立ちに、妖艶な体躯。
長い黒髪を後ろでくくっていて、年は20代半ばといったところだろうか。
それにしても胸が大きいな。
ちなみに僕は、巨乳も貧乳も大好きなのである。
世間では両者の派閥に分かれて、血なまぐさい論争を続けてきたようなのだが、それは間違っている。
胸の大小以前に、女性という時点で宝なのだ。
たかだか腹と首の間に蓄えられた脂肪量の大小でその価値は揺らがないのである。
これを力説した際に、隣の席の貧乳女子にビンタされたことは言うまでもない。
「できれば僕の方が、ここの事について教えて欲しいのですけれど…。」
「よそ者にここの事を、そう易々と教えられー
「大変です!ミヤ様!」
話の途中で若い女性が割り込んできた。
「(黒髪ショート!胸は大きすぎず小さすぎ、完璧だ!)」
「どうした、ウサ。いま大事なー
「"オオナメ"が現れました!」
めっちゃ焦ってるみたいだけど、どうしたのかな?
『オオナメ』ってなんだろう。
「なに!?オオナメはかなり内陸にしか、生息できないはずだぞ!なんてことだ…。大きさは?」
「4メートルが一体です!」
なになに、この世界には4メートル級の巨人でもいるの?
あれなのか?壁の中に人類が閉じこもってたんだけど、或る日突然壁が破壊された的なやつなのか?
「くっ、でかいな…。みな、武器を持て!いくぞ!」
「おおおおおおおお!」
みんなの掛け声があまりにも可愛らしくて、どこか拍子抜けしてしまう。
その場にいた美女たちが、部屋の片隅にあった槍やら剣やらを持ち、ものすごい速さで出て行った。
この部屋には僕と何人かの男性陣のみになった。
「あのぉ、男性の方々は行かないのですか?女性だけに戦い?に行かせるのは如何なものかと…。」
「は?なにを言っている。俺らが戦いになんて出られるわけないだろ。出たところで邪魔者扱いになるだけだ。さらにこれ以上男が減ったら終わりだぞ。」
その言葉に違和感を覚えた。
たしかに女性だけに戦いを強いる態度に怒りも覚えたが、それ以上に『出られるわけがない』と『これ以上減ったら終わり』がどうしても引っかかった。
その言葉はさも『男は弱い存在』であるかのようで、さも『男が極端に少ない』ことを意味しているように思えた。
問いただそうとした時には、彼らもすでにここを出ていた。
「どういうことだ?何かおかしいな…。」
とりあえずこの部屋に誰もいないことを確認し、縄から手を引き抜く。かなり雑に縛られていたので容易に抜け出せた。
そもそもなぜこんなに太くて丈夫な縄を使ったのだろう。
人間相手には細いものの方が効果的であろうに。
たしかに太く丈夫な縄にも使い道はあるが、逃げ出そうと暴れたさいに、皮膚に食い込んで痛みを伴う細めの縄の方が効果覿面なはずだ。
設置面積が小さければ小さいほど、そこにかかる圧力は大きくなることなど、高校物理の最初の授業でやることだろう。
それ以上に一般常識の範疇だろう。
「とりあえず、さっきの女の人たちを追うか!」
余り物の武器を手に取ろうとしたがそれは叶わなかった。
その武器は重すぎたのだ。
「な、なんだこれ!あの人たちすげーな…。」
女の怖さを少し知った18歳の春?です。
仕方なく手ぶらで後を追った。
彼女らに追いついた時、僕は目を疑った。
10数人で彼女らはそれと対峙していたのだが、それの正体は、明らかに『ナメクジ』であった。
どこからどう見てもナメクジ、大きさ以外は…。
しかし驚くべきことはもう一つあった。
女性たちの動きが早すぎる。
よくあるファンタジックな戦闘シーンさながらの動きだ。
突出してすごいところといえば、その反射速度だ。
大型ナメクジが飛び散らす粘液の一部をほぼ避けきっている。
粘液の射出速度も尋常ではないにもかかわらず、ほとんどを避けている美女たちの胸はまさに圧巻だった。
しかしそれでも何人かは被弾してしまっている。
その人たちの皮膚を見ると特に異常はないが、被弾した人たちはみなかなり焦っているように見えた。
「ナメクジに毒性はないはずだよなぁ。なぜそこまで焦るんだ?この大ナメクジには毒性でもあるのか?」
被弾した美女たちがこぞって戦線を離脱していき、数は徐々に減っていく。
「おい!そこの男!邪魔だから退いていろ!」
「あ、あの!そんなことせずともこいつ倒せますよ!」
そうなのだ。
彼女らは必死に剣やら槍やらで攻撃をしていたが、大ナメクジの粘液に阻まれて、なかなか攻撃が入らない。
しかし、現代人なら誰もが知っているナメクジ撃退法があるではない!
しかも、その資源もここにはたくさんある!
「黙って退いていろ!今日のこいつはなんだか動きが悪いんだ!勝てるぞ!」
そりゃそうだよ。
潮風に当たっているんだもの。
体表から水分が失われていくに決まっている。
「あの!ここは僕の案に従ってくださいよ!」
「ふざけるな!やれると言ったらやれる!」
「でももう戦闘可能なのが数名しかいませんよ!」
「な…。くそっ!しょうがない!言ってみろ!」
リーダー格の美女が撤退を命じて走ってきた。
「ありがとうございます!まずこのナメクジの好物はなんですか?」
「こいつは基本なんでも食べる!人も食うし草木も食う!」
「え?人も!?」
「そうだ!」
たしかに雑食だけどそりゃねーよ。
「あいつの食物の中で一番くさいものはなんですか?」
「は?なにを言っている!ふざけているのか!?」
「いいから答えてください!」
とてもシリアスな会話が繰り広げられていますが、僕は今絶賛お姫様抱っこ中です。
あ、される側です、はい。
いやいや、情けないとかじゃなくて、この人たち足が早すぎるよ!
「好物かどうかは知らんが、我らの村の珍味にとびきりくさいものがあるぞ!」
「その珍味って村の人から好まれてたりしますか?需要とかって結構ありますか?」
「いや、それが全然でなー…。私くらいしか食べないのだ。あれで結構クセになるのに…。おかげでいつもかなり余ってしまうのだ。」
「ならそれをありったけ集めてください!」
「お!お前も食うのか!わかった!集めさせよう!」
妙に上機嫌になった美女は、僕を隣の美女に投げ出してからどこかへ去って行った。
「あ、すみません。持ってもらっちゃって…。」
恥ずかしいったらありゃしないのだが、女性の甘い香りが鼻腔をくすぐり、嬉しさも覚えてしまう。
「いえいえ、お気になさらず!」
あぁ、本当にここの人たちはみんなかわいいな。
とりあえずその美女に村の手前の森まで運んでもらい、他の美女たちを集めてもらった。
ちょうどそのタイミングで、珍味を集め終えたあのリーダー格の美女が帰ってきたのがわかった。
というのも匂いがやばすぎる。
鼻がぶっ壊れるどころの騒ぎではないぞ!これ!
「戻ったぞ!少年!」
僕も含めた周囲鼻をつまんで出迎えた。
「お帰りなさい、えぇと…」
「ミヤだ!ここのムラの長だ!」
「ではミヤさん、突然ですがここにいる方々はみな木登りは出来ますか?」
一応ダメ元で聞いてみた。
ここに生えている木々はこぞって登りづらい木々ばかりだ。
「当たり前だろ!」
あ、当たり前なんだ。
「ならみなさんには持てるだけの塩を持って木に登ってもらいます!」
「別にそのくらいはいいが、なぜそんなことを?塩自体は腐るほどあるから別に良いのだが、酔狂でそんなこと言っているのならこの場で切るぞ?」
「いえいえ!違いますって!塩をやつにかけるだけでことは収束しますから!」
「む。そうなのか?いやしかし、仮にそうだとしても闇雲に木に登ってもやつと鉢会う保証はあるのか?」
「ナメクジは基本嗅覚で行動します。つまりあの臭い珍味追ってくるのはほぼ間違いないかと!」
「にわかには信じられん話だか、ここはかけてみよう!」
ミヤさんの指示によって、各々があの珍味の周りの木々に登り始めた。
驚いたことにみんなが巨大な樽を片手で抱えながら木に登っているのだ。
「この世界じゃ僕は間違いなく最弱だな…。実際に異世界に転生してみてもチート能力なんて手に入らないな。」
僕もミヤさんに抱えられ、木に登った。
いやぁ、短時間にこんなに女の人たちと触れ合えるなんて…。
夢みたいだ!というかこれはもはや夢だな!
そんなことを考えているとやつが向かってきた。
ナメクジは自分の粘液の上を移動するので、わりと行軍スピードは遅いはずなのだが、結構早く見える。
こちらへやってきた大ナメクジは、山のように積まれた激臭珍味に近付いた。
「今だ!」
一斉にかけられた塩に、オオナメクジはみるみる小さくなっていく。
「おおおおおお!すげーーーー!」
みなが歓声を上げているのだが、僕からしたらわりと当たり前のことのような気がする。
ナメクジは全身が粘液で覆われていて、体組織のほとんどが水分である。
体に接した部分の基質濃度が高ければ高いほど、浸透圧の影響により体内の水分が失われていく。
水分は基質、ここでは塩分が濃い方へと流れていくので、ナメクジの保有する水分は塩に奪われてしまうのだ。
補足だが別に塩じゃなくても海水でも大丈夫だし、もっと言うなら砂なんかでも大丈夫なんじゃないかな?
「一件落着ですね!」
「おう!そうだな!少年!」
彼女は華麗に木から飛び降りた。
マジでおかしいって、ここ高さ4.5メートルはあるから…。
「どうした!早く降りてこい!」
「降りられません…。助けてください…。」
結果無事にミヤさんに下ろしてもらえたのだが、ここの住民の身体能力は高すぎる。
反射速度においてと人間のそれを凌駕している。
しかし知能に乏しいようだな。
「(それゆえのあの太めの縄だったのか?)」
僕のことを同じ人種と彼女らが認めていたとしたら、確かに細い縄だと心許ないはずだ。
もし仮に細かったら、彼女らならきっと縄をちぎってしまうだろうし。
「お手柄だな!『ラスト』!」
「ラスト?ってなんですか?」
「お前の名前だよ!なんか先日死んだばあちゃんが、死ぬ間際に『ラストなる者が、この村、いや、人類を救うであろう。』って言い残したんだよ!だからラストだ!」
あぁ、そういえば女神様も人類がピンチとか言ってたなぁ。
「まぁラストでいいですけど、確かに村は今回どうにかなりましたけど、人類までは救えませんよ?」
「大丈夫だって!ラストならできるよ!あ、でもあれだなぁ。『ラスト』ってあの『last』だろ?『最後』なんで縁起悪い名前だよな。」
てかこの人たち英語もわかるんだ。
いや、ただ単に外来語として認識しているだけか?
「いや、そうでもないですよ?もう一つの意味に『続く』て言う意味もありますから!」
「おお!そうなのか!なら頼もしいな!」
正直まだ頭が追いついていない。
いきなり変な世界に飛ばされて、怪力美女たちを目の当たりにして、巨大生物を目の当たりにした。
ただそれでも
そこに美女がいるのなら
そこにおっぱいがあるのなら
僕はいくらだってこの身を捧げよう。
かくして僕の波乱万丈でお色気全開な第二の人生はスタートしたのであった。