素敵な昼下がり
素敵な昼下がりだった。それはちょうど初恋をした時のような気持ちによく似ていた。
僕は縁側でビールを飲みながら一人、ひなたぼっこをしていた。
柔らかい太陽の光を浴びていると僕は世界中の幸せを独り占めしているような気持ちになった。
彼女は塀を越えて僕の所へやって来た。
「こんにちは。」
彼女は笑顔で言った。
「こんにちは。」
僕も笑顔で言った。
素敵な昼下がりにはみんな笑顔でこんにちはと言う。
それは猫も人間も同じだ。
「そう、それは猫も人間も同じ。素敵な昼下がりにはどんな事でも許される。」
僕らは笑った。
素敵な昼下がり、それはとても心地よい時間だった。
この素敵な昼下がりの僕の庭的世界において彼女は完璧な猫だった。
そのしま模様、左右の色の違う目、直角に折れ曲がった尻尾、そのどれもが僕を幸せな気持ちにした。
そのときだった。
薄弱な羊のような雲が太陽を隠し、素敵な昼下がりをどこかへと連れ去ってしまった。
そのことで僕は言いようのない不安に襲われた。僕らの素敵な昼下がりは薄弱な羊でさえ簡単に壊す事が出来るのだ。
そして素敵な昼下がりを失う事は同時に彼女を失う事になる。
喉がカラカラに乾き、鼓動が速まった。
目からは涙がこぼれ落ちそうになった。
彼女は僕のそばにそっと座って僕の頬を撫でながら言った。
「大丈夫。あなたがその事を悲しいと思う間は私はどこにも行かないわ。」
彼女は優しく笑った。
柔らかい太陽の光が再び僕らを包み込んだ。